69話 ニジュウゴで取り返せ、少女の願い
「覚悟しろよクソ野郎。俺のリベンジはしつこいぞ」
怒れる瞳に鬼を写し上げ宣言する。
「ソウ君……私たちのこと忘れてない?」
瞬時に澄み切った瞳へと切り替え、雪姫さんたちへと振り返る。
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
「嘘だ!」
「嘘だね」
駄目か。澄み切った瞳へと切り替えたつもりだが、滲み出る脂汗まではコントロールできなかった。
「……わかりました。モップさん、トっ君との連携で前と同じように追い詰めていきましょう。雪姫さんも前回同様に隙があれば」
「了解だよ」
「はーい」
本当は1人でこの鬼をぶっ飛ばし続けたかったが、それはモップさんも雪姫さんも同じか。独り占めはよくないな。
「よし、じゃあ行きます」
そう言い残し、俺は仁王立ちでガン飛ばしてくる鬼へと突っ込んでいく。これは鬼との接近戦を選ぶというよりは、俺が持っているヘイトにより雪姫さんやモップさんを戦闘に巻き込まないため。
本当はナイフと刀で接近戦をしたいが、その2つは鬼に遠くへ放り投げられてしまったし、何より炎を使うトっ君との連携には難がある。
その結果俺が選択したのは、両手に握る銃での近中距離戦闘。トっ君の出す攻撃に応じて距離を入れ替えていけば何とかなるだろう。後は俺の持っているヘイトがトっ君に移れば言うこと無しだが……そこまでいけるかどうかは微妙なとこ――
「――っ!?」
もうすぐ鬼と接敵しようかというところで、俺の思考は中断する。
突如として俺の足元の地面が爆ぜたことにより。
「総君!」
葵さんの俺を心配する声――だと願いたい――が聞こえる。幸い迅雷を起動し後方へ跳んだことで爆風の直撃は受けずに済んだが、お陰で結構派手に吹き飛んでしまった。
「大丈夫だよ、喰らってない」
空中で体勢を整え着地するや葵さんへ無事を知らせるが、俺の視線は爆心地の方へと固定されたままだった。
うっすらとだが、爆ぜた瞬間に何かが地面から出てきたように見えた。アレは一体……む、土煙が晴れるな。
「あれは……モグマ?」
瞳を見開きながら呟く雪姫さん。え、なんだって?
「何ですか雪姫さん、モグマって」
「モグラの能力を持ったクマよ。地中を泳ぐように掘り進み、その巨躯で全て薙ぎ倒す、ナガサキエリアでも屈指の強敵よ」
なるほどそれは脅威だ。だが問題はそこではない。問題はそのただでさえ強いであろうモグマの顔に張り付いた、巨大な鬼の顔だ。
「あれ鬼凧ですよね。多分、以前俺たちが引っぺがした」
「……多分」
あの鬼の顔には何となくだが見覚えがある。一番最初に遭遇し、そして取り逃がした鬼そっくりだ。
「僕たちから逃げた後に、モグマの体を手に入れてここに来ていたんだね」
やっぱりか。これはなんとも厄介な事態になってきたな。
「雪姫さん、あのモグマに引っ付いた鬼と、リリスに引っ付いた鬼、どっちのほうが脅威な気がします?」
鬼凧が張り付いていることで本体がどの程度パワーアップするのかはわからない。だがリリスの体を乗っ取っている鬼が鉄の塊をぶんぶん振り回している様子を見れば、かなりの補正がかかっていると見ていいだろう。
「モグマが魔法を使ってこないならまだ辛うじてリリスの方かもしれないけれど……それでもあの膂力はちょっと、う~ん」
俺たちの眼前に立ちはだかるのは、巨大な顔も入れれば3メートルはありそうな巨熊。あれに立ち向かうのは中々想像し難いか。
「いや、あれならばモグマの方がまだやりようがあると思う」
そう自信満々に言うのはドM、じゃない――いや違わないが――獣マスターのモップさん。
「ここは僕と雪姫さんが引き受けるよ。ソウ君にはそのまま奥の鬼の相手を頼みたい」
どうしたんだモップさん。一体何を根拠に言っているんだ? だがあの鬼を俺に譲ってくれるというのはナイス提案だ。雪姫さんが少し不満そうにしているから、出来れば納得できる理由で頼む。
「限定的にだけど、僕のとっておきはあのモンスターに相性が良さそうなんだ。そこに雪姫さんの助力があれば何とかできるはずさ」
大分端折られたが、これ以上話す時間もないと諦めてくれたのか、雪姫さんも反論の声を上げないでくれている。しかしとっておきか……できればじっくりと観察したいが。
「あいつに直接リベンジできないのは癪だけど、今は成功率の方が優先よね……ソウ君!」
「はい」
「私の分の怨念、まとめて晴らしてよね」
雪辱を飛び越えて怨念と来たか。実に雪姫さんらしいというか。
「……善処します」
「それでよし。じゃあ私たちは熊鬼の方を」
そう言い雪姫さんとモップさんは前方の熊鬼へと注意を向け、俺は迅雷を起動し一瞬で熊鬼の横を翔け抜けた。
■ □ ■ □ ■
「待たせたな」
『イクラデモ待トウ。貴様ヲ殺セルノナラバ』
俺たちは巨大な空間の中央で、恋人との再会に待ち焦がれたかのような気持ちの乗った言葉をぶつけ合う。
まぁ恋人待つ気持ちなんてわからないけども。
「今度こそ、その顔引っぺがしてボロ雑巾にしてやるからな」
俺の言葉に鬼は一瞬ピクリと身を震わせた後、鋭い眼光を飛ばす。
『最早、言葉ハ不要。来イ』
「おう、行くぞ」
俺はグッと地面を踏み込み――
「リロード【炸裂弾PT-02】」
『ヌォオオ!』
銃弾を顔面に浴びせた。
『キ、貴様!』
何を怒っているんだあの鬼は。俺の手元には銃しかない。素手で飛び込むはずがないだろうに。
まぁこれが他の鬼だったらステゴロで挑み楽しむのも吝かではないかもしれないが、今回の目的はそこにはない。
「俺はお前と真剣勝負を楽しみに来たんじゃない。お前を――殺しに来たんだ」
言い終わるや銃撃を止め、壁に向かって走る。その様子に鬼は声を荒げ追ってくる。
『貴様ァア! 正面カラ向カッテ来ヌトハ』
そう焦るなよ。準備が終わったらちゃんと正面から相手してやるさ。
そうして壁に行き着くと、俺に追い付いた鬼が背後で不気味な薄ら笑い声を上げる。
『フッッフッフッフ、ドコニ逃ゲテイル。ソコハ行キ止マリダゾ』
その言葉には少しだけカチンとくる。
そんなのは見れば誰だってわかる。問題は俺がそんなこともわからない馬鹿だとこの鬼に認識されていたであろうことだ。
『サァ、覚悟シ――ガァアアア』
金棒を振り上げにかかった鬼の耳を左手に握った秋月で斬り飛ばす。
『キ、キ、キ、貴様!』
「さっきからピィピィピィピィうるせえぞ。お前がこんなとこまで俺の刀とナイフを投げ飛ばしたのが悪いんじゃねえか」
最初に両目に突き刺した2つの武器はさっきまでずっとここに刺さったままだった。だから取りに来たのだが、この鬼にはそんな簡単な図式すら見えていなかったようだ。
「どうやら悪知恵の方にメーターが傾いてて、普通のオツムはスッカラカンのようだな」
『貴様ァアアアアアア!』
悪口に対する理解は完璧な鬼は、振り上げかけていた金棒を再び勢いよく上げ、壁を背にした俺の頭上に鈍重なる鉄槌を下ろす――が。
『ヌゥゥ……ドコニ行ッタ』
自分の巻き上げた土煙で標的の姿を見失う間抜けに、俺はついでとばかりに煙幕だ――信号弾を放つ。
幸い雪姫さんたちからは距離が取れているから、巻き込むことはないだろう。
『何ダコレハ!?』
ただの煙だよ。いつかはガスマスクを手に入れて毒ガスぐらいは撒けるようになりたいけどな。
『ヌガァアア! ドコダ!? 出テ来イ!』
煙の中で金棒をぶんぶん振り回す鬼に向かい、俺はポツリと本音を漏らす。
「さぁ――狩りの始まりだ」
俺は煙の中へと消え、鬼の周囲を旋回する。
『ドコニ消エ――ヌグォオ!? コノ――ガァア!?』
あれだけ気配を出していれば目を瞑っていても対処できる。逆に鬼は、俺の位置をまるで掴むことができないでいる。銃弾の飛んできた方向で位置を特定されないよう、煙の中を縦横無尽に翔け巡る。
『駆け』ではなく『翔け』だ。要所要所で疾風を起動し空中を舞い、あらゆる位置からの銃弾を顔面に浴びせまくる。
『ヤ、ヤ……ヤメ――アガァアア』
ここら辺で一旦止めるか。
奴の顔面のHPバーが10%前後になった辺りで、俺は一旦攻撃の手を緩める。
前回と同じなら、ここでリリスの体から鬼が離れるはずだが……。
『ク、ク、ク……クッソォオオオオオオオ』
大気の震えるような雄叫びを上げ、巨大な鬼の顔が体から分離し上空へと退避する。
「よし!」
それを確認するや、棒立ちの体にある技を仕掛けるべく、俺は彼女の名を叫ぶ。
「ブルー!」
その声に葵さんは、笛の音色で応えてくれた。
「――常夜の歌」
直後、綺麗な笛の音が戦場の中を翔け、リリスの体の動きを封じる。
葵さんが放ったのは、アンデッドに対してのみ効果を発揮する歌。その効果は、対象を数秒間行動不能にするというもの。リキャスト時間が何十時間もある上に、リリスの体がアンデッド扱いなのかすらも不明な現時点では賭けでもあったが、どうやら目論見は見事に嵌ったようだ。
俺たちは――賭けに勝った。
「今だ」
一時的に動きを封じられたリリスの体を担ぎ、すぐさま葵さんとカノンの待つ入り口まで走る。
『キ、貴様ラ何ヲ――グア!?』
今はお呼びでない。その言葉の代わりに、銃弾を両の目に放り込む。
奴が動きを止めている隙に、俺はリリスを葵さんとカノンのいる場所まで運び地面に横たわらせる。
「ブルー、頼む!」
「は、はい!」
真っ青な顔で息一つしていないリリスに、葵さんが駆け寄り小瓶を取り出す。
「お、お姉ちゃん!」
堪らない様子でカノンが駆け寄るが、俺も葵さんもカノンに構う余裕はない。俺はすぐさま上空の鬼に視線を向け、葵さんは小瓶の中身――天使の涙をリリスに振り掛ける。
天使の涙の効果は死亡したNPCの蘇生。リリスは既に亡者として奴の支配下にあると言われていたから、NPCとしての状態は死亡で間違いないはずだ。ならば、これが効くはずだ。
――効いてくれ。
「リリスちゃん――お願い」
力強い願いを乗せた天使の涙は、そのまま霧状になりリリスの体に降り注ぐ。
「……」
何も変化はない。あるとすれば、俺と葵さんの表情が徐々に曇っていくことぐらい。
「……頼む」
最後の賭けだった。これで駄目だったら、どうすれば……
「帰ってこい!」
思わず出た言葉。これで帰ってきてくれるのなら苦労はしない。だがそれでも言わずにはいられなかった。
「そ、総君!」
飛び上がって驚くような葵さんの声。その声に一瞬だけ視線を戻せば、そこには徐々に顔色をピンク色に戻していくリリスの姿があった。
そして――
「……カ、ノン?」
「ぉ……お姉、ちゃん?」
うっすらと開いた瞳には、最愛の妹の姿がハッキリと映し出されていた。
「お……お姉ちゃぁあああん! うわぁあああああああん」
まだ上手く喋ることのできないリリスを、瞳から涙を溢れさせるカノンが力強く抱きしめる。
これまで堪えていたものを、ここで爆発させたかのように。
「良かった……カノンちゃん」
良かった、本当に良かった。これでカノンとの約束を守れた。後は――
もう1人の瞳から涙を零す女性に、俺は視線を鬼に固定したまま声を掛ける。
「ブルーは2人を。俺は――決着をつけてくる」
「はい……気をつけて」
その言葉をお守りに、俺は再び戦場へと戻った。
■ □ ■ □ ■
戦場へと戻った俺に鬼凧がかけてきた言葉は、意外なものだった。
『待ッテイタゾ』
「……へぇ、空気を呼んでくれてたなんて意外だな」
『貴様ハ……貴様ダケハ、徹底的ニ捻リ潰ス。徹底的ニダ』
「そのHPと状態でそれだけ吼えられるならまだ戦えそうだな」
俺の言葉に鬼は反応を示さず、もう一方の戦場へと顔を向ける。
『弟ヨ! 奥ノ手ダ!』
あの熊に付いてた鬼って弟だったのかよ。無駄に細けえな設定。
鬼の声に釣られモップさんたちの方へと目を向けると、そこではオオイノシシのイっ君と炎の鳥のトっ君を同時に操るモップさんの姿が見えた。
――モップさんの言ってたとっておきってアレのことか! 何その手に持ってる指揮棒。超羨ましい。
少しの間見惚れていると、モップさん、雪姫さんの2人と激戦を繰り広げていた熊鬼がピタリと手を止め、上空の鬼凧へと顔を向けた。
『応、兄者!』
お前も喋るんかい! 熊ならそこはガオでいいだろ!
畜生、さっきまでの空気を返せ。結構カッコよく葵さんに決めたつもりだったのに、結局いつもの雰囲気みたいになっちまったじゃねえか。
俺の涙ながらの訴えは結局口から出ることは無く心の中で消え失せたが、その間に熊鬼は地中へと潜ってしまった。
よくわからないが、ここは一旦合流したほうが良さそうだ。そう考えていると、モップさんたちの方から俺の下に駆け寄ってくれた。
「成功したんだね、ソウ君」
「偉いソウ君、お姉さん感激」
「ありがとうございます。でも、まだ最後の仕事が残ってますよ。それも何かしてきそうな感じで」
言い終わった直後、突如地面が音を上げ揺れ出す。具体的に言えば、震度5強ぐらいで。
「な、なにこれ!?」
「モップさん、念のためブルーたちの方へ」
「りょ、了解だよ」
万が一に備えモップさんに葵さんとカノン、リリスのガードを頼む。そして俺と雪姫さんは、その場で武器に手をかけあらゆる事態に対処できるよう身構える。
地鳴りが大きくなり、いよいよ何か来るかと構えていると、目の前の地面からソレは這い出てきた。
「な、なにあれ! 怪物!?」
出てきたのは、3階建てのビルに相当するほどの大きさの……
「鬼……だと思うんですけど」
体は巨大な鬼のそれで間違いないだろう。筋肉の繊維が所々見えている、如何にも鬼を彷彿とさせる体だ。
だがそれを鬼だとハッキリと断定できなかったのは、首から上が何もついていなかったことと、少し前まで熊に引っ付いていた鬼の顔が腹の辺りに浮かんでいたためだ。
「首が足りない? ――あっ!」
言っている途中で気付いたのか、雪姫さんが上空の鬼に視線を向ける。殆ど同じタイミングで気付いた俺の視線も同様に。
その直後、上空を漂っていた巨大な鬼の顔が、首なしの巨大な鬼の体に降り、体のサイズに合わせるかのように顔も大きくなっていった。
「顔、あったね」
「ありましたね」
上空に。そらジャ〇おじさんもビックリだよ。
『フハハハハハ、コレデ今度コソ、徹底的ニ捻リ潰シテクレルワ! コノ姿ニナッテシマッテハ蘇ル能力ハ失ワレルガ、貴様ヲ潰セルナラ多少ノリスクナド問題デハナイ』
巨大な、あまりにも巨大な鬼が、眼下の俺たちに怒りのこもった視線をぶつける。
「ソ、ソウ君……これ、どうしよう」
どうしようとはどういう意味だろうか。雪姫さんの言葉の真意がわからずにキョトンとした表情で彼女を見つめると、焦った様子でさらに言葉を続けてきた。
「そんな落ち着いてる場合じゃないでしょ! あんなの無理よ。リリスを助けるって目的は達成したんだし、ここは逃げるのも手でしょ!」
なんだそういうことか。しかし逃げる……逃げるか。まぁカノンとリリスと葵さんはこの部屋から出た方が良さそうな状況にはなってきてるな。
だが、俺がそうする理由があるか?
――いやない。
「雪姫さんは下がっててください。ここは俺が殺ります」
「え、ソウ君? え?」
さっきまでは何が何でもリリスを取り戻すためにHPを削り切らないよう慎重に戦っていたが、もうそれは気にする必要は無くなった。おまけにアイツを討伐しても蘇る危険もないときた。ここに来てようやくこれまで溜まった鬱憤を晴らせる状況に――純粋にアイツをぶっ飛ばせる状況にきたんだ。
それも――こんなに強そうな感じになって。
「こんな燃える展開、引ける訳ないでしょ」
「何そのバトル脳!? 君どこの戦闘民族よ!?」
雪姫さんのツッコミは貴重だが、生憎と今それに構っている余裕と時間はない。
俺は今にも襲い掛かってきそうな鬼から雪姫さんを引き離すべく、彼女の下から素早く離れた。
それにしても、あぁやっと、やっとだ。
「――やっと、楽しい戦いができそうだ」
思わずつり上がる口角を自覚しつつ、俺は照準を合わせた。
次回、第70話『ニジュウロクで咲かせろ、光の華』
更新は木曜日の予定です。
 




