50話 ハチから始めるミスターM
俺を轢いた猪型のモンスターと、その背にしがみついていた謎の男。奴らは今、命の危機に曝されていた。主に俺の手で。
「――で、一体何してくれてんの? アンタら」
既に猪は俺の手でグロッキーだ。男も頭に銃口を突きつけられ体を小刻みに震わせている。
「……ス、スイマセン、ハァハァ」
だが何だろう、小刻みに震えている男の顔が少し赤い。それにあれは……興奮しているのか? いやまさかな。
「とりあえず訳を教えて下さい。話はそれからです」
ちょっと逆上して手を上げてしまったが、よく見れば――よく見なくとも――明らかに俺よりも年上の男性だ。ボサボサの白髪で目元まで隠れているから正確なところはわかりにくいが、声や雰囲気で俺はそれを察した。
だとすれば、いきなりタックルを食らったとは言えあの言葉遣いは無礼に当たるだろう。そう思い俺は自らの態度を軟化させる。
「は、はい。僕の職業は魔物使い、テイマー……なんですが。僕の使役モンスターはどうも僕のことが嫌いみたいでして、中々言うことを聞いてくれないんです。それでさっきも暴走してしまって」
なるほど、さっきのはそういうことか。なら俺たちにPKをけしかけた訳ではなさそうだから銃は下げてもいいかな。
「ですから、もっと僕をなじってくれて結構です。むしろなじってください。いえ縛ってください! そして蔑んだ目でこの豚めと言ってください!」
「おいこらテメェ」
アカン。これ近づいちゃ駄目なタイプだ。特に葵さんのような純真無垢な女の子には絶対に。
「ソウ君……」
俺の明らかに歪んだ表情を察してか、雪姫さんが間に入ってくれる。こういう変人の相手を女性にさせると言うのは非常に気が引けるが、まぁ雪姫さんなら大丈夫か。
「この人ここに埋めていっちゃおうか」
ドSが反応しちゃったよ! ドMの登場に雪姫さんの本性がついに顔を出してきちゃったよ。
「是非お願いします女王様!」
ドMも乗っちゃったよ! 無駄にいい顔してるよこの人。瞳から光が零れてるよ。イカン、ヤバい2人を合わせてしまったかもしれん。この2つの化学反応は危険だ。『混ぜるな危険』だ。具体的にどう危険なのかは上手く説明できないが、俺の勘が大音量でそう警鐘を鳴らしている。
「2人とも離れてくれ。話がややこしくなる」
「え~まぁソウ君がそう言うなら」
「あぁ、そんなお預けなんて……これは焦らし、焦らしプレイだね君!」
……帰りたい。
■ □ ■ □ ■
それから俺たちは簡単に自己紹介をして互いの状況を説明した。こんな危険人物と葵さんを近づけるのは非常に気が引けたが、相手の男のたっての願いでこうなった。
その結果わかったのは、彼の名前が『モップ』であることと、これまで誰ともパーティを組めずに寂しい旅をしてきたということ。
名前については色々と「え?」と思ったが、これ以上突っ込んでも絶対にめんどくさいことになると思い、開きかけた口を鋼の精神で押し留めた。
だが俺の琴線に触れたのはその2つ目、これまでボッチだったという話だ。
確かにあれだけの変態っぷりを隠さなければ敬遠されるのも仕方がないと思わなくもないが、それでもボッチと言うのは辛い。大事なことだからもう一度言おう、ボッチは辛い。俺にはその辛さが心底わかる。その話を聞いた瞬間、俺は彼のことを、他人として見れなくなっていた。
「モップさん……辛かったですね……わかりますよ、その気持ち……」
「ソウ君……! そうなんだ、辛かったよ……誰も僕をなじってくれない、蹴ってくれない、蔑んでくれないんだ」
気のせいだ。俺にこの人の気持ちはわからない。わかりたくもない。この人と俺は完全に他人だ。
「じゃ、俺らはこれで。モップさんもこれからもボッチ頑張ってください。さようなら」
「あぁ待って! お願い待って!」
立ち上がった俺の足にモップさんがしがみつく。だがそこには俺を引き留めようと言う必死さと、あわよくば踏んでくれと訴えかけるような期待が入り混じったような熱気があり、俺の心を急速冷凍させる。
「お、お願いだ。僕も一緒に……君たちのパーティに入れてくれないか!? 荷物持ちでも殴られ屋でも何でもする!」
2つとも自分へのご褒美じゃねえか! いやイカン、それをご褒美だと即座に認識できるなんて俺の思考は一体どうなってしまったんだ。この一瞬でモップさんの思考が俺を侵食したとでもいうのか。俺のATフィールドを中和したとでもいうのか。
「いやアンタみたいな危険人物と一緒にパーティなんて――」
だがそこまで言って俺は慌てて口を閉じる。俺はこの人にそれを言えるだけの高尚な人間なのか? むしろ俺の方がよっぽど危険人物じゃないのか? この世界どころかリアルでも銃と刃物を振り回してる俺の方が。だとすれば俺がこの人にそんなことを言う資格はない。
「ちょっと3人で話をさせてください」
そう言い俺は葵さんと雪姫さんをモップさんから少し離れた場所まで誘導した。
「雪姫さんとブルーはどう思う?」
「そうね~、私は悪くないかなぁと思ったよ。テイマーは魔法使い以上にバリエーションの多い職業だがら、結構尖ったこのパーティには良い効果をもたらしてくれると思うな」
と言うことは雪姫さんは割と賛成か。しかし彼の人間性についてのコメントが一切ないけど、それはスルーなのかな? 俺はそこが一番重要だと思ったんだけど。
「私は……知らない男の人と言うのは、ちょっと……怖いです」
申し訳なさそうなトーンで葵さんが口を開く。だがそれはそうだろう。と言うかあれは俺も少し怖い。
「でも……私のこういうところを改善させようとして友達が色々とやってくれているので、私は……パーティを組んでみたいと思います」
え、それって翠さんが言ってたあのこと? あれは確かにもっと自分の世界を広げなさい的な言い方だったけど、葵さんの世界にあれは刺激が強すぎると思うんだけどな。翠さんもあそこまで広げろという意味で言ったんじゃない気がするが。
だがここで俺がそれを説くのは彼女の為だろうか。葵さんは自分から行動を示した。なら俺にできることは、それによって降りかかる火の粉から彼女を護ることではないだろうか。
「……わかった、ブルーがそこまで言うなら、俺から言うことは何もないよ」
「ちょっとソウ君、私のこと忘れてない?」
忘れてました。
「勿論忘れてませんよ雪姫さん。俺がそんなことする訳ないでしょう?」
「まぁいいですけどぉ~」
「そ、それじゃあ早速モップさんにこのことを話しに行こう」
無用な追及を避けるべくそそくさとその場から退散する俺に刺さるのは、雪姫さんの視線なのか、それとも俺自身の後ろめたさか。オキナワからナガサキに舞台を移し、盾と魔法の代わりにドSとドMを加えた俺のパーティは一体どこに向かおうとしているのか。そんなことを考えつつ、俺たちは先へと進むべく足を動かす。
■ □ ■ □ ■
「へ~じゃあそのモップさんって人が入って4人パーティになったのか。怪しそうな人ではあるけど、楽しそうでいいじゃねえか」
「そういうものか? まぁ明日の旅がどうなるかまるで予想がつかないっていう意味ではそうかもな。ところでそっちはどうなんだ?」
「俺と翠も今は新しく2人加えて4人パーティでやってるぜ。しかもその2人がまた超可愛くてさ。1人はすげえ隠密スキルを持つ忍者なんだが、この子がまたちっこくて可愛いんだ。顔を布で隠してあるから詳細はわからないのが残念だが、アレは絶対に美少女だな」
「おーい運営さん、ここにロリコンが居ますよー」
「バっ、ちがっ、そんなんじゃねえよ。俺はただ純粋に小さくて可愛い少女を愛でてるだけだって」
「それはそれがロリコンだよって言うツッコミ待ちか?」
「……まぁその話はいい。で、もう1人も美人なんだけど、その人はなんっつうか美魔女って感じでよ。大人の色気っていうのかな。もうとにかくすげえんだ」
「そうか。そっちも楽しそうで何よりだよ。とにかく捕まらないように気を付けろよ」
「だから俺はロリコンじゃねぇ! 麗しの姫と王女を護る騎士だ」
「確かにお前は騎士だな。所属は幼女魂騎士団でいいか?」
「おいぃ!?」
「はっは、わるぃわるぃ。じゃあそろそろ切るぞ。明日は1日休みだけど朝早くから家族で用事があるんだ。午後からは葵さんたちと続きをする予定だし」
「おぅ、俺も明日は昼から一緒に冒険の続きをすることになってるんだ。じゃあな総、またな」
「あぁ、またな」
次話の更新は水曜日の予定です。