43話 イチから始める性能調査
スミスさんに案内された地下の試射場。そこにはテーブルの上に銃や弾丸が無造作に置かれていた。
職人ってのは整理整頓がしっかりできていないと駄目だって親父が言ってたけど、スミスさんは大丈夫なのかな。いやこれはゲームだしリアルの価値観をここで持ってくるべきではないか? う~んでもなぁ……。
「ソウ君、君はリアルでも銃とかについては詳しいのかい?」
「いえ、そこまでは。使う上での最低限は叩き込まれていると思いますけど、多分銃のことが好きで本を買っている人よりは知らないと思いますよ」
「そうなんだね」
普通に答えてしまったが、スミスさんは俺が「使う」と言ったのをこの仮想世界でと認識してくれたようで、俺がリアルで銃を使っているとは思わなかったようだ。まぁ普通はそうだよね。
「じゃあまずはこれを撃ってくれないかな」
そう言って渡されたのは、ガンナーの初期装備品として支給されているハンドガン。俺も少し前まで愛用していた銃だ。
「中の弾は何も弄ってない。ただのハンドガンだよ」
その言葉を信じ、的に向かって引き金を引く。的はリアルでの試射場なんかでもよく見るタイプの人型のボード。その心臓部と頭に適当に的を散らし撃つ。当たった場所はどれも綺麗な弾痕を残している。
「これは凄い……今のがアーツを使った射撃というやつか。本当にこんなに正確に撃てるものなんだね」
いや、今のは別にアーツは……いやまぁそう思ってくれているのだったらここは黙っておくか。事情を知ってる葵さんも若干引き攣り気味の笑顔だし、ここはそうしておこう。
「じゃあ次はこの弾をセットしてくれ。この弾を手にとって『リロード』と言えば自動的にこの弾が装填される仕組みだ」
「わかりました」
新しく用意された的に向かい、先ほどと同じ場所に撃つ。すると先ほどの的と違い、当たった箇所が少し抉れたような跡が残っている。
「これは……」
俺の漏らした言葉にスミスさんはニヤリと口角を上げる。
「ほう、気付いたかね」
そのやり取りを不思議そうに見ている葵さんが口を開く。
「ソウ君、今のは何が違ったんですか?」
「う~んとね、ブルーはフルメタルジャケットってわかる?」
「……ごめんなさい、わかりません」
「いや、いいんだ。普通女の子がそんな物騒な言葉知ってるわけがないしさ。フルメタルジャケットって言うのは貫通力を重視した弾で、撃たれた相手に過度の苦痛を与えないような性格も持っているんだ」
「え、でも撃たれたら痛いですよ? それなら最初から撃たない方が……」
うん、そうですね。撃っちゃダメですよね。葵さんと話していると如何に俺がゲスなのかがわかって俺の心も痛いです。
「あ、ゴメンナサイ。私余計なことを」
「いや、いいんだ。で、俺が見てる限りだと、銃を撃った際に放たれているのは全部このフルメタルジャケットに限りなく近い性質の弾だったんだ。多分、自動でリロードされる弾は全部これになるんじゃないかと思う」
実際にウルマの町で寄った店で試射したときは、全部このタイプだった。もしかしたら特殊な銃や高ランクの銃なんかだと射出される弾が初期設定と違うのかもしれないが、少なくとも俺はまだそういった銃には出会っていない。
「対して今撃った弾は、貫通力が低い代わりに着弾した瞬間変形して対象の体内に弾が残りやすい仕組みになっているんだ。これだと傷口を広げて殺傷効果を上げることが出来るから、銃弾の通る装甲の相手には効果的な弾だよ」
勿論リアルではこの中にもさらに色んな種類の弾があるし、これ以外の種類もあるが、これ以上話すとドン引きされそうだな。
「良く知ってるね。そこら辺も本やネットで調べたのかい?」
「えぇ……まぁ」
触って使って使われて覚えました。
「じゃあ次はこれだ。まだいくつかあるから色々と試してくれ」
そう言いスミスさんは箱に入れられた大量の弾を抱えて持ってきた。この人結構人使い荒いな……。
■ □ ■ □ ■
「終わった……」
結局2時間以上も拘束されてしまった。葵さんにはあまりにも申し訳ないので上の部屋で本を読みながら待ってもらっている。最初は自分のやりたいことをしてきてもと言ったのだが、ここで待ってますと笑顔で言われてしまってはもうそれ以上何も言えなかった。あの笑顔は俺の脳内フォルダに永久保存決定だな。
「ありがとうソウ君。君のお陰で色々と課題が見えたよ」
実際に色々と撃ってみて、威力だけならば目を見張るものという弾は結構あった。だがその多くが、何かしらの課題を抱えていた。最も多かった課題は不発や弾詰まりで、次に多かったのが銃の故障だ。
弾を作っているのがプレイヤーなのだから、当然そこには出来の良し悪しが絡んでくる。それは覚悟していた。だがまさかこの世界で銃が壊れるとは思っていなかった。
その時は慌てた俺だったが、スミスさんは気にしなくていいと新しい銃をすぐに渡してくれた。聞けば、武器職人は修理のスキルも習得出来るから全然気にしなくていいとか。
そう言えば伸二も最初のボス戦の時に盾をベッコベコにされていたけど次の日には直ってたな。あれは時間経過で勝手に治ったんじゃなくてこうやって修理してもらっていたのか。
「今のところ実用レベルで使えそうな弾はあまりないけど、良かったらこれをもっていってくれないかな。君が使っていて問題の少なかった弾しか選んでないから、銃の故障には繋がりにくいと思うよ。もしこれが原因で壊れた時には私が無償で直すからさ」
「え、いやなら金払いますよ俺。結構良い性能の弾だってあったんですから」
「いや、これは私からの感謝の気持ちだよ。それに君がもし有名プレイヤーになってそれを宣伝してくれたら私にとっても美味しいからね。云わば投資のようなものだよ」
似たようなセリフを半蔵さんにも言われたな。俺にそんな投資する価値なんてあるのだろうか。
「そう言うことでしたらわかりました。これ、大事に使わせていただきます」
「宜しく頼むよ、ソウ君」
全く、どうしてこう職人って人はかっこいいんだ。
「はい、ありがとうございます」
それから俺は上の部屋で待ってくれていた葵さんと合流し、再びハローワークの門を叩いた。クエストは達成したら終わりではない。報告して初めて報酬が受け取れるのだ。遠足は帰るまでが遠足なのだ。
「さて、もう結構な時間になったね。丁度一区切りしたし、今日はここでお開きにしようか」
これ以上は睡眠時間に影響する。寝不足は美容の天敵だというが、もし俺が原因で目の前の戦艦級美少女の美貌が損なわれでもしたら俺は自分を許せないだろう。いや、もうこれは人類の宝と言っても過言ではない気がする。そんな大罪を犯した俺を人類は許さないだろう。
「そう……ですね。もう、そんな時間なんですね」
あれ? 俺何か外したかな。一瞬暗い顔になった気がしたけど。
「それじゃあログアウトしましょうか」
気のせいっぽいな。なんて綺麗な笑顔で告げるんだい。もうその笑顔だけで俺のHPは勝手に回復するよ。ベホマだよもう。
「じゃあソウ君、オヤスミなさい。明日提出の宿題も忘れちゃダメですよ?」
そう言うと彼女は俺の目の前から姿を消していった。最後にザラキ唱えていったよ。
■ □ ■ □ ■
葵さんと別れた後に何とか宿題を済ませた俺は、洗面所で寝る前の歯磨きをしていた。そこに、
「お兄ぃ~ちゃん!」
「うおっ!?」
背後から天使のタックルを受けた。エンジェルタックル、兄は――悶え――死ぬ。
「瑠璃、歯磨き中はやめてくれって」
「は~い」
本当にわかっているのかこの天使は。ちょっと飲み込みかけたぞ。しかしまた見事に背後に立ったな。瑠璃の将来の夢が暗殺者だったらもうとっくになれるスキル持ってるな。
「こんな時間まで起きてていいのか? 母さんに叱られるぞ?」
「大丈夫だもん。さっきまでお母さんと一緒に遊んでたから」
あの母親はこんな幼気な天使とこんな時間まで一緒になって遊んでいたのか。なんて羨まし――いやけしからん。
「こんな時間まで母さんと何してたんだ?」
「えへへー内緒だよぉ」
「まだ教えてくれないのか。兄ちゃん……寂しいなぁ」
その場で頭を抱えてしゃがみ込む俺の迫真の演技に天使はオロオロしだす。くそぅ、この姿勢じゃ動画取れない。
「えっとね、その……お、お母さ~ん。お兄ちゃんの演技が下手すぎてもう辛いー」
おっと、君もザラキかい。
次話の更新は月曜日の予定です。