31話 (貧弱装備+盾)×根性-ボス=死闘
扉を開けたら、そこはボス部屋でした。
燃え盛るように逆立ったたてがみ。隆々として引き締まった体躯とそれをがっしりと支える四肢。全ての獣の頂点に立つ風格を漂わせ、それはそこにいた。
「……ライオン? いや獅子って言うべきなのか?」
「オキナワだからシーサーだと思うぜ」
敵情報の名前を見ると、伸二の言う通りにほぼ近く、ジーザーと書いてあった。いや、そこはシーサーじゃイカンのか? ハブやマングースはそのままなのにここに来てもじる意味あるのか?
俺が疑問を抱えていると、その思考を終わらせる声が耳に入る。緊張の色を乗せた、張りつめた声が。
「総、気を付けろ。明らかにこれまでのとは次元が違うぞ」
「……だな」
その言葉には全く同意だ。もし目の前にいるのがただのライオンであれば、たとえリアルだろうがそこまで怖くはない。だが今俺たちの目の前にいるシーサー、もといジーザーはどう見ても生物の常識を超えている。確か沖縄ではシーサーは守り神だったからまぁ常識は確かに超えてるんだろうが。
体高は3メートルぐらいか? 今日の昼見たあの水牛といい勝負だな。問題はこの見た目でどれだけの瞬発力があるかだが……肉食獣特有の筋肉の付き方をしてるし、これはヤバそうだ。
戦う前からマジで勝てないかもしれないと思うのは、親父を除けばこれが初めてだな。
「GAAAAOOOOOOO!」
近くでビルが崩れたのかと思うような轟音が洞窟内に響き渡る。ビリビリと肌をつく、決してリアルでは聴くことのないであろう声だ。
早まったかな……メチャメチャ強そうだ。勝てるイメージが浮かばねえよ。いやあれ人が戦うものじゃないだろ。ロボくれよロボ。戦車でもいいぞ。
「すげぇ迫力だな。おまけにHP系の回復アイテムに使用制限がかけられてる。何て鬼仕様だ」
てことは俺と伸二の2人だけだと回復のしようがないってことか。やっちまったかなこれは。
「総! とりあえず牽制を頼む。その間に俺が一撃を入れてみる」
「お、おう」
意外だな。あんな化け物に対して伸二が懐に入ろうとするなんて。あの爪で引き裂かれたら胴どころか全身バラバラにされるぞ。伸二度胸あるなぁ。
「行くぞ!」
伸二の決意の咆哮に応じ、俺は銃弾をジーザーの両目に放つ。スキル【極】を発動させようかと思ったが、あれは弱点部位にはダメージが上昇するが逆に非弱点部位にはダメージが減少する効果がある。まだどこが急所か判明していない時点では使えない。ここに来る前に戦ったヤシガニの時のように、生き物だから目が弱点とは限らないのだ。ここは、ファンタジーの世界なのだから。
その懸念が正しかったのを立証するように、俺が放った銃弾はジーザーの眼球に食い込む前に、見えない壁のようなものに阻まれた。やっぱり視界をつぶす作戦は使えないか。だがこれはまだ予想の範囲内。
生き物の動きを封じるのに目は非常に有効な手段だが、決してそれだけではない。デカいが故に、普段は狙えないようなところにも攻撃の芽は出るんだ。
俺はどこが最も効果的なダメージを出せるのかを見極めるために、至る所に弾丸をぶち込む。前足、後ろ足、腰、肩、頭、耳、たてがみ、腹。リアルで過去にここまで生き物の体に玉を撃ち込んだことは皆無だろう。それほどまでに浴びせた。だが、この化け物にはそのどれもが殆ど効果を見せず、HPゲージを殆ど削れぬまま俺の銃は弾切れを迎えた。
「マジか……俺の銃が初期装備品だからって、そりゃないだろ」
いや、舐めてるのは俺か? 初期装備品の銃でボスの装甲を突破できるという考えがそもそも舐めてたってのか? くそっ、だが考えるのは後だ。このままだと伸二が危ない。俺の攻撃は殆ど牽制の役割を果たしてないのだから。
俺は弾切れになった銃を仕舞い、ナイフを手にジーザーへと突っ込んでいく。これまでの長距離を見据えたダッシュではなく、短距離を一気に詰めるための超前傾姿勢で。
あのまま座していれば確実に伸二とこのボスが1対1の構図になってしまう。まだボスの攻撃力は見ていないが、とてつもなく嫌な予感がする。俺は考えるよりも先に体を動かしていた。
「伸二、銃が殆ど効かない! 俺も懐に飛び込むから一撃だけ止めてくれ!」
「任せろ!」
伸二とジーザーの距離は殆ど離れていない。本来なら俺が注意をそらし、その隙を伸二が突くはずが……この状況は明らかに俺が招いたものだ。そして俺はその尻拭いを伸二にさせている。絶対にこの機会は活かす。
ジーザーは猫パンチをする猫のような仕草で前足を上げ、
「ディフェンスシール――うわああ!?」
その一振り――いや、薙ぎと言うべきか――で、伸二を壁の向こうまで吹き飛ばした。
「伸二っ!」
壁にたたきつけられた伸二はそのまま土煙を上げ、衝撃で床に伏せている。HPゲージも3割以上削られてる。防御用のアーツを使ってあのダメージ。伸二よりも素の防御力が低い俺が受けたら最悪一撃かもしれない。
だが、止めることはできなくとも攻撃後の隙は作ってくれた。振り抜いた前足がまだ地面に着く前にその脇にナイフを抉り込んでやる。
「これでっ!」
全身の力を一点に収束させる突きをジーザーのがら空きの脇腹へと放つ。だがこの対格差を埋めるには、その威力はあまりにも足りていなかった。
――ヤバい。
全身にゾクリとした悪寒が走るのと俺の視界を巨大な肉球が覆うのはほぼ同時だった。俺は一切の思考を放棄してその攻撃を躱すことだけに全神経を集中させる。
――っ!
巨木のような腕を辛うじて躱した次の瞬間、俺の髪と服を突風が弾く。踏み込んでいないと体ごと吹き飛ばされてしまいそうな衝撃が全身を襲う。
――引くな、絶対引くな、引いたら一瞬で喰われる!
目の前に迫る嵐はその勢いをまるで沈める様子がない。それどころか、これからが本番と言わんばかりの威容を誇っている。
「はは……」
振り上げられた前足が再び俺に向け振るわれる。直撃すれば全身がバラバラにされそうな一撃だ。
「――っ!」
躱したはずなのに全身を打ち付けるような衝撃が響く。だがそれで奴の追撃は終わらず、逆の方向から巨大な爪が襲ってくる。
ふざけてる……こんなの……。
再び迫る剛腕をギリギリで回避すると、奴の前足にナイフを突き立て、勢いを利用して浅い傷跡を作る。
滅茶苦茶だ、こんなの、こんなの……
「楽しいに決まってるじゃないか!」
気付けば俺は無意識に口角を吊り上げ、嵐の中で踊っていた。
「おおおお!」
一撃でも入れば即死級の爪撃を躱し、ナイフで裂き、再び躱し、またナイフで裂く。もう敵のHPゲージを確認する暇すらない。途中からはリロードの終わった銃でゼロ距離からの射撃も織り交ぜ、ひたすらに撃ちまくる。だが、
――まだ浅い。
絶対的に威力が不足している。銃の命中精度ならともかく、その威力はやはり性能に頼らざるを得ないか。
「GAAAAAA!」
耳を劈く轟音だ。これだけでも鼓膜にダメージが来そうなほどの。
「ガオガオうっせえ!」
近距離に敵がいるのにもかかわらず大口を開ける間抜けに、俺は躊躇いなく銃弾を咽頭にぶち込む。すると、
「GYAAAOOOOOOOOOO!?」
さっきまでとは明らかに違う悲痛に満ちた声が洞窟内に響き渡る。目は駄目だけど開いた口はいいのか。基準が良くわからんが……ようやく見つけたぞ、弱点!
「さぁ、俺は美味いぞ。さっさと食いに来い、化け物」
「GOOOAAAAAAAAAA!」
ここからが正念場だ。俺の攻撃は弱点部位以外には殆ど効果がない。しかもあの化け物が口を開いた時しかそのタイミングは来ないときてる。どんだけマゾい設定だよ。どんだけ――燃える展開だよ!
「――【極】発動!」
口の中にとなるとナイフはほぼ使えない。攻撃手段は銃に限られる。残弾数に注意しつつも、いけるときには全弾撃ち込んでやる。
俺は殆ど空いていない互いの距離を一足で詰め、再び零距離での戦闘に身を置く。
「GAAAAAA!」
ほら、プレゼントだ。
「GYAAAAOOOOOO!?」
学習能力が低くて助かった。口を閉じられたら正直詰んでた。
「ほら、御代わりだ!」
さっきから奴の攻撃は前足で払うのみ。まぁ動きのモデルは肉食獣だろうから、噛み付いてくるぐらいのことはしてくるかもしれないが、それさえ注意すれば相当ギリギリだが何とかなる。俺はさっきまでの一連の攻防でそう結論付けた。
俺の銃弾は威力こそ低いが、それでも弱点に放り込んだ弾丸は確実にジーザーのHPゲージを削っている。途中奴の爪が何度か掠りHPの3割が持っていかれたが、俺も奴の動きに徐々に慣れてきた。
弾切れになる場面もあったが、徐々に慣れてきたおかげで回避に専念すればもうあの前足を躱すのはさほど難しくはなくなっていた。俺は常に零距離を保ちつつ、時折奴の体に飛び乗り、また時折舞い降りて口を狙い。そんなやりとりをずっと繰り返し、ミリ単位で奴のメートル級のHPを削っていった。
■ □ ■ □ ■
「GUUU……」
どれだけの時間そうしていただろうか。ついに俺との攻防に苛つきを見せたかのように、ジーザーは後方に引いて距離をとろうとする。だがそうはさせない。こいつは強いが、零レンジはちょっとだけ苦手だ。巨体ゆえに小回りが利かない。
距離を離さずに奴に追随すると、息を漏らす際に開いた口の隙間――僅かな突破口に、銃弾を再び放り込む。ジーザーはそれを嫌がり、顔を銃の射線上から背けようとする。
「逃がすかよ」
俺は離さないように追撃をかけ――なに!?
「うおっ!?」
視界の横から丸太のようなものが俺の胴目掛けフルスイングされる。辛うじて直撃は避けたが、掠っただけで数メートルも横に飛ばされてしまった。
「あれは……尻尾か! あんなのもあるのか」
ただの尻尾だと思って舐めてた。前足の力に比べればマシだろうが、それでも俺からすればあの尻尾も十分な威力だ。HPの1割がもっていかれた。むしろ鞭のようにしなる軌道の分、前足よりもやりにくい。
「しかも距離を離された……最悪だな」
頬に一筋の冷たい感触が走る。さっきまでの弱点を突きまくる攻防のお陰で敵のHPの6割は削れた。だが逆に言えばまだ4割も残っている。安心の「あ」の字もない状況だ。
「すまん総! 助太刀に入りたかったが、とてもそんな隙が無かった」
俺と同じくHPの3割ちょっとが削られている状態で伸二が駆け寄ってくる。手にしている盾は少しだけ拉げており、ジーザーの攻撃力の高さを物語っている。
「気にするなよ。俺も夢中でそれどころじゃなかったし」
実際途中で忘れてたしな。
「しかしお前、1人でここまで削ったのか。感心していいやら呆れていいやら」
そこは素直に感心で頼む。
「で、何かいい手あるか? 俺はサッパリだ」
自信満々に言うことか。まぁあれは仕方ないか。
「アイツと中距離戦は無理だ。渡り合うにはロケットランチャーか対戦車ライフルがいる。だが超至近距離なら俺の方に少しだけ分がある。もう一度零距離で仕掛けたい。それと……」
俺の言葉に、伸二は迷いを見せずに応える。
「オッケー了解だ。じゃあ俺がもう一度奴の攻撃を受ける。その隙に潜り込め」
出来るのか? そう聞こうとした口を俺は急いで閉じる。男が任せろといったのだ。ならば俺に出来ることは、それを信じて動くだけだ。
「尻尾にも一応気をつけろ。視界の横から急に来るぞ」
「尻尾だな。了解だ」
俺たちは一瞬だけ視線を合わせると、次の瞬間ほぼ同時に駆け出した。
次話の更新は月曜日です。