76話 この日生じた感情の名を俺はまだ知らない
熊本県。雄大な阿蘇山を有する、別名火の国。
そのモデルステージである、クマモトエリア。
俺、伸二、翠さん、葵さんの4人は、そのエリアの中にある町の1つ、アマクサのハローワークでクエストボードを見つめていた。
「これは討伐系クエスト。こっちはアイテム生産系クエスト。あれは護衛クエスト。どれもこれまでやってきたやつと大差ないって感じだな」
「だな。目ぼしいクエストはみんな持っていかれた感じだ」
俺のぼやきに応じる伸二の顔には、ハッキリと残念の二文字が張り付いていた。
「仕方ないわよ。私たちは2週間近くもゲームから離れてたんだし。今攻略組みはこの先にあるアソの町まで行ってるそうよ」
最難関クエストを無事終えた俺たちは、攻略組みから遅れること約2週間。ようやく新エリアクマモトでの旅をスタートさせた。
まぁ本当はテスト勉強中に伸二と内緒でクマモトをちょこっと旅していたのだが、その話を蒸し返すと翠さんの機嫌が再び素晴らしいことになるので、俺と伸二はその話を絶賛封印中だ。
「アソってことは火山だよね。噴火とかしないといいけど……」
そう呟くのは、淡い水色の和服に身を包んだ美少女。いやらしさを感じさせない程度の肩の露出が、彼女の色気を最大限まで高めている。
でも熱には弱そうだな。
「状況によっては火や熱耐性のある防具を用意したほうがいいかもね」
「ひゃ、ひゃい。そう、ですね」
よそよそしい、視線も合わない、合わせようとしてくれない。かつてないほどの挙動不審な葵さんに、俺の精神は揺さぶりをかけられていた。
何だろうこの気持ちは。虚しいわけでもないが、決して嬉しいわけでもない。物凄くもやもやする。
【おい総。お前冬川に何をした。もしくは何があった】
葵さんの様子をおかしく感じ取ったのか、伸二からチャットが飛んでくる。まぁバレバレだよな。
【いや、あったというか、なかったというか】
【はぁ!? 何じゃそりゃ。詳しい説明を要求する】
【後でな。俺も混乱してるんだ】
結局あの日の夜、葵さんから話の内容は聞けずじまいで終わった。翌日の放課後にも話をしに彼女の教室に向かったが、非常に硬い笑顔でナンデモナイデスとかわされてしまった。
それからというもの、彼女の俺に対する態度はさっきのように豹変してしまった。正直、泣きたい。
「ねぇ、これといって優先事項が無いんだったら、ブルーのジョブチェンジを優先しない?」
「お、そうしよう。確か《巫女》だったよな、ブルー」
「はい。ナガサキで、とっても可愛い姉妹から貰った大事な職業なんです」
昔を懐かしむような顔で葵さんが伸二の問いに答える。
ふうむ、伸二に対して普段通りってことは、やっぱ原因はあの日の夜に言おうとしてたことで間違いなさそうだな。
「味方にレア職がいるっていいよな。トップギルドみたいで」
「総君がいる時点で私たちはトップ中のトップよ」
「確かに。でも俺たちだって、前の俺たちじゃねえぜ。パワーアップした俺の力を早く総とブルーに見せてやりてえよ」
その目に炎を滾らせる男は、拳を固めてその時が来るのを待ち望んでいる様子だ。
まぁテスト勉強中に伸二と一緒にプレイしていた時には戦闘は殆どしなかったから、ここではりきる気持ちも理解はできる。
「で、必要なアイテムはあと何があるんだ?」
伸二の問いに、葵さんは少し申し訳なさそうに細々と口を動かす。
「その……《幼火龍の牙》と《幼火龍の鱗》。それに《幼火龍の鉤爪》なんです」
「おうふ」
見事なまでに幼火龍の素材のオンパレード。そして伸二のリアクションが、幼火龍の厄介さを物語っていた。
幼火龍とは火龍の幼体のことであり、その種族は様々なゲームで最強種の一角として君臨している『龍』だ。
大きさこそ成人男性と変わらない程度だが、高威力のブレス、高い魔法耐性、そして鋼の硬度と言われる鱗は幼体でも健在であり、現在クマモトエリアで最も戦いたくないモンスターのトップに挙げられる存在だ。
「あの……そんなに無理してやる必要は」
申し訳なさそうな様子でそう口にする彼女に、俺は声をかけられないでいた。
できれば「余裕だよ、行こう」と声をかけたい。だが今の俺がそう言ったところで、彼女を困らせるだけのような気がする。
やりたいこと、言いたいこと、叶えたいこと。ハッキリとしたそれらを頭に描きながらも「だが」「しかし」と言った言葉がその出口を遮る。
走ろうとしても地面を強く蹴れないこの感じは……一体何なんだ。
「いいじゃねえか。やろうぜ、龍退治」
「そうそう、楽しそうじゃない龍退治。それに私たちの修業の成果を見せるにはうってつけの相手よ」
「ハイブ君、リーフ……うん、ありがとぅ」
俺が言いたかった言葉を、伸二と翠さんが代弁する。だが俺の中では、彼らへの感謝の気持ちと妬みの気持ち、両方がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
「あ、じゃあ俺、クエスト受けてくるよ」
「おう。サンキューな、総」
その場から逃げるように、俺はカウンターの方へと向かう。
はぁ……なんだこの気持ちは。これを一言で表すと何になるのだろう。
イライラ? いやしてない。
ソワソワ? してるけど気持ちとは言わないな。
ハラハラ? ちょと違うな。
考えのまとまらぬまま、俺は殆ど無意識に、その答えを口にした。
「――気持ち悪い」
■ □ ■ □ ■
俺たちが受けたクエストの内容は、幼火龍5体の討伐。巫女へのジョブチェンジに必要なアイテムを集めつつ、ついでにクエスト報酬も貰う算段だ。
「調べだとこの辺に出るらしいんだが」
アイテムボックスから出した地図を頼りに、伸二の先導の下、アマクサの東沿いにある小規模の火山の近くを歩く。
火山の影響なのか、草木はさほど無く視界はかなり良好だ。もし飛んでいる龍がいれば、一発でわかるだろう。
「他のパーティ全然見ないわね」
「まぁ幼火龍の討伐報酬はそこまで美味しくはないからな。強くても報酬がよければ人気出るだろうが、強くて報酬もショボければ普通は避けるよな」
これは理解はできるが共感はできない考えだ。強ければ、それだけで既にご褒美ではないだろうか。強敵のモンスターが目の前に現れれば、たとえアイテムなどが得られなくとも飛び掛らずにはいられない。それでは駄目なのだろうか。ついついそう考えてしまう。
だが伸二の話を聞く翠さんや葵さんの様子を見れば、その考えは少数派なのだろうと改めて思い知らされる。
「あ、そうだ総。敵が出たら、まずは俺とリーフに任せてくれないか?」
自信満々の表情で伸二が俺の目をジッと見る。コイツが男でなかったらずっと合わせていたいほどに熱い視線だ。
「オッケー、そういうことなら初手は任せた。だが成長してるのは何もお前だけじゃないからな。その次には俺の成長も見せてやるよ」
「へぇ、そいつは楽しみだな――っと」
話している途中で、俺たちの視界に空中を舞う大きな翼が現れた。
「さっそくお出ましか。敵はこっちには……気付いてるな。さて、じゃあさっきの話通りここは俺たちが先制するぜ。先行くぞリーフ」
そう言い残し、伸二は重い鎧を感じさせない走りで対象の幼火龍へと突っ込んでいった。その右手には以前見たときよりも分厚そうな盾を、左手には白銀の剣を携えて。
「行くぜ、斬空!」
左手から白銀の孤が描かれると、その切っ先から可視化された三日月状の斬撃が幼火龍へと飛来し命中する。
「GYAO!?」
空中を飛来する斬撃の直撃を翼に受けた幼火龍は、バランスを崩しそのまま地面へと落下する。
「いいタイミングよハイブ――ロックホーン!」
その言葉を聞いた瞬間お股にヒュンとしたものを感じたが、俺が内股になっている間に幼火龍は地面から突き出てきた岩の槍によって再び空中に投げ出されていた。
そしてその真下から、槍を構えた伸二が体を弓なりに仰け反らせ、
「――投擲・強!」
凄まじい勢いで投擲された槍が、幼火龍の腹に突き刺さり、赤いエフェクトを空中にばら撒く。
「グルルルル……」
「――っ! ハイブ、来るわよ!」
直後、開大された顎から体をすっぽりと覆うほどの炎が吐き出される。
だがそれも、
「――アイス・シールド!」
前にかざした盾から青く透明なバリアが広範囲に現れ、炎を完全に遮断する。
「ガッ!?」
「面食らってる暇はねえぞ、トカゲ野郎」
勝利を固く信じている男の頭上には、いつの間にか巨大な氷鎚が形成されていた。そしてハイブの後ろには、口元に三日月を描く魔女の姿。
「アイス・ハンマー!」
「――!?」
凄まじい質量の氷が轟音と共に幼火龍を押しつぶすと、それはそのまま氷の墓標となった。
次回、『あの日誓った約束により俺は完全に〇〇〇した』
更新は月曜日の予定です。




