9話 俺のチートがゲームでも通用する件について
38戦目の伸二とのPvP。これまでとは違いアーツを使わずに戦うこのスタイルが通用すれば良し、通用しなければいよいよもって万策尽きる、か。
どこか実戦にも近い緊張感を持ち、伸二と相対する。
俺が持つのは2つの拳銃。それも初期装備。服装も布製の所謂旅人の服というやつだ。対して伸二はフルプレートとまではいかないが、全身の急所を殆ど隠せる鎧と冑、それに防御範囲の広い盾を装備している。装備の差は歴然だ。
と言ってもこのPvPの目的は攻撃を当てるようになることと、誤射しない程度の技術を身に着けることだから、然したる問題はないのだが。
普段親父と相対している時と同じく全身の力を抜き、そして相手が気付く間も与えずに――撃つ。
パパンと乾いた音が2回、虚空に響き――伸二の視界を一瞬で奪う。
「はあっ!?」
急に視界が全て落ちた伸二は一瞬激しく動揺するが、その後すぐに悟ったようだ。両目を撃ち抜かれたことを。
「ま、マジか。いつ撃ったのか全然わかんなかったぞ……っていうか冑の隙間から覗いてる目を両方とも正確に撃つなんて……いやマジで?」
信じられないといった様子で動揺している伸二を、その場から動かず観察する。それと同時に自分の体の動かし方が現実のものと寸分違わぬことに少しばかり驚きもしていた。
「うん、射撃の腕自体はリアルと殆ど一緒だな。違和感なく撃てる」
そうこう言っている間に伸二の視界が復活する。伸二は俺に信じられないという目を向けつつも、口角は大きく上がり溜め込んだものを吐き出すように声を上げる。
「やったじゃねえか総! これだけの早打ちと正確さならもう全然やっていけるぞ! っていうかこんなのアーツを使っても誰にもできねえよ!」
まるで我が事のように喜ぶ伸二の姿に、自分の中にもその感情が移り伝わっていくのを感じる。
「しっかしヘッドショットだけでも難しいって言うのに目を……それも両方かよ。流石リアルチートだな。しかも2発の銃弾をあんな短い間隔で撃つなんて」
ん? 何か勘違いしてないか?
「俺が撃ったのは4発だぞ。両目と、あと鎧の隙間の両脇に撃ってる」
「え?」
伸二は一瞬固まり、そして急ぎ鎧を脱いで体を確認した。そこには――
「本当だ……両脇にダメージ判定がある……で、でも銃撃音は2回しか聞こえなかったぞ!?」
「そりゃそうだろ、同時に撃ってんだから。2挺拳銃を持ってるのにわざわざ交互に撃つなんて非効率な真似する訳ないだろ?」
まぁわざとそうしてタイミングをずらしたり、乱戦の中だったりしたらタイミングは滅茶苦茶になるかもしれないが、少なくとも目の前で立っているだけの的に撃ちこむのにそうする理由は見つからないな。
「はは……俺、とんでもない化け物を誕生させた気がするぜ」
失礼な。
「それより、もうちょっとやろうぜ。銃撃がリアルと同じように出来るのはわかったけど、自分が動いた際の照準のブレや視界、あと体の動きなんかも確認したいんだよ」
「ああ、いいぜ。いくらでも付き合うよ。でも1回仕切りなおさせてくれ。さっきの銃撃でHPがレッドゾーンに入ってるんだ」
伸二の申し出に了解しもう一度仕切りなおした俺たちは、再び相対し――そして動いた。
「速攻は食らわねえぜ――【ディフェンスシールド】!」
伸二は防御用のアーツを発動させると、そのまま突っ込んできた。身体能力がスキルで強化されていることもあって、そのスピードは現実の伸二よりも速く、鋭い。
それに対して銃で迎え撃つことをせずに、ほぼ同じタイミングで突っ込む。しかしそれでもスピードはこっちが速い。伸二が自分から向かってきていたことも手伝い、その距離を一瞬で詰められ未だ俺の動きに反応できないでいる伸二の顔に、死角からの蹴りを放つ。
「うべっ!?」
冑越しだったためか、蹴りは顔への攻撃とは判定されなかったが、伸二は突っ込んできた軌道から直角を描くように真横に吹っ飛び、仮想フィールドを質量を感じさせる鎧と共に転がっていった。
追撃をしようかと思ったが、起き上がってこずに呆然としてフィールドに寝転がっている伸二の様子に俺も動きを止めた。これがリアルだったら間違いなくとどめ刺してたな。
「どうしたんだハイブ?」
その声にも反応せず伸二は大の字で天井を仰ぎ続けていると、少しの間をあけてからゆっくりと口を開いた。
「――なあ総」
「ん?」
「お前チートすぎだろ」
■ □ ■ □ ■
その後も伸二と10戦ほど行い、このゲームでの体の動かし方をほぼ完璧に把握することに成功していた。
と言うのも、この仮想世界と現実世界での体の動かし方には殆ど差が生じなかったのだ。ただこれは今後スキルやアーツを習得した際にどう勝手が変わってくるかわからないから、継続して注意が必要でもあるな。
一先ず試してみたのは、自分が動きながらでの射撃。これは殆ど変わらずにできた。ただ弾が切れた時のリロードが現実よりも少し遅いことがネックだな。現実なら予備弾倉やらをすぐにつけるんだが、この世界では言葉で「リロード」と言い尚且つ次の銃撃を行うまでに10秒もリキャスト時間かかってしまう。まぁこればっかりは仕方がないな。
次に試したのは格闘術。これは少し前のPvPでも試したから何となく出来るのはわかっていたが、他の動き、それこそ寝技や絞め技、ちょっと遊びでプロレス技などもできないか試してみたところ、全てが現実と変わりなく行えた。これには伸二も驚いており、その後少し技の掛け合いで遊びもした。フィニッシュブローはキャメルクラッチ。相手は死ぬ。
他にも伸二の予備の剣を借りて剣術を試してみたが、これも問題がなかった。武器がなかったから試してはいないが、この分ならナイフもいけるだろうな。
途中から伸二が「騎士の俺より剣が使えるガンナーって意味が分からん」と呟いていたが、伸二が今後騎士のスキルやアーツを揃えていけばいずれ太刀打ちできなくなるだろう。多分。
そうして一通りのことを試した俺は、伸二にしつこいぐらいにお礼を言いログアウトした。去り際伸二の目が少しダークサイドに落ちかけていたような気もするが、それは気のせいだろう。
■ □ ■ □ ■
ログアウトした俺の視界に最初に映し出されたのは、見慣れた部屋の天井。そして体に最初に感じたのは上に乗っている柔らかい何か。
「ん……あ、お兄ちゃん。おかえりなさい」
なんだ天使か。
「ただいま瑠璃、っていうのかなこれも」
瑠璃は少し考えた後、結局分かったのか分からなかったのかそのまま向日葵が咲いたような笑みを浮かべた。天使だな。
「今何時――ってやべもう夜の10時じゃないか!」
学校から帰ってすぐにインして、それから完全に時間を忘れて遊んでいた。つまり、晩飯をすっぽかしてしまった。これは母さん怒ってるかも……。
体の上に乗る感触に泣く泣く別れを告げると、急いでいつも食事をする居間へと向かった。そこで目にしたものは――
「あら総ちゃん。もうゲームはいいの?」
流し台(←もしくはシンク)で食器を洗う母さんと、テーブルの上に置かれ丁寧にラップをかけられた夕飯だった。
「あ、うん。その……ゴメン」
「いいのよ、総ちゃんが精一杯勇気を出して買ってもらったゲームだものね。楽しかった?」
母さんは夕飯に遅れたことを咎めることなくゲームの感想を聞いてくる。俺はそれにどこか肩透かしをくらった気分で答える。
「うん……楽しかったよ」
「そう。なら良かったわ。昨日までの総ちゃんは何か思いつめたような顔をしてたから心配だったんだけど、今の総ちゃんはとってもスッキリした顔をしてるから一安心よ」
そんなにわかりやすかっただろうか。自分では変わらないように気を付けていたつもりだったのだが。いや、流石母さんと言うことか。
「心配かけてごめん。でももう解決したから」
そう言うと、母さんはさっきの瑠璃そっくりの笑みを浮かべ食事を勧めてくれる。腹の減っていたこともあり、それにすぐさま応じ食卓へとつくと、
「でも次からはあまり食事には遅れないでね?」
「うん、気を付けるよ――あ」
そういえばゲーム中に外部と連絡を取る方法があったと思い出し、箸を止め母さんにその方法を話す。
「ゲームしてる最中でもメールはできるんだ。俺のスマホにメールしてくれたらすぐにわかるから、何かあったらすぐに連絡してくれよ」
「へ~そんなことが出来るのね。最近のゲームって凄いわね」
母さんが感心していると、その横で母さんの皿洗いを手伝い始めた瑠璃が頬を膨らませてこちらを見ている。え、ちょっと待って写真撮らせて写真。
「瑠璃もお兄ちゃんと一緒にゲームしたいです」
なにこの天使。やっぱビデオ撮らせて。永久保存版でブルーレイに直行だわ。
「瑠璃もなの? う~んそうねぇ……考えておくわね」
「はい!」
微笑ましい会話をオカズに、箸を進めていく。