1、異世界転生案内所
「それでは、右手の階段より二階にお進みください。突き当りのドアの先に女神様がいらっしゃいますので、この書類をお渡しくださいね」
カウンターから少しだけ身を乗り出して、部屋の奥、二階へ続く階段へ向かう少年の姿を見届けながら、金髪の少女ハナはふぅと一つ満足気に息を吐いた。
緩いカーブを描いた髪は肩口に乗り、その息に合わせてふわりと舞う。
ここで仕事を始めて随分と経つハナではあるが、少年少女を相手にするのは未だに慣れないようだ。よぼど神経を使ったのか、自席に戻ると大きく伸びをして、また一つ息を吐く。
時計の針は、11時を過ぎている。もうひと踏ん張りでお昼の時間だ。ハナの顔に笑顔が浮かぶ。
「カナ、次はどんな人?」
先ほどの少年のプロフィールが書かれた書類をバインダーに閉じながら、隣の席に座るカナに尋ねる。
カナと呼ばれた少女は、眼鏡に手を当て、クイと小さく位置を正した。カナの手元には利用予定者の一覧と、各利用者それぞれの詳細が書かれた書類がいくつか積まれている。
そんな書類の一つに目を落とす。そこには先ほどハナが見ていた書類同様、男性の顔写真と共にプロフィールのようなものが書かれていた。
「女性に腹部を刺されて……だそうよ。痴情のもつれかしらね」
呆れたように吐き捨てて、カナはその書類をハナに手渡す。カナの苦々し気な表情を横目に、ハナは小さく笑いながらそれを受け取った。
ぱらりとめくり、男のプロフィールを眺める。そこに書かれている情報を眺めている内に、また一つ溜息をつく。その為は、先程とは意味合いが異なる。
「刺したのは……ストーカーか何かかしらね。私こういったの苦手なのよね」
「え~なになに、面白そうじゃん! 私それやりたい!」
席のすぐ後ろのドア、休憩室から戻って来たヒナが大きな声を上げる。腰まで伸びた髪はボサボサで、手入れに気を使っているようには見えない。
「駄目よ、ヒナ。これはハナの仕事。あんたの仕事はこっち。ほら、さっさと目を通しておいて」
「うえ~、またトラックじゃん。最近こればっかりだし、たまには違うのやりたいよ」
「担当は決まってるんだから、我儘言わないの!」
「ケチ!」
「痛っ! 髪を引っ張らないでよ!」
ピシャリと叱るカナのポニーテールを、駄々をこねるヒナが引っ張る。
「まあまあ、むしろ事故死のほうが恨みつらみがない分お仕事しやすいでしょう」
そんないつものやり取りを眺めながら、ハナはいつものように苦笑いでそれを仲裁していた。あからさまに嫌そうな顔をするヒナに、カナは後頭部をさすりながら別の書類を渡す。
利用者がいなくなり少女たち三人だけになると、途端に騒がしくなる。
二人の言い合いに紛れる様に、ガチャリ、と音がした。ドアノブが回る音。
部屋の奥のドアから、頭を抱えた女性がのっそりと現れた。
「あ、女神様! お疲れ様です。今お茶淹れますね」
「あら、有難うハナ。そっちの二人は、もう少し静かにして頂戴」
ふらふらと奥の休憩室に向かう女神。それを追いかけるようにして、ハナも事務室を出て行った。
「女神様、相変わらず大変そうね~」
「もう、私まで怒られたじゃないの! ……転生する人最近増えているからね。私たちもこうしてお手伝いしているとはいえ、転生魔法そのものは女神様しか使えないし」
「どうしても女神様に負担いっちゃうもんね。皆未練があるんだね~」
「ヒナももう少し真面目に仕事してくれると、女神様も助かるでしょうね」
「え~、ひっどいな~」
頬を膨らませながらブーイングするヒナの頭をポンポンと叩いて、カナはクスクスと笑う。
そんなやり取りをしていると、休憩室からハナが戻ってきた。
「女神様大丈夫?」
「あはは。お疲れみたい。さっきの子で今日三人目だし」
「私達ももう少し頑張らないとね。ハナ」
「ええ。よし、午後も頑張ろう! っと、そろそろ次の人が来る頃よね」
そういいながら、ハナは先ほどカナから受け取った書類にもう一度目を通す。 先ほどは気が付かなかったが、その書類には2ページ目があった。
パラリとめくり、その二枚目の資料を見る。
「あれ? この人……」
「ごめんなさい、カナ。その二枚目は私の担当だわ」
ハナがその二枚目をカナに渡したとき、正面にある入口のドアが開いた。そこには、今渡したプロフィールの写真と同じ顔があった。ハナは慌てて立ち上がると、入口の男に一礼する。
「い、いらっしゃいませ!」
なにやら妙に目を輝かせた男だ。カナが自らの元へ促すと、スキップでもするのではと思うような軽やかさで歩いていた。
そのすぐ後に、ハナが担当する男が現れた。また一つ深呼吸して、しっかりと笑顔を作る。
「いらっしゃいませ。転生内容に、何かご希望はございますか?」
男は事態を理解できないといった様子で、キョロキョロしている。だからこそ、笑顔で接するのだ。
今日もまた、異世界転生所には人が訪れる。新たな人生を歩むために、胸に秘めた願いをかなえるために。