52話 ジュウから始まる圧迫面接
一足先にログインして買い物を済ませた俺は、待ち合わせの場所へ急いで向かった。
店員さんと話し込んでしまい少し時間が押してしまったが、お陰で満足のいく買い物が出来た。この格好を見たら葵さんは何か反応してくれるだろうか。
町の中央にある噴水のある広場に着くと、既に葵さん、雪姫さん、モップさんの3人は到着しており、俺の姿を確認するやそれぞれに手を振ってくれた。
「すいません、遅れました」
「ソウ君ちっこくぅ~ってあれ、その恰好は……へぇ~」
「な、なんですか」
色々と見透かされている気がして非常に気まずい。だが多分この格好は不味くはない、はずだ。青と黒の迷彩柄の服の上に長めの黒のコートとスリムパンツ。ちょっとしたエージェントのような気分にも浸れるスタイルだ。リアルでするには勇気のいる格好だが、この世界では違和感のない格好だと思う。え、大丈夫だよな!?
「べっつにぃ~。ふふっ、いいじゃんその恰好。カッコいいよ」
「あ、ありがとうございます」
俺のコーデと言うよりは店の人に勧められるがままに買ったものだが、どうやら好評なようでよかった。好評と受け取っていいんだよな? 気を遣っての発言じゃないよな!?
「こんばんは、総君。その……似合って、ます」
「え、あ、えっと……ありがとう」
どうしよう……これ……いい。店員さん超グッジョブ。もう葵さんがそう言ってくれるなら他の誰からなんと言われようがどうでもよくなってきたな。葵さんマジ天使。瑠璃の次に天使。あぁ、この時間がいつまでも続けばいいのに。
「いつまでそうしてるのかなぁ~おふたりさん」
いつまでもです。
「はぅぁ!?」
あぁ、俺の至福の時が……まぁ葵さんならああ言われたらこうなるか。くぅ、雪姫さん。意図して言った訳ではないだろうけど余計なことを。
だが雪姫さんは、俺と目が合うや口元に手を当て意味深な笑みを零す。
「ふふふっ」
あ、これ絶対わざとだ。ああ言えば俺の幸せなひと時が消滅するのを承知でやったなこの人。ドSだ、とんでもないドSだ。
「ソウ君……」
弱々しい口調でモップさんが俺に声をかけてくれる。だが知ってるぞ。それは俺を憐れんでの言葉じゃない。羨ましがっての言葉だと言うことを。その顔が物語ってるんだよ、頬を染めて羨ましそうな目で俺を見るんじゃない!
俺は合流して早々このパーティの濃さに眩暈を感じつつ、一行とハローワークを目指した。
■ □ ■ □ ■
初めて入ったサセボのハローワーク。だがそこに合った光景はシマバラで見たものとさほど変わらない、騒然たる光景だった。
巨大なクエストボードの前は多くのプレイヤーで溢れかえり、広いロビーでは勧誘の声がそこかしこで飛び交っている。気のせいか俺に対して結構な視線を感じるが……いや、俺じゃなく雪姫さんか葵さんに視線が行ってるのだろう。2人とも美人だからな。
「相変わらず凄い賑やかね。雪姫こわぁい」
奇遇ですね、俺も怖いですよ。雪姫さんのことが。
「ソウ君今失礼なこと考えてなぁい?」
「ト、トンデモアリマセン」
「……ふぅ~ん」
駄目だ、この人は絶対に敵に回しちゃいけないタイプの人だ。敵対したら俺はさぞや掌で踊らされることだろう。
あとモップさん、そんな羨ましそうな目で俺を見るな。その口に信号弾ぶち込むぞ。いや駄目か、ご褒美になる。もうこの人たち本当に最狂だな。
果てのない疲労感が両肩に重くのしかかる。それを振り払うべく大きく息を吐き出していると、聞き覚えのない男の声が耳に入ってきた。
「おいそこのお前、お前だよ」
なんとも挑発的な声だ。俺じゃないことを切に願おう。
「無視してんじゃねえよ金髪!」
金髪か。この世界は金髪のプレイヤーも多いからな。無視は良くないぞ金髪君。
「くっ、そこの黒尽くめえ! いい加減にしやがれ!」
おいおい、そんな危ないセリフを吐くなよ。もし俺が酒の名前のコードネームを持ってたらお前消されてたぞ? とは言ってもこれ以上とぼけても得はないか。
「……俺のこと?」
振り向けばそこには顔を真っ赤にした赤髪の男が今にも掴みかかってきそうな勢いで口を開いていた。
「そうだよ! てめえ調子こいてんじゃねぇぞ」
この人は俺に喧嘩を売りに来たのだろうか。最初からそんな感じだったし。まぁ俺の態度もちょっと大人げないとは思うけど……あんな声掛けをされたらと言い訳したい気持ちもある。
「俺はてめえに良い話を持って来てやってんだ。んな態度ならこの話は聞かせらんねえぜ?」
是非その方向でお願いします。そう言ったらさらにややこしくなるかな。なるだろうなぁ。
「それが嫌なら態度には気を付けろ。いいな!」
「はぁ……」
「ふん。で、話ってのはてめえをうちのギルドに入れてやろうって話だ」
……え? どうしたんだいきなり。大丈夫かこの人。
「もう俺の胸のエンブレムで気付いてるだろうが、俺はあの攻略ギルド蒼天のメンバーだ」
「へ、へぇ~そうなんですね」
……知らんがな。
「俺がギルマスに声を掛けたらもう一発よ。お前の実力はこの前の弱小ギルドのイベントで確認してっから、後は俺が紹介すればトントン拍子だ」
イベントってあの武闘大会のことか。伸二や翠さんから知らない変な人から声かけられるようになるかもしれないから気を付けろとは言われたけど、本当にこんなピンポイントに条件満たすような人が来るなんて……せめて仲間には迷惑を掛けないようにしないと。
「わかったら俺と来い。あ、勿論お前だけだぞ。他の足手まといは連れてくんなよ」
その言葉は俺にとって都合が良いと感じさせる以上に、心に荒波をたてる。
「あ? 何してんだお前、さっさと来い」
「……俺、ギルドには入らないことにしてるので」
「あぁ? 何言ってんだお前、ネジとんでんのか?」
どうしてこの人はこうも挑発的なんだ。いや、これは俺の対応も不味いのか。これはちょっと反省しないといけないな。それにまだ手を出された訳でもないし、何とかこの場はやり過ごして――
「ちょっとぉ、私たちのエースを引き抜くのはやめてくれない?」
……へ?
「あ? 何だお前」
「わたしぃ? 雪姫で~す」
そう言うと雪姫さんは俺と男の間に割って入り、上目遣いで男を見る。
「お、お前なんかに用は」
あ、ちょっと気圧された。
「え~そんなこと言われると寂しぃなぁ。ねぇ、少しあっちでお話ししましょう? わたしぃ貴方みたいなかっこいい人ちょっとタイプなのぉ」
「あ? う、まぁ、少しだけだぞ」
そう言うと雪姫さんは男を連れて外へと出ていった。俺もついて行こうとしたが、それは雪姫さんに視線で制されてしまった。
「ソウ君、ここは雪姫さんに任せよう。何か考えがあるんだろう」
「いやでも……はい」
そう言われ少しの間そこで待っていると、雪姫さんは鼻歌交じりの上機嫌な様子で戻ってきた。
俺は慌てて雪姫さんに駆け寄る。
「雪姫さん、さっきの彼とは……」
俺の問いに雪姫さんは瞳をクリっとさせ、頬に人差し指をたて答える。
「なんだかねぇ、気分が悪くなったからぁ帰るって言ってたよぉ」
「え、さっきの彼が?」
「うん。一体どうしたんだろうねぇ」
一体何をどうすればそうなるんだ。凄く気になるけど絶対に聞くべきではない気がする。でも一先ずこれは言わないとな。
「あの、雪姫さん」
「ん、なぁに? ソウ君」
「その……ありがとうございます」
「なんのことぉ? 雪姫ちゃんわかんなぁい」
そう言う雪姫さんの顔は実に妖艶で、イキイキしていて……ちょっとかっこいいと思ってしまった。
■ □ ■ □ ■
雪姫さんのお陰でトラブルから脱した俺たちは、ハローワークで討伐系のクエストを受注し町の東門へと来ていた。
サセボの町はゴブリンの群生地帯に隣接する場所にあり、町を出れば高確率でゴブリンの襲撃を受ける。そのためこの町のハローワークではゴブリン討伐の依頼がもの凄い量で出されており、プレイヤーもその多くがこれにあたっていた。
そして俺たちもまた、そんな多くのプレイヤーの1人としてゴブリン討伐のために町周辺のフィールドへと出ようとしていた。
この時までは。
それは突然だった。大災害を告げるような大音量のサイレンが町から鳴り響く。
「な、なに?」
「そ、総君これは」
突然のことに雪姫さんも葵さんも動揺を隠しきれない様子だ。俺もこれに近い音を朝の目覚ましにセットしていなければ同じく驚いていただろう。
「2人とも、落ち着い――」
『緊急連絡! 現在サセボの町へ向けてゴブリンの大軍勢が進行してきています。冒険者各位はこれの迎撃、討伐をお願いいたします。これはハローワークからの正式な依頼です。繰り返します。現在、サセボの町に――』
サイレンの音を超える大音量で俺たちの耳に響いてきたのは、ゴブリンの襲来を告げる報。これがリアルであれば町は恐怖と混乱で阿鼻叫喚の地獄絵図となっただろう。
だがここは仮想世界。そしてプレイヤーの多くはこういったイベントに嬉々として向かう勇兵たちだ。町からは興奮した様子のプレイヤーたちが装備を固め次々に町の外へと出てきていた。
「これはえらいことになったな」
「そ、総君どうしましょう」
不安そうな声を上げる葵さんだが、他の2人にはそう言った色は全く見られない。むしろ……
「こんな楽しそうなイベントに参加しない手はないでしょ、ルーちゃん」
「そうだね、こんなに大量の敵に蹂躙される機会なんてそうそうないよ」
皆それぞれ実にらしい反応だ。もう俺はつっこまないぞ。
『システムメッセージ。これより緊急クエスト、ゴブリン軍討伐戦を開始します。なお本イベントは敵を倒すことで得られる討伐ポイントに応じて順位がつけられます。ランキング上位者には豪華報酬をご用意いたしておりますので、プレイヤーの皆様は奮ってご参加ください』
さて……どうするかな。
次話の更新は月曜日の予定です。




