32話 初体験+切り札=土の味
全速力でボスに向かう伸二の後ろを俺が追走する。勿論この陣形には意味があるし、伸二も分かっていて走っている。
伸二がスピード上昇系のスキルを持っていない以上、全力で走れば俺の方が先にジーザーの元まで辿り着いてしまう。おまけに俺はヘイトを持っているはずだから、そんなことをすればこの作戦――というにはお粗末だが――は絶対に成功しない。成功の鍵はタイミングだ。俺は伸二の後ろに付き、そのときが来るのを待つ。
ジーザーは走ってくる俺たちを迎え撃つつもりなのか、その場から動こうとはしない。あくまでミドルレンジからの迎撃のスタンスを取っている。
そして伸二が奴の射程圏に入った瞬間――いや、奴が伸二の射程圏に入った瞬間、俺たちの作戦は始動する。
「――ハイ注目!」
伸二の大音量の声に、ジーザーの意識は俺から伸二へと完全に移行した。
「ディフェンスシールド!」
なおも止まらず走り続ける伸二は、次に防御系アーツを発動。盾を両手でガッシリと構え、大木ですらへし折りそうな爪による一撃を、
「ぐぅううおらあああ!」
受け流す。
だがジーザーの攻撃は止まらない。前足で薙ぎにかかったことで流れた体の動きを利用し、尻尾による一撃を繰り出す。
「うおおおおお!」
しかし、今度はそれを真正面から伸二の盾が受け止める。鎧が軋みを上げ、盾が原形から遠ざかっていく中、それでも伸二はそこから一歩も下がらずに攻撃を止めた。
「……ここが限界みたいだ……後は、頼んだ」
「あぁ、任せろ!」
その場で崩れ落ちる伸二を飛び越え、俺は全速力で奴の懐へと飛び込む。
「GAAAOOO」
俺に懐へと飛び込まれるのを嫌ってか、ジーザーは振りぬいた前足を逆に払い俺を薙ぎ払いにかかる。
「前足の攻撃だけなら」
回避はそう難しいことではない。これに鞭のようにしならせる尻尾を交ぜた連撃でこられると厳しいが、今の体勢でそれは難しいだろう。
「寂しかったぜ、もう離さないからな」
まさか人生初のこの台詞を、こんな化け物に言うことになるとは思わなかった。そう言えば親父が言っていたな。自分の認めた強敵に会うことは恋人に会いに行く感覚に近いって。あの時はまた頭がおかしくなったかと思っていたが、今ならその気持ちも――イヤイヤイヤイヤないない。流石にこの化け物にそれは無いわ。危ねえ、踏み越えちゃいけないラインが今一瞬垣間見えたぞ。
「GUU……GAAAAAAA!」
そう物欲しそうに口を開けるなよ。今プレゼントしてやるからな。ほら、鉛玉だ。ふむ、この言い方ならセーフかな?
「GYAAAAAA!」
銃弾を口にたっぷりと放り込まれたジーザーが再び悲痛の声を上げる。
ほんと学習能力無いな。まぁこの巨体と運動量で学習能力まであったら完全に詰んでたけどさ。さて、大分HPを削れたぞ。もうすぐレッドゲージに入りそうだな。
しかしここで奴の挙動に若干の変化が現れる。ジーザーは俺を薙ぎ払う方向から叩き潰す方向へ変更したのか、俺の真上から巨大な肉球を振り下ろしにかかる。薙ぎの方が避け難かったからむしろ助かるがな。
降りかかる巨大な肉球を回避すると、土煙が舞う中で俺の前に顔面までの道が出来上がる。
「――よっと!」
俺は前足を足場に一気に奴の顔面まで駆け上がると、腰のナイフを抜きその先端を奴の右の眼球に全力でぶち込む。
「GYAAAAAA!?」
なるほど、中距離は駄目だけど零距離での攻撃、あるいは近接武器なら弾かれないのか。俺は荒ぶる足場から降りる際に、肉食獣特有の綺麗な歯並びを披露するジーザーに弾丸の置き土産をありったけぶちかます。
それによって起きたのは、これまでと明らかに一線を画した苦痛に満ちた反応。HPゲージもついにレッドゲージ、25%以下へ突入した。おまけに奴は今右の視界が塞がれている。ここが勝負どころだ。俺はここにきて最後のカードを切ることを決めた。
痛みのあまり、俺から注意を逸らした奴の隙を付き、再び奴の鼻先まで跳躍する。
――食らえ!
右手に握るのは、伸二から借り受けた長剣。全身を捩じり込み力を一点に集約した突きを、奴の鼻の穴に深く突き刺し、これまで殆ど出てこなかった赤いエフェクトを盛大に咲かす。
「――GYAAAAAAOOOOOOOO!?」
これが一番効いた感じだな。よし、もう一回、ってあれ、ぬ、抜けん……なら!
突き刺さった剣にぶら下がったまま、至近距離での銃弾を傷口に放てるだけ放つ。
だが流石にこの姿勢は長く続かず、纏わり付くハエを払う様にジーザーは首を振り俺を引き剥がす。
「――っと」
距離は再び離されたが、奴はまだ痛みで混乱しているはずだ。ぶち込むのが剣から鉛弾に戻るだけ。削りきる。
「――【極】発動。もっと遊ぼうぜ、化け物ぉお!」
こういうのを何と表現するのだろう。血が沸き立つ? 肉躍る? まぁ何でもいい、楽しければそれで。俺は再び双銃を手に奴の懐に――なんだ?
さっきまで苦痛に満ちた声を上げ荒ぶっていたジーザーは急に静まりを見せ、コタツの中で丸まる猫のような仕草をとる。
え、ナニコレ。俺の気合の咆哮返してくれます?
俺がポカンと呆けていると、ヨロヨロとした足取りで伸二が近づいてきた。
「総、あれは何だ?」
「わからない。っていうか無事だったのか伸二」
見事なまでの、後は頼んだ的なフェードアウトだと思ったんだが。
「なんとかな。一時は体が痺れて動けなかったけど、ギリギリHPも残ってる」
「そうか、良かったよ。で、どうした方がいいと思う? 顔や首をあんな風に隠されたら俺の武器だと殆どダメージが通らないんだ」
「ん~そうだな……はっ!」
何か気付いたようだな。流石伸二。頼れる俺の相棒だ。
「あの姿勢、猫がこたつで丸くなるって感じだよな!」
畜生っ、コイツに期待した俺がバカだった。なによりコイツが俺と同じ思考をしているというのが余計に腹立たしい。さらにあの言ってやったぜみたいな会心の笑み、殴りたい。
「おい、俺は真剣に――」
「せめて冬川がいれば回復してもらったり妨害してもらったりを試せるんだけどな……俺たち2人揃って脳筋プレーしかできないし」
最初からそれを話せよ。
「総、とりあえず攻撃してみるか? もしあれがカウンター系の何かだったら手を出すのは危険だが、あれが攻撃のチャージだったらこうして何もしない方が危ない」
今ある情報では何もわからない、か。ならやることは……。俺はある決意を込めた視線を伸二に送ると、伸二も同じ色を宿した目で返してきた。決まりだな。
俺と伸二はタイミングを揃え、奴に突っ込んでいく。やらないで後悔するより、やって後悔するために。
だがその判断は少し。そう、少し遅かった。
「な、なんだ!?」
それは俺たちが踏み出した直後に発動した。ジーザーは丸まった姿勢のまま突如として光り輝き、そして――
「う、うわぁああああああああ!」
俺たちの初めてのボス戦は終わった。
■ □ ■ □ ■
気が付いたら俺は暗闇の中にいた。どこかでここに似たような空間を見た様な……そうだ、チュートリアルの時の空間だ。
「負けたのか……」
――あれだけやって駄目なのか。
「畜生……」
――何なんだ最後のアレ。
「冗談じゃない……」
――こんなの。
「面白すぎだろ」
何なんだあの化け物。あんな完璧に負けたのなんて何時以来だ。どうやったら倒せる? 何がいけなかった? 何が足りない? これからどうする? ヤバい……頭が上手く整理できない。でもこれだけはハッキリしてる。
――クソ楽しいぞこの野郎、次は絶対倒してやる!
「……さて、これからどうするか……ん?」
『システムメッセージ。これはゲーム内で死亡したプレイヤー全員に自動的に開示されるメッセージです。あなたは本日2時48分、オキナワエリアボス、ジーザーとの戦闘により死亡いたしました。ゲームへの復帰は今より4時間後となります。また、敵NPCによるデスペナルティとして、過去24時間以内に取得したアイテムのいずれかの喪失、及びこれより28時間のスキル・アーツ成長率減衰が発生いたします』
もうそんな時間だったのか。しかしデスペナ結構エグイな。PvPのデスペナだとログイン制限はなかったけど、敵NPCとのデスペナだとそれがあるのか。これは頭冷やして出直してこいっていう運営からのメッセージなのか?
『それではこれより強制ログアウトいたします。またのご利用をお待ちしております。では……頭冷やして出直してきやがれこの野郎』
……この運営。
意識が戻ると、いつもの天井が目に入る。寝ていた訳ではないから普通に眠い。伸二に連絡を取ってもう寝よう。
俺はスマホを手に伸二へとメールを送る。
【よう伸二。やられたな】
【ああ。最後のアレは参ったな。早速リベンジの作戦会議を……と言いたいとこだが】
【うん、超眠い。もう寝ようZZZ】
【だな。どっちにしろ昼過ぎに会う約束してるんだし、その時にでも話そうぜ】
【了解。じゃ、オヤスミ】
【(つ∀-)オヤスミー】
スマホを片手に、俺はそのまま眠気に身を任せ意識を溶かしていった。
次話の更新は水曜日です。