30話 罠+暴走+落下=芸術
巨大なヤシガニが光となって消えると、未だ地面に寝ている俺の耳に伸二のあわただしい足音が聞こえてくる。
「おい総! 大丈夫か!?」
ゲームなんだしそんな心配そうな顔するなよ。まったく、これだからお前は最高なんだよ。
「ああ。押しつぶされるかと思ったけど、ギリギリセーフだったな」
あれは中々心臓に悪いな。もう一度やれと言われても、もうやりたくない。
「まさか腹が弱点とはな。てっきり頭かと思ってたぜ。あれは狙ったのか?」
なわけないだろ。あんなの狙ってもそうそう……いや、やろうと思えばやれそうだな。うん、出来そうな気がしてきた。
「いや、目をナイフでぶった切るつもりで突っ込んだんだ。そしたらなんやかんやあって、ああなった」
「そうか、そのなんやかんやが一番すげえんだけどな」
そうストレートに褒められると照れるな。これまで戦うことを褒めてくれたのなんて親父ぐらいだったから、なんだかくすぐったい。
「さてこれからどうすっかな」
「そう言えばこのダンジョンの最下層にはボスがいるのか?」
「いや、いないはずだぞ。もしこんな町の近くのダンジョンにボス部屋があったら流石に混雑してただろうしな」
あぁ、それもそうか。確かにここに来るまでにいくつものパーティとすれ違ったが、それでもこの広大なダンジョンを狭く感じるほどではなかったからな。
「まぁもう少し潜ってみようぜ。さっきのモンスターの素材も結構美味しいやつだし」
確か【巨蟹の脚】だったな。えっと説明文は……
【巨蟹の脚:巨大な甲殻類の脚。大味だが食用としても使える。鍋にして出汁をとるのが開発チームからのおススメである。なお同チームの山田は別居中の奥さんに蟹を送り、娘と一緒に鍋をすることに成功した】
またお前か! ってか山田さんまだ頑張ってたのか。もういい加減仲直りしなよ。いや、だからこその鍋か。それにしても娘さんと会えたんだな、よかった。もう俺は山田さんの今後が気がかりでしょうがないよ。
「どした? 総」
いかん、山田さんに完全に意識を奪われていた。
「なぁハイブ、これ食うのか?」
「食わねえよ。美味しいのは換金率だ、換金率。この素材は結構な値で商業組合が買ってくれるんだ。それに獲るのが大変で貴重だから、生産職のプレイヤーなんかにも高くで売れる。そういう意味だと結構いいモンスターなんだよ」
そう言うことか。食うなら料理人のサクラさんにお願いして蟹しゃぶにしたかったが。あれ? だけどそんなにいいモンスターならもうちょっと人がいてもいい気がするな。情報サイトで見た公立中だか効率厨の人たちってそういうの好きなんじゃなかったっけか。
「それならもうちょっと人が多くてもいい気がするんだが。何かあるのか?」
「いや、ただ単にあれは遭遇しにくいモンスターなんだよ。あれがしょっちゅう出るなら、ここはプレイヤーで溢れてただろうな」
「なるほどな」
「じゃあ行こうぜ」
伸二の声に俺も応じ、俺たちは再びダンジョンの地下深くを歩いていった。
■ □ ■ □ ■
端的に言おう。俺たちはピンチだ。それもかなりの。
だがこれには幾分か仕方のない要素も混じっているのだと、俺は反論したい気持ちで一杯だった。別に誰に責められているわけでも無いんだが。
まず、地下を目指す俺たちの後ろから大玉が転がってきたのがことの始まりだった。
このダンジョンは基本一本道の通路が中心だが、進路先が多岐に及ぶ交差点のような場所もある。幸い俺たちはすぐに交差点を形成しているポイントまで逃げ、その大玉をやり過ごそうとしたのだが、なんとその大玉は俺たちに狙いをつけてどこまでも追ってきた。
これには流石に参った。銃で撃ってもビクともしない巨大な大玉が、俺と伸二をペーストしに猛然と迫ってくる。何より嫌だったのは、その大玉が黄金に輝く玉だったことだ。金の玉だ。金――やめとこう。
「おい総あれ何とかなんねえのか!? も、もうこれ以上走り続けるのもげ、限界が」
「ふざけんな伸二! 誰のせいでこうなったと思ってるんだ! 俺が絶対押すなよって言ったスイッチをお前が押したからだろうがあ!」
そう。何を隠そうこの馬鹿。俺が罠だから絶対に押すなよ言ったスイッチを満面の笑みで押したのだ。何をしてくれてんだ。
「いやあれは押せよってフリだろ完全に! あんなこと言われて俺が黙ってられるかよお!」
「知るかああ! そんなことより走り続けろ、煎餅にされるぞ!」
後ろから猛然と迫る大玉から逃れようと、俺たちは必死に走り続けた。下りもしたし、上りもした。だが大玉は俺たちを追うことを一切やめようとしない。それどころか洞窟内の形状も大玉をすっぽりとはめ込むような円筒状になっており、避けることすらできない道になっている。なんだこの絶対殺すという意志に満ち溢れた罠は。これ作った奴いい性格しすぎだろ。
「な、なんなんだあれは! さ、坂道を、登って、来てるぞ」
「知るかそんなこと!」
このどう考えても重力を無視して迫ってくる大玉に俺の余裕はゴリゴリと削られ、今や伸二の疑問に答える気力すら尽き始めていた。
「お、おい総! ま、前! 前ええええ!」
「……行き止まりだな」
あー、これは詰んだな。
「そんな落ち着いてる場合かよ! どうする!?」
どうしようもない。これは無理だ。俺よりこのゲームに詳しい伸二にわからないならどうしようもない。いや、待てよ。
「ダンジョンから脱出する便利アイテムとかないのか?」
「あるらしいけど持ってない!」
詰んだ。とりあえず叫ぶか。
「「ああああああああああ!」」
俺たちは壁と大玉に挟まれる形で完全に押しつぶされ――たと思った瞬間、大玉は俺たちごと壁を突き破り、その奥に広がっていた広大な空間へと俺たちを放り投げた。
「うわぁああ!? こ、今度は何だぁあ!?」
伸二の叫び声が巨大な空間に木霊する。見渡せば上は天井、横は壁、そして真下は広大な、
「水? いや、地底湖!?」
落下する際の独特な感覚に襲われ、半ばパニックになりかけている伸二はとりあえず放っておいて、俺は状況の把握に努めた。
あの行き止まりだと思った壁の向こうに、まさかこんなに広い空間が広がっていたなんてな。問題はこれが次の罠に繋がっているのかどうかだが……今のとこ弓矢とかが飛んでくる気配はないな。それ以外の罠が来たら……知らん。
となると次の問題は下の水か。この高さから落ちたら水とはいえ結構ダメージくるよな。とりあえず着水時の姿勢に気を付けるとして、問題は伸二だ。あの様子じゃ落ち着いて着水姿勢をとるのは難しいだろうな。
俺は高飛び込みのポーズよろしく落下のダメージを最小限に抑えるべく姿勢を変える。伸二は……あまり運動の得意な方ではない伸二にこれをやれと言っても厳しいだろう。それにあれだけパニくっていては俺の言葉も耳に入るまい。伸二、成仏しろよ。
だが次の瞬間、生暖かい眼差しを送っていた俺の瞳に、とんでもない光景が飛び込んできた。
「なっ!? あれはM字開脚!?」
あろうことか伸二は両膝を脇に抱えるようなポーズをとり着水しようとしていた。そんな姿勢で飛び込んだら死ぬぞ、主に股間が。あいつは何を考えているんだ。元々おかしなところはあるとは思っていたがここまで馬鹿だったのか? それとも俺には考えもつかないような策があるというのか!? わからない、俺にはあいつが何を考えているのかサッパリ……。
「お、おい伸――」
「あっはっはっはっは――」
あ、これは駄目なやつだ。
いやだが待て。もしかしたらこれは伸二の生存本能が働いた故の自衛策なのかもしれない。だとしたら伸二の尻は鋼鉄の硬度を誇る黒鉄の尻となって、いかなる衝撃をも跳ね返す――
「あぎゃばあああああぁぁぁぁぁ……」
凄まじい水飛沫を上げ伸二、いや尻は地底湖に沈んでいった。俺は急速に冷えていく心を自覚しながら、審査員がいれば10の札を一斉に上げさせるであろう着水を決めるのであった。
■ □ ■ □ ■
「全く何やってんだお前は……」
「いやスマン、もう訳わかんなくなってな。つい」
ついでお前はM字開脚を決めるのか。とんでもない才能の持ち主だなコイツ。危なくて一緒に街を歩くのを躊躇うレベルだぞ。
「HPゲージもかろうじてミリレベルで残っていてよかったな。あれで死んでたらお前は俺の中で伝説になったぞ」
伝説の馬鹿としてな。
「しっかし気絶した俺を担いで岸まで泳ぎ切るなんてお前ホントすげえな」
「着ている鎧の重さはリアルほどじゃなかったからな。流石にリアルと同じで何十キロもある鎧を着ていたらここまでは泳ぎ切らなかったと思うよ」
「いや、お前はリアルでもやりかねん」
どんだけだよそれ。
「それはいいとしてさ、ハイブ。あれ、何だと思う?」
俺の指さす方向にあるのは、異様な雰囲気を放ちそびえる重厚で巨大な扉。そしてもの凄く漂うボス臭。
「……ボス部屋、じゃねえかな」
「……やっぱり?」
これ、行く流れ?
次話更新は金曜日の予定です。