96話 この日見た神の力は俺たちの予想を超え過ぎていた
巨大な女神から降り注ぐ無差別レーザーの雨。
俺と軍曹はその雨の中を疾走する。
「おらおらおらおらおらぁああああ」
迷彩服の侍の振るう刀はその身に降りかかるレーザーのことごとくを切り払う。腕の動きで辛うじて刀の軌跡は分かるが、はた目には不可視のバリアにレーザーが遮断されているようにすら映るだろう。あれがアーツによるものでないとしたら、やはり凄まじい使い手だ。
「っせぇええええええい!」
銀の剣閃すら見えない。ただ神の左足首で打ち鳴らされる剣戟音と火花のような閃光が、刀の軌跡を教えてくれる。
だがそれだけの卓越した技をもってしても、女神の莫大なHPは極々僅かな動きしか見せない。
「まだまだぁあああああ!」
それでも軍曹の剣は止まらない。僅かでもダメージが入るならば入れ続けるのみ。剣がそう叫びを上げているようにすら感じる。
「っと、見てる場合じゃなかった。まだ序盤だが出し惜しみは無しだ。全力で行く」
もう銃弾の切り替えによる戦闘は銃を使う職種からすれば常識だ。俺が今から使う銃弾も、今ならそこまで注目されないだろう。
「――リロード【徹甲焼夷弾PT-01】」
巨大な女神の右足首の裏、アキレス腱。そこに徹甲弾の貫通力と、焼夷弾による可燃性を併せ持った銃弾を放つ。
「――これでっ!」
その弾は吸い込まれるように足首へと入り込み、一瞬遅れて炎の華を咲かす。その様は巨大な大木の内側で榴弾が炸裂したかの如く。
だがそれでも、
「効いてねぇか……」
呆れた耐久力だ。本当に運営は俺たちにこの女神を攻略させる気があるのか、小一時間問い詰めたい衝動に駆られる。
「――ん、ヤバいな」
女神の視線が俺の方に向いている。スミスさん曰く、特殊弾は改造を重ねれば重ねるほど敵のヘイトを取りやすい傾向にあるらしいから、これは調子に乗った俺への罰かもしれないな。
「総、今行く!」
女神の攻撃が俺に集中しそうな雰囲気を察した相棒が全速力で駆けてくる。いいタイミングだ。
「――ハイ注目!」
大声で叫ばれたそれは、女神の視線を一瞬伸二の方へと向けさせた。が、それだけ。女神はすぐに視線を俺へと戻し、両手を頭上に掲げた。
――アレはヤバい。ヤバいのが来る。
そう感じたのは本能、とでも言えばいいだろうか。とにかくあれは不味い。全身の毛が逆立ち、俺にそう告げる。
「おいクソ女神! イケメンばっかり見てねえでたまにはフツメンも見ろや――コッチ向いてホイ!」
伸二が急に自分を指さし意味不明な言葉を発する。
だが直後、女神は伸二の言葉に引き付けられたかのように顔を向ける。
「あれは《ハイ注目!》の上位スキル《コッチ向いてホイ!》か。うちのギルドでも2人しか習得していないスキルを……やるなハイブ君」
大尉の口から伸二への称賛の言葉が漏れる。やるな伸二。
だがちょっと待て。このままだと伸二に女神の攻撃が行くよな。そうなると次に漏れる言葉は哀悼の意にならないだろうか。
「――護国陣!」
清廉なる巫女の声が、伸二の防御力を底上げする。葵さん、良い判断だ。
「助かる! 来い、クソ女神――虎牢関!」
伸二の前に、トラックの衝突さえ受け止めそうな半透明の巨大な石壁が出現する。
「おお! あれは現在確認されている防御系アーツの中でも最強の……ハイブ君、君って人は」
すっかり説明キャラと化した大尉に解説ありがとうございますと念を送る。だがここで終わらない辺りが、大尉の大尉たる所以でもあった。
「大佐、ハイブ君に置きヒールを! リキャストは気にしなくていい、私がフォローする! 彼をここで失うな!」
猛々しく響く大尉の声に、大佐もテンションを下げずに応える。
「了解! イタイノ・イタイノ・トンデイケ!」
伸二の頭上から光の粒のシャワーが優しく降り下りる。
「ハイブ君、それは15秒間君のHPを回復し続けるわ! 後は何とか耐えて!」
「ありがとうございます! よし、来るなら来やがれ!」
普段よりも3割増しでかっこよく見える相棒は、激しくも燃える瞳を女神に向ける。
そして女神も、伸二の熱を受け取ったかのように目をカッと見開き、頭上に振り上げた手に力を込める。
そして――
「――っ!?」
女神は突如大顎を開き、口から怪光線を発射した。
「そっちかよぉおおおおお!?」
口から吐き出された怪光線は、最強の防御アーツ虎牢関を突き破り着弾。ミサイル攻撃を受けたかのような爆風をまき散らし、数人を消し炭に変えた。
「うわぁああああ!?」
「散開しろぉおおお! まとまるなぁあ!」
「くそっ、足が飛ばされた。俺はもう駄目だ、捨ててくれ!」
「か、回復職! 頼む、早く来てくれ!」
「あ、あんな攻撃ありかよ! 最強の防壁が紙切れに見えたぞ」
「も、もう駄目だ」
一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化した戦場。それほどまでに、今の攻撃は苛烈だった。
「今ので何人消えた!?」
「は、8人です! 8人が一瞬で蒸発しました!」
「は、ち……化け物め」
8。その数字が、今の攻撃の出鱈目さを物語っていた。今の攻撃は、2パーティを一撃で葬り去る攻撃。間違いなく、これまで確認された中でもトップクラスに凶悪な攻撃だろう。
「すまないソウ君。ハイブ君をこんな序盤で失ってしまって」
申し訳なさそうな表情で謝意を表明する大尉。だが俺はそれに首を横に振って応じる。
「大丈夫ですよ大尉。まだ俺もハイブも行けます」
俺の言葉に大尉は「え?」と口元を歪める。
「パーティメンバーの一覧。ハイブの名前はまだ残ってます。まだやられてませんよ」
視界の端には、パーティメンバーの名前とHPバーが表示される。これが本人の意思に関係なく消えるのは、一定範囲内からパーティメンバーが離れた時か、死んだ時のみ。つまり視界の端に映るハイブというキャラネームが伸二の生存の証となるのだ。
「そうか、良かった。だが一体どこに?」
俺と大尉の視線の先に広がるのは、砲弾の集中砲火を受けたかのような更地。アレを見て伸二の生存を期待するという方が無理がある惨状だ。だが俺はその中のある一点に指を向ける。
「あそこ、さっきよりも地面が盛り上がって――あ、出てきた」
盛り上がった土からモグラのように出てきたのは、勿論俺の相棒。
「――ぶはっ! リーフ、やるなら事前に言ってくれ! ビックリしたじゃねえか!」
「あら、それが命の恩人に対する言葉?」
目の前で繰り広げられる言い合いに理解の追い付かない大尉の為に、俺は説明キャラを引き継ぎ補足する。
「魔術師は《ホール》っていう地面に穴を空ける魔法を習得できますよね」
「あぁ。だがホールは敵の座標に対しては使用不能で、味方に近い座標にしか使用できない全く意味不明な、ただの穴掘り魔法――なるほど、そういうことか」
伸二に怪光線が直撃する寸前。翠さんの発動したホールによって伸二は穴に落下。直撃を避けることができた。まぁその代わりに生き埋めにはされたが、死ぬよりかはマシな選択だろう。
「大尉、今の戦法を」
「あぁ」
大尉はそれぞれの班のリーダー格のメンバーに先ほどの対処法をチャットで伝達する。
ホールという魔法を使える魔術師がどれだけ揃っているのかは分からないが、伸二と同等クラスの騎士があと数人いれば何とかやれるはずだ。
「おい小僧! サボってんじゃねえぞ!」
迷彩服の侍が女神の足元で刀を振り回しながら俺にガンを飛ばしてくる。
今女神の攻撃は伸二の後を引き継いだ騎士たちと、その隙を縫って攻撃を仕掛ける近・遠距離の攻撃職が一手に引き受けている。軍曹の言う通り、ボヤボヤしてる場合じゃないな。
「ハイブ、夫婦漫才と回復が済んだら教えてくれ! 今度は深い位置に特攻をかける!」
「「誰が夫婦漫才だ!」」
■ □ ■ □ ■
レイドボス神・アネとの戦闘は混迷を極めた。
俺と軍曹は継続して奴の足元への攻撃を続けたが、10分以上攻撃を浴びせ続けても奴の機動力が衰えることはなかった。
ここで俺は攻撃ポイントを奴の首筋と顔へと変更するが、如何ともし難い体格差と圧倒的な火力の前に俺たちは苦戦を続けた。
既に奴との戦闘で15名のプレイヤーが消えた。単純に考えてこちらの戦力は15%減の85%。
それに対し奴のHPはまだ30%ほどしか減っていない。そして奴の火力自体は何も変化していないから、戦力比はこちらが圧倒的に不利だ。このままこちらが数を減らしていけば、どこかでダムが決壊したかのように一方的に蹂躙されるだろう。
――このままならな。
「ソウ君、軍曹! もう少しだ! もう少しで準備ができる。それまで持ち堪えてくれ!」
無数のレーザーが降り注ぎ、爆炎の舞う戦場で大尉は叫びを上げる。今大尉は女神に対する大規模反抗作戦の準備中だ。
俺と軍曹と伸二と雪姫さん、そして回避や防御に自信のある前衛職はその時間を稼ぐべく女神のヘイトを取り続けている。中々にしんどい場面だが、ここは耐えるべきポイントだ。
そう考えていると、大尉の激に軍曹が応える。
「大尉、俺の心配は不要です! それよりこの小僧の心配をして援護を集中してやってください」
「なっ!? 大尉、俺の方こそ心配いりませんから! それより軍曹を援護してあげてください。もうお疲れみたいですから」
「なんだとこのもやし野郎!」
「いいから俺に任せていればいいんですよ不愛想侍!」
互いの相棒を女神に向けつつ、俺たちの言葉は互いを行き来する。そのやり取りに大尉は、
「黙れ馬鹿ども! ええいっ、大佐、我々は軍曹の援護だ。ハイブ君と雪姫さんのパーティはソウ君を頼むよ!」
「了解!」
「おう、任されました!」
怒られた。
だがとにかく負けたくない。女神にも。軍曹にも。
その想いは俺の心中をあっという間に満たし、俺の足を先へ、指をトリガーへと誘う。
「――リロード【徹甲焼夷弾PT-01】。喉元にぶち込んでやる」
葵さんにはとても聞かせられない言葉だが、それでもついつい頬が吊り上がってしまう。
――あぁ、燃えてきたぞ。
「総! これ以上こっちの損耗が続けばもう戦闘を継続することは不可能だ。わかってるな!?」
わかってるさ、相棒。
「あぁ、つまりはここが――」
この戦いの、
「「天王山!」」
次回『この日戦った女神の感触を俺は忘れたくない』
更新は月曜日の予定です。