40話 踏破+解放=旅
呆然と見つめる中、オキナワの王が光の粒子となって消えていく。それはどこか命の移り変わりを告げる蛍の灯火のような、幻想的な光景だった。
「勝った……のか? 俺たち」
呆然とした表情で伸二が呟く。その顔からは、自分たちが何をしたのかまだ完全には理解していないような、そんな印象さえ受ける。
「勝った……のよね」
「うん……勝った、と思う」
勝った。そう言葉にしなければ自分でも信じられないとでも言うように、翠さんと葵さんも口々に確認し合う。だがそれがわかっていても敢えて言おう。俺たちは、
「勝ったぞぉおおお!」
喜びを爆発させる俺の声に、皆も勝利の実感を湧き上がらせたかのように声を上げる。
「――いやったぁあ、やったぞ総! お前ずげえ!」
「やったやったやったぁあ! 嘘ホント信じられない!」
「や、ちょっと翠どこ触ってるの!?」
拳を掲げた俺の背中から伸二がダイビングジャンプを決めてくる。そのもう少し後ろでは、翠さんが葵さんに抱きつき喜びをこれでもかと表現している。葵さん、どこ触ってるのか教えてください。
「いやーお前ならやるかもとは思ってたけど本当にやりやがったよ。お前もう人間辞めてるな」
「いやそれは流石に……いやでも鬼だから人間じゃないかもな」
「あっはっは、まぁ俺はお前が鬼でも宇宙人でも別にいいぜ。むしろその方が色々と納得かもな」
いやそんな納得やめてくれ。せめて地球上に存在する生物で頼むよ。
「んんん~総くーん!」
はーい? そう返す暇はなかった。その声に振り返るや、緑のローブを羽織った魔女が俺の頭に飛びつき抱きついてきた。
「むわっ!? み、翠さん!?」
「もーう、総君凄い、凄いよ君!」
そう言い翠さんが俺の頭をガシガシと撫でる。ガシガシと。だがそんな感触よりも俺は翠さんに抱きかかえられている左の頬に全神経を集中させていた。こうほわっとはいかないまでも、かすかに感じる柔らかさと言うか慎ましさと言うか。とにかく素晴らしい感触が俺の頬に押し当てられているのだ。
「み、翠ちょっと!」
慌てたような声を上げ葵さんが翠さんを引き剥がす。あぁ……あぁ。
「もう翠、何してるの!」
もう葵さん、何してくれちゃってんの!
「あはは、ゴメンゴメンつい興奮しちゃって。次、葵の番ね」
もう翠さん、何その素晴らしい発案。
「し、ししし、しませんそんな事!」
デスヨネー、シッテタ。
「総、アレアレ」
天国と地獄をこの一瞬で経験した俺の肩に、伸二の指がチョンチョンと触れる。振り向けば、伸二はジーザーの消えた地点を指さしていた。
「ボスドロップ。見てみようぜ」
そうか。すっかり忘れていたが、確か最初にボスを倒したパーティには特別なアイテムがドロップするんだっけか。
俺たちは伸二の声に応じジーザーのいた場所まで足を運ぶ。
「これは……人数分の宝箱か。ご丁寧に名前まで書いてあるな」
それを聞いて少し安心する。もしドロップアイテムが1つだけなんてことになれば気まずいことこの上なかった。俺たちはそれぞれが緊張した面持ちで、自分の名前が刻んである宝箱を手に取り、開いた。
『システムメッセージ。オキナワエリアボス、ジーザーの討伐おめでとうございます。あなた方は全プレイヤー中で最初の討伐成功者です。よってそれぞれの貢献度、プレイ内容に応じ、報酬アイテムが授与されます。これらのアイテムはプレイヤー間での直接の受け渡しは不可となっており、またデスペナルティでのロストもありません。安心して死んでください』
……いつもいつも最後に一言多い運営だな。
胃に痞えるものを感じつつも、宝箱の中にあったものを手に取る。
「靴……いやブーツか」
名前は……疾風。効果は?
【取得アイテム】
・疾風
天を駆けるとされるブーツ。右足用。その装者は、連続して2回まで空中を跳躍することができる。着地するとカウントはリセットされる。
これは……ジーザーがやってた空中ジャンプか。良くはわからないけど何となく良いアイテムのような気がするな。でもなんで右足の分しかないんだ? 普通こういうのって一足揃ってるもんじゃ――ん、もう1つあるな。
【取得アイテム】
・迅雷
地を翔るとされるブーツ。左足用。その装者は、普段の何倍もの力で地を踏むことができる。1度発動すれば次の発動までに10秒のリキャスト時間が発生する。
なるほど、この疾風と迅雷を合わせて一足のブーツということか。しかし疾風の能力はわかりやすいけど、迅雷の能力はイマイチ曖昧だな。文面を見るに、1回だけ凄いダッシュが出来るような感じの能力なんだろうが、どれぐらい凄いのかがこれだと全然わからん。まぁそこは後々検証していくとするか。
「総、どうだった?」
「空中を跳ぶブーツと1回だけ凄く速く動けるブーツのセットだったよ」
「そ、そうか……やっぱお前人間辞めるんだな」
「辞めんわ!」
確かにリアルでは出来ないことが出来るようになるみたいだが、それでもまだ人間の領域にはいるだろ。え、いるよな?
「で? 伸二は何がドロップしたんだ?」
「俺のは獅子王の籠手っていう腕に付ける防具だ。能力は――」
興奮した顔で語る伸二だが、俺にはそれが具体的にどう役立つのかイマイチイメージが浮かばなかった。まぁ良くはわからなかったが、多分いい感じの能力なのだろう。伸二の顔を見る限りそう感じる。
「良かったじゃないか」
「ああ。今後のスタイルの先が見えた気がするぜ」
そこまでか。コイツ意外と先を見る目があるのか。侮れん。
「さて、じゃあ行くか」
ん? どこへ?
キョトンとした顔を浮かべていると、伸二がある箇所を指さす。そこにあったのは、いつの間にか現れていた普通サイズの扉。それも何もない場所にただポツンと立っているだけの、ただのドアだ。
……どこでもドアかな?
「なんだ、あれ?」
「多分何かのボーナスか、それか地上までの出口じゃねえかな。ゲームとかだと割とよくあるパターンだ」
なるほど、確かにあの激戦を終えた後にもう一度地上まで戻るのは骨だな。勝者にそのぐらいの労いがあっても罰は当たらないだろう。
俺たちと同じようにドロップ品を見せ合っている翠さんと葵さんにもそのことを伝え、俺たちはそのドアの中へと入った。
「……わぁ。おっきい」
何が? と聞いたら俺はセクハラで捕まってしまうだろうか。イヤイヤイヤそれはないはずだ。例え俺の眼前にそびえるのが巨大な棒だったとしてもそれはないはずだ。おっと伸二やめとけ、それはマジでやめておけ。もうそれをしたら勇者じゃなくてただの変質者だ。俺は親友を違反者報告してBANさせたくなんかないぞ。
「これ……何かを刻む石碑みたいですね。あのおっきな柱の横に入力システムコマンドが浮かんでます」
色々調べてみて、それが葵さんの言った通りのものだということが分かった。もう少し詳しく説明すると、最初の踏破者のみが刻むことのできる記念碑ということらしい。文字制限は特にないとのことだが、まぁ常識的に考えてこの柱の枠に収まる文字までだろう。
「どうする? ここはベタに俺たちの名前でも刻むか?」
「う~ん、私はそれでも構わないけど、総君や葵はそう言うのはあまり好きじゃないんじゃない?」
流石気遣いの人翠さん。ここに来るまでのスイッチポチ事件を起こした人と同一人物とはとても思えない。
「私は名前はチョット……」
「俺も出来れば遠慮したいな」
「そっか、スマン、そうだな」
「気にしないでください」
そう言う葵さんの顔は、本当にそう思っているのだということを確信させるような笑顔だった。優しいなぁこの子。
「でもそうなると何を書こうかしら。『頑張りました』とか? でもあんまりにも味気ないか」
「う~ん……でもやっぱここに至るまでの苦労なんかを凝縮した言葉がいいよな」
その伸二の言葉を聞いて、俺の脳に一筋の衝撃がピロリロリンとニュータイプ的な音をたて走った。
「俺が書いてもいいかな、それ」
「俺はいいぜ。ってか総が一番の功労者だからな。お前に思いつくのがあるならそれが一番いい」
「私もそう思うわ」
「私もです」
「……ありがとう」
皆で話し合って決めた方がいい気もしているが、伸二の言葉を聞いて俺はあるワードをどうしても盛り込みたくなった。あれこそが、俺たちのここに至るまでの苦労を凝縮した一言だと。
それを柱に入力すると3人とも困惑していたが、訳を話すと納得してくれた。まぁ少しだけ一悶着あったが。
「さて、じゃあ帰るか」
こうして俺たち4人での初めてのボス攻略戦は、終わった。
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『システムメッセージ。只今、オキナワエリアボスが撃破されました。現時刻をもちまして、次エリア解放のための条件がすべてクリアされましたことを発表致します。これにより全プレイヤーの皆様に次エリアへの挑戦権が与えられます。次の選択肢から、行きたいエリアを選んでください。
尚、選ばなかったエリアについては、そのステージがクリアされるまで行くことは出来ませんが、一度クリアされたステージと選択したステージの往来は自由に行えます。
①カゴシマ エリア
②ナガサキ エリア
現時点で選択したくない場合はこのままウインドウを閉じ、再度選択したくなったらシステムメニューから本文を表示して下さい。この選択は一度きりとなります。フレンドやギルドメンバーと共に最新のエリアを冒険したい場合は、一度話し合われてから選択することをお勧めいたします。
以上で説明を終了します。ご不明な点は本運営サイトの質問コーナーにてお聞きください。今後ともイノセント・アース・オンラインをよろしくお願い致します』
これにてオキナワ編は終了になります。
次話は掲示板回。そしてその次から新章が始まります。
次話の更新は月曜日の予定です。




