72話 ニジュウハチで終わって、また始まる俺たちの旅
リリスとカノンの2人と別れてから2週間。俺たち4人はこれまでのドタバタが嘘だったかのように、穏やかな時を仮想世界の中で過ごした。
カノンを騙して家を巻き上げた商人をつきとめ、その背後のいた怖いNPCたちごとまとめてボコボコにし、家を無事取り戻しもした。穏やかに。
既に攻略はされていたが、ナガサキのエリアボス《軍艦刀》に挑み穏やかにボコボコにもした。穏やかに。
クエストを受けようと入ったハローワークでは、多数の視線を感じたのでそのまま踵を返し変装グッズを取り揃えている店に直行した。穏やかに。
武器職人のスミスさんにも個人的に何度か会いに行った。その際に銃弾について熱く語り合い、色々な試作品を提供してもらった。穏やかに。
そして今、俺たちはサセボの町の入り口でそれぞれの顔を視界に入れ見つめ合っていた。穏やかな気持ちで。
「それにしてもボス戦のドロップアイテム、ショボかったわね~」
「まぁ最初の攻略は俺たちとアイテムを交換した蒼天の人たちが成し遂げた訳ですし」
「そうだけどぉ、そうなんだけど~」
鬼凧の一件が片付いたその翌日。ナガサキエリアのボスが攻略されたとのシステムメッセージが全プレイヤーに届いた。何となく只者ではない気がしていたが、マジで只者ではなかったらしい。
動画投稿サイトに上げられた攻略動画は実に見応えのあるもので、彼らに対する俺の興味を何倍にも引き上げた。いつかお手合わせ願いたいものだ。
「まぁまぁ雪姫さん。僕らはカノンからいいものを貰ったから良いじゃないか」
「まぁね~。あ、そう言えばルーちゃん。あのアイテムでジョブチェンジはしないの?」
「はい、必要なアイテムがまだ少しあるみたいなんです」
葵さんがカノンから貰ったもの。それはレア職《巫女》へのジョブチェンジアイテム。だが巫女へのジョブチェンジには他にもいくつかのアイテムが必要で、しかもそのいくつかは今のエリアでは集まらないと思われるものまであった。
事情を知った伸二と翠さんが、次のエリアで合流した後に揃えようと言ってくれたから、次のエリアではジョブチェンジが出来るだろう。
「そっかぁ。じゃあそれは今度会えた時のお楽しみかな」
「そう言えば雪姫さんはあの時カノンから何を貰ったんですか?」
「ん~? 気になるのぉ?」
「えぇ、まぁ」
何だか今日はやけにノリノリなテンションだな。ま、それも仕方ないか。
「私はね~、コレ」
そう言って雪姫さんが見せてくれたのは星の付いたブレスレット。
うん、わからん。
「コレがどうなるんですか?」
「コレを付けて敵を倒すとね~、光のエフェクトに星が混ざるのよ」
最近変なエフェクト出して死ぬ敵がいるなと思ったけど犯人はコレか!
「他にはどんな効果があるんです――かっ!?」
雪姫さんからとんでもなく冷たい視線が飛んでくる。何コイツ、空気読めないの的な視線だ。学校で女子の集団から喰らうと再起不能になるアレだ。
イカン、この先は地雷原だ。これ以上踏み込めば絶対に無事な帰還が望めないやつだ。俺の本能が戦略的撤退を全力で推奨している。
「素晴らしいアイテムですね! もうメッチャ可愛いですよ!」
「でしょ~」
ふぅ……我が軍、戦場から無事に撤退せり。
俺が心の汗を拭っていると、モップさんが僕にも聞いておくれオーラを発しているのが視界の端に映る。
――アレは無視でいいだろう。
「ソウ君はあれから何か貰ったの?」
ナイス援護射撃だ雪姫さん、これでモップさんも――イカン、喜んでいる。しまった、敵は無視もご褒美に入る難敵だったのを失念していた。くっ、俺如きではまだかの御仁に刃を届かせることはかなわないか。
「実は、いつの間にか新しいスキルを取っていたんですよ」
「えぇ!? いいなぁソウ君! それでそれで、どんなスキルだったの?」
「それが……効果が良くわからなくて」
雪姫さんたちにも見えるようにスキルデータ画面を表示する。
【スキル】
・天使の祝福
2人の姉妹を救った英雄は祝福を受ける。
「……ナニコレ?」
「俺が聞きたいですよ!」
カノンから素晴らしいものを授かった翌日。いつの間にか取得していた新スキルが《天使の祝福》だ。その効果は様々な情報サイトを調べても全く引っかかりもせず、今でもわかっていない。
「多分あの時に貰ったスキルだとは思うんですけど、あれからカノンやリリスに聞いてもまったく分からないって言われまして」
カノンとリリスは今では姉妹仲良くサセボの町で暮らしている。そのためチョイチョイ暇を見ては会いにも行っていたのだが、終ぞスキルのことについては分からずじまいだった。
「まぁいいじゃない、折角カノンがくれたものなんだから」
確かにそうだな。分からないものをこれ以上悩んでいても仕方ない。いつか分かる時もくるだろうし、その時を楽しみに待つとしよう。
そうしてあらかた話し終えると、雪姫さんは言うのをどこか躊躇うような雰囲気でゆっくりと口を開いた。
「……ソウ君とルーちゃんは、この後……クマモトへ向かうのよね」
「ええ、そこで友人と落ち合う予定です。雪姫さんはサガですよね」
「うん。向こうで合流する人たちがいるからね」
蒼天のメンバーがナガサキのエリアボスを討伐したことで全プレイヤーに届いたシステムメッセージには、次のエリア《クマモト》が開放されるとの内容が記載されていた。
しかし後半に明記された内容が、俺たちを今日までナガサキに縫い付けることになる。そこには、カゴシマがクリアされなければ新しいエリアは開放されないとの内容が書かれており、ナガサキとカゴシマが揃ってクリアされて初めて次のエリアが開放されると判明した。
そしてカゴシマがクリアされたのが昨日の話。その結果次のエリアとして開放されたのが《サガ》だ。
俺と葵さんは学校で伸二と翠さんの4人で話し合い、次の目的地をクマモトへと決めていたから、ここで雪姫さんとはお別れということになる。いや、別れるのは彼女だけではなく――
「僕もサガに行く予定だよ。サガにはちょっと思い入れがあってね」
俺の横で話を聞く美少女が、その顔に悲しげな表情を浮かべる。
「ここで……お別れなんですね」
「……ルーちゃん」
「雪姫、さん」
こうしていると仲の良い姉妹が空港で別れを惜しんでいるようにも見える。いいなぁ雪姫さんそのポジション。俺と替わってくれないかな。あれ、でもそうなるとこの後俺は葵さんと離れ離れになるのか。やっぱやめだ、このまま行こう。
「……ソウ君」
何かなモップさん。え、葵さんたちのように抱き合えと? もしそれを要求するなら俺にも相応の覚悟がありますよ?
だが構えていた俺に差し出されたのはモップさんの右手だった。
「君のお陰で凄く楽しい時間を過ごせたよ。また会うことがあったら、一緒にクエストを受けてくれるかい?」
「……次はいきなり突進してこないでくださいよ?」
差し出された手をがっしりと握り返し、俺たちは笑顔を交わし合った。
「じゃあ」
「ああ」
「……また、会いましょうね」
「勿論よ」
どうなるか不安で降り立ったナガサキの地。だが俺はここで、多くの人との友誼を結ぶことが出来た。
途中何度もトラブルに見舞われたし、それで落ち込みもした。
だが振り返ってみれば、どれも楽しい思い出の中の一部となっている。これだから旅はやめられないんだ。
雪姫さん、モップさんと別れるのは寂しいが、旅を続けていけばまたどこかで会うこともあるだろう。
俺たちは――仲間なんだから。
これにて3章はお終いです。
これまでにない展開を意識してみた章でしたが、いかがだったでしょうか。
次回は掲示板回。その次からは4章キュウシュウ踏破編が始まります。
4章のテーマは人間模様。総一郎の人間関係が色んな意味で大きく動く章となる予定です。
『真剣にふざける』を信条にこれからも書いていきたいと思います(`・ω・´)
次話の更新は月曜日の予定です。