54話 ジュウニで終わると思った?残念まだでした、サセボパニック
フィールドを深緑に染めるゴブリンの大軍。俺と雪姫さんとモップさんの3人はオオイノシシの背に乗りそれに特攻を仕掛けていた。傍から見れば頭のおかしい3人組にしか見えないかもしれない。いや実際1人は頭おかしいが。
だが俺たちがこの状況から好転するにはこれは最善の一手だと思う。俺たちの向かう先にいるのはこの軍勢の指揮官。その指揮官を倒せば敵軍勢の指揮系統は乱れ、この見事な陣形に綻びを生じさせることが出来るかもしれない。
そう思ったプレイヤーは俺たちの他にも複数いたようで、俺たちの後ろを複数のパーティが追従してくる。競争相手でもあり共同戦線を張る仲間でもある彼らは、俺たちと一瞬視線を交わすと、俺たちとは違う場所から敵指揮官を討つべく突撃を敢行しようとしていた。
「ソウ君、雪姫さん、突っ込むよ!」
おっと、他人を気にしている場合じゃないな。
「はい!」
「いや~ん、雪姫こわぁ~い」
イヤーン、総君もコワーイ。誰がとは言えない。
「いっけええええええ!」
「ブモォオオオオオオ!」
モップさんが気合の声を上げると、オオイノシシの相棒イっ君も同調しゴブリンの大軍へと突っ込んでいく。軽自動車サイズの猪が人間の子供ぐらいの身長のゴブリンを蹂躙するその光景はなかなか圧巻だ。
モップさんはその様子をうっとりした目で見ているが、あれは決して撥ね飛ばされるゴブリンに向けられたものではなく、イっ君の勇姿に見とれているのだと、俺は自分を無理やり納得させた。
そう言えばあれだけ主人の言う事を聞かなかったモンスターが今はピシャリと言うことを聞いてるな。一体どうしたんだ?
そう思いイっ君の視線を追っていると、チラチラと雪姫さんに視線が飛んでいるのに気付いた。
――こいつ絶対オスだ。
俺の直感がピロリロリンとニュータイプ的な音を立て走る瞬間だった。もうこいつら主従で最低だ。
「っと、そろそろ来るか」
アホな観察を止め、敵の反撃に備える。
敵ゴブリン軍の攻勢は通常種が主だが、中には剣や盾、そして弓や杖を持っているゴブリンまでいる。
暴走する車に剣や棍棒で突っ込むのには勇気がいるが、物を投げる分には気軽に出来る。つまり、
「ソウ君、左から来たわ!」
「了解」
雪姫さんと俺の視界に共通して映し出されたのは、まっ直ぐと飛来する弓矢。その後ろには弦を引いたであろう射手の姿まである。その数約10。
俺は銃を両手に構えその全てを――
「撃ち落とす!」
疾走する猪に当たりそうな矢のみを狙い撃ち落とす。出来れば射手も一緒に撃ちたかったが、この場を離れていく以上無駄弾は使うべきではない。それよりも進路の確保が優先だ。飛んでくる弓矢を全て落とすと、次に進行方向で遠距離武器を構えているゴブリンを中心に引き金を引いた。
と言っても狙いはゴブリンではない。いくら脆弱なゴブリンでも、さすがに1発の通常弾では倒せない。この乱戦の中で怖いのは、ゴブリンではなく遠距離攻撃そのものだ。ならそれを無力化さえできれば一先ずこの突撃時の安全は多少なりとも確保できる。
であれば狙うのはその手段。つまり遠距離武器だ。幸い敵の使っている武器の耐久度は低く、弓や杖は俺の弾丸一発で殆どが破壊可能だった。
「ソウ君あれを狙って出来るの……それもアーツ無しで……君も変態ね」
「やめてくれ!」
雪姫さんの言葉の暴力は、俺に本日最大のダメージを与えた。
「2人とも、あれだ!」
モップさんの言葉で現実逃避をしようと試みた俺の精神は再び戦場に戻される。
そこにいたのは、明らかに一回り大きな体躯――と言っても人より少しデカイ位だが――のゴブリン。赤いマントの付いた立派な鎧を着込んでおり、ステータスに《ジェネラルゴブリン》と表示されてある。こいつが指揮官で間違いないだろう。
他のプレイヤーの姿は近くに見当たらない。どうやら俺たちが一番乗りのようだ。
しかしその周囲には将軍の護衛、近衛部隊と思われるゴブリンが多数展開している。大将ほどではないが体躯も他のゴブリンより少し大きく、武装も剣や槍、斧、メイスと豊富だ。それらのゴブリンが約100と、俺たちを取り囲む大量の通常主ゴブリンが数えるのも馬鹿らしくなるほど。
大将に俺たちの刃を届けるのは並みの難易度ではないだろう。だがそれでも、
「「「突撃ぃいいいいい!」」」
猪は止まらない。ただ眼前の敵を、薙ぎ払い進むだけだ。
しかし、敵陣の深くに入り込んだ俺たちに対して、敵の迎撃手段が明らかに変化した。大将の見える位置まで来たことで、敵が遠距離攻撃を仕掛けてこなくなったのだ。
まぁ大将に当たったらえらい事だもんな。さっきまでは同士討ちも狙いつつ出来てたからある意味助かってたんだけど。
「さて、じゃあ次だ」
俺は両手に握る銃を左右に広げ、そして呟いた。
「リロード【信号弾PT-02】」
その後戦場は、混沌を極めることになる。
■ □ ■ □ ■
「GYAGYAGYAAAAAA」
「GYUGYAAAAAA」
「GYOGYOGYOOO」
最後サカナさん居なかったか? まぁいい、ともかく今がチャンスだ。戦場は俺が周囲に乱射した信号弾のせいで大混乱にある。信号弾PT-02は発光能力を抑えた代わりに発煙能力を最大まで引き出してある銃弾だ。前にそれ煙幕弾じゃと武器職人のスミスさんに突っ込みを入れたが、鋭い眼光でいや信号弾だと返されてしまった。だからこれは信号弾だ。
そして俺たちから見て唯一視界の晴れている場所。そこに敵大将の姿はあった。風向きも計算して撃ったんだから当然と言えば当然だが。
しかしモタモタしていてはそれもおじゃんだ。なによりこの混乱に乗じて逃げられでもしたら、それこそ今までの苦労が水の泡になる。モップさんは敵大将の首を揚げるべく、イっ君に再度突撃を命じた。が――
「イっ君ストップ! ストップだ!」
俺たちの行く先で、槍を構えたゴブリンが列を成し壁となる。もしそのまま突撃していたらイっ君はやられていただろう。
だが悪いことはなおも続く。
「あ、ジェネラルゴブリンが!」
声をあげた雪姫さんは勿論、俺とモップさんの目にもハッキリと映っていた。大将が、護衛を壁にして俺たちから遠ざかろうとしている様子が。
「くっ、このままじゃ……どうするソウ君」
時間が経てば周囲に立ち込める煙も晴れ、俺たちは再度敵に包囲される。しかも今度はゴブリン軍の精鋭に。
――なら答えは1つ。
「俺がここでこいつらを引き受けます! 雪姫さんとモップさんは大将を討ってください」
「え、でもソウ君それは」
おそらく雪姫さんは、俺が犠牲になってこの場を引き受けるつもりで言ったのだと思っているのだろう。彼女の顔から俺はそう判断した。モップさんの顔は見ない。どうせ羨ましそうに見てるに決まってる。
「大丈夫だよ雪姫さん。こいつらを片付けて俺もすぐにそっちに行くから」
「え、いやそれは流石に無理でしょ」
表情に笑みが戻ってきた。やっぱり雪姫さんはそのぐらい余裕のある方が似合うな。
「もう……ずるいなソウ君は。これじゃ本当に横取りしたくなっちゃうよ」
「え? 何を横ど――」
「じゃあここはソウ君に任せたからね! モップさん、行くよ!」
今度は顔を赤く染めてモップさんの後頭部を叩き出した。一体何なんだ……。まぁこれ以上突っ込む時間はないか。まずはあの壁を退かさないとな。
俺はイっ君の背から飛び降りると、前方で槍を構えるゴブリンに向かって駆け出した。
銃を撃ちながら。
「GYAGYAGYAAA!?」
やたらと『ぎゃ・ぎゅ・ぎょ』の発音に拘るゴブリンの頭を幾度も撃ち抜く。それによって崩れた壁の一角に突っ込み、今度はナイフで槍の柄とゴブリンの首を切り刻む。
「今だ! モップさん!」
「――イっ君、頼む!」
俺の開けた穴に向かって、雪姫さんとモップさんを乗せたイっ君が全力で駆ける。それを止めようとするゴブリンも現れたが、そいつらの眉間には例外なく鉛玉がぶち込まれた。
「ソウ君、後で会うんだからね! 絶対だよぉおお!」
「あぁ、そっちこそ気をつけて!」
初対面時とはまるで違う口調の雪姫さんの声が聞こえなくなると、俺は軽く深呼吸をして、
「かかってこいやぁああああ!」
「GYAGYAAAAAAAA!」
戦争を始めた。




