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先生と生徒  作者: あめ
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閑話:誰も知らない

先生独白




 佐野が寝ている。

 毎度の如くフラれた愚痴を言いに他人ん家まで押しかけて来て、泣き疲れたのか、ついさっき寝落ちした。

 周囲には鼻水やら涙やらを拭いたティッシュの山。そしてこいつの突っ伏するスペースのために追いやられたカップ麺の空き容器たち。……勝手に上がりこんどいてさんざっぱら他人の部屋を汚ねえ汚ねえ言ってるが、俺の部屋が汚ねえのはお前にも原因があるんじゃないんですかね。散らばった残骸どもをゴミ袋に放り入れながら考える。

 テーブルに埋まった横顔を睨み付けて、とりあえず、こいつが起きたら飯のひとつでも作らせようと思った。


「……せんせい……」


 びっ、と肩が強張る。

 見ると、どうやら寝言らしかった。ふがふがと訳のわからないことを呟いている。眉間にシワが寄っているから、どうせろくな夢ではないんだろう。補習で苦しんでるとかそういう感じの。

 前にもこいつが寝言で俺を呼んだことがあったが、起きた直後に「ちょう悪夢だった、先生がオカマになる夢だった」とか抜かしやがった前科がある。期待したら負けだ。


「……って、なんの期待だっつーの」


 台所へ行こうと立ち上がる。先生ん家の台所は狭い、と再三文句を言われた場所だ。

 ビールでも飲もうと思った。丁度こいつが手土産に持ってきたやつがあるし、特にすることも思いつかない。酒を飲むくらいしか楽しみが無いというのも、教師としてどうなんだろうかとは思うが。


「……い、かないで」


 また、何か呟いた。

 振り返る。

 立ち上がった俺の服の裾が、眉間にシワを寄せて眠ったままの状態のそいつに掴まれていた。引っ張ってみるが、案外力強く握っているようで、なかなか外せない。ビールすら飲むなってか。


「……せんせいは……あたし、の」


 どうやら、こいつの頭の中では誰か(この場合かなりの高確率で仲居先生だろう)に俺を盗られそうになっているらしい。そもそも俺はお前の所有物じゃねえよ。

 仕方なしに、またその場に座り込む。掴まれたままの裾は変わらない。

 綺麗に切り揃えられた爪は、この間まで恋人だった相手の好みに合わせたものなんだと言っていた。シンナー臭を撒き散らしながら迷惑にもこの部屋で爪を桜色に染めていた姿も見たことがある。その時のこいつがどれだけ嬉しそうに彼氏の話をしていたか、相手の男は知っているんだろうか。


「……お前、別れて正解だったんじゃねえの」


 別に、知らなくてもいいと思う。こいつの愛情が重いのは今に始まったことではないし、知っていた所でやっぱり逃げ出していただろう。

 身も蓋もないが、単純に男運がないのだ、こいつは。


 何とはなしに手を伸ばす。髪に触れると、さらりと指先をすべっていった。その先にはまだ濡れたままの長い睫毛と、僅かに赤くなった目元。

 泣いて、泣いて、次の日の顔がそりゃもう酷いことになるのを理解しながらも泣いて、こいつはリセットをする。前の男を忘れて、また新しい恋愛を探しに行く。そういう切り替えの早い所は、まあ、すごいと思わなくもないが。


(だから、俺は)


 もう一度、指先だけで髪を梳く。眠っていれば人形みたいに整った顔立ちをしているのに、なんで起きている時はあんなに性格ぶっ飛んでんだろうな、と何度思ったか知れない。

 だが、何故だろう。目を開けてぶすくれた表情で口うるさく言い返してくるこいつの方が、ずっと好ましいと思う。いつもはもう本当に黙れと首を絞めたくなる時もあるが、くるくる変わる表情や、教師相手でも不遜なままの態度がなければ、こいつではないのだ。逆に静かで優等生然とされていたら落ち着かない。


 ただ、今だけは。

 どうか目を覚まさないで居てほしかった。


 都合のいい話だが、こうして密かに触れるこの瞬間だけは、眠っていてほしい。

 そして目を覚ましたら、また他愛もないような馬鹿話をしてくれればいい。


(全く、何でなんだろうな)


 そうやって、俺は同じ問いをずっと繰り返している。

 繰り返して、繰り返して、そこから進むことも退くこともせずに、同じ問いを自分に投げかけ続けている。



(……何で俺は、お前が、)



 起こさないように注意して触れた唇は、何事もなかったかのように、また明日も俺の名前を呼ぶ。







誰も知らない

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