82話 この日見たトップギルドの実力に俺たちは「おー」
半狂乱の様相で向かってくる二足歩行の馬の化け物、馬刺し――違う、馬叉氏。その数は10にも上る。
それを迎え撃つは、トップギルドと名高い蒼天の精鋭メンバー。彼らは横一列の隊列をとると、ライフルを構え銃口を眼前の化け物に向けた。
「射撃よーい……てぇ!」
大尉の声に3人が銃声で応えると、前方の馬叉氏が4頭、勢いよく顔面を地面へ擦り付け土煙を上げた。
「へぇ……30メートルは離れてるのに正確に足に当てるのか。やるなぁ」
彼らの持つライフルは拳銃よりも狙撃に適した銃だ。普通であれば威力も拳銃より上。だがこの世界のライフルは連射が効かない上に弾層数も少ない。そういう意味ではこの世界の銃はライフルと拳銃でしっかりと棲み分けが出来ているといえるだろう。
「次弾装填……てぇ!」
しかし見事な銃捌きだ。もしこれがスキルによるものではないとしたら、彼らは普段からこの動きに慣れていると考えた方がいいだろう。
「なぁ総、あの人らって全員スナイパーなのか?」
スナイパーとはガンナーと同分類の射撃職。二挺拳銃での攻撃が出来ない代わりに、ライフルでの狙撃能力に優れた中遠距離職だ。
確かに彼らの見せた動きはそれを彷彿とさせるものだが、俺は伸二の問いに首を横に振る。
「いや、伍長はそうだけど、他の人は違う。大尉は拳で語る拳闘士、軍曹は侍、大佐は僧侶だ」
筋肉モリモリの伍長の射撃は他のメンバーよりも威力が高く、敵によっては毒のバッドステータスまで付与されている。足を止めての射撃戦ならガンナーよりも手札が豊富そうだな。
「そうなのか……しかし良く知ってるな」
「以前彼らが動画投稿サイトに上げたボス攻略の動画を見たからな。転職してない限り、そのままだと思うぞ」
しかし個々人の動きもだが、特筆すべきはその連携だ。自分の狙撃する相手が被らないようにしっかりと撃っている。それも事前の打ち合わせ無しで。
「あの人らって……そっち系の人なのかな」
む、伸二も何かを察したか。いや、あの動きを見れば想像はつくか。そうだな、俺も同じ考えだよ。
「あぁ。リアルの詮索はタブーだからこれ以上は言えないけど間違いないだろう。あの人たちはきっと……」
サバゲーマーに違いない。しかも肉体の鍛錬を欠かさずに格闘スキルまで習得している。なんて訓練されたサバゲーマーなんだ。親父から日本の訓練されたサバゲーマーはプロに近い動きをする奴がいると聞いたことがあるが、どうやらそれは本当だったようだ。凄いな日本のサバゲーマー。会ったことはないが。
「お、そろそろ衝突するぞ」
ライフルの斉射により陣形が乱れに乱れた馬叉氏の群れだが、それでもそこはモンスター。右に持つ巨大な包丁を振り上げ、彼らに迫ってきていた。
だがこの状況に彼らは全く動じず、素早く次の手に出る。
「軍曹、行くぞ!」
「了解!」
ライフルをアイテムボックスへと収納し、大尉は両拳をすっぽりと覆う鋼鉄のグローブを、軍曹は美しい鞘に納まった日本刀を出す。
そこから先は圧倒的だった。
文字通りの鉄拳を振るう大尉の後ろには顔面をボコボコにされた馬が転がり、その止めを後方の伍長が正確なヘッドショットで刺していった。さらに馬の振るう包丁が大尉に当たろうかというタイミングでも伍長からの正確な援護射撃が放たれ、大尉は殆ど無傷の状態で敵陣で拳を振るい続けていた。
大佐は僧侶なのにもかかわらず、手にしたモーニングスターで馬の顔面を次々とモザイク加工していく。ハッキリ言って酷い絵だ。なにより大佐の笑顔が素晴らしい。うふふな笑顔ではない。げひひな笑顔だ。生き生きとしている。大変生き生きとしている。我が世の春が来たと言わんばかりの笑みだ。怖い。
だがこの3人に共通していたのは、戦いたいとまでは強く感じないこと。今が全力の戦闘とは思えないが、動き自体はよく訓練された兵士とさほど変わらない。これにゲームならではのスキルやアーツ、魔法が加わればまた違うのだろうが、少なくとも今の動きには惹かれない。大尉がまぁまぁといった感じだろうか。
だが、明らかに動きの違うのが1人。敵陣で舞っていた。
「ハッハッハッハ、温い温い温い!」
半狂乱の馬たちの中で明らかに狂乱している迷彩服の侍がいる。四方を馬に囲まれながらも、降りかかる包丁を軽々と躱し、刀で相手の急所を正確に斬り刻んでいく。
「総あれ……アーツか?」
「どうかな。だがもしあれがアーツだとしたら、物凄く多彩で変化に富んだ、オリジナリティ溢れるアーツだと思うよ」
ハッキリとは言っていないが、最早その言葉が答えだ。あれはアーツではない。本人の素の動きだ。スキルで肉体の強化なんかを受けている可能性はあるかもしれないが、それでも全てが洗練されたあの動きは説明がつかない。
アレは――俺と同類だ。
ぞわりとした感覚が体中を駆け巡る。と同時に、俺ならあの人とどう戦うかを無意識にイメージしてしまう。
振るわれる刀の軌道、その速さ。間違いなく刀だけでいえば俺よりも上だ。その間合いの取り方も。
サバゲーが好きな剣術家なのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく彼と戦ってみたい。流石に親父ほどの圧力や深みは感じないが、それでも戦うとかなり面白そうだ。やべぇ、オラわくわくしてきたぞ。
「オラ喰らえよ、一刀破斬!」
あれは雪姫さんが鬼凧との最終決戦で見せた、剣を巨大化して斬りつけるアーツ。侍でも使えるのか。
しかし雪姫さんのは真上から重力に逆らわずに叩き斬る形だったものに対して、軍曹のソレは巨大化した剣を真横に薙ぎ払っている。お陰で馬の化け物がまとめて3頭もその場で光になった。
間違いなく、これまで見てきたプレイヤーの中で最強だ。
「軍曹、後ろだ!」
大尉の声が戦場に轟く。大技を出した直後の軍曹の隙をつく形で、最後の1頭がその包丁を軍曹に向けて振り上げていたのだ。
だが軍曹は全く慌てた素振りも見せずに懐へと手をやると、そこから一丁の拳銃を取り出し、振り向き様に馬の足を銃弾で撃ち抜いた。
「ヒヒィイイイン!?」
あ、馬だ。初めて馬っぽいと思った。
足を撃ち抜かれ前のめりに倒れかけている馬に対し、俺は今日始めて馬を感じた。
「――ふっ!」
だが俺がそれ以上馬に対して馬を感じることはなく、奴はそのまま首をはねられ光となって消えていった。
■ □ ■ □ ■
「流石トップギルド。凄い戦闘ですね」
「ありがとうハイブ君。私らも見られていることで少し張り切ってしまったよ」
伸二からの賞賛の言葉に大尉も顔をほころばせる。だがその視線はチラチラと葵さんと翠さんの方にも流れており、彼が変態紳士であることを俺に思い出させる。
「軍曹さんの刀捌き凄かったです。エースと言われるのも納得です」
だが大尉の思惑とは別に、黄色い賞賛は軍曹の方へと向かう。翠さん、グッジョブだ。
「こいつはリアルでも剣術を嗜んでるからな。俺たちとは別格だよ」
「ちょ、伍長」
逞しい腕を彼の肩に回す筋肉ダルマ伍長から出た言葉に、俺はやはりと心中で相槌を打つ。
だが剣道ではなく剣術か。今のご時勢で珍しいな。
「むっさい野郎よりも、私の回復魔法の方が見事だったよねー?」
軍曹と伍長の頭の上に乗っかる形で入ってきたのは、回復のかの字も見せずにモーニングスターで戦っていた僧侶のアマゾネス大佐。
……いやそんな笑顔で言われましても。
「大佐はいつも通り敵を殴りまくってたじゃないですか」
「あ~ら軍曹。上官に逆らうの?」
「い、いや今ここはゲームだし」
ふむ、どういう設定でこのゲームを楽しんでいるのかはイマイチわからないが、この人たちはリアルでも相当に仲が良さそうだ。
「じゃあ次はそっちの番ね。これまでの動きを見ると、君がこのギルドのエース君なのかな? 大尉が態々声をかけるぐらいだから、きっと凄いんだろうな~」
「え、いや……俺は」
「おい大佐。あまりプレッシャーをかけるんじゃない。すまないねソウ君。こいつのいうことは気にせず、普段通りにやっておくれ」
大佐を叱る大尉というなんとも不思議な絵を作り出した2人だが、その目はどこか真剣みを帯びているようでもある。まぁ大佐の目はどっちかというと子ウサギを見つけたキツネって感じだが。
「大佐、俺! 俺も頑張ります」
年上のお姉さんに悩殺された馬鹿が自分から網に飛び込んできた。流石だ伸二。俺の期待を裏切らない。
「うん頑張って~」
「軽っ!?」
見事に放流された。実に見事なキャッチ&リリースだ。流石伸二。俺の期待をことごとく裏切らない。
「2人とも、そんなところで鼻の下伸ばしてないでこっちに来なさい。もう1回戦術の確認するわよ」
その声に振り向けば、微妙にご立腹な様子の翠さんと、少し困った様子の葵さんがこちらを見ている。
あれ、これもしかして俺とばっちりを受けた? 爆散した伸二の破片で被弾した?
「これからブルーの能力を復習するんだから、早くね」
そうだった。葵さんは《巫女》での戦闘はこれが初めてだから、いつもより緊張してるはずだ。漫才を見てる場合じゃない。
「あぁ、ごめん」
不安そうにしている葵さんを早く安心させてあげるべく、俺は彼女らの下に駆け足で向かった。
次回『あの日友人から言われた戒めを俺はまた忘れた』
更新は月曜日の予定です。




