35話 再挑戦=やる気+勇気+根性
週末のゲーム三昧の生活を終え、普段通りに学校に登校した俺は校門前で全身をガチガチに固めていた。別に装甲を厚くしている訳ではない。ただただ緊張しているのだ。
だがそれも仕方のないことだと思う。なにせこれから俺の人生において、かつてないほどのチャレンジをするのだから。この緊張に比べればジャングルの奥地でアナコンダを捕まえようとした時の方が全然マシというものだ。
かつてないほどのプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、俺は必死にその時を待った。そして、ついにその時は訪れる。
震えそうになる唇に落ち着けと何度も念を送り、俺は口を動かす。
「お、おはよう翠さん! あ、葵さん!」
今日から2人のことを名前で呼ぶ。事前にそう話していたとはいえ、やはり最初はどうしても緊張してしまう。もしこれでやっぱり無理とでも言われれば俺はもう立ち直れないかもしれない。
俺が一世一代の勝負に硬直していると、若草さん――いや翠さんは柔らかい笑みで、葵さんは少し硬い笑みでそれぞれに答えをくれた。
「おはよう総君」
「お、おはようございます、総君」
あぁ、名前で呼び合うというのはこんなにも心が躍るのか。何て素晴らしい世界なんだ。この素晴らしい世界に――
「ふふっ、ガッチガチだけど一先ずは合格かな。次の目標は呼び捨てで呼ぶことね。あ、それかアオちゃんとかでもいいわね」
何ですかその素敵な目標は。そんなの全力で取り組むに決まってるじゃないですか。あぁ、この素晴らしい世界に祝――
「おー早速やってんな総」
いいタイミングで来たな伸二。これはあれかな、言わせねえよ的なあれかな。いやまぁ言ってないけれども。
「おう伸二、お陰様でな」
考えてみれば俺がこうして翠さんや葵さんと仲良くできるのも伸二のお陰か。本当に俺は色んな人に支えられてるな。
「今夜はリベンジだからな。気合入れていこうぜ」
「おう!」
勿論気合入りまくりだよ。この俺を止められるものは何もないぜ。
「伸二、総君」
何だい翠さん。この俺の熱い炎はそうそう消えやしないぜ?
「今夜もいいけど、まずは今日の小テストに気合を入れるべきじゃない?」
「「Oh……」」
凄いよ翠さん。見事な鎮火の腕だ。もう一瞬で消えたよ。
こうして俺と伸二は、絶望的な戦いへと身を投じた。
■ □ ■ □ ■
壮絶な死闘を終えた俺たちは、その日の夜にダンジョン前の休憩所で集合した。テストの結果は言うも無残、聞くも無残なものだったが、翠さんも葵さんも気を遣っているのかその話題を巧みに避けてくれる。
いつか親父が「優しさが一番痛い」と言っていたが、今ならその意味が少しだけわかる気がする。視線の合わない笑顔の痛いこと痛いこと。
「うっし、じゃあ行こうぜ!」
俺と同じことを感じているのか、伸二も変に気合の入った声を出しダンジョンへと入っていく。気持ちは痛いほどわかるぞ、同志よ。
琉球の面影が多分に残る城の地下。俺たちは昨日同様にダンジョンを進んでいく。事前の打ち合わせ通り、前衛は俺と伸二が、後衛は翠さんと葵さんが担当する布陣だ。シンプルだが、それ故にやることもハッキリしていてやり易い。
地下を進むこと数分、昨日何度も狩ったオオコウモリの群れが視界に入る。数は5。まだこちらには気付いておらず天井にぶら下がっている。
俺はハンドサインで前方に敵がいることを知らせると、そのまま狙撃の体勢に入る。新しい銃の性能は知っているつもりだが、実戦で使うのはこれが初めてだ。とりあえずヘッドショット狙いで2発入れて様子を見よう。
バンッ――と短い爆発音を2回響かせると、額を撃ち抜かれたオオコウモリはドサリと音を立てて落下し、そのまま光の粒子となった。
おお、反撃無しに一方的にか。これはホントにいい銃だな……っと、感心してる場合じゃなかった。敵はあと4匹。先制攻撃を受けて動揺はしているようだが、それでもこっちに気付いて向かってきている。接近されるまでに減らせるだけ減らしておくか。
俺は狙撃の姿勢を維持し、さらにもう1匹の頭を撃ち抜き光へと変える。これであと3と脳内でカウントダウンをしていると、直後に後ろから翠さんの声が響く。
「ソウ君にばっかりいい格好はさせないわよ――風弾!」
翠さんの周囲に圧縮された空気弾が3つ浮かび上がると、かざされた手に従う様に敵へと飛来する。真っ直ぐの軌道で発射されたそれは、狭い洞窟の中で満足に動き回れない3匹のコウモリの胴体に直撃し撃ち落とす。そこにすかさず伸二が追撃を仕掛け、撃ち落とされたコウモリのHPゲージを削っていく。
一方の俺はコウモリを伸二に任せ、後ろから迫ってきていたもう1つの気配に注意を払っていた。
「ソウ君、後ろからおっきなカニさんが!」
葵さんも気づいたか。俺は伸二と翠さんにコウモリの相手を任せると、葵さんと共に昨日も狩ったオオヤシガニの相手をすることにした。群れで襲ってくることはないって伸二が言ってたから、挟み撃ちになったのは偶然かな。
「こっちは俺たちで相手をしよう。あとブルー。ヤシガニはヤドカリの仲間だ。カニじゃない」
「その豆知識ここで要ります!?」
おぉ、割と余裕があるじゃないか。これなら大丈夫かな。
「あいつは腹が弱点だから俺が突っ込むよ。ブルーは援護を頼む」
「は、はい!」
葵さんの返事が聞こえるのとほぼ同時に、俺はヤシガニに向かって全力で駆ける。
「――幻惑の奏!」
葵さんの奏でる鮮やかな笛の音が洞窟内に響き渡る。心を落ち着かせるような、優しい音色だ。俺にとっては、だが。
「GYUIIIII!?」
苦痛に満ちた声、と表現してもいいかどうかはわからないが、ヤシガニは声を上げさらに手足をバタつかせている。多分、混乱か動揺しているのだろう。表情がないからどっちなのかはわからないけども。
だがお陰で楽に懐に潜り込める。前回伸二と挑んだ時はあのハサミをハンマーのように振り回されて焦ったが、今のヤシガニは俺が近くに来ても反応していない。俺はバタつくハサミに気を付けながら、ヤシガニの体の下に潜り込もうと身を屈めようとする、が、
「GYOOOO!」
ヤシガニは急にその場から身を起こし、弱点である腹を俺の目の前に突き出してきた。
……え、ナニコレ。あれかな、犬とかがやる服従のポーズの起立版かな。いやでもハサミはまだ振り回してるから戦闘の意思はありそうだな。
「そ、ソウ君。攻撃を」
そうだな。よくわからないけど弱点の腹を曝け出してるんだしチャンスだよなこれ。チャンスでいいんだよな。俺は釈然としない気持ちで、腹丸出しのヤシガニ目がけ銃を撃ちまくる。するとヤシガニは力のない声を上げ、光となって消えていった。
なんだこれ。
「ソウ君、怪我はありませんか?」
「あぁ、全然」
怪我する要素、無かったからな。
「良かった……私の笛とあのモンスターは相性が良いみたいです」
葵さんとあのヤシガニの相性が良いだと? なんて羨まけしからんやつだ。そのポジション代われ。
「相性?」
「はい。さっきのモンスターは混乱すると弱点のお腹を出しちゃうみたいなので、私の笛と相性が良いなって」
そういうことか。じゃああれは服従のポーズじゃなくて葵さんの補助による効果ってことか。良かったよ、あれが服従のポーズだったら寝覚めが悪くて仕方のないところだった。
「じゃあ次もあれが出てきたらブルーの笛に頼らせてもらってもいいかな」
「勿論です。私、頑張りますからね!」
葵さんは両手を腰に当て胸を張り答える。だがその顔は得意そうというよりは、どこか恥ずかしさを押し殺しているような、そんな強がりにも見えた。スクショ撮りたい。
「伸二たちの方も終わったようだし、素材を回収して合流しよう」
「はい」
それから俺たちはピンチと言うピンチを迎えることなくダンジョンを進んでいった。
コウモリに対しては襲ってくる前に俺と翠さんで先制攻撃を行い、向かってきた敵は俺と伸二が止め、たまに負うダメージは葵さんに癒してもらった。
ヤシガニが出た時はもうボーナスゲームだ。葵さんの笛の音が響くと、奴は弱点をさらけ出してアワアワする。そこを俺と伸二、翠さんが攻撃する単調な作業だ。正直、戦うというよりはただ倒すだけの作業となっているが、伸二たちは満足そうな顔をしている。
多分これは俺と伸二たちの戦いに対する考え方の違いだ。俺は相手が何にしろ戦う以上は緊張感を求めている。その緊張感が俺を研ぎ澄ますし、何より勝った時の喜びを湧き上がらせる。
対して伸二たちは、戦った後の素材や各種スキルやアーツの成長を喜んでいるように感じる。その感覚が俺にないという訳ではないが、俺からすれば素材は戦いの後の副産物で、緊張感のある戦いにこそ意味がある。どっちが正解と言う訳でもないのだろうが、多分伸二たちの考え方が一般的なのであろう。ゲームとは、そういうものでもあると聞いているからな。
まぁ戦闘に関してはともかく、こうしてみんなで一緒に遊ぶっていうこと自体が俺は嬉しくて堪らないから、細かいことは気にしない。楽しければいいのだ。だってこれは、ゲームなのだから。
次話の更新は水曜日です。