36話 ボケ×2+ツッコミ+天然=お約束
――どうしてこうなった。
俺の頭の中をその文字が何度も何度も、何度も駆け巡る。
いや、こうなるんじゃないかという嫌な予感はあった。だがそれでも、まさか本当にこんなことになるなんて。
俺の計算が甘かったのか。いや、こうなっている以上、甘いと言わざるを得ないだろう。俺が甘かったのだ。それは認めなければならない事実だ。
だがそれでもどうかこれだけは言わせてほしい。俺には、この言葉を言う権利があるはずだ。
「リーフのアホおおおおおおおお!」
虚しい咆哮が洞窟内を木霊する中、俺はこうなった経緯を沸騰する脳ミソで思い返す。
■ □ ■ □ ■
ダンジョンの地下へとドンドン進んでいった俺たちだったが、2時間ほど歩いたところで一旦休憩をとった。
「おっかしいな。前来たときはもうちょっと早くにボスの元まで辿り着けたんだけどな」
そう言い伸二は出っ張った岩に腰掛ける。その顔には僅かながらに疲労の色も浮かんでいる。
「前は適当に進んでて、途中で伸二がやらかしたんだよな」
「それは言うなよ、反省してるんだから」
いやお前ノリノリでやったじゃねえか。俺はもう騙されないぞ。
「それは行動で示してくれ。だが俺たちがぶち抜いた壁どころか、罠のあった場所すら見つからないなんて中々上手くいかないな。もっと簡単に見つかるかと思ってたんだが」
以前来た時はもう一度来るなど思ってもいなかったので、道もそれらしい目印も何も覚えていない。これは思ったよりも時間がかかるかもしれない。最悪明日に持越しかもな。
「こんな洞窟の中じゃ現在位置も全然わからないものね。まぁわからないものを考えても仕方ないし、歩いて探すしかないわよ」
明るいし前向きだなぁ翠さんは。それでいて美人と来ている。絶対モテるだろうな。
「だな。とりあえず下に向かって行けば何とかなるだろ。あと地底湖があったから、洞窟内に水の流れがあればそれを辿ってみよう」
一休みした俺たちは、再び洞窟内を進んでいった。目指すは地底湖前のボス部屋。とりあえずの目印は、以前かかった罠か洞窟内を流れる水。
一度来た道を再び通らないように気を付けて進んでいると、ここに来てこれまでに見たことのないモンスターを発見する。
「ハイブ、あれ何だ?」
「あれは……いやマジか。ここに出現するなんて情報聞いてねえぞ」
この反応から察するに中々の強敵かな? だったらボス前のウォーミングアップに丁度いいな。
「あれは鬼ヒトデ。全身の針に毒を持つ強敵だ」
そうかオニヒトデか。しかし俺の記憶違いかな? 俺の記憶だとオニヒトデはサンゴ礁なんかを食い散らかす巨大なヒトデだと思ってたんだが。目の前のモンスターはどう見ても人型の……てか鬼だよね。鬼がメインのオニヒトデだよねあれ。
「鬼ヒトデか。ブルーの笛の効かない嫌な敵ね」
「うん……」
伸二はともかく翠さんも葵さんもよくあれに違和感抱かずにそんな「まずい敵が来た」みたいな真剣な顔浮かべられるな。俺だけ? 俺だけなのか、アレをおかしいと感じているのは。
「ボスを前にあんな奴が出るなんて。出来れば被害を最小限に乗り切りたいが、最悪迂回してアレをやり過ごすのもアリだと思うぞ」
伸二が真剣な顔で俺に言う。だが俺は、目の前の強敵への好奇心に欲求を抑えきれなかった。
「すまんハイブ。ちょっとサシでやらせてくれ」
俺の言葉に翠さんと葵さんは目を点にし口をポカンと開けているが、伸二は苦笑いを浮かべ俺に答える。
「そう言うんじゃないかって気はしてた。良いぜ、行ってこい」
「悪いな、我儘言って」
「気にすんな、これはゲームだ。楽しくいこうぜ」
全く、これだからお前は最高なんだよ。たまに馬鹿だが。
「じゃ、行ってくる」
その言葉を置き去りにするように、鬼ヒトデに向かって全力で駆ける。本来なら銃で削るのが正しい選択なのだろうが、俺にとってこれはボス前の前哨戦。あのボスと再び接近戦をする時の為にも、ここで少し慣らしておきたい。
俺の接近に合わせ、鬼ヒトデもこっちに駆けてくる。2メートルはあるボディビルダーのような体躯に、全身針だらけの化け物。正直、鬼と言うよりはヒトデ人間か針人間のような感じだが、その手に握られた鋼鉄の棍棒により辛うじて鬼と判定できる。
その棍棒がプロ野球選手のような鋭いスイングで俺の頭蓋骨を粉砕しようと猛然と迫る中、俺は鬼ヒトデの動きを観察しつつ攻撃を躱す。
掠った髪の先が焦げ付きそうなほどの鋭いスイングだが、人型であることもありその動きは読みやすい。どう見ても俺より攻撃力は高そうだが、この攻撃よりも多彩で速いモーションがない限り当たる気はしない。当たらなければどうと言うことはないと、どこかの大佐も言っていたしな。
数回振るわれた棍棒をすべて回避すると、足裏で地面を全力で蹴り一足で懐に飛び込む。
「――ふっ!」
全身の針に気を付けつつ、腰のナイフを奴の顎から頭頂へと斬り上げる。一瞬遅れて赤いエフェクトが飛び出すが、奴は怯まずに棍棒を上から叩きつけてくる。が、それよりも早く、俺は奴の肉体で唯一針のない腹を思いっきり蹴り飛ばし奴を下がらせる。
うん、これなら余裕だな。今の攻防で俺は彼我の戦力差をおおよそ把握した。
一旦空いた距離を埋めるべく鬼ヒトデは再び俺に猛然と突進を仕掛ける。そしてもう何度も見た棍棒の一撃を回避し、すり抜け様に奴の首、心臓、両脇に剣閃を描く。
「GOAAA!」
喋るのか。だがもう終わりにしよう。
振り向きざまの鬼ヒトデの繰り出した、ゴルフスイングのような軌道を描き迫ってくる棍棒に俺は片足を乗せ、その力に乗り洞窟の天井まで跳躍する。
空中で姿勢を整え天井に着地すると、今度は重力に従うよりも早く天井を蹴り、一気に奴の元まで舞い降りる。
「――喰らえ!」
落下と同時に奴の首に剣閃を描く。
俺のスピードに反応できない鬼ヒトデは、俺が着地するのに少し遅れてその首を地面に落とし、やがて光へと消えた。
「ふぅ、結構タフだったな」
だがお陰でいいウォーミングアップになった。ナイフもいい感じだし、これならボス戦もいけそうだな。
「総お前……ガンナーって言うより忍者みたいだな。いつか壁走りとか天井に張り付いたりとか分身とかしそうだ」
「それはないだろ」
いや、天井に張り付くなら出来るか。壁走りと分身は意味が分からんが。
「2人ともそれぐらいにして先に進みましょう。このままだと夜遅くなっちゃうわよ。明日も学校あるんだから」
それもそうだな。
「リーフはさっきの総の動きに驚かないんだな。もう慣れたのか?」
「慣れとはちょっと違うわね。ソウ君のことを、雑技団のエースで戦場帰りの傭兵で世界を股に駆ける怪盗で、と思って見ればそこまで戸惑わずに済むと思ったのよ」
「なるほど、それはいい心掛けだな」
良くないだろ、どんな心掛けだ。葵さんもそんな「その手があったか~」みたいな目で翠さんを見ないでくれます? 俺のMPゴリゴリ削られていってますよ? いやこの世界にMPないけどさ。
「さて、それじゃあ休憩もここらにして、どんどん先に進みましょうか」
そう言い先を歩こうとする翠さんの手を、俺は勢いよく掴んで止める。
「――え?」
「お、おい総どうした?」
「……ソウ君?」
俺のいきなりの行動に戸惑う3人だが、今の俺に伸二や葵さんの言葉を気に留めるほどの余裕はなかった。
「リーフ、ストップ。罠だ」
翠さんの一歩先の地面に、地雷が埋めてあるような痕跡を俺の目は捉えていた。それが本当に地雷かどうかはわからない。だが掘って、そして何かを埋めたような痕跡が僅かに見られるのだ。
もし俺の勘違いならそれに越したことはないが、先日嵌ったこのダンジョンの罠で運営の性格は大体わかったつもりだ。あの運営なら、こういう悪質なトラップの1つや2つは用意していても何ら不思議はない。俺は皆にそのことを説明すると、不思議がっていた3人の顔をようやく元に戻した。
「な~んだ、てっきり口説かれるのかと思ってドキドキしちゃった」
「流石にここじゃできないって」
「ふ~ん、ここじゃなかったら出来るの?」
悪戯を考えているような笑みを零し、俺の顔を覗き込むような絶妙な角度で翠さんから視線が注がれる。
「え、いや、それとこれとは」
コミュ力レベル1の俺にこのクエストは難易度が高すぎる。ニヤついている伸二の目と、上半分をなくした半月のような葵さんの目が痛い。ヤメロ、そんな目で俺を見ないでくれ。
「うふふ、ゴメンゴメン。止めてくれてありがとう」
そう言うと翠さんは俺の頭に手をやり髪をクシャクシャと撫でる。その光景に伸二の目はさらにニヤつき、葵さんの目から光が消える。だからヤメテくれ!
「さて、じゃあ何が埋まってるか掘り返してみましょうか」
え、掘るの?
俺のキョトンとした反応に翠さんは言葉を重ねる。
「何か埋まってるんでしょ? 見てみたいじゃない」
なんとも直球で分かりやすい理由だ。危ないとは思うが……まぁゲームだしいいか。だがもし地雷だった時のためにここは俺が掘ろう。親父からこの手の罠解除のレクチャーは嫌というほど受けているからな。
皆を下がらせ翠さんに代わりそのポイントを掘り出すと、予想通り踏むとスイッチが押される仕組みの何かが出てきた。俺が知っている地雷ではなく、クイズ番組で回答者が押すような如何にもスイッチという見た目だ。そしてそこには何故か「押すな」の文字が刻印されている。
……いや押さねえよ!?
「どうしたのソウ君、面白い顔して。私にも見せて」
屈託のない、曇りひとつない笑顔で、翠さんは俺に手を差し出す。だがそれをそのまま渡していいものか、俺の脳裏に嫌な記憶がよみがえる。
この「押すな」の持つフリという魔力に、翠さんが耐えきれるのか。伸二同様にポチッと押してしまうのではないだろうか。いやしかしここで渡さないというのもおかしな話だ。これでは俺にやましいことがあるようではないか。
俺は結局それを翠さんに渡した。フィニッシュブローは、屈託のない美女の微笑みだ。あれに逆らえる男はいない。
「ふ~ん、本当にただのスイッチね」
そう言うと翠さんは、軽く息をついてから俺の方へ視線を戻す。
「そんな心配そうな顔しなくても押さないわよ。どこかのハイブじゃあるまいし」
取り越し苦労だったか。流石翠さんだ。伸二とは違う。
「あ、あぁごめん。そうだよな、流石にハイブと一緒にしちゃいけなかったな」
「ぐっ……あの時は悪かったって何度も謝ったろ」
バツの悪そうな顔で後ろ髪をかく伸二に、俺と翠さんは一瞬目を合わせた後に笑いを零し合う。
「だが罠があったってことは例のポイントに近づいてるんじゃないか?」
なるほど確かにそう考えることも出来る。浅い層にいる時には罠なんて見なかったからな。
伸二の言葉に俺だけでなく翠さんも同意を示す。
「なるほど! そういう考え方も出来るわね」
そう言うと翠さんは、左の掌に右拳をポチッと乗せる。ポンではない。ポチだ。
「……え?」
「「「え?」」」
翠さんの声に続いて俺たちも皆同じ声をエコーのように返す。それはそうだろう。なるほどの動きでついた左手の上には、さっき俺が渡したスイッチが握ってあるのだから。
「……これ、私やっちゃった?」
「「「…………」」」
俺たちの無言の肯定に、翠さんの顔から色素が抜けていく。
だが俺たちにはもう、今から反省会を開くだけの時間は残されていなかった。俺たちの後ろから、何か巨大な質量が転がってくる音がしてくるのだから。
「おい総、これ」
みなまで言うな伸二。わかってるさ。あれが転がってきていることくらい。
俺と伸二は心を1つに、叫びをあげた。
「「大玉が転がってくるぞ、逃げろ!」」
その場から全力で立ち去った俺たちの足跡を辿るかのように、例のブツはその巨躯を露わにし、俺たちをペーストしにやってきた。お前とはもう会いたくなかったよ。
「ごめんなさああぁぁい!」
「いいから走れリーフ、あれに敷かれたらただでさえ平らな体がまたさらにごがはあっ!?」
うん、翠さん。今のは中々見事なリバーブローだ。伸二、いつか刺されるぞ。
「そ、ソウ君私――」
夫婦漫才を披露する2人の後ろで、葵さんが俺に声をかけてくる。その顔からは焦りもあるが、どこか諦めも見て取れる。そんな顔だ。
「リーフみたいに速く走れません、私のことはいいから――きゃっ!?」
自分を見捨てて逃げろと言う美少女。そんなものを見せられて見捨てられる男はこの地上にはいない。俺は考えるよりも先に体を動かし、気付いたら葵さんを肩に担いで全力で走っていた。
「そ、ソウ君!?」
「喋んないで、舌噛むよ」
本当はお姫様抱っこしてあげたいが、それをしたままあれから逃げ切るのはちょっと自信がない。
俺は葵さんを担ぎ、伸二と翠さんがしっかりついてきてるのを確認しつつ、大顎を開く。
「リーフのアホおおおおおおおお!」
「ごめんなさああぁぁい!」
やっぱり翠さんも伸二と同類だ。
次話の更新は金曜日です。