45話 サンで終わる武闘大会
腹部へと走るナイフを膝で迎撃するという離れ業を披露した雪姫さんから一旦距離を空けるべく、後方へと素早く下がるが、彼女は距離を離すまいと俺のスピードに遅れずついてくる。
確かに俺の持っている武器を考えればそれで正解なのだが、見た目華奢な女の子がそれを選択したとなると違和感が凄いな。
「――【二段突き】!」
俺の胴目がけ迫る鋭い突き。1回目の突きを横に逸れて躱し、2回目の突きを円運動で躱す。そして――
「うおっ!」
3回目の突きが俺の首筋を掠り、赤いエフェクトが少し飛び出る。
「あらゴメンナサイ、間違えちゃった。もぅ雪姫のウッカリさん、てへっ」
間違えて三段突きを放っちゃうチャッカリさんか。まあよくあるよねそういうこと。わかる。
「良くあることだよ、気にする必要はないさ」
しかしかなりいい動きをする人だな。これなら少しぐらい荒っぽくしても良さそうだ。
突きを躱されても慌てることなく彼女は上段から剣を真っ直ぐに振り下ろす。何もしなければ俺の脳を左右に割るかのような綺麗な軌跡だ。
――何もしなければな。
振り下ろされる剣を銃で受けるのとほぼ同時に、ナイフで彼女の両手首を切り落とす。
「えっ!?」
そのまま彼女の首筋目がけナイフを走らせるが、途中で視界に彼女の靴が飛び込んでくる。洗練された、見事な回し蹴りだ。
これで彼女の着衣がスカートだったら俺の視線は下に動き見事に蹴りを脳天に喰らったことだろう。だが彼女の履いているのはズボン。その脚線美に視線が奪われることはあっても、視線は足から離れない。
この足にならちょっとぐらい踏まれてもいいかななんて邪な考えが脳裏を一瞬過るが、俺の中の脳内葵さんがその邪念をすぐさま吹き飛ばす。服装は勿論巫女服だ。異論は認めない。
俺は彼女の蹴りを潜るように躱すと、通り抜け様に彼女の腰に剣閃を2本描く。
「くっ!」
そして銃を彼女の後頭部に当て、
「どうする? もう少し殺る?」
「……いいえ、降参」
俺の記念すべき1回戦は終わった。
■ □ ■ □ ■
『さぁ次からはいよいよ二回戦。ソウ選手とバッグクロージャ―選手の戦いです』
『ソウ選手は一回戦で人気プレイヤーである雪姫ちゃ――選手を倒してますからね。先ほどから観客席からのブーイングが留まることを知りません』
えぇ、ホントに。唯一の救いは野郎からの罵声しか飛んでこないことですよ。
『しかし性格はともかくソウ選手の腕前は確かです。一回戦では見事な銃とナイフ捌きを披露してくれました』
『そうですね。ソウ選手はガンナーとのことですが、どうすればあのようなアーツが取得できるのか気になるところです』
『対するバッグクロージャ―選手は重戦車の雰囲気すら醸し出す重装タイプの巨漢剣士。雪姫選手とは真逆のタイプと言えます。因みに雪姫選手のファンの1人だとの情報も入っています』
『それではバッグクロージャ―選手の意気込みは相当のものでしょうね』
なるほど、それであんな親の仇を見るような目で俺を睨んでいるのか。
『この試合の見どころは、手数勝負のガンナーであるソウ選手があの重装甲にどう対処するかではないかと思います』
確かに堅そうだ。狙うとしたら装甲の無い首か顔かな。いや待てよ、ここは折角だしスミスさんから貰った銃弾を試すのもいいかもしれないな。それなら宣伝にもなるかもしれないし……よし、そうしよう。
『なるほど、セセリさん、ありがとうございます。それでは二回戦、開始です!』
「リロード【徹甲弾PT-04】」
試合開始を告げた声がまだ響く内に、俺はスミスさんから貰った弾丸をリロードし相手選手の心臓に4発放つ。一回戦の時のように回避されたりしないよう、大泥棒三世の相方いぶし銀ガンマン顔負けの早撃ちで。
「……え?」
相手選手が思わず目を点にして呟く。何が起こったのかまだ理解できていない顔だ。教えてあげた方がいいだろうか。自慢の装甲――音からして安物っぽいが――が貫かれてますよと。
しかしこの世界の弾丸はリアルほど細かく設定されていないな。拳銃で徹甲弾を撃つことになるなんて。仮想世界ならではだろうな。
「ちょっ、待っ――」
待たない。今度は通常弾に戻して隙だらけのバッグなんとかさんの顔に8発撃ち込む。赤くモザイク処理された肉片へとフェイスチェンジしたバッグなんとかさんは、そのまま床を舐め試合は終わった。
『……し、試合終了おお! 何だ今の銃撃はあ!?』
『いやこれは……マジか。ガンナーにあんな貫通力のある射撃があるなんて。あれもアーツか?』
おい解説、素が出てんぞ。まぁいい、それよりもあの弾にはまだ課題があるな。貫通力はいいが、体に対するダメージが通常弾より想定していた以上に弱い。モンスターに対しては使いどころがかなり限定されそうだ。生産コスト次第では一定数常備しておきたいが、まぁいつかスミスさんに相談に行くか。
次の三回戦では、相手が初手からの瞬殺を警戒してか開始の合図が告げられる前から盾で顔をガードしていた。審判曰く、アーツじゃないから良いそうだ。もう全体のアウェー感が凄い。
少しだけムッと来たので、試合開始が告げられるやスミスさんから頂戴した【炸裂弾PT-02】をリロードし、こちらへ走ってくる相手選手の両膝に撃ち込む。両膝は赤いエフェクトを派手にぶちまけ、相手選手はその場に転げ落ちた。
明らかに通常弾よりも威力が高いな。貫通せずに体内組織を壊しにかかっている分、見た目も残酷だ。
う~ん……銃強くね? それともこれは銃弾のお陰なのか? 後でガンナーがこのゲーム内でどういう位置づけなのか調べておこう。立ち上がってこっちに向かってきそうな相手選手の顔に銃弾を撃ち込みつつ、俺はそんなことを考えていた。そう言えばヤジも止みだしたな。皆飽きたのかな?
四回戦。俺はスミスさんから貰った【信号弾PT-01】を相手の口の中へ放った。すると相手は蒸気機関車のように煙を口と鼻から勢い良く吐き出し、目からはハイビームを照射してもはや試合どころではなくなってしまった。窒息寸前の相手がギブアップしたことで試合は俺の勝ちということになったが、あの弾は対人戦ではもう使わないでおこう。色んな意味で、あれは酷い。
五回戦は俺の不戦勝だった。腹痛だそうだ。このゲームに腹痛なんてあるのか?
準決勝も俺の不戦勝だった。お婆さんの三回忌だからだそうだ。何故エントリーした。
もしや決勝もと危惧していた俺だったが、その心配は杞憂に終わった。決勝戦の相手は本イベントの優勝候補で、俺を見るや鋭い睨みを利かせてくれた。そうこなくては。
『さぁ本イベントもいよいよラスト。決勝はソウ選手とディンゴ選手の試合となりました。圧倒的な銃撃アーツとスキルにより相手をまるで寄せ付けないスタイルのソウ選手と、相手によって戦い方を柔軟に変えることのできるディンゴ選手。セセリさん、ズバリこの試合の見どころはどこでしょうか』
『そうですねー。ソウ選手の銃撃のバリエーションの多さには本当に驚かされますが、あれで一回戦では剣士の雪姫選手をすら圧倒する接近戦のテクニックも見せてくれました。距離的にはかなり隙の無い選手だと思います。
ですが対するディンゴ選手も種類こそ違いますが、同じような戦い方を得意とする選手です。ここは同じタイプの選手同士の対決と言うことで、持っている手札の豊富さが決め手になってくると思います』
似たタイプと言われ確かにと思う。相手はレア職とされる魔法剣士の男性で、魔法により強化された剣での接近戦と攻撃魔法による中距離戦を得意としていた。互いにないところを上げるなら、俺は速攻性に秀でていて、相手は防御能力に優れていると言ったところだろうか。
彼の左腕には小さいが盾が括り付けられており、俺の通常弾ぐらいなら防ぐことも出来るだろう。ならば徹甲弾を使えばいいのだが、あれはあまり数に余裕があるわけではない。もうあれの問題点や使いどころも実戦で検証できたし、これ以上ここでその性能を確認する必要もないだろう。
『なるほど、ありがとうございます。それでは、泣いても笑ってもラストバトル、決勝戦、開始です!』
試合開始直後、俺と相手はほぼ同じタイミングで攻撃を仕掛ける。俺は速攻の銃撃を、相手は直径50センチほどの火球を互いに放つ。
先に着弾したのは俺の放った銃弾だが、彼は開始早々左腕に括り付けてある盾で急所を隠しており大きなダメージとまではいっていなかった。俺もそのままではミディアムにされてしまうので、すぐに火球を回避して攻勢に転じる。
だが相手は銃弾を体に浴びつつも急所だけはしっかりと保護し、こちらへと突っ込んでくる。その防御スキルとHPの減り具合から見て、おそらく何らかのアーツを使用した上で全身を射撃耐性のある防具で固めているか、何らかの支援魔法でもかけているのだろう。彼はHPゲージを2割も減らさぬ内に俺を剣の間合いまで入れることに成功する。
「――ライトニングブレイド!」
雷を纏った剣による一閃。だが雪姫さんの剣に比べれば遅い。余裕をもってバックステップでそれを躱したが、直後俺の体に変なノイズが走り抜ける。
「――っ!?」
一瞬の隙を見せた俺に彼はすぐさま雷剣で追撃を仕掛けてくる。
ヤバいな、ここはまだ調整中だけどアレで行くか。いやしかしアレはあまり公衆の面前ではやるなと伸二に言われてるしな。ん~、よしっ!
俺はイマイチ力の入らない足で地面を蹴り後方へとさらに下がるが、剣の範囲からは逃れられずにもろに一撃を貰ってしまう。
『おっとソウ選手、この大会で初めてまともに攻撃を受けてしまった』
『よし、いいぞディンゴ! 行けええ!』
くそぅ、喰らうと覚悟を決めてやったとは言えこのアウェー感はやっぱり堪えるな。観客たちも息を吹き返した様に彼に声援を送っている。だがもう痺れは取れた。次はこっちの番――
「――ロックホーン!」
「うおわっ!?」
思わず情けない声を出してしまったが、これは仕方がないと声を大にして言いたい。地面から尖った岩が突き出てきたんだぞ。それも俺の両足の間から真上を目指してだ。男なら誰しもが震え上がる光景だ。俺は慌てて岩と彼から距離をとる。
痺れがとれてなかったら尻の穴から脳天にかけて串刺しだったな。何て危険人物なんだ。これは早々に処理しないと。処分方法? 殺処分だろう。
銃を手に相手の懐へと全力で駆ける。あの雷剣は厄介だが、リキャスト時間の関係で連発は無いと見ていいはずだ。なら接近戦の方がやりやすい。
中距離でも機動力を活かせば多分押しきれるだろうが、今みたいな得体の知れない魔法を使われるのはもう御免だ。何より、中距離では俺の感じた身の凍る恐怖を彼にお返しすることが出来ない。彼にはたっぷりと味わってもらわないと……骨身に染みるほど。
「ほぅ、接近戦で来るのか。いい度胸だ!」
俺の接近戦の能力を警戒はしていても銃よりはやりやすいと考えたのか、彼は居合の構えで俺を迎え撃つ。
「一閃!」
電光石火の抜刀術。彼が出したかったのはおそらくそれだろう。だが俺は彼の剣が鞘から抜かれる瞬間に剣の柄の部分を銃で撃ち押し戻し、ついでに彼の指も弾き飛ばす。
結果彼の居合は、剣を鞘に置き去りにただ自分の手を横に一閃しただけの虚しいものと終る。
「――え」
まだ自分が何をされたのかはっきりと認識できていないのだろう。目と鼻の先に俺がいるのにも関わらず、ポカンとした表情を浮かべている。
俺はそのまま接近し続け彼の手を背中に回しホールドする。ちょっと強引にしてしまってどこかがゴキリとかボキリとか鳴った気がするが、まぁ仮想世界だしいいだろう。
「ぐっなに――がをあああ!?」
こっちに顔を向け必死に何かを訴えようとする彼の口に、銃口をそのまま突っ込み無理やり天を仰がせる。
「さて、俺の銃対策を施していたようだけど、口の中はどうかな? 君があの獣以上にタフなら耐えられると思うけど」
「や、やへほ! やへへふへええ!」
「うんうん、分かるよ。命乞いはしない、やるなら一思いにやれと言うんだろう?」
「ほ、ほんあああ!」
俺が引き金を引くのに合わせ彼の体はビクンビクンと痙攣し、引き金を引いた回数と同じ数だけ、彼の両足の中心の床に弾痕が刻まれた。
次話の更新は金曜日の予定です。
次の更新が今年最後になると思います。




