7話 俺の親友はやっぱ最高な件について
伸二とパーティを組んで狩りに出てから2時間。俺は1つの事実を受け入れる必要があった。
「総、お前……メチャンコ下手だな」
「……」
俺の取得している唯一のアーツ【ツインショット.Lv1】。これを使用してさっきから敵モンスターと戦っているのだが、全く当たらない。よくわからない構造の銃を使っているだけでも相当のストレスなのだが、この交互に撃つというのがまた俺を悩ませている。
もう一度アーツの項目をスライドし何度目かわからない熟読をする。
【アーツ一覧】
・ツインショット(Lv1)
二挺の拳銃を交互に発射し目標に命中させる。レベルに応じて連射速度と命中率が上昇する。
いや同時に、もしくはバラバラのタイミングで自由に撃たせろよ。それに照準も甘すぎる。敵が動くと急所には全然当たらないし、自分が動いても全然当たらない。これ無理ゲーすぎんよ……。
「他のガンナーを一度見たことあるが、もう少し当てていた気がするな。余計な力でも入ってるんじゃないのか?」
見かねた伸二が助言を飛ばしてくれる。そしてそれは俺もわかっている。わかってはいるのだが、体に染みついた癖というのはそうそう抜けない。俺からすれば、この【ツインショット.Lv1】というアーツは幼稚すぎるのだ。そのため体がついつい反論して余計な動きを入れてしまい、結果失敗してしまう。言葉ではわかっているし、理屈でもわかっているのだが、あんな稚拙な動きを、本能が全力で拒否しているのだ。
俺は幼少のころから親父の地獄の特訓に付き合ってきた。その中には気を抜けば命の危険に晒されるものもそれなりにあった。1つのミスが死を招く状態にあって、敢えて手を抜くような真似が俺に許されるはずもなく、このスタイルは今の土台にもなっている。これがナイフや拳などであればまだ何とかなったかもしれないが、銃は駄目だ。
鍛え抜かれた暗殺者はトリガーに指をあてた瞬間に銃の一部と化すという。実際に前に会った親父の友人にも似たような人はいた。俺はそこまで極端ではないが、少なくとも体が勝手に反応してしまうくらいには馴染んでいる。どうしても運営のプログラムした動きを自分で阻害してしまう。
暫く周囲に自動出現する雑魚モンスターを相手に戦ったが、何度も殺されかけその度に伸二に助けてもらった。そして伸二は言いにくそうに、だが俺のためを思っての一言を告げた。
「これは……暫く練習が必要みたいだな。これだとパーティで狩りどころか、フレンドリーファイアで地雷認定間違いなしだ。俺が防御に特化した騎士じゃなかったら危なかったな」
「……フレンドリー……ファイア?」
――その言葉を聞いた瞬間、世界にヒビが入る。
フレンドリーファイアとは友軍への誤射のことだ。これは戦時において最もやってはいけないことの1つであり、これを行うものは味方からの信頼を著しく失う。その言葉の意味は分かっている。聞き返したのはその意味が分からなかった訳ではなく、本当に俺がそんなことをしたのかという信じられない思いからだ。
「ああ。実は何度か俺に向かってきた攻撃があったから防御用のアーツで防いでたんだ――あっ! でも気にすんなよ。総はゲーム自体が殆ど初めてなんだし、射撃職は特に難しいって言われてるから仕方ねえよ」
落胆している俺の様子を察してくれたのだろう。伸二は俺を傷つけまいと必死に言葉をかけてくれる。
だがその動揺は自分で思っているよりも遥かに大きかった。これはゲームだ、現実じゃない。そう自分を必死に納得させようとするが、たとえ仮想世界であろうとも味方を――それも親友に誤射をしたというどうしようもない事実が、俺の心を爪を立て掻き毟る。
「ゴメン、伸二。本当にゴメン」
「いやいやこれはゲームだぜ、気にすんなよ。な?」
「……俺、今日はここまでにする。つきあってくれてありがとう。じゃあ――」
「お、おい!? 総! 総!!」
この日以降、俺はイノセント・アース・オンラインから消えた。
■ □ ■ □ ■
「おい総! お前昨日もインしなかったろ。これで四日目だぜ? いい加減立ち直れよ。いいじゃんか俺が気にしないって言ってんだから。なあ?」
あれからイノセント・アース・オンラインにインしていない俺を気遣い、伸二は連日説得にやって来る。だが伸二には申し訳ないが、たとえゲームとは言え味方を誤射した自分を許せない。現実では絶対にしないと自信をもって言えるが、ゲームの中では正直自信がない。あの世界では俺よりも射撃の下手な射撃職はいないだろう程に俺のゲームの腕はどうしようもない。たとえもう一度やっても同じことをしてしまうだろう。だったら――
「ゴメン、伸二。それでも俺……やっぱ駄目だわ」
そのまま椅子から立ち上がると、教室を出て屋上へと向かった。
何故屋上かというと、単純に高いところから見る景色が心が落ち着くようで好きだからだ。よく悩みがある時はここに来たし、ここ数日も毎日来ている。
「おい総! 話はまだ終わってねえぞ!」
肩で息をした伸二が後ろから声を張り上げる。気配は感じていたから驚きはしないが、正直気は重い。
「お前、それでいいのか!? あれだけやりたがってたゲームを諦めんのかよ!」
「……諦めたくはない」
「じゃあ――」
「でも同じ失敗もできない!」
「――っ」
「もう、同じ失敗はできない。例えゲームの中だろうと、俺は味方を絶対に撃ちたくない。もう――あんな思いは……したくなぃ……」
頭の中を罪悪感や嫌悪感といった感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜる。あれだけ楽しみにしていたものを諦める気持ちも大きいが、何より伸二に対しての申し訳ない気持ちが止まらない。伸二のことを思えば気にしない素振りでゲームを続けてやりたいが、それすらできない。もう、俺は自分で自分の気持ちをまともに整理できないでいた。
その言葉を聞いた伸二は、少しばかり考えた後、意を決したように口を開く。
「……そうかよ。わかった。じゃあ俺と勝負しろ!」
……勝負? 何を言ってるんだコイツは。
「俺とタイマンで勝負しろ! 今ここで! 俺が勝ったら今日ゲームにインしろ。お前が勝ったら勝手に引退でもしろ」
「……いや、俺とお前じゃ勝負には……それとも何かの競技か何かか?」
「いや、タイマンの喧嘩だ。いくぞオラァ!」
開口一番、伸二は右手を大きく振りかぶりそのまま俺の顔めがけて固く握った拳を振り抜いてきた。
だが同世代の、それも一般人の拳が俺に届くわけもなく、その拳は少し前まで俺がいた場所で盛大に空を切る。勢い余って転倒しそうになるが、くるりと回ることで何とかその場に踏みとどまると、再び向かってくる。
「お、おい伸二止せって、危ないって」
危ないとは勿論伸二のことだ。拳を鍛えていない素人が固い物を殴ると骨折することもあるし、転倒して体を痛めることもある。現にさっきのは危なかった。だが伸二はそんな言葉にはまるで耳を貸さず、
「うるせぇ、俺がやるって決めたんだ。俺は諦めねえぞ!」
その言葉は、今の俺には何よりも心に刺さる。
「いや、諦めろって! お前じゃ俺には勝てないって!」
自分でも最低のことを言っていると思う。少なくとも、親父がいたら間違いなくぶっ飛ばされていただろう。
「そんなん試してもないのにわかるか! やるかやらないかで悩むぐらいなら、俺はやって後悔する。それが俺の選択だ!」
「――――っ」
また言葉が突き刺さる。だがこれはいくらなんでも無謀だ。実力差がありすぎる。伸二では俺に絶対に勝てない。そう言い切れるだけの差が存在するのだ。伸二もそれはわかっているはずだ。
それでも、伸二は拳を止めない。
「お前は逃げんのかよ! 一回失敗したぐらいで」
「……」
「あんなに楽しみにしてたじゃねえか! それともやっぱりゲームなんてつまんなかったのか!?」
「……そんなことはない」
「俺と一緒にやるのが嫌だったのか!?」
「そんなはずあるか!!」
伸二の言葉に、熱くなるものを抑えきれずに反応する。
「やりたいさ、お前と! でもその方法が分からないんだ!」
熱くなった俺の言葉に、伸二はさらに熱を込めるように返す。
「なんで探さない!」
「探したさ! でもガンナーから他職に転職するためには必要なポイントが全然足りないんだ。結局俺が銃以外を握る選択肢はないんだよ」
あれから攻略サイトや質問掲示板なんかで色々な方法を探した。別に最初から完全に諦めたわけではない。だがそれからの進展は全くなかった。転職をするためには今の職業をある程度プレイして、ある特殊なイベントをクリアし、尚且つ必要な素材やポイントを貯めないとできない仕組みだというのもわかった。
1人でインしてこっそり練習すればなんとかなるかも知れないとも考えた。だがもしそれでも同じことが起きたらと想像すると、手が震え、結局【レーヴ】を取ることが出来なかった。
「……どうすればいいかわかんないんだよ」
避けるのを止め、俯き棒立ちになっている俺を見て伸二も拳を止める。
「じゃあ――なんでそれを俺に相談しない!」
「……え」
「それを相談しろよ! 俺はリアルじゃお前に勝てる要素の殆どない男だけど、ことゲームにおいてはお前の大先輩だ!」
「……伸二」
「俺が何とかしてやる。だから――俺を頼れ、総」
――その言葉は、俺が必死に閉じていた蓋を強引にこじ開けた。
そしてようやく見えた。閉じていた蓋の奥で、必死に手を伸ばしていた親友の姿が。
「あぁ……伸二、ゴメン」
その言葉に伸二はゆっくりと首を横に振る。
「ごめんじゃねえだろ。こういう時は」
――ホントにお前は……
「あぁ……伸二、助けてくれ」
「――任せろ!」
この日俺は、イノセント・アース・オンラインに帰ってきた。