8話 俺がゲームに復帰する件について
伸二と初めての喧嘩をしたその日の夜。俺は【レーヴ】を手に取り二回目のダイブを行った。
正直どうすれば同士討ちしないように操作できるかまるで考えつかないが、ここは伸二大先輩に頼らせてもらおう。
ダイブによる独特な感覚のする暗闇を抜けると、以前ログアウトした平原フィールド近くの町【ナハ】に降り立った。
「よ! 総」
「――ハイブ」
背中越しの声に振り返れば、リアルと違い黒髪を逆立たせ少しワイルドになった伸二が片手を立てこちらへ近づいてくる。
「じゃ、早速やるか」
……ん? 何を?
「おいおい、固まってる場合かよ。今のお前はこのゲームで最弱のプレイヤーと言っても過言じゃないんだぜ。のんびりしてる暇はねえぞ」
……容赦ねえ。
「……そうだな。で、具体的には何をすればいいんだ?」
「考えたんだけどな。要はお前は敵なら撃てるんだよな」
「あぁ。そこは容赦なくできる」
「即答かよ。まぁいい。そこでな、PvPを使おうと思うんだ」
「……ピーブイピー?」
「あぁ、プレイヤー同士の対戦のことだよ。俺と総とでPvPだ。それなら俺を撃ってもフレンドリーファイアじゃないし、お互いの練習にもなるだろ?」
なるほど、そういうことか。まぁ親父以外の人間に銃を向けるのはそれでも多少抵抗が残るが、撃てないことはないな。
「それならできると思う。でも死んだりしたら何か罰則とかないのか?」
「ん、デスペナのことか? フレンド登録した相手とはデスペナルティ無しの設定でバトル出来るんだよ」
それなら心配はないか。伸二とは始めたその日にフレンド登録もしてるしな。
「じゃあ早速やろうぜ。町にPvP用の施設があるからそこに行こう」
そのまま俺たちは町の中を歩き、目的の施設まで来ると、無料開放されているPvPルームの1つを使った。
「俺から申請とばすから受けてくれ」
そう言い伸二が指先でピピッと画面を操作していると、俺にしか聞こえないピロンという音が鳴る。
【ハイブからPvPの申請がありました。お受けしますか?】
ほう、音声と一緒に目の前に文字が浮かび上がるのか。これで【YES】か【NO】のどっちかをタッチすればいいんだな。勿論【YES】っと。
「じゃあ構えな総。よし……行くぜ!」
■ □ ■ □ ■
「……0勝37敗」
「総、次だ次! 最初の頃よりかはアーツの使い方が上手く……なってる気がする。次行くぞ!」
伸二とPvPで特訓を続けて次で38戦目。俺の攻撃は動く伸二には全く当たらず、止まった伸二には完璧に防がれている。端的に言うと、俺のゲームの実力低すぎ。
「行くぞ総、【ディフェンスシールド】!」
アーツ名は叫ばなくとも発動できるものもあれば、言葉が発動キーとして設定されているものもある。因みに伸二が今出したアーツは叫ばなくても出せるやつだ。
俺は盾を構えて直進してくる伸二に2挺の拳銃を交互に撃つアーツ【ツインショット】で応戦する。だが放った弾丸の半分は伸二の盾に防がれ、残り半分は虚空の彼方へと消えていく。これが現実だったら、俺の心はとっくに折れてるな。
「――【オフェンスシールド】!」
俺との距離が3メートルとまで来たところで、伸二はアーツを切り替える。このアーツの切り替えというのが、このゲームではすごく重要だと伸二は力説していた。アーツは基本重ね掛けはできず、常に一つのアーツしか発動できない。つまり、攻撃用アーツを使いながら回避用アーツも使うことはできないということだ。相手がどのアーツを使うかを分析し、有利な組み合わせのアーツで対抗する。これがPvPの基本らしい。
まぁそもそも俺はアーツが1つしかないし、その1つしかないアーツもまともに扱えないからそこら辺を考える段階にすら至っていない訳だが。
伸二が攻勢に出てきたのを見てアーツを解除する――いや、正確には解除しようとした。だがそれは間に合わず、棒立ちで伸二の盾での攻撃を顔でまともに受けてしまう。
別段痛いということもないが、やはり殴られるという感触は好きになれない。少しだけだが鼻の奥にツンと辛い感触が残る。そして視界の左下に常に移っている体力ゲージを見ると、今の一撃でHPの2割近くが減少していた。俺のHPが伸二と比べてどれぐらいなのかは分からないが、おそらく俺の方が低いはずだ。もし伸二の攻撃が威力の低い盾ではなく、殺傷能力の高い剣だったら、HPの3割以上は削られただろう。現にさっきもそうなったからな。
殴り飛ばされた距離を利用し再び【ツインショット】を放つ。だが動き出した伸二には一発も当たらず、今度は剣による二連撃を貰ってしまった。そこでHPゲージは残り3割を切り、先ほどまで青で表示されていたHPのゲージは一気に赤へと切り替わる。
これはやられながらに発見したことだが、どうやら最大HPの51%までは青ゲージ、50%から26%までは黄ゲージ、25%以下は赤ゲージへと表示が変わるらしい。うん、だから何って感じだけどな。
「う~ん、アーツを使うこともそうだが、アーツの切り替えの速度ももうちょっと早くした方がいいな。さっき俺が【オフェンスシールド】を発動した直後に【ツインショット】のアーツを解除してたらギリギリ回避か、最低でも顔面直撃は免れたはずだ。射撃職は距離が大事だから顔面への攻撃だけは防がないとな」
この仮想空間での攻撃判定には複数のパターンが存在する。相手が人間の場合は、急所と言われる頭などへの攻撃時にダメージボーナスが付く。その割合は自分と相手の能力やスキルによっても変わると言われているが、細かくは検証されていないらしい。まぁその分攻撃するのは難しいのだが、それを差し引いても狙う価値は十分にある。
尚且つ頭部への攻撃判定はそこからさらに目・顎・頭の三つに分けられる。ダメージはどれも変わらないが、目に攻撃を受ければ受けた方の目は数秒間視界が完全に塞がれる。顎に攻撃を受ければ一定確率で短時間動きが鈍る。頭はダメージのみだ。
つまりPvPで頭部への攻撃を受ければそれだけで一気に劣勢となる訳だ。実際に盾の攻撃を頭にもらい、その後の連撃でHPは赤ゲージになり敗北寸前にまでなってる訳だから、伸二の指摘は全くもって正論だ。
なお伸二は中世の騎士の被るような冑を装備しており、その冑の上から攻撃しても頭部への攻撃とは判定されない。それどころか人体の急所と言われているところにはそれなりに厚い装甲が施されており、中々に高そうな防御力を有している。まさに俺殺し。
「そうだな。だがどうも体の方が先に動いてしまって上手くいかないんだよな」
これは初日から言っている俺の最大の問題点だ。どうしてもこの運営にプログラミングされた動きには抵抗がある。いっそのこと使わずにやりたいぐらいだ。
「いっそのことアーツを使わずにゲームが出来ればいいんだけどなー……ん?」
自分で言っていて、今更ながらに気付いた。
「そうだなぁ、いっそのことアーツ使わない方が……ん?」
共感してくれた伸二も言っている途中で同じ考えに至ったようだ。俺たちは全く同じことを、同じタイミングで口にした。
「「アーツ使わなければいいんじゃね!?」」
青天の霹靂とはこのことか。いや、これに気付かなかった俺のアホさ加減に呆れるべきなのか。簡単なことだった。使えなければ、使わなければいいのだ。だが一つだけ懸念も残った。
「アーツを使わずに戦闘って出来るのか?」
「出来るはずだぜ。出来るはずだけど、アーツ無しでの戦闘をやってる人間は見たことがないな。生産職の人間にそういう人が稀にいるって話は聞いてたけど」
生産職? どうやら俺の知らないことがまだ多くあるようだな。まぁそこら辺は後で教えてもらおう。今は何よりもアーツ無しで戦闘が出来るようになっているのかが知りたい。逸る気持ちを抑えられずに急かす様に伸二にPvPの続きを要求する。
「よしハイブ、続きやろうぜ。まだ俺のゲージは赤だから勝負はついてないよな!」
「オッケー、じゃあ少し距離を離してからまた再開と行くか。だがそのHPだとあと一回攻撃を食らったら終わりだからな。気をつけろよ?」
無言で頷き了解の意を示すと、それを確認した伸二も距離をとっていき再び剣と盾を構えた。
「何度も言うが、俺の職業である騎士は高い防御力と、装甲の厚い防具を装備できるのが特徴だ。お前の初期装備の銃じゃ鎧の上から攻撃しても殆どダメージは通らない。ダメージを与えるためには鎧の隙間や鎧のない腕や足の部分に攻撃を当てるしかないぞ」
「了解だ。それにお前が防御用のアーツを使えば相手の攻撃をある程度予測して盾でも銃弾を防がれるんだろ?」
「そこまでわかってるならもう俺から言うことはない。精々俺の鎧に当ててみせろよ」
誰も見ていない平原フィールドで、俺と伸二は再び銃と刃を交えた。