89話 この日遭遇したレアイベントの名を俺たちはまだ知らない
全員の自己紹介を終えた俺たちは、用意されたユニフォームに袖を通し、先攻側のベンチ前で円陣を組んでいた。
「これに勝てばいよいよ甲子園だ。皆、気合入れていこうぜ!」
微妙に逸れた目標に燃える伸二を、俺たちはめんどくさいものを見るような目で優しくスルーする。
「私たちの狙いはあの鳥人間の提示したボス弱体化アイテム。それを有名ギルドに高値で売るか自分たちで使うかはまた後で考えるとして、一先ずはあのアイテムを貰う。それで頑張りましょう」
「おお!」
翠さんの言い直しに俺たちは声を揃えて反応する。しれっとスルーされた伸二も反応している。タフだな。騎士だけに。
『それでは選手の紹介を行います。1番。センター、ソウ』
アナウンスまであるのか。本格的だな。
『2番。ファースト、ハイブ』
俺が一番で伸二が二番なのに理由はない。ただじゃんけんで打順を決めただけだ。
だが守備位置には理由がある。学生時代野球部だったという半蔵さんの意見で、一番運動量のある俺がセンターを。そして一通り捕球の安定している伸二をファーストにという配置だ。
『3番。ライト、リーフ』
翠さんは部活こそしていないが運動神経は女子の中ではかなり良い方に入る。センスもあるし、もしかしたら俺より上手いかもしれない。期待できる選手だ。
『4番。ピッチャー、半蔵』
半蔵さんだけは俺たちと違い打順を事前に決めていた。野球経験のある半蔵さんを軸に据えるのは俺たちのとれる数少ない策の1つだ。そして最悪守備が駄目でも投手さえよければナントカという一縷の望みに縋っての配置でもある。
『5番。キャッチャー、モップ』
ちゃんとボールをミットで取ってくれるか、クロスプレーでやらかさないかなどの不安は尽きないが、ここはモップさんを信じるしかないだろう。最悪ボールを後ろに逸らさなければいい。
『6番。セカンド、サクラ』
半蔵さん曰く、運動神経は悪いがゲームスキルは高いというサクラさん。セカンドはセンターの俺と同じく守備の要。ここは期待させてもらいますよ。
『7番。ショート、雪姫』
何となくだが、この人は大丈夫な気がする。上手くは言えないが、この人は大抵のことはそつなくこなすタイプの様な気がする。そう、テストの前日にやべえ俺全然勉強してないわーと言いながらトップ5に入ってくる斎藤君の様な。
『8番。レフト、ブルー』
リーフさん曰く、全然だめだからフォローしろとのこと。そのため俺の守備位置はレフト寄りのセンターだ。最悪葵さんの守備位置は全て俺がカバーするぐらいの勢いでとも言われた。まぁ人には向き不向きがあるから、これは仕方ないだろう。むしろ彼女の性格を考慮すれば、俺たちに付き合ってくれてありがとうとこちらが言わなければならない。
『9番。サード、スミス』
この中で最も高齢――と言ってもアラフォーぐらいだろうが――と思われるスミスさん。何かあっても半蔵さんがフォローに回ると言ってくれたが、ピッチャーの半蔵さんがどうやってフォローに回るのだろうか。
『次に相手チームの選手紹介です。1番から9番まで、鳥人間。以上になります』
端折ったなー。まぁ見た目全部一緒だし背番号で差別化できるから困らないけども。しかし名前鳥人間で合ってたのかー。敵のステータス画面見られなかったから気にはなっていたけど、まさか何の捻りもないとは。色々な思いはあるけど、一周回って流石だわこの運営。
「さって、それじゃ、行ってくるよ」
「頑張ってソウくーん」
「かっ飛ばしてねー」
「頑張ってください、総君」
女性陣からの黄色い声援を受け俺はバッターボックスへと向かう。それ以外にも野郎共の声が聞こえていた気がしないでもないが、そこは脳内で自動的にフィルターにかけられた。今この俺に、黄色い声援以外は不要だ。
『プレーボォオオオオル!』
マネキンの様な見た目の審判から、現実の審判の声を録音してきたかのような声が鳴る。凝っているようで手抜きを感じさせる、何とも言えない感じだ。
「かっ飛ばせ―」
「ファイトー」
黄色い声援万歳。ん? 伸二やモップさんが口をパクパクさせているな。何をして――あぁそうか。俺の脳内フィルターが野郎の声を自動遮断していたせいか。グッジョブ、脳内フィルター。
「さて……野球は中学の授業以来だが」
バットを肩に軽く当てた後、スタンダードな構えで相手の球を待つ。
マウンド上の鳥人間は大きく振りかぶり、羽の空気抵抗を一切感じさせない鋭い腕の振りを見せる。
「……マジか」
ズドンという音と共に、バットが空を切る。そしてスクリーンの速度表示には152キロの文字。ベンチで顔を乗り出す伸二たちもその表示を見て口をポカンと開けているから、その数字は目の錯覚ではないだろう。
2球目。放たれたのは避けなければ俺の顔に直撃したであろうストレート。硬球だし、避けなかったらダメージ喰らっただろうな。
このぐらいのスピードで当たる心配はないが……あの鳥人間の顔。少し腹が立つな。嘴だから正確なところまではわからないが、あの嫌な目の細め方はおそらく笑っているのだろう。
「……ちょっと試してみるか」
カウントはワンストライク、ワンボール。眼光鋭い鳥は三度、大きく振りかぶり、3球目を投じた。
――よし、ストレートだ。
「うっらぁあああ!」
俺のバットは奴の球を真芯で捉え、銀の軌道を描いて背中まで回った。
そしてボールは――
『ピギャァアアアアアアアア!?』
マウンドの鳥人間の頭部に直撃した。
■ □ ■ □ ■
『アウトォオオオオ!』
審判の声がバッターボックスでにやけている俺の鼓膜を震わせる。一瞬人としてアウトなのかとビクッとしてしまったが、マウンド上に大の字で転がる鳥人間の顔にボールがめり込み地面に落ちていないために、アウトの判定になったようだ。そして顔をひしゃげさせた鳥人間も頭を抱えながらなんとか起き上がった。
「ちっ、あれじゃまだ駄目だったか」
次は偶然を装いバットも投げてみようか。いや、それで退場になったら9人しかいない俺たちのチームは負けになってしまう。ここは我慢だ。だがもし敵が乱闘を仕掛けてきたら、その時は敵を皆殺しにしよう。そうしたら自然と俺たちの勝ちになるはずだ。
「ドンマイ総君。惜しかったよー」
「当たりは良かったのにねー」
翠さんと雪姫さんの言葉に俺も心の中で同意する。確かに惜しかった。もう少しで殺せると思ったんだが。当たりも悪くはなかったが、強いて言うなら場所が悪かった。次は頸椎を狙おう。
「ソ、ソウ君。今度僕ともまた野球を――」
「しないよ!? あんなダイレクトなご褒美あげませんよ!?」
モップさんの期待を裏切らないコメントをやり過ごし、俺はこのパーティでもかなりまともな人たちの座るベンチへと腰かける。俺の中では聖域とも言えるそのベンチの名は、ツッコミいらずゾーン。
「おかえりソウ君。あれが抜けていたらセンター前ヒットは確実だったけど、こういうことはよくあるから仕方ないね」
そう声をかけてくれるのはリアルでの野球経験者、半蔵さん。今日も顎髭がかっこいいです。そして相変わらず隣のサクラさんともラブラブですね。
「そうですね。でも次は大丈夫ですよ」
「お、それは頼もしい。150キロのストレートを前にしてもそれが言えるとは大したものだよ。次は期待しているよ」
えぇ、次は確実に殺します。見ていてください。
「ソウ君って本当に何でもできるのね。話には聞いていたけど、こうやって見ると改めて感心するわ」
「いえいえそんな」
「あ、そう言えばこの前の馬肉とレバーありがとうね。すっごく美味しかったわ」
「こちらこそ調理してもらったんですから。お礼を言うのは俺の方ですよ」
「それでも言わせてちょうだい。ありがとう」
あぁ、普通の会話だ。どうしてこうも普通の会話というのは俺の心を落ち着かせるのだろうか。
「それにこんな楽しそうなイベントに声をかけてくれてありがとう。私と半蔵は野球のスキルとアーツをいくつか習得してるから、頑張るね」
「あ、それ聞きたいと思ってたんです。スポーツ用のスキルやアーツがあるとは聞いてたんですけど、具体的にはどうやって取得して、どんな感じになるんですか?」
この仮想世界では戦闘以外にも趣味やスポーツなどのスキルやアーツが多岐に存在する。それこそ自転車に乗れない子供の為の補助輪程度のモノもあれば、そこにジェットエンジンを備え付けたようなものまで様々に。
「私たちは戦闘は苦手だけど、生産以外にも結構スポーツとかしてたから、やってるうちに自然と習得したの。例えば自動捕球っていうのは、守備の時に打球の傍までくればある程度自動的にミットがボールを取ってくれるから便利よ。後は半蔵の持ってる変化球を投げれるようになるアーツとかね」
ほほう。よく野球ゲームとかで聞くスライダーレベル5とかそんな感じかな。だとしたらプロ並みの敵チームが相手だったとしても対抗できるのかもな。
「裏の守備でその投球をお見せするよ、ソウ君」
「楽しみにしてますよ、半蔵さん」
「俺も楽しみにしてます、半蔵さん」
俺の言葉に続いたのは、2番バッターの伸二。そう、俺の次のバッターで、2番バッターの伸二だ。
「……ハイブ、お前打席に行ってたんじゃないのか?」
「心配すんな、ちゃんと3回振ってきた」
「……そうか」
次回『この日遭遇した敵モンスターに俺は戦争を仕掛けた』
更新は木曜日の予定です。




