4話
アインは自室で荷仕度をしていた。と言っても着替えを数着持って行くだけで、この仕度も試験に受からなければ、往復でまた実家に帰ることになるため意味をなさない。
そして、仕度が終わりゼファーの下に行く。
「お父さん。仕度終わった」
アインはポーチを腰に巻きつけて、斜め掛けのでかいカバンを肩からぶら下げている。
「終わったか。迎えにアルク寄越してあるからあいつに乗せてもらえよ」
わかったと首を縦に振り、外で待っているアルクの方に駆け寄った。
「おう、坊主三日ぶりだな。俺が送り届けるのは港までだ。そこに確か学院直通の船が出てるはずだ。金は持ったか?」
また首を縦に振るアイン。
アインは、アルクの手を借りて馬に乗る。後ろを振り返るとゼファーが手を振っていた。アインは振り返すとゼファーが頑張れよと言ってくれる。
「坊主、しっかり掴まってろよ。掴まってないと振り落とされるからな」
だったらそんなに飛ばさないでと、アインは言いたげにアルクへ視線を送るも、その視線にアルクは全く気づかず馬を走らせた。
そして、馬の暴走運転に揺られて一時間。やっとのことで港町ミズシリアに着いた。
馬から降りるととてつもなく股が痛い。アインが苦悶の表情を浮かべている。
数分、悶絶してやっと落ち着きを取り戻した。
「大丈夫だったか坊主。まあ、そんなことはどうでもいいとして、あそこに見えるでかい船が学院の船だ。この時間だとまだ乗船は始まってないからそこら辺で時間を潰しといてくれ。伝えることは言ったからな。俺はこれから坊主の父さんの剣を作らなきゃいかんから。それじゃな」
アルクは伝えることを全部伝えて、自分の工房へ帰っていった。一人になったアインはとりあえず船へと足を向ける。
時間がまだ余っているなら町を見物しようかとアインは、港にほど近い露天通りに足を向けようとした時だった。
「だ、誰か!あの人を捕まえて!」
その声のした方向に振り向くアイン。すると一人の少女が、地面にへたり込んでいた。その少女が見つめる先には、少女の所有物と思しきバッグを持って、男が走り逃げている。
ひったくりは見逃せないなと頭を掻き、少女に向けて、待っててと一言かけた後、アインはその男を追いかけようと全速力で走った。今までの鍛錬のおかげで、走る速度は常人よりも遥かに速く、引ったくりの男にすぐ追いつき、男の正面に立つ。
アインはゼファーが出発直前に言っていたことを思い出していた。
『そろそろ喋り方変えたらどうだ?今の喋り方だと舐められるぞ?』
確かにゼファーが言っていることは一理ある。僕とかですます調は相手に自分よりも下の人間だと思われやすい。まあですます調は、ある一定の条件下でどの喋り方よりも怖くなる。アインは、心の中でそうだよねと、ゼファーが言っていたことを肯定していた。
「おい、あんた。人のもんを引ったくるのはどういう理由があってもやっちゃいけないんだと思うんだけどな」
アインが目を細め、ドスの効いた声音で言葉をかける。
ひったくり犯は、アインの威圧に気落とされたのか、声が上ずった。
「お、お前には関係ないだろ!ていうかお前は誰だよ!」
「……たまたま通りすがっただけの人?」
アインは、十五歳の少年から想像出来ないほどの、不敵な笑みを浮かべ、人差し指を唇の前で立てた。
男は無理矢理突破しようとするが、そんなことは不可能と言うもの。
一般人と何年も鍛錬を積んできた人が対峙して、一般人が勝つ見込みなど、予想だにしなかった事態が起こらない限り、0%に近い。
クソが!と盗人はアインに遅いかかる。振り上げた盗人の腕をアインはじっと見つめ、拳が目の前に来た時、タイミングを合わせて振り下ろされた腕を弾く。
弾いたと同時に弾いた手で相手の手首を掴み、アイン自身は姿勢を低くし、盗人の懐へと入り込んだ。入り込んだ時の勢いそのままに、肘鉄を腹部に打ち込む。あまりの痛みに盗人は後ずさり、目線を上げると目の前にはアインの靴裏が迫っていた。アインの蹴りは、盗人の顔面に直撃し、数メートル吹き飛ばした。
そして、アインは落ちていたバッグを拾い、持ち主の元へと差し出す。
「あ、ありがとうございますっ!凄いですね!君、私と歳変わらないくらいなのに」
バッグの持ち主はアインと歳が変わらないくらいの少女。スカイブルーに染まった髪をポニーテールにまとめ上げ、全体的にふわっとした服装を着ていた。しかし、そのふわっとした服装にも関わらず、胸だけ自己主張が激しい。
「気をつけてね。俺はこれから船に乗らなきゃいけないから」
アインがその場を去ろうとすると少女がアインの服の裾を引っ張り引き止めた。
「あの、その船ってマギスト学院行きだったりしませんか? 」
アインは、金色の瞳でまじまじと少女の顔を見つめ、彼の目にはハテナが浮かんでいるようだった。
「そうだけど、なんで分かったの? 」
アインが率直な疑問をぶつける。
「なんでって、この時間、港に停泊してる船は学院行きの船だけですので……」
なるほどとアインは、手を叩きながら納得した。
「よかったら……一緒に行きませんか? 」
別に断る理由もなければ、世間のことは全く知らないということで、アインは二つ返事で返した。
「分かった。俺はアインス・フリューゲル。アインって呼んでくれればいいよ。で君は?」
「私はメーア・フリーセン。よろしくです。メーアって呼んでください」
ああ、とアインは相槌を打つ。
そして二人は並ぶ形で船が船舶をしている場所まで歩く。
その間、二人は無言。メーアは話しかけようと試みるがなぜか話しかける手前で頬を紅潮させ、やめてしまう。
アインは怪訝に思い、メーアの顔を覗こうとするとメーアはさらに頬を赤に染めて、明後日の方向に顔を逸らす。
「どうした?」
アインが聞くと。
「う、ううん。な、なんでもないです!本当になんでもないから」
と両手を振り、言う。
アインはそうかと言ってまた歩き出した。
そして、船着場に着くとそこには、巨大な船があった。
二人は船を見上げて、どれだけ大きいんだろうと思いを馳せている。
「大きいですね、ア、アイン君」
まだアインの名前を呼ぶのを恥ずかしがるメーア。
「ああ、かなりデカイな。っていうか俺は船自体見るのが初めてだけどこれは普通のよりデカイって分かるぞ」
船自体見るのが初めてという言葉に反応するメーア。
「えっ、船見たことないのっ⁉」
ぶっきらぼうにああ、と返す。
「俺はずっと森に囲まれた場所に住んでたから。ほら受け付けに行こうぜ」
アインが先導して船の受け付けの場所まで歩く。受け付けには二人の女性が座っていた。
「あの、マギクルスト学院の試験会場行きの船ですよね?」
アインが聞くと
「そうですよ。もうすぐ出発するので早く乗ってくださいね」
最後にきゃるんとかてへぺろとか付きそうな感じで、受け付けの人に促され船に乗った。
中は豪華絢爛というに相応しい内装で、螺旋階段、船内中央は吹き抜けになっており、魔力によって動くエレベーターも完備していた。
「凄い綺麗ですね……」
そう言うメーアの言葉をアインは、生返事で返す。アインもこの船の内装に、かなり衝撃を受けているようだった。




