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リアルチートオンライン  作者: すてふ
第3章 キュウシュウ上陸編
59/202

59話 ジュウゴで始まる鬼退治。え、俺?

「わたしの……お姉ちゃんを助けてください」


 シャンプーの香りが漂う髪をバッとなびかせ、少女は勢いよく頭を下げる。


「……お願い、します……お願い、です」


 床に向けられた表情は見えなくとも、その震えた肩と声で少女が今どういう顔をしているのかはわかる。床にぼたぼたと零れ落ちる滴が、決して汗ではないことも。


 ハッキリ言って、状況はまるで掴めない。情報が足らなさ過ぎる。少女にはもう一度落ち着いてもらい、順を追って説明を求める必要がある。この状況に直面すれば誰だってそう思うだろう。


 だが、どうしてだろう。


 俺には――いや俺たちには、そんなことよりも先に言うべき事がある気がしたんだ。



「「――任せろ」」


 呼吸を合わせたわけではないが、俺とモップさんの声が重なる。


 だが少女は動かない、いや動けない。少女の両脇からは、雪姫さんと葵さんが抱きつき震える少女を優しく包んでいる。


「大丈夫よカノンちゃん、私たちね、とぉっても強いんだから」


「私たちが一緒にいます。だから、もう1人で泣かないで」


「……ありが、どう」


 再び少女の瞳から大粒の涙が零れる。だがこの涙が、さっきまでのものと違うということぐらいは俺にだってわかる。


 いや、もう1つわかっていることがあったな。



 この少女に涙を流させた元凶が――俺たちの敵だ。





 ■ □ ■ □ ■





 少女は落ち着きを取り戻すと、ポツリポツリと話し出した。


 その話しによると、少女――カノンは5つ上の姉との2人暮らしだったらしい。少し前に事故で両親を亡くし、姉と2人で何とか生活していたようだ。


 しかし両親の遺してくれた家はあったが、2人がずっと食べていけるだけの蓄えは無かったらしく、姉は程なくして冒険者として生計を立てるようになったらしい。幸いと言うべきなのか、それとも災いしてというべきなのか、姉には魔法の才能があったらしく、冒険者として生計を立てることは何とか出来ていたとのことだ。


 しかし約一月前、いつもと同じく家を出た姉が、その時以来返ってこなくなったらしい。これまでどんなに長くとも次の日の夜までには家に帰ってきていた姉が、パタリと。


 その話を聞いた時、俺の頭には最悪のシナリオが見えた。もうカノンの姉は既に……と。だがそんな俺の顔を察してか、カノンは1つの札を俺に見せた。


 それはこの世界にあるアイテムの1つ、覗き見健康パラメーターというふざけたネーミングのアイテム。登録した者のHPや状態異常、また簡単にだが危険に陥っていないかなどをリアルタイムで把握するためのものだ。

 相手の状態をすぐに認識できる俺たちプレイヤーには本来不要なものだが、NPCにはHPなどが見えていない設定のため、それを補うべく彼らのために用意されたアイテムだ。


 そしてその札には、姉の名であるリリスという文字が赤色で表示され、下の欄には満タンのHPバーと状態異常の文字が刻まれていた。名前の赤字は何か危険な状態やトラブルに巻き込まれていることを意味し、下の状態異常という文字はそれにかかっている状態ということ。


 つまり、リリスは生きてはいるが危険な状態にある、ということだ。


 そのことをカノンは震えながら話す。


「わたし……どうしていいかわからなくて……助けてしかいえなくて……」


 それはそうだろう。聞けばカノンは10歳。唯一の肉親が突然消え、危険に陥ったという知らせでパニックに陥っても何もおかしくない。


「助けてくれるって言ってくれた人もいたんですけど……お金が必要だから家を売りなさいって言われて……」


 待ってくれ、おいまさか。


「その人の言うとおりにしたら……いつの間にかその人居なくなっちゃって……それに家も、もう私たちのじゃないって商人さんに言われて……」


 これはゲームだ。現実じゃない。そんなことは分かっている。だがどうしてだ……


「それから……お店で持ち物を売って、食べ物を買ってました……でも、昨日服も無くなっちゃって……」


 どうして俺は、こんなにも拳を固めて少女の話を聞いているんだ。


「もうどうしていいかわからなくなってた時、お兄さん……ソウさんが目の前に居たんです。どうしてかわからないですけど……声をかけなきゃいけない気がしたんです」


 どうして俺だったのか、それを考えるのは後回しだ。そんなものは今どうでもいい。それよりも、俺はこの少女に一刻でも早く笑顔を取り戻させたい気持ちで一杯だった。


「わたし……もうあげられる物、なにも持ってないんですけど……お願いです、わたしにできることなら何でもします……どうか……どうかお姉ちゃんを――」


 掌を少女の目の前で開き、話を遮る。


「その話はもう受けた。二度目はいらない。俺たちに任せろ」


 最後まで言わせてあげたほうが良かったかもしれないとも思う。だが、これ以上聞いていられなかった。見ていられなかった。


 その代わりに1つ誓おう。次にこの子の涙を見るときは、お姉さんを連れ帰った時だと。


「ぅ゛ん……」





 ■ □ ■ □ ■





 目を腫らした少女カノンを連れ、俺たちはハローワークに来ていた。目的は勿論彼女の姉、リリスの捜索だ。彼女が冒険者として生活費を稼いでいたのだとすれば、当然ハローワークを利用して収入を得ていたはずだ。


 この世界のNPCは一人一人が人格を持ち、それぞれに生活を営んでいる。街の入り口でプレイヤーに「ようこそ何とかの町へ」なんて声をかけるためだけに作られたNPCなどいない。だからここにはあるはずだ。彼女の――リリスの痕跡が。


「リリス? あぁ、あの元気な嬢ちゃんか。あの嬢ちゃんならあるクエストを受けたっきり音沙汰無しさ。薄情だと思われるかもしれないが、まぁこの世界じゃ良くあることだ。おめえさんらは彼女の知り合いか?」


 そう話すのは、このハローワークの課長。受付の奥にある部屋で俺たちはその説明を聞いていた。


「まぁそんなとこです。それより、彼女が受けたクエストの内容を教えていただけませんか?」


 この世界において情報がどれほどの価値があるのか、また機密性を持つのかは分からない。だがリアルでこんな事を聞けばまず間違いなく守秘義務の四文字を突き付けるだろう。駄目かもしれないが、もしかしたら。そんな思いを抱いて聞いてみたが、答えは期待していたものではなかった。


「悪いがそれは出来ねえ。お前さんたちが何故それを聞いてくるのか、何となくの予想はつく。出来れば力になってやりてえ。だが俺たちも仕事なんだ」


 そう言うと男はそのまま席を立ち――


「ねぇおじさまぁ~、わたしぃちょ~っとおじさまとお話したいのぉ。別室で。……ダメぇ?」


 雪姫さんのリーサルウェポン、色仕掛け。全人口の約半数に効果があるといわれている史上最強の攻撃方法だ。もしやったのが葵さんだったなら間違いなく俺も共倒れになっていただろう。


「う、しょ、しょうがねぇな。ちょっと、ちょっとだけだぞ?」


 おいオッサン、さっき仕事がどうとか言っていなかったか? いや俺たち的にはいい流れなんだろうが、一個人としてはこのオッサンに変な感情が湧いて来る。


 中腰状態で話しを聞いていた男は、そのまま雪姫さんとともにもう1つ奥の部屋へと入っていった。


 一緒についてきたカノンはオロオロしているが、俺とモップさんと葵さんは最早カップ麺が出来上がるのを待つような感覚でその場で待機した。




「皆お待たせ~。場所分かったわよ、行きましょう」


 3分も待たずに、雪姫さんは清々しいほどにドス黒い笑みで俺たちの元へ戻ってきた。ホントにこのパーティ強いわ、いろんな意味で。


「雪お姉ちゃん、大丈夫だった?」


 カノンが心配そうに雪姫さんを出迎える。あ、抱きつかれた。まぁこうなるよね。うん、知ってた。


「場所はこの町の北西にある森だそうよ。歩いて2~3時間で着くと思うわ」


 それなら夕方前には着きそうだな。今日中の解決は微妙かもしれないが、せめて何かしらの手掛かりだけでも掴んでおきたいとこだ。


「それで受注したクエストなんだけど……」


 そう言うと雪姫さんは懐疑的な視線を俺に向けてきた。え、なに?


「クエスト内容は、鬼退治だったそうよ」


 その言葉を聞いて、葵さんもハッと俺に視線を向ける。え、いやちょっと待って。


「お、俺じゃないぞ!?」


 俺がスキルで鬼になれることを知らないモップさんとカノンはその様子を不思議そうに見つめているが、雪姫さんからの追求は止まらない。


「ホントぉ? ついウッカリ巻き添えで、とかやってない?」


「……総君、私、間違いは誰にでもあると思うんです」


 ウン、ソウダネ。


「そのクエストを受注したのは一ヶ月前だろ? 一ヶ月前って言ったら俺はこのゲームをやってすらいなかったぞ」


 あ、そっかみたいな顔を2人揃ってするんじゃない。アホか、アホの子なのか君たちは!?


「さて、何だかよくわからないけどもういいかい?」


 大人なモップさんが脱線列車を軌道修正してくれる。これで変態じゃなかったら素直に尊敬できるんだが……。


「それじゃあ行こうか。それまでカノンちゃんにはどこかで待ってもらうとして」


 その言葉にカノンは慌てた様に反応する。


「あ、あの、わたしも連れて行ってください! お願いします」


 姉が心配でいてもたってもいられないと言う感じか、いや無理もない。たった1人の肉親なんだ。だがこんな小さな女の子を連れてフィールドに出るわけにはいかない。ここはカノンの感情よりも安全を優先するしかないだろう。


「いや、君はこの町で待つんだ。君に外は危険すぎる。僕らが行くところにはモンスターが跋扈しているかもしれないのだから」


「えぅ……」


 可哀そうだがここはモップさんが正しい。彼が言わなければ俺が言っていただろう。


「でも……でもぉ……」


 カノンは瞳を潤ませて懇願する様な顔でこちらを見つめる。10歳を幼女と言うのかどうかは一部の紳士たちの間で果てのない論争を生みそうだが、目の前で幼女が瞳を潤ませて見上げてくるというのはちょっと破壊力が違うな。


「いや、しかしだね」


 ウンウン分かるよモップさん。この威力は反則だよね。それでも意見を貫いてくれ。俺にはあの顔を見てもなお自分の意志を貫くのは無理そうだ。


「ねぇ、私がカノンちゃんを護るから、一緒に連れて行ってあげれないかな」


 なにぃ!? 雪姫さんなぜそっちに付くんだ! いや俺もカノンの気持ちは理解できる。だがここはカノンを危険から守る方が優先のはずじゃないのか?


「カノンちゃんは……一刻も早くお姉ちゃんに逢いたいんだよね」


 それはわかる。だがそれでカノンを危険に晒してしまっては元も子もない。雪姫さんは何を考えているんだ?


「それに……もう1人は嫌なんだよね」


 その言葉は、俺の脳天に雷を落とした。


 そうだ、この子は怖かったんだ。自分の周りから人がいなくなってしまうことが。最初に葵さんも言っていたじゃないか、もう1人にしないと。そんなことにも気付いてやれないなんて……俺はアホだ。


「……わかった、俺もカノンを護るよ」


「ソウ君」


「お兄ぃ、ちゃん」


 カノンに迫る危険は俺が何とかしよう。そして、一刻も早くカノンを姉に合わせる。どっちも大事なことだ。だから、どっちも必ず達成しよう。


「ソウ君……わかったよ、そこまで言うなら僕ももう何も言わないよ」


 軽くため息交じりにそう言うモップさんだが、その顔には僅かに笑みが浮かんでいるようにも見えた。



 そして俺たちはサセボの町を後とし、目的の場所まで歩いていった。

次話の更新は木曜日の予定です。

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