44話 ニから始まる武闘大会
今日葵さんは家の事情によりインできないとのことなので、俺は1人で夜のシマバラを歩き回っていた。別に盗んだバイクで走り出したい感じでもないし、校舎の窓ガラスを割って回りたいわけでもない。ただ何となく夜の街を歩いてみたくなったのだ。そこに明確な理由などない。
まだナガサキエリアが解放されてから間もないこともあってか、シマバラの町はナハの町に劣らぬ賑わいを見せており、行きかう人々の声が意識しなくとも耳に入ってくる。決して親父から鍛えられた聞き耳スキルのせいではない。決して。
「最近PKギルドの連中がこの町を拠点に動き出してるらしいぞ」
「あの娘可愛いよなぁ」
「あー、くそ金がねぇ。やっぱ装備の更新時期ミスったかな」
「女性限定ギルド、猫耳シスターズのメンバー募集中で~す。気になる人は声かけてくださ~い」
「なんで感想欄にたわわばっかり書かれるんだ……」
「私の戦闘力は53万です」
「今期のアニメ豊作だわ~」
ちょっと聞き逃せないワードがあったな。猫耳シスターズね、覚えたぞ。いつかお近づきになりたいもんだ。
特に目的もなくぶらぶらと歩き続けていると、噴水のある広場の中央でメガホン片手に声を張り上げる集団を見つけた。
「もうすぐギルド主催イベントの武闘大会始まりまーす! 参加希望者は第三闘技場まで集まってくださーい」
ほう、武闘大会か。ちょっと惹かれるな。自分の実力がこのゲームでどこまで通用するのかも気になってたところだし行ってみるかな。そう決断するや、俺はイベントの開催されるという第三闘技場まで向かった。
このゲーム内でのイベントは大きく分けて二種類ある。運営による公認イベントと、プレイヤーによる非公認イベントだ。
運営公認イベントは参加者が膨大で賞金もかなり大きい。確率は低いが当たれば大きい宝くじのような性格を持つ。勿論実力あってこそだが。
対してプレイヤーが主催する非公認イベントは、どこが主催するかによってその規模や内容も大きく異なる。大手ギルドが主催するイベントは賞金も豪華で参加者も多く、運営の主催する公認イベントに近い雰囲気を持つことが多い。
中堅以下のギルドの主催するイベントは賞金はあまり期待できないが、プレイヤー個人の思惑がかなり反映されており多様性のあるイベントが魅力だ。
俺が今向かっている場所で開催されるイベントはギルド主催ということだから、非公認イベントで間違いないだろう。その規模がどれほどのものかは分からないが、まぁそこは行けば分かるか。
第三闘技場に着くと、主催者と思われるギルドメンバーの人たちがテキパキと参加希望者の人たちを誘導していた。俺も誘導された。
試合開始は30分後。それまでの間、選手用の控室でイベント内容をもう一度確認する。
試合はトーナメント形式の勝ち抜き戦。参加者はそれなりに多く、俺が優勝するためには7回勝たねばならない。試合時間は最長3分で、それでも決着がつかなかった時はHPの多い方の勝ちだ。禁止武器などもなくシンプルで分かりやすい。
賞金は優勝と準優勝に用意されており、額もそれなりに魅力を感じる額だった。イベントの規模からして、主催のギルドは中堅の中でも上の方なのだろう。
控室では俺同様にイベント内容の書かれた紙を手にしている人もいれば、他の選手に声をかけるコミュ力溢れる人もいる。こういう時に他の人へ声をかける勇気が俺には絶対的に不足していることは承知しているが、どうにもその勇気が湧いてこない。これに比べれば、ジーザーの牙に飛び込む方がよっぽど簡単だ。そう言う意味ではここは俺にとって勇者の巣窟と言っても過言ではないかもしれない。
「アナタも参加者ですよねぇ? 試合で当たったらぁよろしくお願いしますぅ」
そう言いクネクネした仕草で俺に声をかけてきたのは、薄い茶髪をツインテールでまとめた可愛らしい女性。華奢な体つきでパッと見女子高生か女子大生ぐらいに見えるが、何だか年齢以上に何かを積み上げているような得体の知れなさを感じる。革製の胸当てや籠手を着けていることから軽装の剣士と言ったところだろうか。だが服装の所々についているフリフリが俺の判断を鈍らせる。
「あ、はい。よろしくお願いします」
折角女性に声をかけてもらってるのに、もっとこう気の利いた返事はできないものなのか俺は。
「わたし、雪姫って言いますぅ。あんまり自信はないんですけどぉ、お互い頑張りましょぉね」
なんだろう。美人なんだけど、葵さんや翠さんとはまた違うタイプだな。
「俺ソウって言います。お互い頑張りましょうね」
俺の返事に雪姫さんはにこやかな笑みを浮かべると、そのまま他の参加者へも話しかけに行った。コミュ力高いなぁ……。
■ □ ■ □ ■
『さぁまずは第一試合、ソウ選手と雪姫選手の試合です』
マジかぁ……女の子相手に銃を向けるとか……マジかぁ。いや何となくこうなる気はしないでもなかったけどさぁ。
『実況は私ササミが、解説はセセリさんが担当いたします。さてセセリさん、この試合のポイントはどこでしょうか』
『そうですねー。ソウ選手はガンナー、雪姫選手は軽装タイプの剣士ですから、雪姫選手が自分の間合いに持ち込めるかが鍵になるでしょうね』
『なるほど、つまりソウ選手が自分の間合いでしか勝負しないハメプレイに徹すれば雪姫選手はかなり厳しい展開になるということですね』
……なんだ? まだ何もしていないのに観客席――殆ど男からだが――からの視線が痛い気がするぞ。いや気のせいじゃないな、ヤジが飛んできだした。
『そうなりますね。ここはソウ選手の人間性が露出してしまう舞台となりそうですね』
いやここ試合する舞台だよね!? そんな生々しい舞台に立った覚えないんだけど!?
『さぁ、雪姫選手が自分の間合いに持ち込むか! それともソウ選手がゲスな人間性を披露するか! 注目の試合、開始です!』
……どうしてこうなった。
「何だか色々と言われちゃいましたけどぉ、気にしないでくださいね、ソウさん」
おぉ、なんだこの子。いい子だなぁ。
「この空気の中で私に攻撃できれば、ですけどぉ」
あ、あれ?
「私のファンの人たちぃ観客としても選手としても沢山来てますからぁ、私に勝っちゃうと大変なことになると思いますけどぉ、正々堂々といきましょうね。ふふっ」
あ、こういう人かぁ……。
そう言うと彼女は俺目がけて正面から突っ込んでくる。そのスピードはとても華奢な女性のものではなく、鍛えられたアスリートと言われても納得するものだった。まぁそれでも隙はあるけど。
右手に握った銃を彼女の左足首に向け、余裕をもって引き金を引く。間合いがどうのこうのと言われたが、戦いに卑怯もクソもない。撃たれたくなければ立ち向かわなければいい。その選択をとらなかった時点で、彼女に同情する余地はない。だが俺の瞳に映ったのは、弾道を読んで弾を躱す女性の姿だった。
『おっとソウ選手、どうやらゲスの方だったようです。しかしこれは驚き。雪姫選手、銃弾を躱して間合いを詰めていきます。セセリさん、これは』
『相手の遠距離攻撃を躱すアーツ【柳】ですね。近距離職がPvPに臨む上での重要スキルです。これはソウ選手ピンチですね』
「へぇ、やるな。じゃあこれはどうかな」
さっきよりも狙いを付ける時間を短くして引き金を引く。
『おっと雪姫選手これも躱す! いや、ちょっと掠ったか?』
なるほど、大体わかった。最初の狙撃で照準を当てた時間は約3秒で、それは完全に躱された。次の狙撃は1秒にして、それは掠った。あのアーツは1秒以上射線を予測させる動作を見せたら回避できるアーツと見て間違いないだろう。
「――なら!」
銃を握る手を横に一閃し、引き鉄を2回引く。その弾丸は彼女に躱す暇を全く与えずに左肩と右足に命中する。
『おっと今度は命中ぅ! しかし何だ今の撃ち方は!? あんなアーツがあったのかあ!』
ないです。
『しかし雪姫選手止まらない。もうすぐ剣の間合いに入るぞ。頑張れ雪姫選手!』
おい、解説。まぁいい。銃が通用するのはわかった。なら次はお望み通り接近戦をしてやろう。
「――やぁあああ!」
そこにいたのは先ほどまでの小悪魔的な女性ではなく、瞳に炎を宿した1人の剣客だった。鞘から一瞬で抜かれた剣が綺麗で鋭い閃光を描く。
「――っと」
三度描かれた剣閃の内2つは空を切り、1つは前髪を数本飛ばす。以前見た伸二のブレードアタックよりも鋭いな、これ。さて、次はこっちの番だ。
攻撃後の泳いだ体を晒す彼女の腹部にナイフを走らせる。できればこれを躱すか、もしくは何かの攻撃用アーツで切り返すぐらいを期待したいが――さてどう出る。
だが俺の予測はそのどれも外れる。良い方向で。
「膝で俺の手を蹴り上げて止めるとか……お姉さん、何者?」
「ソウさんこそ……ガンナーじゃないのぉ? なぁに、今のナイフ捌き」
どうやら俺は彼女を侮っていたらしい。最初に見せた剣はプログラミングされた動きに引っ張られて最後は体が泳いでいたが、今の膝蹴りは咄嗟に繰り出されたにしては実に綺麗な動きでまとまっていた。この人……絶対に何かの武術を嗜んでる。それもかなり実践的な。
「なんだ……小細工しなくても強いじゃないか」
そうこなくては。
実力派ぶりっ子登場。何だこのキャラ。
次話の更新は水曜日です。




