97話 この日戦った女神の感触を俺は忘れたくない
女神のHP残量は約70%ほど。攻撃の手は緩まるどころか苛烈の一途を辿る。
対して俺たちは残り85名。火力は増すどころか減少の一途を辿る。
うん、長期戦は無理だな、これ。早いところケリをつけないと確実に全滅する。そのためにも、これから行われる一斉攻撃は何としても成功させなくてはならない。
「皆、後20秒頼む!」
「了解です、大尉」
今女神の攻撃は殆ど俺と伸二と軍曹、そして大火力の攻撃手段のないメンバー21名で引き受けている。残りのメンバーは、可能な限りの最大火力を一気に叩き込むべく後方で準備を始めている。
彼らの準備が整うまでの残り20秒。奴の意識をこっちに縫い付けてやる。
「コッチ向けやクソ女神、一星剣!」
眩い光を剣に灯し、軍曹が女神の足首を上段から斬りつける。
「クソっ、まだ駄目か」
あのアーツ、情報サイトで見たことあるな。同じアーツを連続して繰り出すことで徐々に威力が上がるアーツだったはずだ。だが間に別のアーツを挟んだ瞬間にリセットされるから扱いが難しいアーツとして紹介されてたな。
「軍曹下がれ、弾幕を張る!」
筋肉ダルマ伍長の声が戦場に響くと、魔法の力を纏った弓矢や銃弾が女神の顔周辺に飛び交う。当の伍長も、俺たち以外の攻撃メンバーの指揮を執りつつ、自身も要所要所で俺や軍曹の動きをサポートするライフル射撃を行っている。本当に、
「大した人だ」
「たりめーだ、俺の上官だぞ」
サバゲーの上官? 細かい設定だな。いや、彼らはガチのサバゲー集団。こういった細かいところから入るのも大事なことなのだろう。
「軍曹、口ではなく手を動かせ! ライフルは持っているだろう」
「ぐっ……」
上官には頭が上がらないのか、軍曹は言い返すことなく口を真一文字に結び、弾幕を張るべくアイテムボックスからライフルを取り出す。そして伍長も、鋭い眼光を女神へと向ける。
「さぁ女神よ、私も行くぞ――レッドショット!」
伍長の持つライフルから射出された弾は、赤く真っすぐな弾道を描き女神の顎先へと命中すると、榴弾が爆発したかのような爆炎を巻き上げる。
「おお、すげえ威力」
あれがスナイパーの持つライフルの力か。俺が使っても絶対にあの威力は出せないな。
「って俺も見てる場合じゃないな」
この銃の素の攻撃力があの女神に有効かは相当に怪しいが、弾幕を張る手助けならできるだろう。いやついでだ。目と鼻と耳、穴という穴に銃弾を押し込んでやろう。
『ええぃ、鬱陶しい』
まだだ、まだ終わらんよ。できればジャアさんと一緒に叫びたい言葉を心中で呟きながら、一心不乱に引き鉄を引き続ける。
「おいアレ……」
「マジかよ」
「伍長より正確な射撃だぞ」
「アイツさっき前衛で軍曹と張り合ってなかったっけか?」
「見るんじゃない、あれは幻だ」
何か聞こえるような気もするが、今はそれに構っている場合ではない。今欲しいのは時間だ。それを稼ぐためなら、多少の無茶はしょうがない。
しかし伍長は弾幕と言っていたが、よく見れば結構な威力を持った攻撃も飛んでるな。
例えば伍長の横にいる狩人風のショートヘアの女性。その手に持つ弓から放たれる矢は、光の渦を纏い一直線に女神を射ている。アーチャーという職業が弓を得意としていたはずだから、おそらく彼女はその使い手なのだろう。
「いかん、攻撃来るぞ。回避!」
伍長の声が再び攻撃組の鼓膜を震わせるが、女神の反撃速度はその上を行っていた。
『――猛火!』
足元の地面が赤みを帯びたかと思った次の瞬間、俺たちのいた地点は噴火が起きたかのように爆ぜる。
「うおわぁあああ」
「下がれ、下がれぇええ!」
「今の範囲攻撃を参考に距離を取り直せ!」
何かあっても互いにフォローできるギリギリの位置で固まっていたメンバーが、その一声でさらに距離をとっていく。
「被害は!?」
「消失2。回復の必要な奴が6だ。伍長、限界だ!」
「くそ……化け物め」
俺たち攻撃組の役割は、後方で攻撃準備を整えているメンバーのための時間稼ぎ。だがそれが成されたら終わりというわけではない。あの女神の巨大なHPバーを考えれば、複数回の大規模な攻勢を仕掛けなければならないだろう。
そのためには、俺たち時間稼ぎをするメンバーも被害を最小限に抑えておく必要がある。俺たちが突破されれば、間違いなく後方の火力部隊が狙われるのだ。そしてその中には、翠さんと葵さんの姿もある。
なら――
「伍長、俺が切り開く! 弾幕を頼みます!」
「む、無茶だソウ君! いくら君でも」
無茶でもなんでも、やらなくてはやられる。そして、その中には傷ついてほしくない人の姿もある。ならここは、やるしかないだろう。
「ハイブ! 一瞬でいい、隙を作ってくれ」
走り出した俺に無言で追走してきた伸二へ、地獄の片道切符を渡す。
「任せろこの野郎!」
そしてこの男も文句ひとつ言わずその切符を受け取る。トップギルドの面々ですら怯む局面にあって、何の躊躇も見せず。
「そのまま行け、止まんなよ総!」
こいつが相棒でよかった。爆炎の巻き起こる戦場にあって、頭の中はその思いで充満していた。
「い、いかん、ソウ君!」
俺へと視線を固定した女神を見て、伍長が張り裂けんばかりの声を上げる。だがその声に被さるように続いた声が、女神の意識を俺から剥ぎ取る。
「――コッチ向いてホイ!」
その瞬間、女神の視線は後ろを走る騎士へと移行する。それを見た伍長が再び声を張り上げる。
「ハイブ君、君も逃げろ!」
このままではヘイトを取った伸二が女神の攻撃を食らってしまう。今攻撃組は総崩れ寸前の状況だ。伸二が負傷しても、誰もフォローに回れない。そう考えての叫びだろう。
「大丈夫です伍長! 総が何とかする!」
躊躇なく言い切る相棒の声は、女神の足元へ辿り着いた俺の背中を力強く叩く。
「――迅雷!」
俊足のブーツ迅雷を起動すると、俺の体は女神の頭へ向かって真っ直ぐ飛翔を始める。
「な、何だあの跳躍!?」
「アーツか!?」
「何なんだあいつ……」
女神の身長は約35メートル。わかりやすく言えばガ〇ダム2機分。流石に天辺までの跳躍はかなわないが、膝上までは行けた。そしてこの女神は女神らしさを演出するためか服装はローブ。つまり、掴みやすい。これはもう登るしかないだろう。
そしてその結果、女神様の起伏の――ないな。だがとにかく、素晴らしいスレンダーボディに触ってしまうのもまた仕方のないことだと言える。そう、これは仕方のないことなんだ。何せこのまま座して見ていれば伸二がボロボロの消し炭にされてしまう。俺は親友の頑張りを無駄にしないためにも、この女神の服を掴み、スレンダーなボディをしっかりと満遍なく、でも少しだけゆっくりと登らなければならないのだ。
「総、何やってんだ!? 速く、速く行けぇええええ!」
女神からの掌ビームに吹き飛ばされながら伸二が吼える。まだあれだけ吠えられるのなら大丈夫かな。
「お前が何考えてるかブルーに言うぞぉおお!?」
いかん、伸二がピンチだ。おのれ女神、よくも俺の親友を。
女神の腰の部分まで回り込むと、両手に刃渡り40センチもあるナイフを召喚し、それを女神の腰元に差し込んだ。
『き、貴様、何を!?』
何をって、登るに決まってるだろう。男がナイフを両手に持ったら、それは登るためだと相場は決まってるんだよ。
女神の背骨の隙間を縫う様にナイフを差し込み、頂きを目指し駆け上る。因みにこのナイフは以前使っていた枝垂桜というナイフを改良したもの。その名も、枝垂桜・改。安直な名前と言われるかもしれないが、俺はこの名前を気に入っている。鍛冶師の半蔵さんが一生懸命に作ってくれたナイフだ。気に入らない訳がない。
それに攻撃力も大幅に上がっている。正直攻撃力とかのパラメーターがあることをすっかり忘れていたが、攻撃力が上がっているのだ。それは素晴らしいことだ。それによりダメージがどう変わるとかは全然わからないが、とにかく素晴らしい。何しろ、攻撃力が上がったんだ。その響きだけでご飯三杯行けるじゃないか。
「総、行けぇえええ!」
「おおおおおおおお!」
相棒の声に突き上げられた俺の体は奴の首まで到達し、その瞳に無防備な顔を映し出す。
『き、貴様!?』
ぎょっと振り返る女神。
あ、口も空いた。これはもうプレゼントを贈るしかないな。贈るもの? 決まっている。
「リロード【徹甲焼夷弾PT-01】」
女神の肩を強く蹴り、美しい顔の正面に躍り出るや、2つの銃口を女神へと向ける。
そこから解き放たれた弾丸は、女神の開いた巨大な門を通り、喉の深くへと着弾した。
『がぁああああああ!?』
口から火を吐く女神の絶叫が俺の鼓膜にダメージを与える。これがリアルだったら確実に鼓膜が破れていたな。
「あ、危ない! 落ちるぞ!」
誰かの叫び声が聞こえる。だが心配は無用。この空中は、まだ俺の領域だ。
「――疾風!」
空中跳躍を可能とするブーツにより、落下を始めたはずの体が物理法則を無視して再び女神の鼻先へと飛ぶ。その手にはアイテムボックスから召喚した刀を携え、
「からの――」
渾身の突きを奴の眼球深くに――
「抉り込む!」
『――あああああアアアアアアアアAAAAAAAAAAAA!?』
眼球に深く突き刺さった刀の根元からエフェクトが派手に舞い、俺の顔の半分を紅く染める。
痛そう……だが仕方ない。悲しいけどこれ、戦争なのよね。
「よし、これで後は」
物理法則にしたがって落ちるだけだ。
「お、おい総!」
今度はお前か伸二。まったく高々これぐらいの高さで騒ぎすぎだぞ?
腰にしまい込んだナイフを両手に持つと、目の前にある女神の肌に2つの刃を差し込み落下速度を殺す。
「お、お~」
「あいつ、雑技団かどっかの人間か」
「あいつだけ俺らと違うゲームしてないか」
「あれ、飛んでるよな……」
「化け物……」
「あいつの銃弾……ありえんだろ」
「かっこ……いぃ……」
女神の右足に2本の赤い縦線を引いて降りてきた俺を迎えてくれたのは、若干引き気味の攻撃組の面々。伍長もポカンとした表情で、軍曹はいつも通りの鋭い視線、伸二は何故か頭を抱えている。頭打ったのかな?
しかし皆、緊張感に欠けているぞ。
「ボーっとしてる場合じゃないですよ、皆さん」
「「「 誰のせいだ! 」」」
「……え?」
何なんだ? 一体。
困惑している俺を他所に、大尉の大声が戦場に届く。
「皆、準備ができた。下がってくれ!」
どうやら火力部隊のタメが済んだようだ。さぞやドデカい花火を上げてくれるのだろう。
はやる心を抑え、微妙な表情の伸二や軍曹とともに射線上からの退避を始める。
次回『この日襲った絶望の名を俺はまだ知らない』
更新は木曜日の予定です。




