62話 ジュウハチから始まる島探し
「誰?」
その場に倒れる女性を見て、カノンはそう言った。
「カノン……知らない、のか?」
「……うん」
その言葉を聞いて、張り詰めていた空気に弛緩と、そして困惑が訪れる。
俺はてっきりこの女性がカノンの姉のリリスなのだと思っていた。だがカノンの口から出た言葉はそれを真っ向から否定するもの。だとしたら、俺の腕の中で眠るこの女性は一体何者なんだ?
「う~ん、もしかしたらだけど、リリスさんが組んでいたパーティの誰かではないかな? パーティメンバーはリリスさんを含めて誰も帰ってきてないと言うしね」
「なるほど~、それはあるかも」
モップさんの意見に雪姫さんも同調する。もしそうだとしたら、尚更彼女の意識が回復するのを待つべきか。
「……ん」
「あっ、この人気が付いたみたい」
女性の瞼と口元が僅かに動くと、彼女を揺らさないように気をつけつつ雪姫さんは続けて声をかける。
「ねぇ貴女、私がわかる?」
僅かに開く瞼から、女性の視線が雪姫さんと繋がる。
「わ……かる。わ、たし……」
始めは俺の腕の中で弱々しく口を開いていた彼女だが、次第に生気が宿った瞳を取り戻し、後半は普通に話すことが出来るようになった。
「じゃあ貴女はこの森であの首だけの鬼に襲われて、体を乗っ取られてしまったということなんですね」
「はい……私とリリスは体を鬼に乗っ取られて、あともう1人の仲間はその場で殺されてしまいました」
「そう、ですか……」
カノンの姉リリスが一先ず無事なことには安心したが、間に合わなかったもう1人のことを知り俺の口もさっきよりずっと重くなる。
「そんな顔をしないでください、私は助けていただいたことにとても感謝しています。それに私たちは冒険者。こうなることも覚悟しています」
そう言うと彼女は少し硬い笑みを俺に向ける。俺はそれが強がりから出た言葉だとわかってはいても、それを受け入れる以外に思考が働かなかった。
その後彼女をサセボの町まで送り、しっかりと休める場所で改めて話を聞いた。その話によると、どうやら鬼に体を乗っ取られていた間も意識だけはあったようで、俺と戦った時の様子もハッキリと覚えているとのことだった。
鬼に体を乗っ取られた彼女はそのまま森に残り、リリスの体を奪った鬼はどこかへ消えてしまったらしい。何故森で襲ってきたのか、そしてそこから何故別々に行動したのか。それは彼女にも分からないらしいが、その話によりリリスを救出する目途も少しずつだが見えてきた。
そうとわかればすぐさま行動だ。といきたいところはやまやまだったが、既に時刻は結構な時間へと差し掛かっている。
「口惜しいけど今日はここまでね。私は明日も夕方からインするけど皆は――聞くまでもなかったかな」
そして俺たちは、カノンに明日も必ずこの町に姿を現すことを約束して、揃ってログアウトした。
■ □ ■ □ ■
「ただいま、カノン」
「……お帰りなさい、お兄ちゃん」
翌日の夜、俺たちはあらかじめ指定していた宿屋の一室で再びカノンと再会した。
あぁしかし、瑠璃以外にお兄ちゃんと呼ばれるのも非常にとっても最高に悪くないな。しかもそんな目で見つめられたら抱きしめたくなるじゃないか。流石に10歳の女の子を俺が抱きしめたらアウトだから出来ないけど、この誘惑は中々に凶悪だぞ。
「待たせてごめんね、カノンちゃん」
「雪お姉ちゃん……」
雪姫さんがカノンを優しく包み込む。その光景は見ているだけで目頭が熱くなってくるようで……
「カノンちゃん」
「ブルーお姉ちゃん……」
雪姫さんの反対側から葵さんもカノンを優しく包み込む。も、もう駄目だ。こんな感動的な光景俺には……俺には……
「僕に任せておくれ、カノン」
「うるさい人間のクズ」
うぉおおおおおおおおおおおい!? カノン何言っちゃってんのぉおお!? お兄さんの涙腺一瞬で干上がっちゃったよ!?
「ありがとうございます!」
お前か、お前の仕込みかこれは! 純粋な女の子に何とんでもないことしてくれてんのかなこの変態は。おっと雪姫さんナイスラリアット。でも大変遺憾ながらそれはこの変態にはご褒美になってしまうんだ。気持ちは身に沁みるほどわかるがその辺にしといてあげてくれ。俺はもうこれ以上モップさんの喜ぶ顔を見たくない。
「くぅぅ、このド変態の弱点が知りたい……」
雪姫さん気持ちはわかるけど、多分この人弱点ないよ。弱いとこ攻められても喜ぶんだから。
「是非もっと責めて下さい!」
ほらね。
一連のやり取りで雪姫さんも俺と同じ考えに辿り着いたのか、モップさんに蔑みの視線を一瞬向けた後にカノンへと向き直る。
「いい? カノンちゃん。次にこの変態から何かお願いされても、ホイホイ言うことを聞いちゃ駄目だからね」
「う、うん」
台無しになった再開シーンを終えた俺たちは、これからの行動を話し合うべくテーブルの上に地図を広げて話し合う。
「じゃあ本題ね。リリスの居る場所がどこか、それを話し合いましょう」
そう言う雪姫さんだが、その顔にはいくばくかの自信を覗かせるような色合いを浮かべており、誰が最初に声をあげるのかをゆっくりと観察しているようでもあった。
だがそれは俺も同じ。
何せ今日一日調べる時間はたっぷりあったのだ。授業中でも昼休みでも体育の時間でも、攻略情報サイトに長崎県の色々な伝承まで時間の許す限り事細かに調査した。
そして出てきたのだ。顔だけで浮遊する鬼の存在が。
だがよく見れば、俺と雪姫さんだけでなく、葵さんやモップさんまで自信を覗かせるような顔をしていた。
「どうやら皆、調べてきてたみたいね。じゃあ決まりね、私たちの行き先は――」
雪姫さんの声に合わせ、俺たちは揃って地図上のある地点に人差し指を向ける。
「鬼凧伝説のある島、イキよ」
そうして俺たちはリリスがいると思われる島イキへ行くことを決めた。
■ □ ■ □ ■
ナガサキには大きな町が2つある。オキナワと船で繋がっている港町シマバラと、そのやや北西に位置する城塞都市サセボだ。これら以外にも簡易的な宿屋を設置してある所謂ログインポイントと呼ばれる小さな規模の集落は複数点在するが、これがナガサキにおける俺たちプレイヤーの活動範囲と言われている。
だが俺たちは今、その活動範囲から少しズレた位置に存在している。
「ソウの兄貴ぃぃい! もうすぐ島が見えてきやすぜ!」
「おう、しっかり頼むぜ野郎ども!」
「「「おおおおおおお!」」」
俺の声に屈強な野郎どもがいくつもの声を重ねて応えてくれる。彼らはとあるクエストで出会ったNPC。海での仕事を生業とする、生粋の海の男たちだ。俺たち一向は彼らの船に乗せてもらい、イキの島を目指している。
「ソウ君、私確かに船が必要って言ったけど……」
「それは僕も同意見。確かにこれはいい船だよ。ちょっとやそっとの荒波ではビクともしない様な、立派な帆船だ。でも……」
「「どうして海賊船!?」」
「いやまぁ……成り行きで……」
「成り行きって……いやまぁ流石ソウ君と言うべきなのかな」
「……どうも」
褒められている気は全然しないが、今回の流れは自分なりに上手くいったと思う。
壱岐の島がこの世界にあるのかどうかは分からなかったが、俺たちはとりあえずイキの島はあるという過程で動き出した。だが壱岐の島もといイキの島は当たり前だが島だ。渡るには船がいる。泳げばいいじゃんと思わなくもなかったが、モンスターのいるこの世界でそれは危険だと判断し、俺たちはそれぞれに船を探した。
だがこの世界で自分たちの自由に動かせる船を探すと言うのは予想以上に困難だった。まず、この世界の船を持つNPCに頼み込んでも誰も首を縦に振ってくれなかったのだ。雪姫さんの色仕掛けも通じなかったという話だから、これに関しては何かしらのプロテクトがかけられていると見ていいだろう。あのリーサルウェポンが海の男に効かないなんて、よっぽど強固なプロテクトに違いない。
次に探したのがハローワークでのクエスト。中には海に出る漁師の護衛という内容もあったので、それで伝手を作ろうとしたのだ。しかしそれでも中々上手くいかず、数日間頭を悩ますこととなってしまった。折角の手掛かりを掴んだにもかかわらず、だ。だからだろう、俺は中々進まない状況にちょっと、というかかなりイライラが募っていた。
そんな時だった。漁師の護衛をしていた俺の目に、海賊船を引っ提げてやってきた彼らの姿が映ったのは。
怯える漁師の目に映るのは自分たちを狩りにくる蛮人の刃、猛る海賊の目に映るのは海に浮かぶ羊の群れ、そして俺の目に映るのは――ネギを背負った鴨。
それから先はいつも通りの阿鼻叫喚。変な構図の下、なんやかんやで色々あり、なんやかんやで今海賊は俺の言うことなら何でも聞いてくれる関係となった。
「大将! お飲み物をお持ちしやしたぁああ」
「ソウの兄貴! 肩をお揉みしやす」
まぁちょっとばかしやり過ぎたとは思うが、結果オーライだろう。葵さんとカノンが少し野郎どもに怯えてしまっているのが残念な点だが、贅沢は言っていられない。もうすぐ島に着くとのことだし、あと少しだけ我慢してもらおう。
そして俺たちは、おそらくまだどのプレイヤーも足を踏み入れたことのないであろうイキへと上陸した。
実際の鬼凧に幾分か脚色を施していますので、念のためこの文を……。
『この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません』
(`・ω・´)はい、そういうことで!
次話の更新は月曜日の予定です。