90話 この日遭遇した敵モンスターに俺は戦争を仕掛けた
1回表の攻撃。俺たちのチームは三者凡退に終わった。
俺が顔面強襲のピッチャーライナー。伸二が三振。翠さんがピッチャーゴロだ。
「あんな球どうやって打てって言うのよ……よく打てたわね、総君」
「ストレートだけなら簡単なんだけどね。あれに変化球を混ぜられると初見じゃちょっときついかな」
「150キロ越えのストレートを簡単って……」
「リーフ、総の言うことだ。聞き流せ」
「そうだったわね」
……聞き流された。
「さって守備につこうぜ。総、お前の肩でセンターゴロを量産しろよ」
「お前、センターの守備位置分かって言ってるのか?」
「少なくともお前のチートっぷりは分かってるぜ」
そんな無駄話をしつつ、俺たちはそれぞれの守備位置についた。
「締まっていこー」
キャッチャーのモップさんが本塁上から俺たちの気合を刺激する。モップさんが言うとどういう訳か「縛っていこ―」とも聞こえてしまうが、これは本人の自業自得だろう。
モップさんが腰を下げると、マウンド上の半蔵さんがチャット画面を触る動作を見せる。恐らく、サインのやり取りでもしているのだろう。
「お、投げるか」
この第1球で、俺たちがどこまで戦えるかが決まるだろう。もし半蔵さんの投球で通用しないのなら俺たちの勝ちは薄い。
だが、もし通用するならば、俺たちは――
『スットラァアアアアアイク!』
奴らに勝てるはずだ。
「おおお、半蔵さん、ナイスピッチ!」
「すごぉい、140キロも出てる」
「さっすが半蔵」
内野陣からの声に半蔵さんが照れつつもグラブを上げて応える。
しかしやるな半蔵さん。あの球速もスキルの恩恵によるものなのだろうか。
だが俺たちの声援にも半蔵さんは微妙な笑顔だ。それも当然か。何せあのボンクラキャッチャー、ボールをミットじゃなくて腹で受けに来ているからな。ご丁寧にミットは地面に置かれている。コイツ、最悪だ。
困惑する半蔵さんに、俺はチャットを送る。
【気にしたら負けです。どうか心を強く持って】
『ストラァアアアアイク』
雑念を振り払い半蔵さんは必死にバッターだけを見て投げる。キャッチャーは見てはいけない、絶対。
しかし早くも追い込んだか。この分だと試合は投手戦になるかな?
その俺の考え通り、半蔵さんはこの回を見事三者凡退に抑えた。
「半蔵さん、ナイスピッチ」
「ありがとうソウ君。でもまだまだこれからさ」
非常にデカい心労を振り払うように、半蔵さんは薄い笑いでバッターボックスへと向かう。
「4番の仕事をしてくるよ」
アカン、これはかっこいいわ。俺も後で葵さんに言おう。今度こそしとめるよと。
「かっとばせーはんぞー!」
妻であるサクラさんの声援。羨ましいことこの上ない。いや、俺にだって声援を送ってくれる人はいるじゃないか。いつだって隣の芝は青く見えるものだ。雑念に惑わされてはいけない。
そうして俺が雑念を振り払っていると、半蔵さんは右中間を突き破るツーベースヒットを決めた。
「キャーはんぞー! 今夜はサービスしてあげるわー!」
隣の芝あっお! メッチャ青いよこの芝生。畜生! 雑念に負けた。
そして次のバッターであるモップさんが見事な送りバッティングを決め、状況はワンアウト3塁となった。
「さぁ、いっくぞー」
バッターボックスに立つのは頼りになる主婦サクラさん。運動神経には自信がないとのことだったが、代わりにこの中でも半蔵さんに次いで野球関連のスキルを多く習得している。
ここは何としても1点の欲しいポイントだ。
そしてサクラさんに対する第1球、
「うりゃぁあああ!」
彼女は見事なスクイズを1塁線上に決めた。
■ □ ■ □ ■
2回の表に貴重な先取点をもぎ取った俺たちだったが、その裏。先頭打者のライトオーバーのツーベースを皮切りに、立て続けにいい当たりを連発され一挙に3点も返されてしまった。
そしてなおも2回裏で点差は1対3。ツーアウトながらも塁は全て鳥で埋まるというピンチを迎えていた。
「がんばれーはんぞー!」
「半蔵さん、ツーアウトツーアウト!」
半蔵さんの荒い息遣いが、センターにいる俺にも伝わってきそうな緊張感だ。
頼む、凌いでくれ。
が、俺の願いは無情にも鳥人間の鋭いスイングによって砕かれる。
「レフトォオオオオ!」
打球はショートの雪姫さんを飛び越え、葵さんの守るレフトに向かって一直線に進んでいる。だが、葵さんは野球のスキルどころか自身の肉体を強化するスキルさえ習得していない。つまり、こと今の状況においては普通の女の子だ。そんな彼女に、レフトライナーという打球はあまりにもハードルが高い。
「間に合え!」
葵さんに向かって全力で芝生を蹴る。だがどう考えても届かない。それほどに打球は勢いよく葵さんに向かって飛んでいる。
なら――
「迅雷!」
俊足のブーツ迅雷を起動。着地の事などまるで考えていない加速を得て、俺は何とか葵さんに迫る白球をグラブに納めた。
「総くん!」
因みに俺はフェンスに激突した。
痛いです。
3回の表。ノーアウトで打席には俺。本日二度目の奴との対戦だ。
だがピッチャーライナーを警戒されているのか、奴の目は遠目にもわかるほど充血し、息も荒くなっていた。ここはひとつ挑発でもして反応を見るか。
「どーした? ビビってるのか?」
が、鳥人間はそれにはまったく動じず真っ赤な目でひたすらに俺を見つめる。
ん? この雰囲気……まさか。
この時感じた一抹の不安。その不安を肯定するかのように、大きなフォームから投じられた球は俺の顔面目がけて飛び込んできた。
「おっと」
まぁそれでも高々150キロ。当たるわけがない。だが鳥人間の顔からは、未だに俺に対する執着の念が滲み出ていた。
これはもう1球来そうだな。
よし、その喧嘩。買ってやろう。
元はと言えば俺が最初に仕掛けたことだが、それもこれもすべては勝つため。悪く思うなよ。
あ、そうだ。
「審判、タイムを」
俺はバッターボックスから一旦離れ、アイテムボックスから銃を取り出すと自らの頭に銃口を突きつけ、引き金を3回引いた。
その様子に鳥人間たちは目を引ん剥いてこちらを見る。まぁそれも仕方がないだろう、何せさっきまで戦っていた人間が、急に拳銃自殺した後に鬼へと変身したのだ。
だがこれで、準備は整った。
あとは――
投じられた第2球。案の定顔面目がけて飛んできた球に、俺は効果音を付けるならばグワラゴワガキィンとでも鳴りそうな悪球打ちを決める。
打球の行方? そんなのは決まっている。
『ピギャァアアアアアアアアアアア!?』
勝った。
■ □ ■ □ ■
それからの展開は凄惨を極めた。まず俺のピッチャーライナーを立て続けに食らった鳥人間だが、流石に立ち上がることができずにピッチャー交代となった。
だが相手も俺たち同様9人。その交代先は、ベンチではなくレフトだった。つまり、現在マウンドにはレフトを守っていた鳥人間が。そしてレフトにはピッチャーだった鳥人間が守備に就いている。まぁレフトの鳥人間は地面に転がって起きる気配は皆無だが。
それからの試合は完全な乱打戦。半蔵さんは変わらずのピッチングを続けてくれているが、如何せん守備に問題が多い。守備、というかスポーツの苦手な葵さん。動きと体の堅いスミスさん。ボールを頑なにミットに収めないヘボキャッチャー。クロスプレーでタックルを正面から受け、恍惚の表情を浮かべながら吹っ飛ばされるクソキャッチャー。俺たちからの叱咤の声に頬を赤らめる変態キャッチャー。度々その穴を突かれ、俺たちのチームは失点を続けていた。
だがその穴は敵チームも例外ではない。代わりにマウンドに立った鳥人間はレフト用の能力しか付与されていなかったのか、投球自体は少年野球チームの球ぐらいしか投げられなかった。
守備自体はプロ級の動きをされかなり手こずったが、それでも何とか点差を離されないように食い下がり、7回の表。ノーアウトにしてバッターは再び俺を迎える。
持ったバットをすっと投手に向ける。バックスクリーンではない。投手だ。勿論予告ホームランではない。予告ピッチャーライナーだ。その証拠に、バットを向けられた鳥人間はビクッと体を震わせ、虎の檻に入れられた小鹿のような目で俺を見てくる。
だがスマンな、鳥よ。悲しいけどこれ、戦争なのよね。
「うおらぁああああ!」
『ピギャァアアアアアアア!?』
よし、後7羽。
次回『この日獲得した報酬に俺は震えた』
更新は月曜日の予定です。
 




