86話 この日感じたダイジェスト感は多分気のせいだ
1つの戦いが今、終わった。
壮絶で、激しく、そして哀しい戦いだった。
もう戦いたくない。真剣に、心の底からそう思う。
戦いなんて、虚しいだけだ。
もう……戦いたくない。
疲れたんだ。
これ以上俺を戦場に誘うのは、やめてくれ。
俺を……惑わさないでくれ……
「や~終わった終わった。これでやっとゲームできるな、総」
共に戦場から帰還した戦友の言葉に、俺は机に伏せたまま手だけ振って応える。
「しっかし実力テストって……中間と期末だけでも大変なのにこんなの挟むなよなホント」
その言葉には全く同意だが、今の俺は三徹だ。その言葉に反応するだけの余裕は全くない。
「翠に教えてもらったヤマが当たってなかったらヤバかったな。最後の数学が少し怖いが……まぁ多分大丈夫だろ」
数学か……俺の精神を削る死の呪文だな。
点Pよ、勝手に動くんじゃない。家を出る兄弟よ、同じ時間に出ろ、違う方向に走るな、弟だけ自転車に乗るな、無意味に池を一周するな。
「これで後は期末テストさえ乗り切れば夏休みだな。スキップ機能や早送り機能が欲しいぜ」
そのままの姿勢で手だけ上げ、親指を立てて意を示す。
「今日の夜どうする? インするか?」
無理だ。流石に寝る。明日は土曜で学校も休みだから、出来れば昼まで寝させてほしい。
手首を軽く振り、明確なNOを示す。
「そっか、なら明日にするか。13時にテンジンの町のハローワーク集合でどうだ?」
親指を立てる。
「とりあえずダンジョンにアタックするか?」
親指を立てる。
「雪姫さんにまた声かけてくれないか? あとドMの人も」
数拍の間をあけ、親指を立てる。
「サンキュー。いや~お前が雪姫さんと知り合いで本当に良かったよ。まさか一緒にプレーできるなんて思わなかったからな。やっぱ美人はいいものだよな」
数泊の間をあけ、親指を立てる。
「そうと決まれば翠と冬川にも話しておくか」
速攻で親指を立てる。
「あ、そうだ。これからお前の家でテストの打ち上げしないか?」
だから俺は疲れていると――
「翠と冬川も呼んで」
親指ピヨーン。
「やった。美人の母さんと天使の妹ちゃんに会えるぜ」
中指を立てる。
■ □ ■ □ ■
翌日の正午過ぎ。俺は伸二との約束通りテンジンのハローワークまで来ていた。
隣には巫女さん衣装に身を包んだ葵さんもいる。もう最高だ。
「ハイブ君もリーフも遅いですね」
そうだね。デートしない?
「デートし――インした反応がないし、スマホに連絡入れてみようか」
あぶねぇ、心の声出かかった。
「そうですね。私はリーフに連絡してみます」
「じゃ、俺はハイブに」
空中に浮き出る俺にしか認識できない文字を入力し、伸二へと送信する。
すると、
「お、返信来た。早いな」
普段の伸二なら返信にもう少し時間がかかるのだが。珍しい日もあるものだ。
ん? 長いな。あいつにしては珍しく長文だ。この短時間でこれだけの文字を打ったのか。
【寝坊した。というわけで2時間後ぐらいに再集合でよろしく】
休日とはいえ昼の13時に寝坊とはどういうことだ。あいつはアホか?
【ということで冬川とデートでもして来い】
あいつは神か……タカハ神様……。
【因みに翠も寝坊ということになっている。あと雪姫さんとモップさんも既に翠から連絡を入れてもらって寝坊済みだ】
寝坊済みか。なら仕方ないな。初めて聞いた単語だが、そういうことなら納得だ。むしろ必然だ。
【ここ1ヶ月、まっっっっったく進展のなかった関係を少しは進めてこい】
……ぐうの音も出ねぇ。
【もういっそのこと告っちまえ。つか告れ】
おっと最難関クエスト来たよ。ひのきの棒でゾー○倒して来いってか。
【じゃ、健闘を祈る】
その言葉で締めくくられたメールを、俺はそっと閉じる。
「ハイブ寝坊したって。雪姫さんとモップさんも」
「そ、そっちもですか? 私の方にも、リーフから寝坊したってメールが来ました……」
……どうしよう。なんて言って誘おう。くそぅ、親父から話術についての訓練も受けておくべきだった。
「じ、時間が余っちゃいましたね」
そうだね。デートしよっか。そう言えたらどんなにいいだろう。たったそれだけの言葉なのに、俺の口は、喉は、肺は、締め上げられたかのように苦しく悶えている。
「す、少し……散歩しませんか?」
ほあ!?
■ □ ■ □ ■
俺は今、自らに降り注いだ幸運に歓喜しつつ、恐怖していた。
俺の人生でかつてこれほどにまでピンクな瞬間があっただろうか。
――いや、ない。
だが人生山あれば谷あり。登った先には下り坂が待っているものだ。ただの下り坂ならまだいいが、この先にあるのは崖かもしれない。そうなった時、果たして俺は精神の無事を保って帰還できるだろうか。
「どうしたんですか? 総君」
いかん、余計なことを考えていられる状況ではない。今俺は一瞬の油断とミスが命取りとなる戦場にいるのだ。生き残るために最善を尽くさなければ。
「や、何でもないよ。それより今度はあの店に行ってみようか」
「はい」
そう言って入ったのは、テンジンの町の中でも若い男女に人気のもふもふ動物ふれあい店。その名の通り、愛玩動物をモフるための店だ。モフるだけでペットとしての購入はできないが、この世界ではそもそも魔物使い以外はペットを連れて歩くことができないからそこはあまり気にされていない。
「総君、見てください。ウサギさんです。もふもふですよ、かわいいぃ!」
あなたの方がかわいいです。
俺の心の叫びは虚空となって消えた。
「ホントだ、超かわいい」
あなたがね。
「もう、こうしてずっと抱いていたいです」
俺もです。
「はぁぁぁ……幸せ~」
俺もです。
「総君は動物はあまり好きじゃないんですか?」
「いや、そんなことはないよ」
ただ俺の場合、どうしてもこれまでの教育から動物は愛玩用ではなく食用として見てしまうんだ。特にウサギとか御馳走だしね。こいつとか特にまん丸していて実に食いでがありそうだ。
「んっあ、どうしたの急に。暴れちゃダメ――あ、行っちゃった……抱き方が悪かったんですかね」
ごめん、多分俺のせいです。
「あれ? この子……」
「おわっ、何だ、どうしたお前」
こいつはカピバラか? どうして俺に寄ってくるんだ? 餌の匂いでもしたのか?
「この子、総君のことが好きみたいですね」
「え、俺これまで動物に懐かれた経験なんて殆ど無いんだけどな」
「この子には総君が優しい人だってことが分かってるんですよ」
そ、そうなのか? 遂に俺にも動物から懐かれるというイベントが訪れたというのか?
これまでアナコンダや熊、イノシシとしかまともに触れたことないし、そいつらも大体食料としてしか接してこなかったけど、遂に俺にも普通の動物と戯れるイベントが訪れたというのか?
まぁ言ってもこれ仮想世界だけど……いや、それでもいい。
仮想が何だ。現実が何だ。俺は今葵さんと一緒にいる。そして動物に懐かれようとしている。その事実だけで十分だ。そうだ、そうなんだ。これは決して現実逃避ではない。逃避ではないぞ。
「お前……」
そっとカピバラの頭に手を伸ばす。
俺は今日、生まれ変わる。今日からは動物にも自然と懐かれる優しさあふれ出る男として、俺は生きていく。そして俺は――
――カプ
噛まれた。
■ □ ■ □ ■
「さって、それじゃ皆揃ったところで出発するか」
うっかり遅刻した伸二の声に、これまたうっかり偶然たまたま遅刻してきたメンバーが同意する。
「はぁ~い。雪姫がんばりま~す」
生き生きしている。そしてニヤニヤしている。俺を見て。
「パーティはどう組むの? 今は私とハイブ、雪姫さんとモップさん、総君とブルーがパーティを組んでるけど、2つのパーティに組み直す?」
「いや、このままでいいんじゃねえか? 3つのパーティでダンジョンアタックするのも珍しいことじゃないし、たまったまの偶然だけど前衛と後衛のいい感じに組み合わさってるし」
そう言う伸二の顔も雪姫さん同様にニヤニヤしている。視線の先にいるのは、勿論俺だ。
「そうね、それがいいわね。うん、そうしましょう。ね、モップさん」
「そうだね。僕もそれがいいと思うよ。うん、そうしよう」
翠さんとモップさんにも伸二のにやけ顔が伝染していく。いや、このスムーズな流れ。これは既に示し合わせた会話なのではなかろうか。だとすれば俺は敵の掌の上で転がされまくっていないだろうか。
そしてその結果、俺は葵さんと2人っきりになれると。いいぞ、もっと転がせ。
「それはそうとルーちゃん。さっきまでソウ君と2人でどこ行ってたの~? お姉さん気になっちゃう~」
ゴロゴロ~。
「え、その……ウィンドウショッピングしたり、動物さんと触れ合って遊んだり……です」
「ふんふん、それでそれで?」
ゴロゴロ~ゴロゴロ~。
「動物さんを抱っこしたり、えっと……もふもふしました。あとちょっとカプっと」
「……うん、それで?」
「それだけですよ?」
ゴロゴロ~ゴロゴロゴロ~。
「え? それで終わり?」
「はい。とっても楽しかったです」
「ふ~ん」
ゴロゴロ~ゴロ――
「「「「 このヘタレ男 」」」」
ドンガラガッシャーン!
次回『この日集まったメンバーにはツッコミが足りない』
更新は月曜日の予定です。




