4、お気楽なフリーターと奴隷 前編
「驚きました。多くの方が取り乱されるのですが……」
カナと言っただろうか。彼女の言葉を聞いているうちに心躍る自分がいた。異世界だ。異世界だと。テンションが上がらないなんてありえない。
「転生者が魔王を倒したあかつきには、願い事を一つ叶えることになっております。魔王を倒された多くの方は現世へ戻られています」
現世へ戻るという言葉に思わず笑ってしまう。あんな糞みたいな場所に戻ろうなどと、誰が願うものか。
異世界でハーレムを作る。うむ、ロマンだ。素晴らしい。
豪邸で可愛い嫁と可愛い使用人に囲まれた生活。想像するだけでわくわくが止まらない。
なんでも、異世界に転生するにあたり、一覧から二つの能力を身につける事が出来るとのことだ。
景気よく転生とか言っている割に、能力が二つしか選べないというのはけち臭い。俺はお決まりの運強化と、何となくかっこいいからという理由で神聖魔法を選んだ。
光の矢を射て、バシバシと敵を倒す姿に、異世界美女も惚れずにはいられないだろう。うむ、楽しみでしょうがない。
その後も色々と彼女は説明を続けていたが、正直なところあまり覚えていない。転生してくれた女神がとても美人だったことだけは覚えている。というか目に焼き付くほど見ていた気がする。
死に際の嫌な走馬燈が頭の中を駆け巡るなか、魔方陣の中心で体が溶けるような感覚に吐き気を覚えた。
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「うわ、頭痛え」
見慣れぬベッドの上。無事転生してきたようだ。このみすぼらしい部屋から、俺のハーレムライフが始まるという事だ。
なにはともあれ街を見てみようと、部屋を出た。
「おはよう。ご新規さんだね。随分と浮かれた顔をしているじゃないか」
珍しい、と驚いて見せる。彼女がこの宿の主人だろうか。昔は綺麗だったろう事は見て取れるが、流石にストライクゾーン外だ。
二十歳、いや、せめて十五歳若ければと思わなくもない。その恰幅の良さも相まって、素晴らしい貫禄を漂わせている。
女主人の話では、一週間は無料で宿に寝泊まりしてもいいとの事だった。食事もここで出してくれるし、いくつかの協力店も同様に無償で利用できるらしい。
随分と優遇されているものだと驚いた。しかし、俺の目標は豪邸でハーレムだ。この安そうな宿屋にずっといるつもりはない。
「女将さん、この街の冒険者ギルドってどこにある? やっぱり金はクエストをこなして稼ぐんだろ?」
何と言ってもこっちには女神から受け取った能力がある。高難易度のクエストをこなして、さっさと金を稼ごう。
そんなことを思っていると、女主人が目を丸くしていることに気が付いた。何度か目をぱちぱちさせたあと、彼女は堰を切ったように笑い出した。
「あんた、そっちのタイプかい。それにしても、こんなにお気楽な子は初めてだよ」
何のことを言っているかはわからないが、なんとなく馬鹿にされている事はわかった。思わず眉間に皺が寄る。
「いや、すまないね。残念だけど、この街にあるギルドは商人共がいくつか作っているものだけだね。冒険者なんて浮ついたものはないさ」
「じゃあ、どうやって金を稼ぐんだよ。魔物を倒したりするんじゃないのか」
「この宿を出て左にまっすぐ行けば役所がある。そこで職を紹介してもらいな。日雇いの用心棒なんかだと、あんたのお望み通り魔物と戦う事もあるだろうさ」
用心棒とはなんとも冒険者らしい。馬鹿にされたのは癪だが、とにかく有効な情報だ。であれば、もう一つの夢についても今のうちに情報を仕入れておこう。
「職についてはわかった。有難う」
「どういたしまして。……まだ何か知りたそうだね」
「ああ、冒険者ギルドが無いってことは、冒険者同士でパーティーを組んだり出来ないってことだよな。使用人、もといサポートメンバーを雇うってこともできないのか?」
「同じ仕事をしていて仲間になるとかは聞いたことあるけど、補助要員を雇うってのは聞いたこと無いね」
やはりそういったものは無いのか。
「それに、使用人を雇うにしても、ちゃんとした人となると凄くお金がいる。後は……あんまり勧めたくないけど、奴隷でも買うことかね」
奴隷。そういったものもあるのか。
「奴隷をお勧めできないというのは、この国で禁止されている闇の部分だから?」
「いや、奴隷自体は合法だよ。まあ、業者によっては法律すれすれの集め方をしているところもあるだろうけどね。それに、特に教育もないまま売られるから、教養も礼儀もなってない奴らが多い」
辟易したような表情の女主人と裏腹に、俺のテンションは高かった。完璧な使用人というのも捨てがたいが、一から育てられる奴隷というのもとても惹かれる。
奴隷商の集まる場所をいくつか聞き、俺は街に出かけることにした。まずは役所で何か仕事でももらおう。
役所で斡旋されている仕事は、なるほど確かに女主人が話していたようなものだった。通常は護衛などは信頼がものを言う世界の中で、転生者というだけで優遇されているようだ。
いつの間に連絡が言ったのだろろうか。俺の情報もすでに届けられていた。そうして難なく職にありつくことが出来たのだった。
街への往復の護衛。日帰りにも関わらずそこそこの金をもらえた。宿の女主人に話を聞くと、普通に働いて二か月は必要な額だそうだ。
「どうするんだい? そんだけあれば、安い奴隷くらいなら買えるんじゃないかね。うちに泊めてもいいけど、部屋はあんたのとこで同室で頼むよ」
「いや、すぐには買わないよ。先にやることがある」
「へぇ、一体何をするんだい?」
「ちょっとね。この辺りに賭場はあるかい?」
にやりと笑い、金をじゃらつかせる。女主人はふうと溜息をついた。
「呆れた。ギャンブルかい」
「まあ見てなって。倍、いや五倍くらいにしてみせるさ」
「まあ、あんたの金だからつべこべ言わないけどさ。来週からはちゃんと宿泊料とるからね。すっからかんにはならないでくれよ」
「大丈夫大丈夫」
賭場の場所を聞き、今日の稼ぎを持って日の落ちた街に繰り出した。
賭場は街の中心に近い処にあった。建物の中に入るとそこには想像と違う世界が広がっていた。
こういった世界の賭場なぞ、荒くれ者がいがみ合いなたら金を叩きつけているイメージしかなかったが、そうではなかった。
ラスベガスとまではいかないが、中は随分と豪華な装飾が並んでいた。表現でいえば、賭場よりカジノといったほうが似合う場所だ。外観は古びた洋館のようなものだったのに、かなりギャップがある。
客もディーラーも身なりがきちんとしている。よかった。これなら全力でいける。
このカジノに来た理由は二つある。もちろん、片方は金を増やすことが目的だ。それと合わせて、この運の大幅強化ってやつがどれ程のものか試す事がもう一つの目的だ。
奴隷を買えるほどの額。二か月働いて手に入る額。長い事フリーターをしていた身としては、これほどの額を一度に手にした事など無かった。
それを全てチップに変える。正直手が震えた。ラフな格好の俺は、この場に似つかわしくないかもしれない。
卓に着くと、ディーラーがいらっしゃいと笑顔で会釈をしてきた。その眼は明らかに俺を見下しているように見える。
はは、ちょっと燃えるな。
俺は全財産の半分をディーラーの前に叩きつけた。相手が少し引きつった表情を見せる。驚くのには、まだ早いというのに。
カジノに入ってから二時間ほどが過ぎた。ディーラーの顔は随分青い顔になり、俺は観衆に囲まれていた。
何倍になったのだろうか。チップの枚数が多すぎて良く分からない。桁が三つほど増えた気がする。
まるでゲーム感覚だ。RPGなんかでは、ひたすらカジノでスロットを回して最強装備を揃えたりしたものだ。じゃらじゃらと増えるチップは気持ちがいい。
山積みのチップを眺めながら二ヤついていると、観衆を掻き分けてこのカジノの管理者らしき男が出てきた。作り笑いが顔に張り付いたような胡散臭い男だ。
「お客様、大変申し訳ありませんが、これ以上のゲームはお受けできかねます」
「なぜ? いかさまをしている訳でもないのに」
「お客様は転生組でいらっしゃいますよね。このカジノは、転生組の方はプレイ禁止とさせていただいているのです」
「は? じゃあ今日稼いだ分は払わないってのかよ」
「いえ、事前にご説明できなかった我々の落ち度でございます。しかし、身元の確認が取れた以上、続けていただく事は出来ません。あまりにもアンフェアになってしまいます」
どうやらやりすぎてしまったらしい。その後チップを換金して、全て銀行に預けた。そしてカジノを追い出された俺は出禁を言い渡された。
まあ確かに調子に乗りすぎたきらいはある。仕方がない。それにしても今まで見たことがないほどの額だ。どうやって使おうか想像もつかない。
いや、一つやることは決まっている。屋敷と奴隷を買わなければ。
わくわくした気持ちから、思わずスキップしそうになるのを押さえながら、すっかり暗くなった道を横切って宿に戻った。
翌日、宿の主人に昨日の話をすると目を丸くしていた。疑った目で見てきたため、これまでの宿代として金貨の詰まった袋を一つ、カウンターにどさりと置いた。
昨日の昼間に働いて稼いだ額から、優に十倍の量の金貨。銀行には、文字通り桁違いの額を預けているのだから、これくらいなら痛くも痒くもない。
とはいえ、まだこの世界の相場が分からない。この枚数で足りるのだろうか。
「いやいや、大したもんだね。向こう五年泊まってもらっても釣りが出るよ」
「ねえ女将さん。例えば、この街でお屋敷を買おうとしたら、これの何倍くらいのお金が必要だい?」
「う~ん、私のお屋敷の値段なんてわからないけど、少なく見積もっても倍……いや三倍くらいは必要じゃないか?」
「なんだ、そんなものでいいのか」
「そんなものって……あんた、一体いくら稼いだんだい……」
すっかり呆れた女主人は、大きなため息をついた。
「まあ、いいや。家を買うってんなら心当たりがあるよ。夕方にはここに来るように取り付けておくから、話だけでも聞いとくといい」
「おお、有難う女将さん。んじゃ、俺は奴隷ちゃんでも買ってくるよ」
「お礼なんていいさ。こんだけのお代を払ってもらったんだ。それくらい安いもんだよ」
色々と世話を焼いてくれるいい人だ。俺は浮かれた足音を鳴らしながら、奴隷市場へ向かった。昼の太陽は眩しく照らし、インドア派だった俺には熱いくらいだ。
賑わう街を歩いているうちに、ある不安が頭をよぎる。奴隷の売り買いなどこんな昼間からやっているものなのだろうか。
まあ、女将さんも俺を止めようとしなかったしなと考えていると、昨日紹介された場所へたどり着いた。
そこには、堂々と、あまりにあっけらかんと『奴隷売ります』の六文字が掲げられていた。
「間違いなくここだろうな。すげえなこの世界」
何となく奴隷といえばオークション的なものを想像していた。ここは、そんなお堅い場所では無かった。
普通なのだ。ただ当たり前のように人が売られている。奴隷商もそうだが、売られる奴隷自身も客と軽い雑談をしている。中には、自分をアピールするような看板を手に呼び込みをしている者もいた。
そうした、あまりにも自分の常識と異なる景色に、思わず足が止まってしまった。そして、その直後、目に映るすべての景色が吹き飛んだ。
「か、かわいい……」
見たところ、この市場の中でも特に大手らしき奴隷商の一団。そんな商品の真ん中にいる女に目がいった。
「やあ、ここの娘と少し話をしてもいいかい?」
下卑た笑いを滲ませる小太りの男に声をかけた。立ち振る舞いを見るに、この団体のまとめ役のように見える。
「おお、客さん。どうぞご自由に。あなたにとって素晴らしい出会いがあることを祈ります」
薄気味悪いほどに感情のこもっていない言葉。張り付いた笑顔が癇に障る。昨日から中年のオヤジの作り笑いを見てばかりだ。
この男を気にしていても仕方がない。俺はお目当ての娘を指さした。男は少し意外そうな顔をしたが、すぐに元の笑い顔に戻った。
「おい、三十七番! ご指名だよ!」
左胸にナンバープレートのついたみすぼらしい麻の服を着せられた女が、よたつく足で近づいてきた。
この一団の中で飛びぬけて美人という訳ではないが、面長の顔に切れ長の目。長い髪はボサボサだったが、何となく好みの顔だった。
この娘にしよう。俺の豪運がそう告げた。
「なあ、この娘はいくらで買える? 金貨一枚で足りるか?」
話をしたいといったくせに、まさかの即決。商人の男も少しだけたじろいでいた。
「ええ、金貨一枚ちょうどでございます。お買い上げで?」
「そうだな。ほら、金貨だ」
「確かに金貨一枚、いただきました。それではこちらのご契約書類にサインをお願いします」
男が出してきた奴隷譲渡の契約書にサインをする。
「お買い上げ誠に有難うございます。今後ともごひいきに」
深々と頭を下げる男に別れを告げ、奴隷と共に宿に戻ることにした。
「俺はダイスケ。森大輔って言うんだ。君は?」
「……」
「お~い、聞いてる?」
それから何度か話しかけたものの、どこか呆けているかのように、俺の問いには答えなかった。
それでもしっかり俺の後をついてくる。途中、女性ものの服を買いながらだったため、宿に着く頃には夕方近くになっていた。
「お、戻ってきたね。あんた、こっちにいらっしゃい」
女将さんに呼ばれてカウンターに向かうと、そこには真面目そうな男がいた。女将が言うには、役所で土地の管理をしている者だという。
土埃にまみれた奴隷と買ってきた服を女将に託し、その男から話を聞く。男の話では、持ち主を失ったお屋敷がいくつかあるという。
魔物に襲われ、一家もろとも死んでしまうという事も時々あるらしく、資産を継ぐものもいない屋敷は買い手が現れるまでは国が管理しているのだとか。
「良ければこの後、何件か見てみますか? この宿のすぐ近くにもありますよ」
魅力的な誘いだが、今日は初奴隷ちゃんと少しでも交流を深めたい。
「う~ん、今日はいいかな。この後用事があるんで。また日にち決めて見させてください」
「そういう事でしたら、わかりました。私はガスタと申します。普段は役所にいますので、またお声がけください」
「おや、もう帰るのかい?」
二階から女将さんが顔をのぞかせる。ガスタは一礼をすると、役所へと戻っていった。
「家を見てくれば良かったのに」
「いや、実はまだ奴隷ちゃんから名前すら聞けてなくて……少しでも打ち解けられたらと思ってね」
「あらあら、情けないねぇ。リンちゃん、降りていらっしゃい!」
二階に向けて、女将が声を張る。リンとはいったい誰だろうか。その答えはすぐに分かった。
まず見えたのは、ふわりと揺れるロングスカート。そうだ。あの色、あの形、先ほど買ったものだ。
小さく軋む音、そのシルエットが徐々に見えてくる。腰まで伸びた栗色の髪か絹糸のように揺らめく。一段一段降りる動作が、妙にゆっくりに感じた。そうだ。その先に見えるものは、確かに彼女の整った顔だった。
「リンって言うのか……」
「いや~、綺麗な娘さんだねえ」
肘で俺を小突きながら女将さんは妙に満足気だった。先の説明通り、今夜は同室なのだという。別の部屋を取ろうといったが、女将はニヤついたまま頑として金を受け取らなかった。
部屋に戻ると、俺はベッドにドサリと倒れ込んだ。部屋の中にはもう一つ、布団のようなものが置いてあった。女将さんなりの配慮なのかもしれない。
「ねえ、アンタ。転生組でしょ?」
「あれ? 俺その話したっけ?」
「名前でわかるわよ。大輔なんて、この国ではまず聞かない名前だもの。明らかに日本人じゃないの」
「確かにそうだな……って、もしかしてリンも?」
ジトリとした目で俺を見てくる。溜息の後、肯定の頷き。
「そう。私は鈴木凛。あんたと同じ転生組よ。それにしてもアンタは警戒心が無さすぎね。私を買うのに金貨一枚なんて、法外だわ」
「え……」
「吹っ掛けられたのよ。まあ、アタシとしては、あんたがハーレムしか考えていないようなスケベなだけの男で助かったわ」
「なっ、考えている事が分かるのかよ!? それがリンの能力か?」
「そんなの、顔見ればわかるわよ」
小馬鹿にするように笑うリン。初めて見た彼女の笑顔は、満面のものでなくとも十分に魅力的だった。
しかし、想像していたのとは随分違う。そもそも、奴隷にしてはどうにも口が悪い。明らかに俺をナメ腐っている。
まあ、しばらくは共に暮らすのだ。デカい屋敷に住める俺の財力と、神聖魔法でバシバシ敵を倒す姿に。すぐに惚れるに違いない。まだ戦った事は無いけれども。
「さっきのがリンの能力じゃないなら、一体どんな能力なんだ?」
「一つは神聖魔法。もう一つは……ごめんなさい。言いたくないわ」
「お、おう……」
嘘だろ。まさかの能力かぶり。俺のかっこいい姿は、イコールそのままリンのかっこいい姿になってしまう。
「そういうアンタはどんな能力なの? ご・主・人・さ・ま」
嫌味たっぷりな言葉。確かに日本の倫理観を考えると、女の子の奴隷を買うだなんて白い目で見られてもしょうがない。それも、碌に話すこともなく、明らかに容姿で即決しているのだからなおさらだろう。
「あはは、実は俺も神聖魔法と……運をね、強化したんだ」
自己紹介として説明するには、運強化というものはいかにも努力嫌いのようでちょっと恥ずかしい気がした。
「なんですって? 本当なの? 信じられない!」
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。運だって大事だぜ?」
「そっちじゃないわ! ……本当にあなたも神聖魔法なの?」
リンの目には、うっすらと涙が滲んでいる。彼女も使える神聖魔法に何をそこまで驚いているのだろうか。
「いったいどうしたんだ。様子が変だぞ」
「……ごめんなさい。そうね、これを見てもらえるかしら」
リンは小さく息を吐くと、胸のボタンを外し始めた。
「ちょっ……な、なにを破廉恥な!」
俺の制止も間に合わず、リンは胸元を大きく開いた。俺は思わず両手で目をふさぎ、指の隙間からその景色を目に焼き付けんと力を込めた。
俺だって男だ。見せてくれるってんならみたい。恥ずかしさと好奇心とのせめぎあいが、葛藤が、俺の心を揺らしていた。
「いいから、隙間から見てるのわかってるから。堂々と見てよ。大事なところは隠してるわよ」
ばれている。当たり前か。俺は両手をゆっくりと下ろす。すると、リンの胸元に描かれたあるものに気が付いた。
「なんだそれ? 魔方陣の刺青……?」
「そう。名前は隷属の呪印。主に逆らう事をとがめる呪いの印なの。まあ、普通の奴隷には使わないわ。皆従順な子ばかりだもの」
そうか、リンはこの性格だからこんな呪いをかけられたのか。前の主か奴隷商かはわからないが、この口の悪さと反抗的な態度に嫌気がさしたのだろう。可哀想に。
「言っとくけど、アタシが口が悪いとか反抗的だとか、そんな理由じゃないからね」
見透かされていた。
「まあ、この呪いがあるから、アンタが本気で命じたものにはアタシは逆らえないわ。こんな話をしたうえでお願い。アンタの神聖魔法でこの呪いを解いて欲しいの」
「呪いを解く? そういう事も出来るのか」
「呆れた。案内員さんの説明聞いてなかったの?」
「ははは、何となくかっこいいなって……」
部屋の温度が2℃くらい下がったように感じるほど、リンの視線は冷たかった。俺はリンの指示に従って解呪を試みた。
「まず、印に手を当てて……そう。いいから、恥ずかしがらないで! そう。そのまま、目をつぶって。ちゃんと閉じる! 見たけりゃ後で見せてあげるから! そう。その状態で、呪印がゆっくり溶けるようなイメージをして。溶けきったら、目を開けて……」
柔らかさと温かさを掌に感じながら、ゆっくりと目を開ける。そっと手をどけると、先ほどの呪印が消えていた。
リンは部屋の隅の鏡を見て、その呪印があった場所に手を当てた。気が抜けたのか、力が抜ける様に、その場にへたりこんだ。
「……有難う。本当に」
小さな言葉が、やけにはっきり聞こえる。
「気にするなよ! ……あれ? そういえば、さっきの呪印を消しちゃったら、リンはもう奴隷じゃなくなっちゃんたんだよな?」
「そうね。そうなるわ」
「じゃあ俺、お金払い損……」
振り向いて、バーカ、とうるんだ目のまま悪戯っぽく笑うリン。
「恩人に向かって馬鹿とはなんだよ」
そのほっとした表情をみて、俺も思わず笑みがこぼれていた。
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「おい、本当に行くのか? 危険だろ」
夜。窓から覗く街の外はすっかり暗闇に包まれている。ぽつぽつと見えていた明かりも無くなり、街全体が眠っているようだ。
「ええ。あの奴隷商人にはアタシ以外にも騙されている娘がいっぱいいる。この街の法すら犯している極悪人よ。助けて貰えて感謝してる。生きて戻ったら、使用人として仕えてあげるわ」
俺と同じく神聖魔法を使えるとはいえ、一人で警備された屋敷へ忍び込むなどとは自殺行為だろう。
「心配そうな顔しないで、大丈夫よ。あの屋敷の奴隷はアタシと同じように騙された転生組も何人かいるわ。彼女たちの呪いさえ解ければ、戦力になるわ」
「そうか……」
強がっているようだが、背中が小さく震えている。怖いのだ。自分自身が捕まっていた場所である。無理もない。
俺がこの世界で達成したいのはハーレムを作ること。せっかく買った奴隷ではあるが、すでに拘束力もない。俺には、リンを止める理由は無い。だが……
「まって、リン。やっぱり俺も行くわ」
「無理しないで。アンタには関係ない事よ」
「その屋敷にとらわれているのは奴隷の娘達なんだろ? ハーレムを目指す俺にとって、おあつらえ向きじゃないか」
それに、同じ神聖魔法持ち。解呪を手分けした方が効率がいい。女の子一人にカッコつけさせてたまるか。
「……有難う。頼りにしてるわ」
リンは何かを見透かしたように、感謝と柔和な笑みを返してきた。