42話 ゼロから始めるキュウシュウ上陸
潮風が気持ちいい。こうして波に揺られていると、本当に旅をしているような気分に浸れる。
「いよいよナガサキに上陸か、楽しみだなー」
「私、九州って初めてです」
俺の言葉に葵さんがアッシュグレイの髪を耳にかき上げ答える。
「今頃伸二と翠さんはもうカゴシマかな」
「私たちよりも早い便で発ちましたから、多分そうだと思いますよ」
そう言う葵さんの顔からは、これからの旅に対する楽しさと不安、そして親友と別行動をとることに対する寂しさが同居しているように見て取れた。
伸二と翠さんはここにはいない。俺と葵さんはナガサキを、伸二と翠さんはカゴシマをそれぞれ選択し、道を別った。
てっきり次も4人で揃って行くものだと思っていたから、最初伸二と翠さんがそう言った時には随分驚いたものだ。
だがあの時の伸二と翠さんの言い分も理解できたため、俺と葵さんは今こうして2人とは別行動をとっている。もしこれで葵さんもいなかったら俺の心は完全に砕けていただろう。
「2人には学校で毎日会えるし、合流する必要がある時はオキナワに戻ればまた会えるよ」
「そう、ですね。こんなだと翠に笑われちゃいますね」
気丈に振舞おうとするその顔からは、先ほどよりもほんの少しだけ元気の割合が増えた様な気がした。
オキナワとナガサキ間の航路を終えた俺たちは、ナガサキ最初の町、シマバラへと入った。シマバラの町を一言で表すとすれば、港町だろう。潮の香りが鼻腔をつき、船に乗っているNPCもその多くが屈強な体つきをしている。市場には多くの魚介類が並び、道具屋でも釣りやマリンスポーツに関するものを多く扱っている。
「さて、まずは何をしようか」
思えばこのゲームにインして以来、伸二に頼りっぱなしで自分からしたことがあまりない。これまで自分が如何に他人に依存していたのかがわかる。
「そうですねぇ。町を探索していろんなお店を見て回るのもいいと思いますし、ハローワークに行ってクエストを受けるのもいいと思いますよ」
なるほど。確かにこの町のことは何もわからないし、今から歩いて調べるのもいいかもな。それにクエストの内容とその傾向を調べればここら辺のことが何かわかるかもしれないし……よし。
「じゃあまずはハローワークに行って、クエストを見てから考える?」
「はい」
なんてかわいい笑顔で答えてくれるんだこの子は。もうこの子のためなら俺は何でもできそうだよ。
「よし、じゃあ行こう」
町のマップを視界の端に浮かべながら、葵さんと一緒にハローワークを目指す。しかし何回見ても慣れないな。やっぱこの字面にどうしても運営の悪意を感じるよ。このゲーム、一部の人間の心を容赦なく抉り抜いてくるよなホント。
ここは俳句調に今の気分を表して気を紛らわそう。『ハローワーク、2人で行けば怖くない』……イヤイヤイヤ、ハローワーク怖い場所じゃないから。赤信号2人で渡れば怖くないみたいなノリとは全然違うから。
イカンな。どうしてもハローワークをネガティブな方向に考えてしまう。ただのイメージであそこをそんな風に考えてしまうのは駄目だ。俺はまだ学生なんだし、もっとポジティブにいかないと。
「ハローワークってなんだか緊張しますね」
おっと、やっぱり葵さんもそう思う? やっぱり緊張するよね。これは俺が将来に不安を感じているからとかそんな気持ちがあるからって訳じゃ決してないよね。そうだよね。
「そうだよね!」
「へぅ!?」
おっとイカン。興奮してそのままのテンションで口に出してしまった。
「ゴメンゴメン、ちょっと変な方向に気合が入って」
「そ、そうですか」
そんな会話を続けていると、いつの間にかハローワークまで着いてしまった。
「うっわ……多っ」
「そう、ですね」
ハローワークの扉を開けると、広大なホールに多くのプレイヤーがごった返していた。服装から見るに、その多くが俺たちと同じ冒険者だろう。前回1人で来た時はこの人の多さに圧倒されて撤退を決めた俺だが、今日は葵さんがいる。そんな情けない真似は出来ない。
「とりあえず、クエストボードのところまで行こうか。はぐれないようにね」
そう言い葵さんの手を握ると、人混みの中を掻き分け進んでいく。この人の多さだと逸れてしまったら探すのも大変だ。何より葵さんは方向音痴。ここは俺がしっかりとリードしないとな。
「よっし、着いた……じゃあゆっくり見ていこうか」
「はぅ……」
はぅ?
「あ、はい! そうですね、見ましょう!」
もしかして人の多さに酔ったかな? 顔も微妙に赤い気がするし。
「もしかして気分悪い? 少し休む?」
「い、いえ、そんなむしろ――いえ、その、とにかく大丈夫です」
本当に大丈夫だろうか。俺に気を遣ってとかじゃないといいけど……まぁ彼女がそう言うならばここは信じよう。
それにしても凄い依頼の量だな。これ全部に目を通すのはかなり厳しいぞ。
「あ、ソウ君。これなんてどうですか?」
そう言い葵さんが俺に1つの依頼用紙を渡してくれる。それに一通り目を通すと、ふと沸いた疑問を口にする。
「これ、依頼主が生産職のプレイヤーみたいだね。クエストってNPC以外からも受けれるの?」
「はい。ただ依頼するまでの手続きが結構複雑なので、あまり流行ってはいないみたいですけど、偶に出てますよ」
そうなのか。しかしそれ以上に気になるのはこの内容だ。これは下手をしたら俺の今後のプレイスタイルに大きく関わることになる。
「どうします?」
そんな不安そうな目で見つめないでくれ。抱きしめたくなるじゃないか。
「これ受けてみたい。いいかな、ブルー」
「勿論です」
何ていい子なんだ……。そんな子と2人で……俺明日あたりに隕石が直撃して死なないだろうか。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
少し頬を赤らめて笑うその仕草は、俺と周囲の男共の心臓をまとめて撃ち抜いた。もう威力は無差別テロだな。
その後依頼書を片手に美人の受付嬢に手続きを色々としてもらったが、先ほどの超級の破壊力を秘めた笑顔にやられた俺には、その辺の記憶は殆ど残らなかった。
■ □ ■ □ ■
「ここかな?」
「ここだと思います」
俺と葵さんはハローワークで例の依頼を受けると、そのままの足で依頼主のいるある店まで来ていた。港から離れ町の中央付近に来ているせいか、潮の香りは大分和らいでいる。
「すいませーん、依頼を受けてきたんですけど」
ドアをコンコンと叩くと、少し遅れて足音が近づいてきてゆっくりとドアが開かれる。
「あぁ、ハローワークの職員から話はもらってるよ。ささ、中に入ってください」
そう言って俺たちを店の中に招いたのは、眼鏡をかけた細身の男性。年は40代ぐらいだろうか。服装は町人が来ているような普段着で、この男性が冒険者でないことを何となく窺わせる。
その男性の案内に従い、俺と葵さんは四角い木製のテーブルにつけられた椅子に腰掛ける。
「私はスミス。武器職人として主に銃火器を取り扱っている者です」
「俺はソウと言います。職業はガンナーです」
「私はブルーです。職業は吟遊詩人をしています。今日はソウ君の付き添いで来ました」
「よろしくソウ君、ブルーさん。歓迎します」
そう言うとスミスさんは俺たちに順に手を差し出してくれる。固く結ばれた握手からは、この人のやる気が何となく伝わってくるようでもあった。
「既に依頼書に目を通してあると思うから大体は知っていると思うけど、改めて依頼内容を説明します。依頼は銃の試し撃ちによる、弾丸の性能調査です。地下にある試射場で銃を撃って、私の作った弾丸の批評をお願いしたいんです」
スミスさんの口から出た言葉は俺が依頼書で確認した通りの内容だった。彼の言う通り、俺がこれからしようとしているのは銃弾の性能調査だ。
だがそもそもこの世界に銃弾が別に存在するということを俺は今――正確にはさっきハローワークで知った。以前銃を買いに店に寄った時も、置いてあるのは銃だけで弾は無かったからだ。
おまけにこの世界では銃の引き金を引けば弾は勝手に発射される。リロードだって時間経過を待つだけで実際に装填作業をしている訳ではない。そのためこの世界には銃弾という概念がないのだと思っていた。だがスミスさんの言うことが正しければ、この世界には銃弾がある。その仮説は俺にとって決して軽んじていいものではなかった。
「その前に少しお話させてください。俺が持っている銃は勝手に弾が補充されてます。撃ち切ってもリロード時間が経てば自動的に装填だって済んでいる。それなのに弾丸が別にあるっていうのはどういうことなんですか?」
「うんうん、ソウ君の疑問はもっともだ。実際私も少し前まではそう思っていた。しかしつい先日、私は武器製作の色々なスキルを収めていくうちに銃弾を作るスキルまで習得したんだ。そしてシステムとしてある以上は、きっとできるはずだと思い作った。だが作ったはいいが、私には銃の性能を見極める目もなければ射撃スキルやアーツもない。そこで私の作った銃弾を撃ってみて、自動的に補充される弾と私の作った弾の差を教えてくれる人を募集したってことなんだ」
そういうことか。これがもし運営の想定していない技術で、火薬とかを集めて適当に作った弾丸とかだったら危なくてやってられないところだったが、スキルで作れたのなら大丈夫だろう。
「そう言うことですか。それなら色々と納得がいきました」
これでもしマグナム弾みたいな弾が出来れば、銃の威力はまた跳ね上がるってことだよな。これはちょっと興奮してきたぞ。
俺は逸る気持ちを抑えつつ、スミスさんの後ろについて地下の試射場へと足を運んだ。
次話の更新は金曜日の予定です。