61話 ジュウナナから始まる鬼探し
光降り注ぐ森の中、俺の前に姿を現したのは、女物の服装を身に纏った鬼だった。その体躯は人間の大人と変わらぬものだが、顔は普通の人間の倍以上もあるアンバランスな見た目だ。
「何だ……こいつは」
俺の脳裏にいくつもの不吉な予感が駆け巡る。この鬼がリリスたちのパーティを襲ったやつなのか。身に着けている服装は最初から着ていたのか、それとも誰かから奪ったものなのか。あるいはこの鬼自体が――
「ソウ君!」
困惑に歪む俺の表情は、駆けつけた雪姫さんの声ですぐさま元に戻る。
「雪姫さん、これは」
俺と同じものを目にして、雪姫さんも先ほど俺がしていたのと同じ表情を浮かべる。おそらく、考えていることも大体一緒だろう。
【モップさん。カノンを連れて、俺たちから離れてください】
【了解】
俺のチャット内容に雪姫さんは正解だと視線で訴えてくれる。もしこの鬼の正体が俺の考えているものだった場合、カノンにはあまりにも残酷な現実を見せることになってしまう。
「雪姫さん、ここは俺がやります。万が一の時のサポートをお願いします」
「……うん、わかった」
俺が何を考えてそう言ったのか、多分雪姫さんにはバレバレだろう。それでも俺に任せてくれたのは、彼女なりの信頼と思っていいのだろうか。
「でも、もしもの時は私も背負うからね!」
参った、これで尚更しくじる訳にはいかなくなったな。まぁ最初から失敗する気なんて毛頭ないが。
「さて……手足の自由を奪ってからゆっくりと考えるか」
俺が言い終わるのと同時に、目の前の鬼が俺目がけて突っ込んでくる。先ほど撃った両肩、両膝のダメージはまだ行動不能に至らしめるには足りなかったようだ。
「GUGAAA!」
身の丈ほどもある巨大な金棒を振り上げた鬼が迫る。俺が演じたなまはげモドキではない、本物の鬼だ。
俺はその金棒に正面から突っ込み、瞬足のブーツ迅雷を起動する。
その名の如く迅雷となった俺の体は、奴の金棒が降るよりも早くその胴体を蹴り飛ばす。
「GUUU!?」
「その金棒は邪魔だな」
後方に吹き飛ぶ鬼の両手首と指に銃弾を撃ちこみ武器を手放させる。
もしこの鬼がカノンの姉のリリスの変わり果てた姿だった場合を考慮してなるべく傷はつけたくないが、今は無力化することを優先したい。負った傷は回復する方法がいくつかあるはずだ。
しかしここで俺の目に、違和感のある光景が入った。
奴のHPゲージが2つあるのだ。先ほどまでは確かに1つだったHPゲージがだ。しかもそのゲージは、下のものしか変動していない。上に表示されているHPバーは1ミリも減っておらず青色のままだ。
モンスターの名前は調べても出てこなかった。おそらくイベント時に出てくるというステータス非表示タイプのモンスターなのだろう。だがHPゲージが2つもあるという話は聞いたことがない。
「いや待てよ」
俺の脳裏にある1つの仮説が浮かぶ。もしその仮説が正しければ、目の前の鬼をどうにかできるかもしれない。いやそれどころか上手くいけば――
「リロード【徹甲弾PT-04】」
貫通力が高い代わりに与ダメージが低い銃弾。それをセットし、狙いをつける。照準の先にあるのは未だ地面に転がっている鬼の、やけにデカい――顔だ。
「GA!? GAGAA!?」
両方の頬と耳を徹甲弾が抉る。それによって変動したのは、
「顔が上のHPゲージ、体が下のゲージか」
顔は巨大な鬼の顔。体は女物の衣服を纏った普通の人間サイズ。別々に反応するHPゲージ。これは俺の仮説が当たったっぽいな。
だが問題はこの先だ。俺の仮説が正しければ二兎を得ることが出来る。だがもし間違っていれば……。
「GUOOOOO!」
いや考えている暇はない。確信が得られないのは苦しいが、こうやって迷っている方が機を逸してしまうかもしれない。
素手で殴りかかってくる鬼に、俺はナイフ片手で応戦する。狙いは勿論、奴の顔だ。あれだけデカければ銃でも相当楽に削れるが、HPを小刻みに削るならナイフが一番だ。一先ずはHPをレッドゲージにして様子を見るか。
奴の拳を躱し様、巨大な肉塊を削ぎ落とすようにナイフを走らせる。徐々に、徐々に削ぎ落とすように。
「GUGAAAA!?」
まだだ、まだイケる。こうなったらレッドゲージではなく10%程度まで削ってやる。
「……どっちが化け物かしら」
何か聞こえた様な気がするが聞こえていないことにしよう。今はそんなことに注意を割いている場合ではない。
■ □ ■ □ ■
「――よし、これでHPは10%程度だ」
少しずつ削ったお陰で体の方のHPは最初から殆ど変動なく、頭部の独立したHPだけがレッドゲージに入っている。
ここまでは狙い通りとなったわけだが……あれ、何も起こらないな。
「あ、あれ……何か変化があると思ったんだけど、な」
これはもう一度考え直す必要があるか。やっぱ体の方にもダメージを入れるべきか……
仕方ない。
「リロード、炸裂だ――」
「GOAAAAAAAAAAAAA!?」
いきなりどうした。っておい、そんなに首を掻き毟るな。首から血ぃ出てんぞ。
困惑し呆然と見つめている俺をよそに、謎の鬼は首を必死に掻き毟る動作を続ける。
「お、おい、そんなにやると首がもげるぞ。首――」
次の瞬間、俺は全身が凍り付く感触に襲われた。首が、奴の首が、
「も、もげたぁあああああああ!?」
予想外だ。完全に予想外だ。首がもげた。
完全に取り乱した俺だが、次に目に移った光景もまた俺に冷静さを与えてはくれなかった。
「って今度は飛んでるし……何なんだホントに」
もげたと思った首は、そのまま重力に逆らう様にゆっくりと上昇し続けている。もう完全に俺の理解を超えている。
「ソウ君……これって……」
「聞かないでください。俺も絶賛混乱中です」
何が何やら。もう全く持って意味が分からない。アレをどうしろというのだろうか。倒せばいいのか? だがアレはそもそも倒してしまってもいいのか? 貴重な手がかりではないのか? いやしかし……
「そ、ソウ君、あれ!」
決め切らずに思考の渦に嵌っていた俺の耳に、雪姫さんの叫びにも似た声が届く。
彼女の顔は驚愕に満ちており、その手は地面に横たわる鬼の首が付いていた体を指さしていた。
「あれは……女性?」
そこにいたのは、鬼などではなく人間の女性。鬼の顔ではなく、普通の成人女性の顔がそこにはあった。勿論首もしっかりとついている。
「――げっ、しまった!」
女性に注意を向けている隙に、空飛ぶ鬼の生首を見失ってしまった。まだ追いかければ間に合うかもしれないが……いや、空を飛ぶ相手にその考えは楽観的か。それにこの女性への対応を後回しにするのもどうか。
一先ず、女性の無事を確認しよう。もしかしたら襲ってくる可能性も僅かに残しつつ、俺は女性を介抱すべく上体を起こしHP回復薬と状態回復薬を振りかける。それでも女性は目を覚まさないが、回復していくHPゲージを見る限りでは生きていると判断して問題ないだろう。
「あ、雪姫さん。モップさんとブルーにもこのことを」
「大丈夫、さっき伝えたから。もうすぐここに着くと思うな」
その言葉を聞き安心して間もなく、オオイノシシの背に乗ったモップさんと葵さん、それにカノンがこちらへとやってきた。
「総君、雪姫さん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよブルー。それよりもこの女性なんだけど」
俺の腕の中でまだ目を覚まさぬ女性に皆の視線が集まる。
「この女性は?」
そう言えば葵さんとモップさんはここで何があったかをまだ知らないんだったな。ウッカリしてた。
ここで起きたことを2人に話そう。そう思い口を開いたが、その場に聞こえたのは、俺の声ではなかった。
「この人……」
葵さんの後ろからカノンが恐る恐ると前に出てくる。その顔はやや強張っており色も蒼白だが、口はしっかりと開いている。
事情を知らなかった葵さんとモップさんも、まさかといった顔でその様子を見つめる。
そして――
「誰?」
次話の更新は木曜日の予定です。




