94話 この日挑むダンジョンの難易度を俺たちはまだ知らない
天孫降臨の地、タカチホ。それがリリスから得たレイドボスの情報。
この情報を足掛かりに、レイドボスについての調査が御菊さんの指揮の下、迅速に行われた。
まず行われたのはタカチホという場所の確認。現在キュウシュウエリアにはタカチホという町はない。そのため実際の宮崎県高千穂町の場所を仮想世界に当てはめ、現地の直接調査が行われた。
広大なエリアを細かな手掛かりなしに探す人海戦術を買って出てくれたのは、雪姫親衛隊と名乗る謎の野郎集団と、大尉率いるトップギルド蒼天のメンバー。
伸二と繋がりのある雪姫さんはともかく、大尉にまでパイプを持っていたことには素直に驚かされた。
そして捜索から2日後。どの情報サイトにも載っていなかった神社を山奥にて発見し、さらにその奥に、深い谷へと繋がる階段を見つけた。
それ以上はある理由により進むことはできなかったとのことだが、まず間違いなくそこにレイドボスがいるだろう。
そこまでいって全体の指揮は御菊さんから大尉へと移行。大尉による100人の人員選抜と攻略のための諸々の準備が行われた。
それからの動きは早かった。まず大尉から俺と伸二と翠さんと葵さんの4人が攻略パーティに誘われた。正直100人の大所帯と連携して動ける自信はなかったが、レイドボスには非常に大変メチャクチャ興味がある。俺たちはこの誘いを二つ返事で受けた。
そしてリリスから手掛かりを得ること1週間。俺たちは宮崎県高千穂町に該当するエリアにポツンと立つ神社の前に来ていた。
俺の横にいるのは、盾の整備に勤しむ伸二、魔法のリキャスト時間の再確認をしている翠さん、そしてニコニコと俺を見つめてくれる女神――もとい葵さん。
そして周囲には90人以上のプレイヤー。それも、攻略組の中でもトップクラスの実力者ばかりを揃えた超精鋭が集まっていた。
「凄い人の数だな。このメンバーで一気に攻略するのか。これだけいると連携も大変だな」
「総、お前連携なんて言葉知ってたのか」
「知ってるわ! 人を猪武者みたいに言うんじゃない」
確かに早くレイドボスと戦いたい衝動には駆られているし、なんなら一度タイマンでやらせてほしいとも思っているさ。だが俺だって空気ぐらいは読める。勝手な行動は指揮を乱すし、何より悪目立ちする。今回ばかりは周りの動きを見ながら動く必要があるだろう。
「ねえハイブ。御菊さんとイルちゃんは来てないの?」
「あぁ。誘ったんだけど、2人とも用事があるからってことで」
「残念……久しぶりに会いたかったのに」
俺も残念だ。これだけの人を巧みに動かした情報戦のエキスパートと言われる御菊さんとは是非とも直接会って話をしたかった。それにイルという女の子も相当な凄腕と聞いている。今度伸二に何とか会う機会を作ってもらおう。
「しかし総はともかく俺たちも攻略メンバーに入れてもらえてよかったな。実力的には微妙かもって思ってたけど」
「これまでの経緯を考えればこれは妥当だと思うけどな」
攻略メンバーの人選は大尉に一任されていたとはいえ、俺たちのもたらした情報がこの状況に大きく関わっているのは疑いようのない事実。その俺たちを差し置いて自分たちだけで攻略するような真似を、あの大尉がするとは思えないな。
「私……足を引っ張っちゃわないかな」
「ブルーの広域回復魔法は超貴重。大丈夫だって」
自分に自信の持てない葵さんの背中を、親友の一言が叩く。
「そうだよブルー。俺もブルーの回復魔法のお陰で思いっきり戦える」
実際葵さんの回復魔法は貴重だ。一般的な回復職である僧侶の回復魔法は対象を個人に限定したものが殆どであるのに対し、巫女である葵さんの回復魔法は複数の対象を同時に回復させることができる。特にこのような大人数での戦闘になれば、その有用性は計り知れない。
「うん、ありがとう。私、頑張る」
「私も負けないわよ~。魔法でバンバン削るからね」
「俺もこの盾で受け止めてやるぜ」
士気は上々。今の伸二たちなら、どんな敵にでも堂々と立ち向かえるだろう。
「あ、雪姫さん見っけ。周りの人たちは親衛隊の人っぽいわね」
「雪姫さんたちは捜索隊に加わってたし、実力的にいても不思議じゃないんじゃないかな」
「言われてみれば。雪姫さんってかなり強いもんね」
あぁ強い。色んな意味で。
「今は向こうも盛り上がっていて声かけづらいけど、後で声をかけてみよう。あ、ハイブ。ここに集まった人たちってほぼ攻略組だって聞いてるけど、やっぱ有名人多いのか?」
「あぁ。ここにいるのは多くが蒼天のメンバーだが、チラホラ他のギルドの有名プレイヤーの顔もあるな。例えばあそこ、あの人らはよく攻略動画を上げてる人だし、あっちには緊急イベントで何度か上位に入ったことのある人もいる」
ふむ……確かにただならぬ雰囲気は醸し出しているな。特にあの奥にいる赤い服と変なマスクを着用している御仁と、宇宙服みたいな服を着ているアフロの人。
「ハイブ、あの人らって……」
「あぁ、あの人が緊急イベントの上位ランカー、ジャア・明日殴る氏だよ。リアルじゃあ有名なコスプレイヤーだって話だな。何のコスプレかは大体察しろ」
あそこまで前面に赤を押していたら流石に俺でも察せれるさ。だが気になるのはその隣の白い人だ。ん、白? もしかして……
「隣の白いアフロの人って……」
「あの人はジャア氏の相棒。アフロ・ゲイさんだ。通り名は連邦の白いゲイ」
おおおおおい! いつかどえらいところから怒られるぞアンタらぁあ!
「だが俺個人としては、あの人らよりも御菊さんやイルちゃんの方が強いと思ってる。特にイルちゃんは、ある意味でお前に近いかもしれないとさえな」
「……へぇ、それは」
非常に気になる言葉だ。伸二の話ではまだ小さい女の子ということだから本気で戦うことはできないかもしれないが、その戦闘を見るぐらいは是非ともしておきたいな。
「私もハイブに同意見かなぁ。イルちゃんはちょっと異質だったわ」
翠さんもか。これはこの一件が終わったら何としても会いたくなってきたぞ。
「だがここに2人だけじゃなく教官もいないのは残念だったなぁ」
「ホント。もし教官がいたら是非とも総君に紹介したかったんだけどね」
「教官? それってカゴシマにいた時に2人に立ち回りを指南してくれたって人のこと?」
「そうそう。その人の強さも別次元って感じでさ。もうお前のコピーキャラじゃないかってくらいありえない動きでバンバン敵を倒していくんだよ。あの人がここに居たら攻略難易度がグッと下がっただろうな」
伸二がそこまで評価するほどか。それは是非一度真剣勝負をしてみたいな。
「この短時間でかなり良い情報が聞けたよ。これが片付いたら、是非その辺のこと詳しく教えてくれ」
そんな話をしていると、周囲のざわざわとした声が耳に入る。
「っと、大尉のお出ましだ。じゃあいよいよ攻略開始か」
俺の視界に入った人物は神社の境内に上ると大きく深呼吸し、強い眼差しで俺たちを見据えた。
「私は蒼天のギルドマスター大尉。今回のレイドボス討伐の指揮を執らせてもらう。では早速いくつかの事項を確認する。レイドボスの居場所はこの神社の奥を進んださらに向こうの深い谷。だがそこから先は何もわかっていない。十分に警戒しながら進んでほしい」
トップギルドのマスターの言葉にここに集まった約100名のプレイヤーは静かに息を飲む。
「出発は10分後。5パーティ1班からなるチームを計5班組織。各班にはリーダーを置き、なるべくリーダーの指示に従い行動すること。え~その他にも――」
1パーティは4人編成だから、1班は5パーティ20人のグループということになる。俺たち以外の4パーティの構成は、雪姫さんの班が1つと、大尉、軍曹、大佐がそれぞれリーダーを務めるパーティが3つ。この構成はあまり目立ちたくないという俺たちの意思を汲んで大尉が計らってくれたものだろう。
それだけでなく、今回のレイドボス討伐においては動画撮影なし。写真撮影禁止などの俺たちの為だけに設けたと思われるルールまである。
それに対する反発がないのか心配になり、ここで集まる前に大尉にそれとなく聞いてみたが、その辺を了解してくれる人選を行ったから問題ないとのことだった。俺たちのためにそこまでしてくれる大尉には感謝しかない。
俺の行った謝罪に対しても、「例えそれにより幾人かの有力なメンバーを選考から外すことになっても、君が来てくれるならお釣りで家が買える。これは責任者として、勝つための大局的な視点からの判断でもある。だから気にしないでくれ」とまで言ってくれた。俺に責任を感じさせないため、大尉はあえてそんなことを言ったに違いない。何ていい人なんだ。
それを隣で聞いていた伸二は「いやあれ多分本心だぞ」とか言っていたが、そんなはずがない。大尉は優しい人なんだ。たまに変態で眉間を撃とうか迷う時もあるが、やっぱり優しい変態なんだ。
「――以上が作戦の概要だ。まぁ今回がファーストアタックだから、情報は実際ないに等しい。そのため、何が起こっても不思議ではない気構えで諸君には臨んでほしい。後は各人の奮戦に期待する。では10分後に出発。それまで各自最終チェックを頼む。以上!」
言い終わった大尉は一瞬だけこちらに視線を向けるとそのまま境内を降りて行った。その際の顔が少しだけにやけていた気がしたがあれは……あぁ、隣の葵さんに目が行ったのか。あのエロ紳士。
■ □ ■ □ ■
「やっほーソウ君。同じ班ね」
人懐っこい笑みと、どこかあざとさを感じる声。間違いない。雪姫さんだ。
「ソウ君、なんだか失礼なこと考えてない?」
いかん。雪姫さんの特殊能力、アタマノゾークを失念していた。
「や、やだなぁ。そんなことないですよ」
俺が心の汗を大量に流していると、雪姫さんの後ろから3人の男が出てきた。
「姫。この人が例の?」
「あ、うん。私のお友達。皆もソウ君も仲良くしてね」
勿論だとも。この人たちが親の仇を見るような目で俺のことを見ている気がするが、それはきっと気のせいだ。
「ソウです。雪姫さんにはナガサキで大分お世話になりました。よろしくお願いします」
右手を彼らの前に差し出す。表情は勿論笑顔だ。ファーストコンタクトにおいて笑顔は基本だからな。
「僕たちは雪姫親衛隊。こちらこそよろしく」
ほーら上手くいった。ほらこうして人と人は分かり合っていくんだよ――ってあれ、どうしたのかな、どうして俺を素通りして後ろの翠さんと葵さんに彼らは話しかけているのかな。あれ? 俺の右手が宙に浮いてるぞ?
いやいや待て。きっと彼らなりの深い考えがあってこそのことに違いない。だから鎮まれ俺の右手。銃に手を伸ばすな。やるとしてもそれは今じゃない。
「ふふっ、楽しくなりそう」
……怪人百面相さん。仮面がズレてスッピンが見えかかってますよ。
次回『この日挑んだレイドボスの実力に彼らは「無理ゲーだろwww」』
更新は月曜日の予定です。




