60話 ジュウロクから始まる人探し
時刻はもう夜。カノンを連れた俺たちのパーティは、姉のリリスが向かったと思われる北西の森に向かって歩みを進めていた。
俺はモップさんの呼び出したモンスター、イっ君の背に乗るカノンに笑みを向けながら、リリスの受けたクエスト内容を軽く整理する。
彼女の受けたクエストは2つ。1つは森で発生するゴブリンの討伐。ナガサキにあるハローワークに来ればまず間違いなく何度も目にするクエストだ。プレイヤーよりも実力が低く設定されているNPCでも、数にさえ気を付けていれば何とかなるレベルだ。
だが問題は2つ目。未確認の鬼種の調査、もしくは討伐だ。もう色んなフラグの匂いがし過ぎてかえって鼻が鈍るレベルだ。こんなの絶対押すなよ、絶対だぞと言っているに等しい。カノンの姉リリスはまず間違いなくこのクエストに関わったせいで行方不明となったと見ていいだろう。
「雪姫さん、リリスは何人でこのクエストを受けていたんですか?」
「3人パーティって聞いてるわよ。詳しい構成まではわからなかったけどね」
この世界のNPCも俺たち同様にパーティを組んでクエストを受ける。だが俺たちと違い彼らはクエストを生活費を稼ぐための手段として捉えており、また俺たちよりも選択できる職業の種類も少ない。冒険者として設定されてあるNPCの職業は6つ。剣士、拳闘士、魔術師、治癒術師、盗賊、狩人だ。そのため俺たちよりもパーティのバリエーションは低く、また質も下がる。
「お姉ちゃんは腕のいい魔法使いだって言ってました」
それは本当に羨ましい限りだ。出来ればどうやったら魔法が使えるようになるのかを教えてほしいものだが。まぁそれはこの一件が落ち着いてからゆっくりと聞こう。
「さて話してるうちに目的の場所に着いたな。ここから先は話した通りの陣形で行くぞ」
俺の言葉に皆はそれぞれに信頼の目を向け応えてくれる。唯一カノンだけは心配の眼差しを向けてくれるが、雪姫さんが耳元で「大丈夫よ、あのお兄ちゃんは化け物よりも化け物だから」と言って安心させてくれる。
カノンの眼差しから心配の色が抜けていったのが分かったので一先ずはいいが、それにしてももう少し言い方というものがあるだろう。誰が化け物だ。
「じゃ、行ってくるよ」
そう言って俺は1人森の中へ入る。葵さんたちはその後を20メートル程離れた位置からゆっくりとついて来ている。これが俺たちの決めた陣形、その名も囮作戦だ。
要は俺が先行して森に入り、敵の奇襲全般を引き受け撃退する。その間葵さんと雪姫さん、モップさんは後方でカノンの護衛だ。
必要に応じて援護もしてもらう予定だが、このパーティで最大の火力と運動能力を持つ俺の手に余るようだったらその時は素直に撤退した方が良いだろう。
俺は索敵能力を全開にして森の中を進んでいく。と言っても俺の索敵能力は親父や瑠璃のような隠形の達人を見つけられるほどではないから、もしそのレベルの敵がいたらちょっと不味いだろう。まぁ、そんな敵がそう易々と出てくるとは思えないが。
そんなことを考えていると、俺の知覚に引っかかる反応が複数、前方の茂みの奥で感じられた。俺はパーティチャットを開き、
【前方に敵を見つけた。ちょっとやってくる】
【頑張ってぇ~(≧▽≦)】
【気を付けてください】
【踏んでください】
【ヽ(#゜Д゜)ノ┌┛)`Д゜)・;】
【ありがとうございます///】
さて、間違えて変態紳士の眉間に銃を向けてしまう前に行くとしよう。
ここからは――狩りの時間だ。
■ □ ■ □ ■
闇の中、俺は白刃を走らせる。
「GYAGYAGYAAAA!?」
夜の森は平原フィールドよりも遥かに視界が悪い。だが俺からすれば、この程度は大したハンデにはならない。敵の呼吸が、足音が、武具が動き擦れる音が、敵の――ゴブリンの位置をハッキリと教えてくれる。
「GYAGYAAA!?」
親父や瑠璃と違って完全に気配を消して背後から、それも敵にやられたと気付かせぬうちに息の根を止めるような真似はとても出来ないが、俺の走らせた刃は確実にゴブリン共を光へと変えていった。
「さて……ここら辺の敵はあらかた終わったかな」
さっきの敵で38体目。半分以上はゴブリンだったが、中には熊の様なモンスターもいた。熊とナイフ1本でやり合うのもそこそこ楽しかったが、今はカノンの姉探しが最優先。少しでも早く奥に進むべきだろう。
【この辺はほぼ安全。一旦合流しよう】
【はぁい(≧◇≦)】
【わかりました】
【蔑んでください】
最後のチャットを無視し、葵さんたちと俺は一旦これからどう進んでいくのかを話し合うべく合流した。
「もう少し真っ直ぐ進んでみた方が良いですかね?」
「う~ん、どうだろうね。でも時間的にもそろそろ何かのアクションがほしいね。これ以上かかるようだったら一旦町に戻ってからログアウトしたいし」
なるほど確かに。俺たちはここでログアウトしてもサセボの町から再びスタートできるが、NPCであるカノンは自力で町まで戻らなければならない。だから俺たちがログアウトするためには、カノンをサセボまで連れて戻り安全を確保してから行う必要がある。
「でしたら、まだ通ってないルートを使って町に戻ってはどうでしょう」
「そうねぇ、私もルーちゃんの意見に賛成かな」
その意見に俺とモップさんも続けて同意し、俺たちは少し迂回するようなルートでサセボの町まで戻ることにした。出来れば今日中に何らかの手掛かりを掴んでおきたかったが……いや、まだ諦めるのは早い。
「じゃあ俺がまた先行していきます。こっちは任せましたよ」
「任せておくれ、僕が皆の盾となろう」
素晴らしい盾だな。攻撃する側の精神力をゴリゴリ削る最低の盾だ。俺が敵なら視界にすら入れたくない。
そして俺は再びパーティから距離を取り森の中を走る。
最高なのはここで姉のリリスを見つけることだが、少なくともクエスト内容にあった未確認の鬼種とは遭遇しておきたい。そう思い闇の中、1人神経を尖らせる。
歩き始めて十数分。殆ど生き物の気配を感じることもなく進み、俺の脳裏に諦めの言葉が浮かびかかったとき、それはきた。
――何かいる。
茂みの奥、姿形は見えないが、これまでのゴブリンや熊とは明らかに違う何かがいる。そしてソレはこれまでの敵とは明らかに違うものを発していた。
仮想世界でそれを何と言うのかは分からないが、俺はこの感覚をリアルではよく知っている。これは、
「――殺気!?」
直後、俺の真上から巨大な金棒が振ってくる。触れれば何もかも爆ぜ飛ばす凶悪な一撃だ。
不意の一撃を辛うじて後方に飛びかわすが、金棒が降り立った地面は大きく爆ぜ俺に飛礫を浴びせる。
「くっ!」
このパワー。明らかに鬼化した俺より上だ。こんな一撃をもらったらひとたまりもないぞ。
暗くてその顔はハッキリとは確認できないが、シルエットからして人型のモンスターと見て間違いないだろう。
「これは、当たりかな」
倒してしまっては光となって消えてしまう。最悪は倒すことになるかも知れないが、出来れば無力化して色々と観察したい。
「リロード【炸裂弾PT-2】」
銃弾を弾くような硬い敵以外には抜群の破壊力を持つ銃弾。それを、奴の両膝に撃ち込む。予備動作でかわされたり防がれたりしないように、一瞬で。
「GUOOOOO!?」
「よし、これは効く様だな」
膝から赤いエフェクトをぶちまけつつ、ソレは悲痛な叫び声を上げる。ソレの動きが止まったのを確認し、俺はもう1つの仕上げにかかる。
「リロード【信号弾PT-03】」
パシュっという音を立て、それは空に打ち上げられた。そして――
「GUGAAAAAA!?」
闇が支配する森に、閃光が降り注ぐ。
「やっぱりな、夜に目が利くだけあって急な光には反応できないか」
そう言いつつ、俺はソレの両肩に通常弾をぶち込み動きを封じる。
そうして両膝を付き、光の降り注ぐ元で俺の前に姿を見せたのは、両手両足から赤いエフェクトを零す――
「――え」
女物の服装を身に纏った、鬼だった。
次話の更新は月曜日の予定です。
 




