メスゴリラって失礼でしょ?
女性とは、それはとても、我儘で嫉妬深くて、キレやすくて、陰湿であったりと、
とにもかくにも、相手にするのは大変だろう。
「このメスゴリラ!」
「あ?」
言葉がどストレート。今、女同士の口喧嘩。ふっかけた清金は、その相手である黒人の外国人女性、パピィ・ポピンズに矮小な名で呼んだ。体躯が大きく、全体的に太い。
言葉通りの動物がお似合いだという、とんでもなく失礼な、アレである。
「清金……」
清金はパピィと比べるどころか、一般人女性よりちょっと背が低いし、軽そうで可愛い子である。パピィからすれば、清金のちんちくりんな肉体を笑ってやりたい。
とはいえ、パピィの方が体格に反して冷静で、平和主義者。
「また言ったな、メスゴリラだって?」
丁度近くに木が埋められていた。パピィは右手で鷲掴みし、グーーッと力入れて、
「ゴリラなんかと比べんな!!私に失礼だろうが!!」
そーいう返し!?しかし、それは正しいですねと畏怖して思う。パピィは握った木を引っこ抜いたのだ。
「ゴリラの握力と筋力に私が負けていると思うか!?いい加減にしろ!」
「んだと?」
「お前こそ貧乳だろうが!!パット入れてんの、知ってるぞ!」
そして、当然であるが。言って来た側が矮小な呼び方をすれば、言われた側で返すのは普通。そこに動揺するわけなく、
「デカいが全てじゃないし!!ゴリラと付き合う男がいると思ってんのか!?私のは希少価値なんだぞ!」
「なにが希少価値だ!私から言わせれば、100点満点のテストで11点ぐらいの点数を私だから取れてるみたいな自慢でしょ!?」
「ムッカーーー!なんで、上手い表現をする!」
パピィは引っこ抜いた木を後方へ無造作に放り投げ、清金も胸からパットを放り投げる。ほら、やっぱり。胸が重荷になっていて動きが鈍くなるよねって、演出したいわ。
「始まった……よく会ってはこうして」
中立の村木は、いつもの2人の喧嘩を傍観かつ周囲への安全を気に配って、観戦モード。
「村木、ゴング鳴らせ」
「レフリー村木」
「私は、村木望月って名前なんですけど?まったく」
村木は自分のスマホを手に取って
「投げて落ちるまでよー」
軽くスナップ効かせて、宙へと浮かした。それはとっても軽い表現にして、30秒を超す制限時間ができるほどの大遠投。
身長差もかなりのものであり、肉体が鎧のように固いパピィには単純な打撃では通じない。スタートからの体のこなしが軽やかな清金は舞った。パピィの顔面に届く、飛び回し蹴り。
「ノレェ」
難なくとパピィも捌くが、清金の攻撃はパピィの体を足場にしている。蹴ったところを足場にしてしまう、脅威の瞬発力。床でも踏んだようにまた高く飛ぶ。パピィが捕まえようとする手を避けて、その真上へ。
「メスゴリラは木登りできるでしょ?」
「あいにく掴む胸がねぇぞ」
挑発オンリー。
真下にいる相手を襲撃するのは、慣れこそしないが可能であるが、その逆は慣れだけではできるものではない。一方的な踏みつけと拳がパピィに襲い掛かる。
体格差で敵わないから高低差で押し潰す清金の戦い方。巧いに尽きるテクニック。
そして、パピィも顎を引いて。攻撃を受けながらも急所を隠している。左腕に力を込めて、踏みつけで腰が落ちて来たと見せて、バネを作っている。溜めが終わった瞬間に爆発した跳躍。
「バナナでもあったかしら?メスゴリラ」
「お前のポニーテールがそーっぽく見えたよ」
両者、宙へ。飛び跳ねたパピィと落下していく清金。空中という状況でパピィの拳を避けた清金であったが、その直後。空気を揺らす振動が体内に響いた。
「!!」
筋肉と骨、神経を痛める衝撃。パピィの力任せの拳は避けても、周囲に衝撃を与え、当たらずとも響いてくる。吐く血を堪え、飲み込むも。その防御のせいで攻撃への始動が遅れる。
突き上げ、宙に飛んだパピィは両手を合わせた。巨大な両手が斧のような凶悪な代物に思える、殺意。
トンッ
清金は着地する。攻撃ができず、足止めもできない。どうする?その答えは
グググッ
接近かつ、真上から振り下ろされる攻撃。タイミングをずらすため、照準をさらに下へと降ろさせる。足を自然に崩し、しゃがみの体勢。審判として見守る村木も、上手いと唸らせる清金の回避。刹那からパピィがどう攻撃を繰り出すか、無論だが堪える。背骨を圧し折る攻撃を狙っていたからだ。
「!」
しかし、清金の巧さはここから。しゃがみながらパピィの両足の下、体格差を理解しながら技のみで
「せいっ!」
「おっ」
パピィの体を足元から打ち上げるよう、投げた。自らも体勢を戻しながらの攻撃。バランスを崩したパピィは無様に転ぶように、地面に向かうが。そこへ
メギイィッ
清金が逃さず、拳をパピィの顔面に叩き込んで、地面に墜落させる。
「ふんっ。メスゴリラ」
なんとか拳をパピィに届けた攻撃であった。
「私の勝ちよ」
「そうかな?そうでもないでしょ」
パピィも清金から受けた様々な攻撃をものともせず、平然と起き上がって来た。一方で直撃こそ避けたが、攻撃をわずかに被弾するだけで痛みを起こし、攻撃に転じても体の芯に響いてくる肉体。
制限時間や縛りがあれば清金が勝てても、問答無用の殺戮ならばパピィが勝つが道理。
村木の手にスマホが落ちてくる。
パシィッ
「はい、終わり。勝者、清金ー」
「ふふん。所詮、メスゴリラ」
勝ち逃げする清金。しかし、……
「ぶふうっ、げほっ……あんた、本気出すとか、バカじゃない!?体痛っ」
「ちゃんと避けてねぇからじゃん」
清金は血を吐いて、パピィに介抱される始末。拳の風圧を間近で直撃したもんだから……。
「次はねぇぞ」
「当分しないわよ、パピィに勝てたんだから」
「むっ……」
清金は2週間ほど、パピィと戦うことを止めた。賢く勝ち逃げだ。ここまでどれだけ負けたか、村木はそれを知っている。
「村木のスマホは取り上げね。私が負けた事実は消去……」
「戦績記録して何が悪いのよ。じゃあ、次。あたしと戦う?」
「いいわよ、村木。また今度にするけど」