83話 あの日友人から言われた戒めを俺はまた忘れた
巫女の能力は、平たく言えば敵の弱体化と味方の回復を得意とする支援特化職。葵さんのこれまでの戦闘スタイルと優しい性格に合致した、実に彼女らしい職業と言える。
まだ習得している魔法やスキルは少ないらしいが、その一端がこれから見られると思うと胸の奥が熱くなってくる。
「ねぇブルー。吟遊詩人だった頃の歌は使えないの?」
「使えるよ。でも効果が1割ぐらいに減衰してるから実用性は殆どないかも」
「そっかー。でも巫女って吟遊詩人の上位互換っぽいし、その辺はあんまり問題にならないかもね」
上位互換。なんともいい響きだ。出来れば俺もガンナーの上位互換職に就きたい。
ガンナーで出来ることは大半がリアルでも出来るからな。極光六連も赤鬼も気軽にホイホイ出すことが出来るものじゃないし……もう少し気軽にファンタジーを感じる職業に就きたいものだ。
「あ、来たわね。ハイブ、総君、いつも通り行くわよ」
俺たちの視界に飛び込んできたのは半狂乱の顔で迫ってくる二足歩行の馬の化け物が5頭。どう見ても馬刺し――いや馬叉氏だ。
「俺が前衛でヘイト管理」
「俺は遊撃で好き勝手」
「私が魔法でぶっ飛ばす」
「わ、私が皆を支援します」
俺たちは互いに視線を合わせた後、少しだけ口元を緩ませ、それぞれのポジションに向けて動き出した。
■ □ ■ □ ■
「ハイ注目!」
俺たちの先頭を走る伸二の第一声は、敵のヘイトを自らに集中させるものだった。
そしてそれを予測していた俺たちも、また各々の役割に徹する。
「――護国陣!」
葵さんから真っ白なオーラが発露すると、すぐに伸二を同じ光が包み込んだ。
「例の防御力アップの魔法か、助かる」
伸二の声に葵さんが笑顔で応じる。いいなぁ伸二。そのポジション代われよ。俺笑顔向けられる役な。
「シールドアタック!」
巫女の加護を受けた騎士が振るう鉄の盾は、巨大な包丁ごと馬を吹き飛ばす。その連続攻撃回数も鋭さも、以前オキナワで見たときより明らかに増している。
「っと、見てる場合じゃないな」
伸二を囲む敵の数は5。その内3頭までであれば伸二の盾で凌ぎきれるだろうが、残りの2頭は無理だ。ならその2頭の足止めは俺の役目だ。
「リロード【徹甲弾PT-02】」
狙うは馬の手足。蹄の部分。あわよくば武器攻撃力と機動力の両方を奪いたい。
そして俺の放った鋭利な弾丸は、狙い通りに奴の蹄を破壊した。
「――ヒヒィイイイン!?」
よし。手足の蹄は破壊可能。どういう訳か武器は手放さないが、明らかに足取りが鈍くなっているから、この戦法は有効だろう。見た感じ遠距離攻撃手段には乏しそうだから、足さえ奪えば翠さんのいる俺たちの勝利は固いな。
そう決めるや、伸二を囲む残りの馬に対しても同様に両足の蹄を破壊する。伸二がヘイトを持っていたお陰で、入り乱れてこそいたが破壊は実に簡単に済んだ。
「マジかよ……」
ん? 誰かの声が聞こえた気がしたが……まぁいいか。今はバトルに集中しよう。
「ハイブ、準備オッケーよ!」
「おう!」
翠さんの声に伸二が素早いバックステップで反応する。その直後、馬の密集する地点に鋭利な風の刃が現れ、
「――風車!」
高速のプロペラ回転を始めると、5頭の馬は赤いエフェクトを空に撒き散らし断末魔の声を上げる。
「あっれ~? 今ので1頭も倒せないなんて。結構タフね」
そう口にする彼女だが、その顔にはまだまだ余裕の色が浮かんでいる。
「追撃は俺と総に任せろ――斬空!」
横一文字に振るった剣先から真空の刃が生じ、馬の首を跳ね飛ばす。
「やるなハイブ」
「いつまでもお前に依存してばっかじゃいられないからな」
依存と信頼は似ているようで全く違う。親父から言われた言葉だが、コイツはそれがわかっているようだ。なら俺も、信頼には信頼で応えよう。
「来い、秋月!」
アイテムボックスから日本刀を召喚する。軍曹の持っていた日本刀と比べるとどうしても見劣りしてしまう感は否めないが、それでも今の俺には十分すぎる相棒だ。
「――よっ、とっ、はっ!」
密集地帯を駆け抜け様に首元に剣閃を走らせ、止めに眼球に銃弾を捻りこむと、走り抜けた頃には3頭の馬が光となって消えていった。
「よし、ラスト――ぉおお!?」
残り1頭となった馬に頭上から巨大な氷のハンマーが振り下ろされたのは、その直後だった。
「おぉ……あのままそこに残ってたら絶対に一緒に潰されてたな」
俺の呟きは風に乗り彼女の耳に届いたようで、すぐさま返事が返ってきた。
「総君なら例えそこにいても避けたと思うけど」
「だな。総は敵と一緒に吹き飛ばすぐらいの感覚でちょうどいい」
「お前ら……」
俺に対する認識が深まったと喜ぶべきなのだろうか。いや、微妙に逸れている気がする。
「リーフもハイブ君も……ソウ君だって人間なんですよ?」
ナイスフォローだ葵さん。そう俺は人間なのだ。撃たれれば死ぬし、斬られても死ぬ。そこら辺のことを皆はもっと認識して――
「……多分」
おおおおおおおおい! そこ自信を持ってぇえ! そこ大事なとこだから!
「……勘弁してくれ」
そう髪をかき上げ呟く俺を、3人が囲んで笑う。
まぁ……こういうのも悪くはないな。
「何はともあれ、これで全部だな。じゃあお待ちかねのドロップアイテムを」
そう伸二が一息ついた直後だった。
伸二に首を跳ね飛ばされ横たわっていた馬が突如立ち上がり、巨大な包丁を振り上げる。
「――あ」
その凶刃は、葵さんの右肩から左の腰にかけて真っ直ぐ振り抜かれた。
「ブルー!」
鮮やかな紅が視界に広がる。普段は俺が敵に咲かせているそれが、どういうわけか葵さんから咲いている。
「やべぇ、まだ死んでなかったのか。おい総――」
何故こんなことになっている? 何故彼女が倒れている?
「……総?」
何故……俺が無事なのに彼女が倒れている。
「おい! 避けろ総!」
首無しの馬が赤く染まった包丁を俺に振り下ろす。その横には盾を持って俺に叫びを上げる伸二。そのさらに横には倒れた葵さんを抱きかかえる翠さん。
なら俺は?
――決まってる。
「殺す」
一閃。馬の手に向けて秋月を走らせ、包丁を持つ手ごと斬り払う。
「――ッ!?」
「迅雷!」
そのまま瞬足のブーツ迅雷を起動する。だが踏み込むのは地面ではなく、奴の腹。
下から抉りこむようにして奴の腹を踏み抜く。すると首無しの馬は勢いよく直上に吹き飛んでいき、
「リロード【炸裂弾PT-02】」
関節の継ぎ目を狙い、奴の四肢を、体躯を、空中でバラバラに解体すると、空には赤と光の花火を上げられた。
「……汚ねぇ花火だ」
■ □ ■ □ ■
「ブルぅうううう! その時ソウは倒れるブルーを抱き寄せ、怒りの炎を瞳に宿らせた。ブルー、お前の仇は俺がとってやるぜ」
「そしてソウは見事奴を討ち果たし、最後に呟く。きたねぇ花火だぜ。シャキーン。めでたしめでたし」
羞恥に震える俺と葵さんの前で寸劇を繰り広げているのは、俺の親友と彼女の親友。
そしてその後ろでは、蒼天のメンバーが吹き出しそうな笑顔で拍手と指笛を送っていた。
「ハイブ……てめぇ……」
怒れる瞳に親友を映す俺だが、流石にアレは自業自得だ。別にここで斬られても喰われても焼かれても現実でどうにかなるわけではない。それに葵さんの負ったダメージは確かに大きかったが、死ぬほどのものではなかった。落ち着いて対処すればここまでの騒ぎにはならなかっただろう。
「ブルーちゃんがやられて怒りに燃えるソウ君。いいわね~若いって」
「大佐……勘弁してください」
穴があったら入りたい。モグラになりたい。いやミミズでもいい。
「さてさて、いいもの見れてリフレッシュできたな。じゃあ次はまた私らが前に出るから、君たちは休んでいてくれ」
あのモンスターは数回に分けてさっきのように襲ってくる。数的には1パーティで丁度いいぐらいなので、交代制でそれに当たることにしている。早くこの状況から抜け出したい俺は大尉の出した助け舟にしがみついた。
「はい、よろしくお願いします」
やっと終わったか……。
「ねぇ筋肉ダルマ~。私がやられたらソウ君みたいに叫んでくれる~?」
「あぁ、言ってやるぞ。いいぞ馬叉氏、そこだ、止めをさ――ごはっ!?」
……早く行け。
■ □ ■ □ ■
【ねぇねぇ隊長~】
【おい大佐。いくらパーティチャットとはいえ隊長は止せ。で、どうした?】
【あの子たち、っていうかあの子、一体何者なんですか? どう見ても動きが一般人じゃないですよ? 特に銃の扱いなんて私よりも数段上だし】
【そうだな……軍曹、お前の意見はどうだ】
【武道の心得があるのは間違いないはずです。ただ、何をやったらああいう動きになるのかはまるで想像がつきません】
【勝てるか?】
【さぁ、やってみないことには分かりません】
【あら、軍曹にしては殊勝な意見ね。普段は余裕だって言うのに】
【俺は別に】
【大佐、その辺にしておけ。伍長はどうだ? 海外での活動経験のある君の目から見て】
【そうですね~。参考になるかどうかは分かりませんが、アレに近い動きなら何度か見たことがあります】
【え? どこどこ?】
【海外の特殊部隊の中に、あんな動きをする奴が稀にいた。そいつらは例外なくそのチームのエース級だったな】
【え!? じゃああの子って外国の特殊部隊!?】
【それはないだろ。ハーフっぽいが、まだ子供じゃないか。ってかここは日本だぞ】
【アンタが言い出したんじゃない】
【だから参考になるかどうかわからんって言ったろ】
【隊長、アイツ、例のサセボの1位じゃないですか?】
【可能性はあるな。それに、我々が倒すはずだったジーザーを先に倒したM字開脚も彼かも知れん】
【あのM字開脚も!? それがマジなら俺たちとんでもない当たりを引いたかもしれませんね】
【どうします大尉? 問い詰めますか? 何なら私が色仕掛けしても///】
【その筋肉で誘惑するのか? アマゾネス大佐】
【んだとこの筋肉ダルマ!】
【やめろ馬鹿たれ共。その件は後で考える。それよりも、敵影が見えたぞ】
【了解。それではちゃっちゃとやりますか】
【ほ~い】
次回『この日交わした約束に俺はマジで助けられた』
更新は木曜日の予定です。




