一.a
肌から滴り落ちる無数の汗と甘いシロップが混ざり合った空気が、轟々とエアコンによって部屋中にばら撒かれていく。しかし文義らはそんな臭気溢れる個室の中、互いの顔を見つめ合うだけで一言も発しようとはしない。
無言の同調が、文義にとっては苦痛でしかなかった。
採択の是非を決めるのは彼の特権だ。だがその権威が彼を苦しめている。例え誤った判決を下したとしても、誰も文義を責めない。そういう決まりだった。
文義は、自分の手を握る柚依凪に、そっと寄り添った。
「――じゃあ異論はないね? 決定だ」
文義がそう言うと、大きなため息と共に各々は肩の力を抜いて座り直した。
「まさか、こんな事を決めるとは」
文義の隣に座る直元がそう呟いた。先ほどから直元の指が慌ただしく蠢いて、パイプ椅子の座面を添うている。それは彼が緊張しているときに行う癖だと、文義は知っていた。
事実彼らにとって、この議論は非常に特殊性を帯びたものであった。普段は教授や講義に対する愚痴や、漫画や映画の評論、もしくは今夜行う『会場』の場所についてなどが主な議題であった。
――だが『これ』はそんなものではない。
あまり気分が良くならない異臭を放つエアコンを睨みながら、文義は柚依凪の手を強く握った。
「それで? 文義、どっちなんだ?」
文義は声の主である諒へと視線を動かした。額から足のつま先まで彩られた褐色に反抗するかのように輝く、金色の頭髪。場違いと思わせるほどのフェロモンと汗水を流す諒は、文義にとって兄のような存在であった。大学に入学して間もなく行われたオリエンテーションの際に、真っ先に文義に声を掛け、以来四年間、ほとんど同じ空間で時間を過ごしてきた。
「……というと?」
「『やる』のか、『ヤる』のか」
文義は、柚依凪と繋いでいる手に強い圧力を感じた。
「俺ァ相手が女でも容赦はしない。『ヤれ』というなら躊躇なく『ヤる』。どうなんだ?」
「…………」
文義は決して道楽的、暴虐的な趣向を好むような人物ではなかった。しかし結局はその二択に迫られることになっている。相手の自尊心を破壊するのに、これらの選択肢は非常に魅力的で、効果的であるからだ。だが文義も、彼を取り巻く連中も、標的となる相手も、みな人だ。人である以上、『本能』に任せた選択というものは、どうしても抵抗感がある。
――にも関わらずこういった選択を提示される以上、『本能』を当てるに相応するような相手であることは否定できないだろう。少なくとも、文義は首を振ることはできなかった。