5話 俺がゲームを始める件について
やっとVRに触れました
自分の部屋へと持ち込みセッティングも終えたVR機を見て、俺は感慨に耽っていた。
完全没入型のVR技術が確立されてからまだ新しい昨今。この技術を完成させたのは、1人の天才と、その志に惹かれ集った同志たちだった。彼らは自らの夢を叶えるために自分たちの持てる全てをVR技術の確立に捧げたと言われている。
21世紀では完全な完成は難しいとさえ言われていた技術を見事に完成させた、彼らの原動力とも言える言葉はある界隈では非常に有名だ。
『ケモミミっ娘をモフりたいデース! 愛でたいデース! 抱きたいデース!』
聞く者は涙する神の言葉だ。この話を伸二から聞いた時は俺も感涙に咽たものだ。また完成させた後の彼らの言葉も大変素晴らしい。
『同志たちよ、集え! ここには夢がある! 夢にまで見た桃源郷が、ここには存在する! さぁ二次元で止まっていた者たちよ、今こそ立ち上がれ! ステージは用意した。今こそ我らが次元を1つ越える時! 望めば立ち上がれ、さすれば与えられん!』
神だ。どうすればこんなことが出来るのだろう。やはり神とは神聖で偉大なものだ。一部の人間は彼らのことを蔑むような目で見ることもあるが、彼ら曰くその視線もまたご褒美――ただし美少女に限る――なのだと言う。最早頭が上がらない。彼らへ百万の感謝を捧げると、さっそくVR機を手に取る。
このVR機の名称は【レーヴ】。フランス語で夢という意味を持つらしい。なぜフランス語とも思ったこともあったが、それは神の決めたことだ。俺程度が疑問を持つなどとんでもない。
VR機には頭に被せるだけのヘッドギアタイプと酸素カプセルみたいに全身を入れるベッドタイプ、椅子と一体になっているチェアータイプなどがあるが、俺に与えられたのはヘッドギアタイプだった。ベッドに横になった状態で、気軽に出来るこれがいいと考えていたから丁度いい。ヘッドギアには付箋が付いており、そこには
『どのタイプにするか迷ったが、ヘッドギアタイプにすることにした。これならばプレイ中に誰かに襲撃されても素早く反応できるだろう。グッドラック』
と親父からのメッセージが書かれていた。が、そもそも寝込みを襲うのは普段の親父か、寂しさが限界に達した時の母さんぐらいだ。その心配は――あるな、潜在的な脅威を失念してたわ。グッジョブ親父。
いやしかし待て。完全没入型のVR機にインしたら部屋に誰かが入ってきたとしても気付けないんじゃないか? そこら辺はどうなんだろう。インしてても外部と連絡を取ることなんかはできるのだろうか。まぁそこら辺は伸二にきいてみるか。
少し緊張しつつも、ゆっくりと【レーヴ】を頭に被せ、そして理想郷へと足を踏み入れた。
■ □ ■ □ ■
『チュートリアル。ようこそイノセント・アース・オンラインへ。ここでは貴方のキャラクターメイキングを行います。そのままの姿勢でお待ちください』
ゲームの世界へとダイブした俺を最初に迎えたのは、味気のない機械的な音声だった。周囲は真っ暗で何も見えず、裸の状態でポツンと立っている。全裸待機だ。誰もいないし仮想空間の中とわかってはいるが、落ち着かない。
『貴方の体をスキャンしている間、キャラクターメイキングについてご説明いたします。イノセント・アース・オンラインは仮想空間を舞台に、本当の自分を冒険させる世界最大規模のVRMMORPGです。そのためキャラクターメイキングにおいても、現実の自分の体に近い状態、正確には若干アニメ調にデフォルメされた状態で行われます。体形や顔は大きく弄ることが出来ません。ですが髪や眉毛などは仮想空間内の美容室で変更することが可能です。このスキャンは毎回行われるため、現実世界での体形や顔がそのまま反映されます』
なるほど、つまり痩せてる人はゲームでも痩せてるし、太ってる人はゲームでも太ってるのか。それちょっと厳しいな。そういうのから逃避したい人も多いんじゃなかろうか。あ、本当の自分を冒険ってそういう意味か。しかも毎回反映されるってことは現実世界で太ったらこの世界でも太るのか……親父がいないからってトレーニングはサボらない方が良さそうだな。
『スキャンが完了しました。鏡の前でご確認ください』
その音声と共に俺の目の前に等身大の鏡が現れる。流石VR。演出もイチイチかっこいい。
「あ、あー、あー」
ふむ、声も現実と全く一緒か。本当に凄い技術だなこれ。
感心しながら鏡の前に映る自分の姿を確認し――暫し驚きで声も出なかった。
そこにはちょっとアニメ風になった自分がいた。顔や体つきがほとんど変わっていない俺が。髪の色は現実世界と同じくオレンジに近い金髪。目の色も青……所謂金髪碧眼だ。
「まぁ、そっか……」
実は日本人の黒髪黒目というやつに凄く憧れていた。この世界でそれを体験することも楽しみの1つだったのだが……。
そのことに少しだけ肩を落とすが、髪の色は後で変更する手段があると言っていたからそこまで気にしないことにした。目は……無理だろうなぁ。
因みにこの見た目の影響でこれまで色々と他人の興味を引いてきた。その興味にはいくつか好意的なものもあったが、大抵は否定的なものだった。小学校の頃はクラスの男子からからかわれる程度の可愛いものだったが、中学校の頃からは不良グループに目をつけられ囲まれることなんかも多くなった。まぁそれで怪我をしたことは殆どないし、一度力の差を知った奴らは大抵がそれ以降避けるだけになっていったから大きな弊害なんかはなかったが……あの感覚を寂しいって言うんだろうな。
『如何でしょうか?』
おっと、これキャラクターメイキング中だったな。
「問題ないです」
『では次にスキルのご説明を行います。スキルとは仮想世界で貴方の使うことのできる特殊な能力のことです。これらは貴方の体をスキャンした際に検出されたデータによって多少のランダム性をもって振り分けられています。また貴方の今後のプレイスタイルやイベントの参加、クリアに応じてスキルは変化、増加していきます』
今の情報はかなり重要な気がするな。要はやり方次第で成長が変化するってことか。単純にレベルを上げれば強くなるってもんでもないんだな。スキルは……どうせ見てもわからん。後で確認しておくか。
『次に能力値についての説明です。まず、イノセント・アース・オンラインではキャラクターのレベルが存在しません』
……え、そうなの?
『またキャラクターの能力値などの項目も存在しません。プレイヤーの現実の身体能力がそのまま仮想世界へとダイレクトに反映されます』
マジか。じゃあ魔法とかってどうやって撃つんだ? もしかして童貞だけ魔法が使えるとかそんな計らいしてないよね? やめてよ? 心折れるよ?
『身体能力はスキルの習得によって強化することも可能です。体をよく使うプレイスタイルではそういったスキルが習得しやすくなります』
なるほどな。で、魔法は? 魔法はどうやって習得するの?
『次に職業についての説明です』
終わりかよ!!
『最初につく職業は検出された身体データを基に多少のランダム性をもって自動的に設定されます。職業を変更したい場合は最寄りのハローワークまで行き転職についての説明をお聞きください』
何て現実的で嫌なジョブチェンジシステムなんだ。名前が露骨すぎる。これ、一部の人たちには心にじわじわと来るだろうな。
『最後に操作についての説明です。仮想世界では基本自分で歩かなければ前には進みません。移動や生活に関する操作は基本マニュアル操作となります』
まぁそうだろうね。
『ですが戦闘においては、マニュアルだけでまともに戦うことはできません。よく考えてください。貴方たちのような軟弱な人間が魔物に勝てると思いますか?』
あれ? なんだか急に方向性変えてきたなこのアナウンス。
『いくら仮想世界とはいえ貴方たちは戦闘の素人です。まともな戦闘は出来ません』
まぁ、モンスター相手だとそうだろうね。
『そこで戦闘時の操作に関しては、その補助を行うアーツが存在します。例えば侍の習得できるアーツにある【袈裟切り】。これを使用することでプログラミングされた理想的な動きの袈裟切りを誰でも再現することが出来ます。またアーツにはレベルが存在し、レベルを上げることでその能力や効果は上昇していきます』
なるほどな。つまりアーツを使うことで最初からそれなりの動きで楽しめる、と。逆にアーツ無しだと全部自分がリアルでやるとおりにやらなきゃいけないから、まともに戦闘できないと。そういうことか。
『また回避や防御行動などにもいくつかのアーツが存在します。これはプレイヤーの動体視力や反応速度及び思考速度はスキルやアーツを使っても全く変わらないため、相手の攻撃アーツを自力で防御、回避することがまず困難であることからの救済措置です。砕けて言うと、リアルに作りすぎて超鬼仕様になっちゃった。こんなゲームバランスじゃ売れないよどうしよう。そうだ、防御と回避にも補助システムをつけて動きをサポートしよう。という経緯になります』
ぶっちゃけすぎだろ。まぁ正直な辺りは好感が持てなくもない、か?
『これにて説明は以上になります。もう一度チュートリアルを始めたい方は向かって左の扉へ、ゲームを始めたい方は右の扉へお進みください。それでは、ようこそイノセント・アース・オンラインへ』
迷うことなく右の扉を開く。
そしてここから、俺の新しい生活が始まった。