65話 ニジュウイチから始まる鬼の狂演
「覚悟しろよクソ野郎。お前は40秒でぶっ飛ばす」
明確な殺意を乗せた俺の言葉が、眼前の鬼の耳を障る。
『調子ニ乗ルナヨ小僧、貴様如キガ我ヲ――ッ!?』
再び放たれた銃弾が奴の耳を抉る。
「あと35秒」
もう奴の言葉に耳を貸す時間すら惜しい。俺は奴との距離を一定に保ちつつ、引き鉄を引き続ける。
奴はこれまでに2つの魔法、それも中々の威力のものを俺に見せている。その射程と威力を考えればあまり中距離でやり合いたくはないが、奴の攻撃速度を考えれば接近戦の方がリスクが大きい。
スキル【赤鬼】を使えば接近戦でもやり合えるだろうが、そうなると他のメンバーと連携がとりにくくもなってくる。それよりも今は、
「モップさん!」
「あぁ、任せておくれ。トっ君、ファイアブレス!」
モップさんの声に応えて、翼が炎でできている鷲の様なモンスター、トっ君が嘴から炎を吹き出す。
『グッ、ムゥゥ』
トっ君と俺で奴の顔のHPを削り、鬼凧をリリスから引き剥がす。接近戦での連携がシビアな以上、これが最も確実な手だろう。
「トっ君、炎の羽!」
翼をはためかせたトっ君から炎の矢と化した羽が鬼の顔面に降りかかる。トっ君は空中から攻撃できる分、反撃を受けにくい。魔法による反撃は来るかもしれないが、その時は俺の攻撃チャンスにもなる。おっと、考えた傍から。
『イイ加減ニセヨ――火柱ァア!』
地面から噴出した火柱がトっ君を直撃する。だがトっ君は崩されたバランスを整えるとすぐに反撃に移る。
「モップさん、トっ君は大丈夫なんですか?」
「あぁ、トっ君は炎や熱属性の攻撃には耐性を持っているからね」
それであの攻撃の直撃を受けてもHPの2割ほどのダメージしかなかったのか。なら申し訳ないがトっ君にはこのまま囮役を務めてもらおう。俺は鬼の死角から銃弾を撃ち続ける。
『調子ニ乗ルナ、鉄壁!』
その言葉を発した直後、鬼の全身はメタルコーティングされたかのような光沢を帯びる。ってかメタルコーティングされたな。
まぁそれでも、
『コレデ貴様ノ攻撃ハ封ジタ、後ハアノ目障リナ鳥ヲ堕トセバ――』
「リロード【徹甲弾PT-04】」
関係ないけどな。
『ヌッ、グッ、グゥオオ』
通常弾ではダメージが殆ど入らなかったであろう装甲だが、俺の徹甲弾はむしろそういう敵にこそ最大の効果を発揮する。放たれる弾丸は奴の堅く厳つい装甲を容易く突破し、赤いエフェクトを小刻みに咲かす。
「あと20秒」
『イ、良イノカ、貴様ラ! 我ガ死ネバコノ体ノ主モ死ヌゾ!』
「言いたいことはそれだけか」
銃口に大口を向ける阿呆に弾丸を放り込む。
「それがハッタリだってことはわかってんだよ!」
距離を詰めようと走ってくる鬼の突撃を躱しつつ、顔のHPを削り続ける。
『ハ、ハッタリダト!? 何ヲ根拠ニ!』
俺は奴の言葉に鉛玉で応える。その銃口を、天に向けて。
『ア、アレハ……』
奴の視線が銃弾の撃ち込まれた天井に向く。そこあったのは、俺たちの欲しかった答え。
【鬼凧は嘘つき。顔のHPを削れば体から剥がれる】
『馬鹿ナ、アソコニハ超難解ナ問題ガアッタハズ。アノ問題ヲ解ケル天才ガ一体ドコニ』
いるんだよ俺たちには。その天才というやつが。
俺の軽く流した視線に、葵さんは照れくさそうに微笑む。
■ □ ■ □ ■
この空洞に入った直後から、天井に書かれてあった問題には気付いていた。気付いていたが、俺にはどうしようもなかった。
そこに書かれていたのは、問11というこれまで何度も俺を苦しめた文字と、その後に続く全く解読不能な英文。
それを解くのにどのような意味があるのかは分からない。だがそれを解くことが少しでもカノンの願いに関わるのならば、俺たちはそのことごとくに全力を尽くそう。その想いで俺とモップさんは鬼凧に、葵さんは天井の問題にそれぞれの牙を向けた。
そして葵さんは見事その期待に応えて見せた。そこにリリスを救うための一手を示して。ならば次に応えるのは俺の番だ。
俺が、
「その薄汚ねえ顔、引っぺがしてやる!」
『グッ、ムゥ、ガアッ……コノ、サッキカラ貴様、調子ニ乗リスギダゾ』
やはり徹甲弾ではHPの削り具合がイマイチだな。だがそれでも残り4割までは削ったぞ。あと少し、もう少しだ。以前の奴と同じならHPをレッドゲージの25%以下に、もしくは10%程度にまで減らせば体から剥がれるはず。仮に剥がれずとも、奴の顔のHPを削り切ればその体から解放されるはずだ。
『コレデ消エ失セロ、エクスプロージョン!』
「なにっ!?」
直後、俺の視界の全てが爆炎に包まれる。
「――――――!」
爆炎の中で僅かに聞こえた気がする葵さんの声。その声に縋るように、俺の体は爆炎の中で踊り、舞い散った。
『フハハハハ、見タカ、見タカ見タカ見タカァア!』
爆炎の中から飛び出た俺は、そのまま受け身も取れずに転がった。
ヤバい、致命傷だ。ってかあんな予兆もない広範囲爆発魔法なんて反則だろう。
「――ん――ぅくん――総君!」
今度は葵さんの声がハッキリ聞こえる。何で、何で葵さんがこんなに悲痛な声を上げているんだ。誰だ、彼女にこんな声を上げさせた奴は。
俺は無様に転がった姿勢から眼前に立つ鬼を見上げる。
――俺とお前かぁあ!
「うおらぁあああああ!」
『ゴアアア!?』
俺の振り上げた拳が巨大な顔面を吹き飛ばす。その拳からは紅いオーラが立ち込め、額からは2本の角が生えている。
「この状態になったら接近戦も解禁だ。だが丁度いい」
アイテムボックスから日本刀秋月を召喚し、奴へと刃先を向ける。
「本当は銃じゃなくてこの手でぶっ飛ばしたかったんだ」
腰に差した枝垂桜も抜き、2本の刃を奴の顔面へ走らせる。
『グガアッ、貴様、ブッ飛バスト言ッテオキナガラ』
確かに今さっき口にした言葉とは少し違いがあるかも知れないが、俺にとっては奴を刺し貫いた感触かぶっ飛ばした感触かの違いでしかない。些細な問題だ。それよりも俺にとって遥かに大きな問題があるしな。
「あと5秒」
あの鬼のHP残量は約2割。手を休めずに一気に行く。
「おおおおおおお!」
俺の得意技の1つ、上半身の捻りを最大限に発揮した突き技。それを奴の右目に――
「火鋏!」
「――っ!?」
炎の双刃が交叉し俺の突きを止める。嫌らしいことに、一瞬でも力を弱めれば俺ごと両断しに来る様な軌道を描いて。
『フッ、40秒、間ニ合ワナカッタナ』
確かに俺の刃は時間内に奴に届かなかった。もしここに信頼できる盾がいれば、違う結果を手に入れていただろう。
だが、ここで俺は新しく信頼できる剣を手に入れた。足りない防御の手は、増えた攻撃の手で補えばいい。そうだろ、
「雪姫さん!」
「やぁあああああ!」
速く鋭い剣閃が、鬼の顔に三度描かれ、
『グガッ、ダガ、マダ我ハ』
「っは!」
剣よりも鋭い見事な蹴りが、奴の顔面に炸裂した。
■ □ ■ □ ■
『グゥゥゥ、アアアアアアアアアアア』
HPが10%を切った直後、鬼凧は悲痛に塗れた声を限界まで開いた大顎から響かせる。
『我ガ、コノ我ガァアアアアアアア』
もがき苦しむ表情の、巨大な顔面。体はその首筋をガリガリと掻き毟っている。ここまでは前回の鬼と一緒だ。
『クッソオオオオオオオオオオ
――ナンテナ』
「……え」
直後、巨大な顔の鬼凧が体から分離し宙を舞い、その場に取り残された体は雪姫さんに向かって金棒を振り抜いた。
「あうっ!?」
雪姫さんはゴルフボールのように勢いよく吹き飛び、そのまま壁に激突した。
「――ブルー、雪姫さんを頼む!」
「は、はい!」
咄嗟に葵さんに指示を出したものの、俺の頭は酷く混乱していた。
――ちょっと待ってくれ、何だこれは、何の冗談だこれは。鬼凧は切り離すことが出来た。なのに何故、リリスの体がこちらに牙を向く。何故、奴の支配から抜け出すことが出来ない!
『イイ顔ダナ、実ニイイ顔ダ。絶望ニ立タサレタ時ノ顔トイウノモノハ実ニ甘美ダ』
「……最高にいい趣味してるぜ、お前」
『フハッハッハッハ、アリガトウ。デハ種明カシトイコウカ』
そう言うと鬼凧、いやリリスの体は天井に指を向けた。
『書イテアルダロウ? 我ハ、嘘ツキダト』
何が嘘なんだ? 最初に持ち掛けたあの取引か? いやだがあの取引は断ってる。その線はない。なら何だ、何なんだ。
『我ハコノ体ニハマダ僅カニ精気ガ残ッテイルト言ッタナ。ダガ、アレハ嘘ダ』
なん……だと……。
『我ハトックニコノ娘ノ精気ヲ吸イ尽クシテイル』
おい待て……ふざけるな。マジでふざけるなよコイツ。
じゃあ鬼凧と切り離してもリリスの体が奴の支配下にあるのは……
『精気ノ無イコノ娘ハ、既ニ我ノ従順ナル下僕。ソシテ――亡者ヨ』
次話の更新は木曜日の予定です。




