51話 キュウから始まるMのMによるMの為のM
パーティにモップさんを加えた俺たちは、サセボの町を目指して歩を進めていた。そこでの話の中心は勿論モップさん。何と言ってもテイマーと言う珍しい職業だからな。沸き起こる嫉妬心を押し殺し俺は話を続ける。
「じゃあ普段はそのカプセルにモンスターを収納してるんですね」
「そんなカプセルだなんて。正式名称はそうかもしれないけど、僕はこれをモ〇スターボールと呼んでいるよ」
おいヤメロ、そんなことを言うと肩に電気ネズミを乗せた少年が俺とバトルしようぜといきなり声をかけてくるぞ。そうなったら負けるのは色んな意味で俺たちだぞ、絶対に。
「昨日乗ってたのはオオイノシシですよね。オキナワエリアの森にいた。モンスターのテイムはどうやるんですか?」
やっぱりそのボールをぶつけるのだろうか。そのボールをぶつけて口が開いた瞬間、中から赤い光を出し対象をボールの中に拘束するのかな。超怖い、色んな意味で。
「いや、残念ながらモンスターのテイムはテイマー限定の魔法で行うんだ。で、モンスターのテイムに成功したらこのボールに収まって、好きな時に呼び出すことが出来るんだ」
何が残念なんだ、俺は心底安心したぞ。しかしそれはちょっと見てみたいな。
「あ、あの、モップさん」
「ん、何かなブルーさん」
葵さんがたどたどしく口を開く。その硬い表情には、ハッキリと緊張と書いてある。
翠さんから言われたことを気にして一生懸命に他人とコミュニケーションを取ろうとする様は、見ていてとても癒されるものがある。これで話しかけるのが変態じゃなければ心底安心して協力できるんだが。
「モンスターさんは誰でもテイムできるんですか?」
「いや、結構制限されてるよ。今のところ確認されているのはまだ20種類ぐらいかな」
「そうなんですね。あの猪さんの他にはどんなモンスターさんをテイムしてるんですか?」
「ついこの間こっちで捕まえた相棒を含めてまだ3匹しか手元に持ってないんだ。鳥型のモンスターと、魚型のモンスターだよ」
その言葉を聞いて雪姫さんの肩がビクンと跳ね上がる。こっちに来てから魚型のモンスターで嫌な目にあったからな。
「見てみるかい? 一昨日浜辺でテイムに成功したモンスターで名を――」
「だだだ大丈夫よ! そ、それより先を急ぎましょう。このままいけばサセボの町に夕方には入れると思うな。な!」
そんなに嫌か。まぁ絶叫してたしな。ニュルニュル系が駄目ってことは蛇もかな? 森に入ったら結構な確率で遭遇しそうな気がするけど。だがとりあえずは将来に対する不安よりも目の前の脅威だな。
「3人ともストップ、敵です」
目の前に現れたのは5体のゴブリン。だがその内の1体は棍棒でなく剣と盾を装備しており、明らかに通常種とは違う雰囲気を醸し出している。
「奥のゴブリンはゴブリンソルジャーね。装備だけじゃなくて、HPも通常のゴブリンより上よ」
「なるほど、じゃあまずは――」
俺が銃でそいつを沈めると言おうとしたが、それよりも早く一陣の風が俺と雪姫さんの横を駆け抜けた。
「うわああああああああああああ」
モップさんを背に乗せたオオイノシシが全速力でゴブリンに突っ込んでいく。デジャブ?
それから先は圧巻だった。巨大なイノシシに跨ったモップさんが、いや絶叫するモップさんを背にくっつけたオオイノシシが群がるゴブリン共をまとめて蹴散らしていった。サイズ的には軽自動車に跳ねられまくる猿と言った感じだろうか。
「これは……連携のしようがないな」
「そうね。次どこに行くのか、何をするのか、まるで読めないわ」
あれではただの乱入してきたモンスターだ。フレンドリーファイアもあるこの世界ではハッキリ言って邪魔だ。味方と言うよりは第三勢力のような感じだな。
「だが流石にこのままにしてる訳にもいかないか」
見ればオオイノシシは次第にゴブリンに接近されその機動力を活かしきれずにいた。単体での強さはそこらのモンスターを上回るが、その分扱いに難があるという感じか。
オオイノシシに当てないように気を付け、攻勢に転じたゴブリンから狙い撃つ。既にオオイノシシの突進攻撃でHPをガンガン減らしていたこともあり、ヘッドショットを2発も決めればゴブリン共は次々に光となって消えていった。
このパーティ……尖がりすぎだろ。
そうして何とか全てのゴブリンを光に変えたところで、地面に転がるモップさんに声をかける。
「大丈夫ですか? モップさん」
「う、うん、大丈夫だよ、ソウ君。すまない、いいところを見せようとして逆に迷惑をかけてしまった」
アレいいところを見せようとした結果だったのか。なんて無謀な。
「まぁ結果的にモップさん以外は無傷ですから」
その傷も殆ど敵じゃなく自分のテイムしたモンスターによるものですけどね。
「それにしても、どうして背に乗るんですか? 振り落とされたい願望の表れですか?」
徐々に削られていった俺の精神は既にモップさんに対する扱いを一定レベルまで下げていた。だがそんな俺の言葉にもモップさんは顔を赤らめて反応する。もう嫌だ。
「うん。あの緊張感は堪らないよね!」
同意を求めてくるんじゃない! 俺は貴方とは違う。俺には獣に振り落とされて興奮を感じるような高レベルのプレイは理解不能だ。確かに葵さんが巫女さん衣装で俺を踏みたいと言うのなら地面に伏せるのも吝かではないと思うが――はっ!? 何を考えているんだ俺は。ヤバい、この人と話していると俺のATフィールドがどんどん中和されていく。
「それもあるけど、僕の持つスキルに【ライダー】があるのが大きいかな。このスキルは僕がモンスターに騎乗するとそのモンスターの能力を上げることが出来るから、イっ君を呼び出すときには極力乗るようにしてるんだ」
そういうスキルもあるのか。そしてあのオオイノシシの名前はイっ君か。じゃあ鳥はトっ君で、魚はサっ君かな?
そんなやり取りをしていると、葵さんと雪姫さんがこちらに駆け寄ってきた。
「モップさん、今回復しますね」
「あ、ありがとうブルーさん。でも僕的にはこのまま放置プレイと言うのも吝かではゴッハン!?」
「あらぁごめんなさぁい。頭にハエが止まってたのぉ」
「い、いえ、むしろ御馳走様でした女――雪姫さん」
……割といいパーティ、なのか?
サセボの町に着いたのはその日の夕方だった。道中幾度もモンスターの襲撃を受けたが、俺と雪姫さんが前衛に出て葵さんが後方支援をするというスタイルで安定して敵を駆逐できた。
モップさんは呼び出したモンスターに騎乗せず指示を出すスタイルに変更したが、何故か自分のモンスターからの襲撃を受けまくり、恍惚の表情でそれを甘んじて受けていた。
さてやっとたどり着いたサセボの町。本当は探索を兼ねてハローワークにも行きたかったが、もう夕方だったこともあり俺たちは夜に落ちあう約束をして一旦ログアウトした。
■ □ ■ □ ■
夕食と風呂を済ませ、瑠璃と母さんの親子トークに付き合った後、俺は再びサセボの町に降り立った。
サセボの町は周囲を高い壁に囲まれており、傍から見れば堅牢な城塞都市にも見える。所々には物見櫓も立っており、その中には衛兵の姿もチラチラ見える。
この町のNPCにはそれぞれ役割があるから、あの衛兵もあそこにいるからには何か意味があるのかもしれないが、一体何の意味があってあそこに配置されているのだろう。
「――っとそんなことに時間を割いてる場合じゃないな」
約束の時間よりも早めにインしたのには理由がある。
俺の装備品は最初の時に比べて随分と豪華になった。銃は『シルバーホーク』という序盤にしてはかなり高性能の銃、ナイフは半蔵さんお手製の『枝垂桜』、銃の効きにくい敵用にそれなりに頑丈な刀『秋月』。ブーツに至ってはボスからの限定ドロップの『疾風』と『迅雷』だ。
だがこれまでまだ全然手付かずの部分が俺の体にはデカデカと存在する。それは服装。俺の服装は初期装備の所謂『旅人の服』だ。別に特にダサいとも思わなかったためこれまで更新してこなかったが、流石にそろそろ更新時だろう。
決して雪姫さんに「その恰好なくない?」と言われたからではない。違うぞ。違うんだ。
それに防御力が低いまんまと言うのはいけないよな。そう、これは防御力向上のための投資だ。俺の最大の弱点である打たれ弱さに対策を施すのはむしろ当然のことだろう。そういう訳で俺はこれから新しい服装を買いに行く。防御力改善のために。そう、そういうことなんだ。
そういうことで俺は夜のサセボの町を1人で走った。そういう訳で。