39話 1+1+1+1=
互いのHPを赤に染め上げ、俺とジーザーは踊る。奴の爪撃を躱し様に枝垂桜を突き刺し、前足に一筋の剣閃を描きながら顔まで駆け上がる。
「GURUAAAA!」
ご丁寧に大顎を開き迎えてくれるジーザーに、お礼の弾丸をプレゼントする。こちらの攻撃が少しでも遅れれば逆に噛み砕かれるか食い千切られるだろうが、俺にとっては貴重な攻撃チャンス以外の何物でもない。
それよりも、もう一度あの全体攻撃をされる方が遥かに厄介だ。翠さんは大技を使ったばかりでリキャスト時間から回復していないし、伸二のHPも万全ではない。さらに葵さんの回復の歌が間に合う保証もない。ここがこの戦いの分水嶺になる。そんな確信があった。
「ここで――削りきる!」
奴のHPは残り2割ほど。一気に勝負をかけるべく距離を放さずに肉薄する。が、ここに来てジーザーがこれまでにない動きを見せる。
俺との距離を離すべく、奴は再び上空へ大きく跳躍する。それだけなら先ほどまでの再現だったが、今度は空中に留まり続けその姿勢を固定している。
「空中浮遊……いや、固定か? だが何にしろこれはヤバい」
あの姿勢、どう見てもこっちに突っ込んでくる構えだ。あの質量で全力で飛び込んでこられると、躱せるかどうか微妙なとこだな。だが、それでも、
「やるしかない、か」
奴の突進に備え身構えていると、ジーザーは突如全身を発光させ、その身を弾丸のように解き放つ。
「――っ!?」
巨大なダンプカーがありえない急加速で突っ込んでくるかのような現象、とでも言えばいいのだろうか。後方に下がり少しだけ小さく見えていたジーザーの姿は、一瞬で視界を覆うほどの怪物に戻った。
「――っぉぉおおあああ!」
全ての思考の一切を放棄して、この化け物の突進を躱すことにのみ集中する。あの巨体にあのスピード。例え掠ったとしてもおそらく一撃で沈んでしまうだろう。
「あぶなっ、うおあああ!?」
ギリギリ回避することに成功したは良かったが、直後ジーザーを受け止めた地面が爆散する。
――もうこれ殆どロケット砲じゃねえか!
その衝撃に十数メートルも吹き飛ばされつつ、濛々と立ち込める土煙へ目をやると、突如土煙が弾け中から再びジーザーが突進してきた。
――ちょっとは休ませろよ!
だが2回目の突撃は先ほどのものよりも勢いがなく、体の発光も消えている。それでもあの巨体から繰り出される突進は生物の常識を超越しているものだが、あのスピードならギリギリカウンターで合わせられる。
振り上げた前足から爪撃を降らせつつ突っ込んでくるジーザーに合わせるように、奴に突っ込む。速度は奴に分があるが、反射速度は俺の方が上。なら勝つのは、
「勝負だ、化け物ぉおお!」
「GUAAAAA!」
それは一瞬。奴の爪が首筋に突き立とうかという瞬間、全身の筋肉の筋という筋に悲鳴を上げさせ体を捻り回避する。そしてその捩じりを力に変え、突っ込んでくる奴の鼻先に渾身の突きを放つ。ナイフではなく、伸二から拝借していた剣で。
「GYAAAOOOOO!?」
突っ込んでくる奴の勢いに加え、赤鬼の状態で放った渾身の突きは、剣の柄が埋まるほど奴の顔深くに突き刺さり、これまでにないほどの手応えを残した。
――まだだ!
深く突き刺さった剣はとても抜けそうにない。だが追撃の手を緩めるのは絶対駄目だ。すぐに銃に持ち替え傷口に撃てるだけ撃ち込む。
「GOGAAAAA!」
だが悲鳴にも雄叫びにも聞こえる声を上げたジーザーがとったのは、これまでの銃弾を嫌がる動作ではなく、浴びせられる弾丸に構わずに突っ込むことだった。
「――なにっ!?」
これまでと違うパターンに何とか反応するも、奴の牙を躱すのが精一杯で、体当たりを躱すまでには至らなかった。それでも、奴の鼻先に足を置き自ら後方に飛ぶことで衝撃を最大限緩和する。
しかし、お陰で再び距離を離されてしまった。ここでまたあの光る突進をされたら、今度こそ不味い。それに何より、ジーザーと俺を結ぶ後方の直線上に伸二たちがいるというのが不味い。これでは躱したとしても伸二たちにジーザーが飛び込んでしまう。
せめてもの対策としてジーザーに対し斜めに向かって走り、奴の直線上のラインから伸二たちを外す。後は奴の攻撃をどうにかして凌げばいいわけだが……頼むから光るなよ?
祈りが通じた――とは思わないが、幸いジーザーは発光せずに俺目がけて飛び込んできた。と言っても、巨大な獣が向かってくることには変わりない。ここで気を緩ませて一撃を貰ったらただの馬鹿だ。油断せずに奴の突進様の爪撃を躱し、その顔面に銃弾を放つ。
「GUUUU」
あと少し……あと少しで削り切れる。だがこれ以上長期戦は避けたい。こうなったら直接銃を眼球にぶち込んでそこから引き金を――
そこまで考えて俺の思考は中断させられる。視界を覆う、巨大な火球によって。
大顎を開いたジーザーの口から出てきたのは、巨大な火球。それが俺目がけて真っ直ぐ飛来してくる。
――こんなのも出来るのかよ! もう本当にこれ以上の長期戦は不味いぞ。
火球の飛来速度はジーザーの突進と変わらないぐらいの速度だったため、何とか横に跳び直撃を回避することができたが、僅かに降りかかる火の粉は、残り少ないHPをジリジリと削っていく。
――これ以上は本当に不味い。もう奴の爪を掠ることすら許されないぞ。
俺はここで、最後の切り札を切ることを決めた。
「伸二! ここでジョーカーを切る!」
「わ、わかった!」
声を張り上げた直後、伸二に向かって真っすぐ走り出し、少し遅れて伸二もこっちに向かって走りだした。
「GUU……GAAAAAAA!」
背を向け走る俺を、ジーザーは獲物を狩る獅子の如く追いかける。そのスピードはいくら赤鬼を発動している状態とは言え比較にならない程。このままでは間違いなく捉えられるだろう。
が、俺の目的はジーザーから逃げ切ることではない。そもそもこの状態こそが、俺の求めていた最高のシチュエーションだ。そしてこれが間違いなく、ジーザーを倒すラストチャンスだろう。
「行くぞ、伸二!」
「おう、来い!」
もう少しでジーザーが俺を捉えようかというタイミング。だがそれよりも少し、俺と伸二の方が早かった。伸二に向かって飛び蹴りをかますかのように跳躍し、
「――ディフェンスシールド!」
伸二の構えた盾にほぼ垂直に着地する。そのままだと間違いなく重力に従って地面に落下するが、それよりも早く次の手を打つ。
「からの――オフェンスシールドぉおお!」
直後、伸二が盾に乗る俺をジーザーに向けて弾き飛ばそうとし、こちらもそのタイミングに合わせ全力で盾を蹴る。脚力が強すぎて伸二を盾ごと吹き飛ばしてしまったが、お陰でこれまでにないほどのスピードでジーザーの顔前に躍り出ることができた。
「――GA!?」
こいつは色々と規格外だが動き自体は肉食獣のそれに近い。ならば背を見せて逃げる獲物に対しては普段よりも迎撃の反応が一歩遅れるはず。
案の定、ジーザーは一瞬で180度方向転換をし、スピードを上げて近づいてくる俺にまともに反応できないでいる。
そしてこの状態で、顔目がけて飛んでくる俺に唯一間に合う迎撃手段は、その牙で噛み砕くこと。
そのためには曝け出す筈だ。
お前の――最大の弱点を。
「GAAAAAA!」
俺を迎えようとする門が、凶悪な歯並びを見せ迫る。心配せずとも入ってやるさ。
紅い弾丸と化して、そのままジーザーの開く巨大な門に突貫する。手に持つ武器はナイフと銃。そのまま突っ込めば間違いなく俺が餌だ。そのままなら、な。
ジーザーとの衝突より僅かに速く、ある武器をアイテムボックスから召喚する。伸二から拝借した、盾と同じぐらいに大事な武器。それは――
「ナイトランス!」
呼び声に応え、1本のランスが手に収まる。
元々騎士は、盾による守りと剣やランスによる攻撃を得意とする攻防共に優れた職業だ。伸二も騎士への憧れからランスを持ってはいたが、その扱いは難しく実戦ではまだ使えず持て余していたのを、今回だけ借り受けた。
そしてこのランスは、円錐状の形状とその頑強さから突きに関しては最強の武器とも言える。本来は馬上で騎士が構えその突進力を生かして相手を粉砕するための武器だが、今の俺は馬の突進力を軽く超えている。
上半身のバネのみを最大限に使い、渾身の突きを奴の喉奥に――ぶちかませ!
「GYAGOAAAA!?」
「うわっ!?」
ランスが奴の喉元深くに突き刺さった瞬間、凄まじい衝撃に襲われ、ジーザーと衝突した場所から弾き飛ばされる。
「くっ」
飛ばされた先で慌てて受け身を取り、奴の襲来に備える。あれでやれたという保証はない。最悪まだ未知の攻撃をしてくる可能性だってある。絶対に油断はするな。
だが警戒する目に映ったのは、後頭部からランスの尖端を突き出したまま硬直している、ジーザーの姿だった。
「やった……か?」
思わずこういう時に言ってはいけない危険なフラグ建築ワードを口走ってしまう。すると案の定、奴の体がビクッと跳ね上がり、
「くっ、余計なこと言っちまった。来るなら来やがれ、この化け――」
光の粒子となって消えていった。
次話の更新は金曜日です。