アンバランスがゆりかご
佐野と和田と先生
どん、と突きつけられた一枚の紙には目にも鮮やかな赤い数字がひとつ。
うわーすごいですねーははは。笑ったら先生からものすごく冷たい視線が返ってきた。
「てことでお前補習決定な」
「えー!?」
テスト0点ってあたし、今時ちょっと有り得なくないか?
***
がら、ガッガッ、がたがたん。
理科準備室の死ぬほど建てつけの悪いドアを手こずりながらも力技でなんとか開け放つと、そこに見覚えのある頭が作業机にでろんと上半身を伸ばして寝ていた。
「げっ」
和田だ。
正直あまり会いたい顔でもなかったので、先生の呼び出しを無視して引き返そうかなあと踵を返す。けれどもなぜだかこんな時に限って入口の真横に突っ立っていた人体模型にかるく引っかかり、そしてさらになぜだかそれだけの衝撃で腎臓だか肝臓だかが勢いよくぽーんと体外に飛び出した。ええええ。飛び出してきたそれがごろんごろんとあたしの足元に転がり落ちる。人体模型に視線をやると、おいコラァ何してくれとんじゃワレェ、とでも言い出しそうな目でこっちをガン見していた。なんだろうこの当たり屋に因縁つけられたみたいな気持ち。
仕方がないのでそのよくわからないパーツを拾いあげてどこに嵌めればいいのか悩んでいるうちに、伸びていたはずのそいつがびくりと動く。跳ね散らかした猫みたいな髪が揺れて、顔を上げたそいつがあたしを見つけてきょとんと目をまるくした。
「あれえ、佐野ちゃんだ。おはよー」
「……こんなとこで何してんのあんた」
「おれ? おれはねえ、新見せんせーに呼ばれて来たの。補習だって」
「うわあ……あんたも一緒かよ」
「あれ、佐野ちゃんも補習? ぷぷっ、ウケるんですけどー!」
「常連組のあんたに言われたくないわ!」
言い草にむかついたので持っていた人体模型の一部(未だになんの臓器かわからない)を投げつけてやったら、なにそれちょうキモい!と悲鳴をあげて逃げ出した。軟弱な。
渋々、あんたに近寄りたくないです感をあからさまに放ちながら離れた椅子に座ると、うわあそーゆうの傷つくわーと部屋の隅から抗議する声が聞こえた。もちろん無視する。
そうこうしてたらまたドアが開いて、カップラーメンを持った先生が煙草の煙と一緒にひょっこりと顔を出した。校内禁煙なんですけどちょっと。
「お、やっと来たのか。おせーんだよお前」
「……あんたこんなとこでまでラーメン食ってるんですか。死にますねもうじき」
「うるせえ。0点取った奴に偉そうなこと言われたくねーよ」
「ちょっ、さりげに人の点数バラさないでくださいよ!」
「あ、点数が衝撃的すぎてうっかり」
「うぐ……!」
なんだこの白々しい顔! ていうかこれって言葉の暴力じゃないんですか今すぐ出てこいPTA!
それでも0点取ったのは悲しいかな事実なので押し黙ったら、部屋の隅から、ぶふっ、と噴き出す音がした。カッと目を見開いてそっちを睨みつける。
「0点っ……0点だって……! そんな漫画みたいな点数取んのって一種の才能なんじゃないの佐野ちゃぎゃはははは!!」
「笑いすぎだろあんた! デリカシーない男はモテないんだからね先生みたいに!」
「……まさかそれをお前に言われるとは思わなかったよ俺は」
「どういう意味ですかそれ。あたしデリカシーの塊ですけど!」
「ぎゃははははは!!」
「だからうるさいって! いい加減黙れよ!」
「和田、ちなみにお前もテスト0点な」
「あれっ? そうだっけ」
「はあ?!」
腹を抱えて他人様の点数を笑いやがったくせにけろりとそう答えたそいつを、そうだ、ぶっ飛ばそう、と思い立ちとりあえずもう悠に3分以上は経ってふやけかけている先生のカップラーメンをぶん取ってそのまま和田にぶっかけてやった。「ぎゃー!!」 天に召されてしまえ、アーメン。……あ、今ちょっと上手いこと言ったかも。
自画自賛していたら、ばこんと頭を叩かれた。
「俺のラーメンどうしてくれんだ馬鹿生徒!」
あ、ごめん先生。そこまで考えてなかった。