98話 この日襲った絶望の名を俺たちはまだ知らない
先ほどまで爆炎と悲鳴の舞っていた戦場が、一瞬だけ時を止めたかのように静まり返る。
その静寂を破ったのは、大尉による大号令。
それがドームに轟いた時――俺たちの反撃は始まった。
「第一攻撃部隊、斉射!」
その声に合わせ放たれたのは、巨大な光の槍のシャワー。
一本一本が電柱ほどの大きさを持ち、その全てが女神の頭上から降り注ぐ。
「次、第二攻撃部隊準備!」
やや甲高い独特の爆発音の鳴り響く戦場の中、大尉は声を張り上げ次弾の準備を急ぐ。
それにしても凄まじい光景だ。もう某国のちょっとした軍事演習の規模に等しい。あそこにいたら絶対に死んだな。
「発射!」
第一波と違い第二波では様々な魔法や特殊射撃攻撃が飛び交う。女神の顔面付近で突如として起こる爆発。頭上から迫る巨大な氷塊。地面から天へと駆け上がる雷。極太のレーザー。それらが互いに干渉し合わぬ絶妙な角度とタイミングで放たれる。
その中でも特に俺の目を引いたのは、巨大なバズーカ砲を両手で重そうに抱える男の放った一撃。その一撃は女神の膝に命中すると轟音と爆炎をまき散らしている。
「あれは……砲手か」
射撃職の中でも最大火力を誇る職種。それが砲手だ。ガンナーがフットワークを活かした手数重視のスタイルなのに対して、砲手は機動性を犠牲にした火力が魅力と言われている。
「いいなぁ、バズーカ」
バズーカは砲手しか装備することのできない武器だ。俺も憧れから武器屋で手に取ったことはあったが、試射場で引き金を引いても何も反応しなかった。残念極まりない。
「よし、ラストだ。とっておきを叩き込んでやれ。第三攻撃部隊、発射ぁああ!」
大尉の咆哮を受け、最後方にいた4人の魔術師が体から眩い光を出し、その力を解放する。
「黒の暴風!」
4人の口から全く同じ言葉が同じタイミングで紡がれると、女神の体をすっぽりと覆うほどの巨大な竜巻が足元から巻き起こり飲み込んでいく。
「す、すげぇ……」
これまで見た魔法の中で、間違いなく最大規模のものだ。どうやったらこんな魔法が使えるんだ?
その疑問の答えを、したり顔の軍曹がくれる。
「あれは合体魔法って言うんだよ。うちのギルドでも、あの4人しか使えない最強火力だ」
合体魔法。なんだその響きは。羨ましすぎて目から汗が流れそうだ。俺も葵さんと合体魔法撃ちたい。魔法名はラブハリケーンでお願いします。
「勿論発動にはかなり時間がかかるし、その後に一定時間の魔法攻撃力弱化なんかのペナルティが付くから使いどころは難しいがな」
「なるほど、おいそれとは使えないとっておきという訳か」
俺の相槌に軍曹はそう言うことだと言わんばかりのドヤ顔を見せる。少し俺に対する態度が軟化してるような気がするな。
「攻撃の手を緩めるな! 後衛の火力組は再チャージに当たれ! 前衛の攻撃組は女神に反撃の隙を与えるな!」
大尉の声に、俺たちは急ぎ会話を切り上げ再び前衛へと走る。
「足引っ張んなよ」
「そっちこそ」
いつの間にか、昔から付き合いのある悪友に声をかける感覚に陥っていることに気付く。悪友? 違うな、こういうのはあれだ。
「「負けねえぞ!」」
――ライバルって言うんだ。
■ □ ■ □ ■
それから俺たちは再び女神と戦場を踊った。女神の体をよじ登る俺の戦闘スタイルを軍曹も真似て、俺たちは接近戦を越えた密接戦で女神をかく乱する。
要所では伍長の指揮による援護射撃や伸二によるヘイト操作による援護も入り、俺と軍曹は確実に時間を稼いでいった。
そして大火力での攻撃が3回目を迎えた時、それは来た。
「おお! HPが50%を切ったぞ!」
ここまでやってようやく半分。その事実に嫌気の差している顔はここにはなかった。
遂に半分だ。ここから折り返しで一気に畳んでやるぜ。少なくとも俺の見える範囲にいるメンバーの顔は、そう言っているようにしか見えなかった。
「攻撃パターンの変化もあり得る! 敵との間合いと味方との距離に気をつけろ!」
大尉の声で引き締められる戦場の空気。だがそれでも抑えきれない熱気が爆発するかのように、俺たち前衛組は再度の突撃を開始した。
その中で先頭を走る俺に1つの影が寄り添って並走する。その影はやや頬を紅潮させ、緊張した面持ちで俺へと口を開き、
「ソウ殿、拙者もいくでゴザル! その雄姿に惚れ申した。是非お傍で拝謁させて下され!」
全身を黒の忍装束で固めた男が忍者走りで並走する。なんかいきなり濃いキャラ来たよ。
が、奇なことは続くものだ。
「ずっこいぞ佐助! ソウ様の隣はウチが務めるんや! 忍者馬鹿は引っ込んどり!」
今度は反対側から淡い藤色の浴衣姿の女性が俺のスピードに合わせて追走してきた。いきなり濃いキャラ2人に挟まれたよ。
「早い者勝ちでゴザル! 蘭こそ引っ込むが良かろう!」
「ソウ様の隣はウチのもんや! アンタには渡されん」
何故このような状況になっているのか理解に苦しむが、今はこの言い合いに気を取られている場合ではない。個人的には蘭さんと一緒に並走したいが、俺がこれから飛び込むのは地獄町一丁目。か弱い女性を危険に晒すわけには――ん、待てよ、この人俺のスピードについてきてるな。伸二は元より、他の軽装の攻撃組でも軍曹と極一部の人しかついてこれなかった俺のスピードに。華奢な見た目とは裏腹にこの人も中々のやり手なのかもしれないな。
なら付き合ってもらおうか、地獄へ。
「2人とも、牽制お願いします。俺は女神の後ろに回り込んで腰に張り付きます」
「「はい!」」
熱のこもった返事が返ってくると、2人は左右へ別れそれぞれに俺の援護を始める。
「――分身の術!」
佐助さんの体が陽炎のように揺らぐと、その周囲に彼そっくりの分身体が4つ現れる。本体の動きと完全に同調したそれらは、懐から取り出した手裏剣を一斉に女神へ放つ。
「――爆裂手裏剣!」
目視するのがやっとな手裏剣が女神の右肩から首筋にかけて突き刺さるや、直後に爆炎が上がる。
やるな、威力は俺の徹甲焼夷弾と互角――いや、貫通力は俺の方が上だが爆炎は向こうの方が上って感じだな。
「うぅ~佐助ぇ……ウチも負けてられん――おいで、ゼブラダニオ」
そう言って彼女がアイテムボックスから取り出したのは、身の丈の倍はあろうかという巨大な武器。棒状の持ち手に先端には槍のような刃が付き、その横には斧のようなものまでつけられている。
「あれは……ハルバード」
ハルバードとは15世紀から19世紀にかけてヨーロッパで使われていた武器。日本では斧槍とも呼ばれる、槍と斧が一体化したような武器だ。槍のリーチと斧の破壊力を併せ持ち、斬る、突く、引っ掛ける、叩くなど多岐に渡る攻撃パターンを持つ非常に優秀な武器だが、それ故に優れた状況判断を求められ、長さと重さの両方を持つことからその扱いには熟練の腕を必要とすると言われている。
その武器を、浴衣に身を包んだ華奢な体の女性が頭上でぶんぶんと振り回している。何と言うかもう、圧巻の一言に尽きる。
「ということは彼女の職業はベルセルクか」
ハルバードのアーツはレア職であるベルセルクしか覚えないと言われている。もし彼女が俺のようにリアルでも武器を使い慣れている人であればその可能性は崩れるが、流石にハルバードを日本で振り回す女性はいないと思いたい。
しかしベルセルクか……いいなぁ。確か情報サイトでは、高火力の接近職って紹介されてたな。まぁその代わり防御力は大分冷遇されてるって書かれてあったが、それでもやっぱり大きな武器はロマンだよなぁ。
「って見惚れてどうする。俺も自分の仕事をしないと」
出来ればずっと見ていたい光景だが、今はそれよりも優先すべきことが多すぎる。後ろ髪を思いっきり引っ張られながら、俺は再び迅雷を起動し女神の腰付近まで跳躍した。
『おのれ、この小人共』
怒気をはらんだ声も、今の俺たちには何の牽制にもならない。俺たちはただ、コイツを倒すべく最善の行動をするだけだ。
『もう……やめだ』
凄まじい殺気の籠った声。その声は鼓膜を震わせ、背筋を凍りつかせる。
「――!?」
直後、女神の体から目を開けていられないほどの光が溢れ出す。
「なん――だ、これ」
「――いかん、全員下がれ!」
大尉の声とほぼ同時に、疾風を使いその場から離れる。幸い光によるダメージはなく、俺を含めた全員がノーダメージで構えることができている。
「何が来るかわからん、全員備えろ!」
これまでのパターンから考えれば、無差別レーザーの雨か、大地を燃やす炎があるが、HPの減少に合わせて新しい攻撃パターンを出してくる可能性は高い。
俺たちはあらゆる可能性を考慮してその時を待った――つもりだった。
だが――
「う……そだろ……」
「あれは……」
女神の発する光は徐々に収束して形を帯び、8つの化け物を生んだ。その姿に、この場にいる全員の顔が凍り付く。
「……ジーザー、だと」
「それだけじゃない、あそこにいるのは軍艦刀だ。あ、あそこには大猿も」
「まさか……これまでのボスが……全部?」
「なんだそれ……反則じゃ」
俺たちがオキナワで倒したボス、ジーザー。ナガサキで倒した軍艦刀。それ以外にも、クマモトエリアのボスで、全身がマグマで形成されている熊の化け物、魔グマ。オオイタエリアのボスで、多数の猿が合体して体を形成しているボス猿。カゴシマエリアのボスで、全身から闇を放出する巨大な豚、暗黒豚。ミヤザキエリアのボスで、マンゴー&ピーマンに手足が生えているだけのキモイ化け物、略してマンピー。フクオカエリアのボスで、高難易度の四択問題をいきなり出してくる全学生の敵、ミッチザーネ。サガエリアのボスで、あらゆる確率を操作する薄っぺらい紙の化け物、タカ・ラクジ。錚々たる面々だ。
それらが今、俺たちの前で一堂に会している。
「何だよ……これ、ふざけんなよ……」
誰かの声が漏れ聞こえる。確かにそうだよな。ふざけてるよな、これは。
「こんなの……こんなの……」
おっとこの人もか。だが分かるよその気持ち。うんうん、そうだよね。
こんな展開――燃えない訳がないよな。
『行け、我が眷属たちよ!』
女神の言葉に、眷属と呼ばれたエリアボスたちが俺たちへと襲い掛かる。
俺は燃え上る炎を瞳に宿し、それらを歓喜の表情で迎え撃つ。
そして俺たちは――
180秒で全滅した。
次回は掲示板回。
更新は月曜日の予定です。




