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先生と生徒  作者: あめ
20/25

あなたとわたしが乗れない電車

佐野と先生




 クリスマスプレゼントです、とカップ麺が六つくらい入ったビニール袋を差し出すと、ドアを開けた姿勢のまま、やけに驚いたような顔をされた。


「……お前、なんでこんなとこに居んの」

「だからプレゼント渡しに」

「去年は来なかっただろ」

「そうですね。彼氏といたから」

「予定は。和田とどっか行くんじゃねえの」

「行きませんよなんであたしがあいつとクリスマスを過ごさなきゃいけないんですか」


 一息に言うと、いやだって付き合ってんだろ、お前ら、と何てことないように言われる。そうですね、事実としてはそうでしょうね。でもあたしは和田を好きではないし、和田も大してあたしを好きではないだろうと思っている。クリスマスどうする?と訊かれたときに、どうもしない、とこたえたあたしに、佐野ちゃんはそうだよねえ、おれは友だちと遊びにいくよ、と当たり前のように言ったのがその証拠だ。


「どうせ先生もひとり寂しく過ごしてるだろうから、プレゼントくらい持ってってあげようと思って来たんです」

「……そりゃあどうも。にしてはプレゼントシケてんな」

「失敬な!」

「言っとくが俺からは何にもねえぞ」

「べつに、期待してないんでいいです」


 それより中入っていいですか、寒いんで。訊くと、先生は少し考えて、いや無理、と短くこたえた。

 なんで。むすっとしながら重ねて尋ねる。そんなあたしに、先生はうっすらと目を細めた。


「いいから。帰れよ」


 その声がやけにやさしい。

 そのせいで、うっかり涙が出そうになった。


「……あたしが、和田と付き合ってるからですか」

「あとであいつに誤解されて面倒なことになりたかねえし」

「奴はそういうタイプじゃないと思います」

「じゃあ、単純に俺が嫌なんだよ」

「なにが、」

「あいつの恋人うちに上げんの」


 なんだそれ。

 そう思ったと同時に、なんだこれ、とも思った。

 いちいち、一言一言が、がつがつ刺さってくる。痛い。なんだこれ。クリスマスなのに、なんなんだこれ。


「じゃあ、わかれる」


 和田に電話をしようと衝動的にバッグから携帯を取り出す、が、そういえばあたし、和田の連絡先知らなかった。理由、あたしが別に知りたくないと言ったから。

 けれどもそんなことなど露とも知らない先生は、携帯を手にしたあたしの腕をやんわりと押さえて、やめとけ、と言った。


「いやだ、わかれます」

「だからやめとけって」

「なんで!」

「あいつ、いい奴だろ」


 思わず、先生を凝視した。

 あの先生の口から、あいつ、いい奴だろ?


「て、天変地異の前触れだ……!」

「我ながら今そう思ったわ」

「本気で言ってるんですか先生!」

「まあ」

「頭おかしくなったんじゃないですか!」

「うるせえよ。……なんか、まあ、あいつとならお前もようやく人並みのオツキアイ出来んじゃねえの。と、思っただけだよ」


 ますます信じられない心持ちで先生を見つめた。

 人並みのオツキアイって、なんですか。むしゃくしゃしたから付き合った、なんて意味のわからないきっかけで始まった和田との関係が、人並みのオツキアイなんかになる訳ないじゃないですか。ああもう痛い。痛い。なんでこんな泣きたくなってんのあたし。



『佐野ちゃんは、ばかだよね』


 ふと、クリスマスの予定を訊いたあとに和田が言っていた言葉を思い出す。ばかってあんたにだけは言われたくないわ、とあたしはこたえた気がする。


『好きになっちゃえばいいのに、もう』

『はあ?誰を』

『そんなにすきなら、好きになっちゃえばいいのに』


 誰を、とこちらが訊いているのに、和田は決して固有名詞を使わなかった。でも、わかった。先生のことだ。


 簡単に言うな、と思った。


 あたしの持つ先生への好意は、恋愛感情とは全く違うものだ。もっとやさしくて、あたたかくて、たまに荒れ狂うけれどひどく穏やかな、そういう好意だ。それは、恋愛感情とは違う。だって、恋ってもっと衝動的で破壊的で支配的なものでしょう。こんなにもじわじわと痛むような、おだやかな恋なんてあるはずない。そんな恋をあたしは知らない。


 あの和田の言葉に、あたしはどうこたえたんだっけ。



「ーーーなりません」

「……は?」

「あたしは先生なんかを、絶対に好きにはなりません」


 唐突に、なんの脈絡もなくそう告げたあたしに、先生は目を瞬かせた。

 またおかしなことを言い出したと思われているんだろう。我ながら、なんで今これ口に出した、とは思う。けれど、口にしなければいけない気がした。そうしないと、なにかが変わってしまいそうな気がした。


 そんなあたしの思いなど知る由もない先生は、訳のわからないあたしの発言を少しの間をとって咀嚼したあと、いつもとは違う顔でこうこたえた。


「まあ、そうしてくれ。好きになられても迷惑だし」


 笑っていた。

 少し困ったように、呆れたように。僅かながらも、苦笑していたのだ。先生は。


 それをみた瞬間、痛い、と、思った。

 痛い。

 痛い。

 いたい痛いいたい。

 あまりに痛くて、心がばらばらになるというのは、きっとこういうことを言うのだと思った。心を四方八方から引っ張られて、びりびりに裂かれてしまうような。


「……おい、どうした」

「なんでもありません」

「いや何でもなくねえだろ」

「なんでもないんですってば」

「鼻水出てんぞ」

「心の汗です」

「それ、目からも出んの」


 うるさい。……そうですよ泣いてますよ泣いてますけどそれがなにか!

 自分でもなんで泣いてんのかわかりませんよそれがなにか!


「……さいあく」

「あ?なに」

「さいあくの、クリスマスプレゼントです」


 あたし、先生の笑った顔ちゃんと見たの、はじめてだったのに。

 ずるずるとその場にうずくまるあたしを見て、先生は面倒くさそうに溜め息を吐いた。








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