68話 ニジュウヨンでは終われない、リベンジクエスト
「また、来れた」
ゆっくりと、しかし力強い意思を込めてそう呟き、俺は眼前の岩山を見つめた。
「……今度こそ」
強い意志の宿った瞳で雪姫さんも続く。
目の前の巨大な洞窟の先に、前回俺たちが封印した鬼凧とリリスはいる。
今回することは、封印を解除した後に鬼凧をリリスから分離させ、残ったリリスに蘇生アイテム【天使の涙】を使用すること。分離したリリスをどうにか押さえつけることさえできれば、上手くいくはずだ。やれるはずだ。
問題はその後鬼凧を倒してもいずれ奴が復活してしまうことだが……まぁそこは後で考えよう。とりあえずリリスさえ助けることが出来ればいい。
「あの……わたし……ありがとぅ、ございます」
目を真っ赤に腫らしたカノンが小さな腰を直角に折る。しかしその手は小刻みに震えており……
「カノンちゃん……」
「大丈夫です。今度こそ……今度こそ助けますからね」
震える少女を葵さんと雪姫さんが優しく抱き寄せる。
「……ぅん」
ここは仮想世界だ。それはわかってる。でも、彼女たちの優しさは仮想じゃない。俺の怒りも、仮想じゃない。
カノンの瞳から零れた涙に、俺は何故かそう自分に言い聞かせていた。
「よし……行こう」
そして俺たちは、再び洞窟の中へと足を踏み入れていった。
■ □ ■ □ ■
『不遜なる侵入者よ、直ちに引き返せ』
忘れてた、こいつが居たんだ。
『我はこの島の番人。どうしてもここを通りたければ我の試練を乗り越えてゆくがよい。この問題を解けばここを通してやろう』
ブレないな天の声。最初に訪れた時と一言一句変わらないよ。
だがすまんな、俺たちはこんなところで立ち止まっている暇はないんだ。手加減はしないぜ。
「頼みます、ブルー先生!」
俺は声を大にして、他力本願作戦を発動する。カノンの笑顔を取り戻すためなら、俺はどれだけ情けなかろうが、構わない。
「ま、任せてください」
そして……
『と、通るがよい……』
葵さんマジパネェっす。超リスペクトっす。10問連続即答とかチートっす。
「さっすがルーちゃん」
「いや~感心しか出ないよ」
2人の賛辞に頬を染めつつも、葵さんの瞳はまだこれからだと気合を入れ直していた。
「ありがとうブルー、ここから先は俺たちが頑張るよ。ブルーはカノンの護衛と、いざという時の回復の為に下がっていてくれ」
「はい、お願いします」
葵さんの力強い意志のこもった返事を受け、俺の中でも何かが徐々に熱くなってくるのを感じる。
「よし、行こう!」
その声を上げるや、俺は力強く門に手を置き勢いよく開き、奥へと足を踏み入れた。
「やっとだ」
ようやくここまできた。それを噛み締める様に呟いた俺の目には、巨大な岩のモニュメントが映し出される。
以前鬼凧ごとリリスを封印した、俺たちの敗北の象徴でもある。
その天辺には、カノンから受け取った短刀が突き刺さっている。
「あれを抜けば、鬼凧は再び出て来るんですよね?」
「えぇ、間違いないはずよ。前回アイテム情報を覗いたときにそう書いてあったから」
流石雪姫さん、あの状況にあってそこまで確認する余裕があったのか。その点俺は駄目だな。目の前の状況でいっぱいいっぱいになって、視野が狭くなってる。もっと冷静さを身に着けないと。
――あの鬼をぶっ飛ばしたらな。
「じゃあ抜きますよ」
「うん」
「あぁ」
「はい」
そして俺たちは、再び特殊クエストへと挑んだ。
■ □ ■ □ ■
天辺に立つ短刀を引き抜くと、短刀の差し込み口からひびが拡がりモニュメントは音を立てて崩れ落ちた。
そして、
『――貴様ラ、絶対ニ許サンゾ』
再び俺の目の前に、巨大な顔を引っ提げた鬼が立つ。その顔からは血管が浮かび上がり、如何に怒り狂っているかがよくわかる。
そう興奮するなよ、とは言えない。俺だって興奮しているからな。
もう一度あの鬼をぶっ飛ばす機会がきたことに、もう一度カノンとの約束を守るチャンスが訪れたことに、俺の意識は高揚し、そして研ぎ澄まされていた。
これに似た感覚は以前にもあった。ジーザーとの戦闘の時だ。体から沸き起こってくる高揚感と、そこから一歩引いた立場から見ているかのような感覚が共存している感じだ。
そしてどういう原理なのかはよくわからないが、この感覚の時、俺は本来の実力を十二分に発揮できる。
「そうカッカするなよ、念願のご対面なんだ」
待っていた。あぁ待っていたとも、この時を。
「今度こそ、その体を返してもらうぞ」
その言葉を置き去りに、俺は鬼の懐に一瞬で潜りこみ、
『――ッ!?』
右の眼球に枝垂桜を、左の眼球に秋月を同時に抉り込む。
『ガァアアアアアア!』
「キャンキャン喚くなよ」
開かれた大顎から覗く奥歯と咽頭に、今度は銃弾を撃てるだけ撃つ。すると鬼はその場に尻もちをつき地面を転がりながら後退して行った。
『グ、コノ――』
姿勢を立て直した鬼が、両目から生える刃を抜き取り前方を確認する。
その瞳に映ったのは、眼前で2つの銃口を向ける俺の姿。
「リロード【炸裂弾PT-02】」
刃が抜かれまだ赤いエフェクトを垂れ流している瞳に、今度は肉を抉り取る性質を持つ鉛玉を捻じ込む。
『ガァア!? グッ……イイ加減ニシロ!』
視界の回復していない鬼は、地面が抉れるほど踏み込み、まっすぐ突っ込んでくる。場所を特定されないように位置を変えているのをものともせずに。
おそらく視覚以外の何かで俺の位置を判断しているのだろうが。
「そんな突進に対処できないわけないだろ」
この場に赤いマントがあればさぞ見栄えするだろう突進を、ひらりと躱す。そして躱し様に奴のアキレス腱を――
「――っと体には攻撃しちゃいけなかった。危ねぇ、つい癖で」
敵の機動力を奪うのはあらゆる戦闘における基本だが、今回はそれを適用させるわけにはいかなかったのを寸前に思い出す。
だが俺の躊躇したその一瞬を、鬼は見逃さなかった。
『――フンッ!』
急ブレーキをかけた鬼が、振り向き様に金棒をフルスイングしてくる。チラッと覗くその顔からは復活した目と吊り上がった口角が見え、俺を射程に捉えたと確信しているようであった。
肋骨と背骨を粉砕するかのようなスイングは、下から斜め上えと軌跡を描き、俺の顔面を――
「当たらないよ」
前髪は数本持っていかれたが、ギリギリのところで回避する。しかしそれでも鬼の勢いは止まらず、そのまま一回転し今度は頭上から金棒を勢いよく振り下ろす。
「これは――」
前回俺に疾風を使わせるまで追い込んだ攻撃だ。避けるまではいいが、その後振り下ろした衝撃でこちらの態勢を崩しにくる。あれの直撃を食らうのは論外として、出来れば連撃だけでも止めておきたいところだ。
――よし、止めよう。
俺はそのまま奴に接近し、振り下ろされる金棒――ではなく腕を掴み取る。
そのまま奴の足を払い、腰で体を浮かし、
「おらぁあああああ」
投げ飛ばす。
金棒は盛大に地面を抉ったが、当の鬼は数メートル先で再び地面を転がる。
「ふぅ……あまり投げ技は得意じゃないんだが、あんな大振りされたらな」
服に付着した埃を払いながらポツリと零した後、俺は再び鋭い眼光を奴に飛ばし、
「覚悟しろよクソ野郎。俺のリベンジはしつこいぞ」
かつてジーザーにもはいたこの言葉を、今度は鬼へとぶつける。
次話の更新は月曜日の予定です。




