27話 【帰還】俺氏、日常へ帰る
伸二たちとナゴの町で別れログアウトしたときには、時刻は既に夕方の6時を回っていた。ヤバい、この時間だともう絶対に瑠璃と母さん買い物から帰ってきてる。もしかしたらもう夕飯先にとってるかも。
俺は自分の部屋を出ると、急いで居間へと向かった。この時間ならまず間違いなく居間にいるか、台所で食事の準備をしているかだからな。
だが居間へ向かう途中で、ある異変に気付く。
――居間にも台所にもいない。ってか何で瑠璃の部屋に母さんの気配があるんだ?
俺はなぜ瑠璃の部屋から母さんの気配がするのか疑問に思いながらも、その部屋の前まで行きノックをしようと手を軽く上げる。すると、同じタイミングで2人の声が部屋から漏れ聞こえてきた。
「あっちゃあ、こんな時間になっちゃった。総ちゃんもう起きてるかな」
「お母さんがあんなことに夢中になってるからだよ?」
「ゴメンね瑠璃。早くご飯作らないといけないからお母さん先に行くわよ」
その言葉が聞こえてすぐにドタドタと足音が響きそして、
――ゴン
「あら総ちゃん、そんなところにいたの」
痛い。
「あぁ。今ゲームからログアウトしたばっかりでボーっとしてた」
「ゴメンね気が付かなくて。でもこれを避けれないなんてよっぽど総ちゃんボーっとしてたのね」
自分でぶつけておいてその言い草かと思わなくもないが、確かに今までの俺ならこのぐらいは余裕で避けていただろう。実際部屋の中の状況は漏れ聞こえた声で理解できていたから、あの状況も余裕で読めた。
それでもあえてドアの前から退かなかったのは、ちょっと寝ぼけ気味の頭をリフレッシュしたかったからと、時間を忘れて遊んでいた自分への罰。予想以上に勢いよく開けられたから思っていたより痛かったけど。
「まあね。それより2人で部屋に閉じこもって何してたの?」
「ふふっ、秘密よ」
「ふふん、秘密なの~」
腕組みしている母さんの後ろで瑠璃も真似をして腕を組み仰け反っている。写真撮りたい。
「なんだよそれ。まぁいいや、晩飯どうする? まだ準備できてないなら何か手伝おうか?」
純粋に手伝おうという気持ちが半分と、IEOで自分の料理の腕前がダメダメだと分かったので少しリアルでの調理に興味が出たという気持ちが半分。野外でのサバイバル術だけじゃなく、家での家事スキルも少し目を向けるべきだと思ったのだ。
だが俺の言葉に母さんは微妙な表情を浮かべる。
「う~ん……気持ちはありがたいけど、総ちゃんがキッチンに立つのは少し怖いかな。瑠璃が刃物の使い方を真似しちゃいそうで」
どうも母曰く、俺や親父は包丁を扱う時の動きが他と違うらしい。「切る」ではなく「斬る」もしくは「kill」になってると言われたことがあるが、今でもそこら辺の違いはよく分からない。
今日皆と挑戦したタマネギを切るという工程も、おそらくそれが原因で失敗したのだと思う。その反省をリアルでしてみようと思ったのだが、こうハッキリ言われたらこれ以上は頼めないな。それも瑠璃に危害が及ぶ可能性があるなら猶更だ。
「わかった。じゃあその間に風呂いれとくよ」
「ありがとう。出来たら言うからそれまでゆっくりしてなさい」
「あぁ、そうするよ」
それから俺は風呂を洗って湯を張ると、食事ができるまでソファーでくつろぐことにした。
今日も色んなことがあった。伸二以外と初めてパーティを組んで、若草さんや冬川さんと打ち解けられて、ゲームで知り合った人たちとフレンドになって。どれもこれまで殆ど経験したことないものだ。これからもそれが続くといいな。
そんな感傷に浸りつつ、母さんから声がかかるまでの間、スマホでIEOの情報を色々と検索する。その中で特に念入りに調べたのは【魔法】に関して。
現在分っている範囲では、魔法を使うには魔術師といった職業に就くのが一番の近道らしい。魔法を覚えるためにはあるスキルが必要なのだが、今現在でそのスキルを魔法職以外で習得する方法は判明していない。
ならば次はジョブチェンジだと指を進めていくが、ジョブチェンジについても特に真新しい情報はなかった。
俺の今の職業【ガンナー】から他の戦闘職にジョブチェンジするためには、いくつかの素材、そして指定モンスターを討伐することで貯まるポイント、それらを揃えた上で更に、ある特殊なイベントを発生させる必要がある。
そのイベントというのは、各町のどこかにいるNPCから職業についての教えを受けるというものだが、目的の人物に会えるかどうかは運の要素も絡むらしい。どういうことかとさらに調べたが、これはNPCの性質を知ることで理解出来た。
通常のゲームであれば受付をしているNPCはずっと受付をしているが、このゲームではNPCにも生活リズムが存在する。つまり、ゲームの中のNPCにも俺たちと同じ家族がいて、それを支えるために仕事をしているのだ。流石にNPCの子供たちの学校とかまではないが、多くのNPCが日が昇ったら仕事をして沈んだら家に帰るという動きをしている。勿論夜間や深夜帯でしかプレイできない人たちのために、夜勤帯で働くNPCもいるが、それだって現実と同じようにシフトを組まれて交代で行われている。おまけに休日にはどこかに出かけることもあるらしく、お目当てのNPCに狙ったタイミングで必ず会えるとは限らないということだ。
本当にリアルに作りこまれている。もしかしてNPCと友達になったりもできるんだろうか。だがこの分だと俺が魔法を使える職業に就けるのはもう少し先になりそうだな。
「総ちゃ~ん、出来たわよー。運ぶの手伝ってー」
もうそんな時間か。夢中になっていると時間の流れはあっという間だな。
「お兄ちゃ~ん、出来たよー」
マジ天使。
「あぁ、今行くよ。ありがとう」
■ □ ■ □ ■
食事と風呂を終えてから、俺は再びIEOにインしていた。最初はあまり家族を放っておくのもよくないと思い、居間で一緒にテレビでも見ようかと思っていたのだが、瑠璃と母さんは2人でやることがあるからとそのまま瑠璃の部屋へと行ってしまった。
なにをしているか気にならないと言えば嘘になるが、それは既に秘密といわれてしまっている。なら話せるときが来るまで俺は待てば良い。ということで俺もゲームの時間をたっぷりと確保することが出来た訳だ。
しかも明日は日曜日だから、多少の夜更かしも大丈夫ときている。これはインしない訳にはいかないだろう。ただ昼食を済ませた後に伸二たちと集まる約束をしているから、それには間に合うように程々にしないといけないな。
さてこれからどうするか。とりあえずナゴの町でも探索するか。そう思い町の中をぶらついていると、伸二からのチャットが飛んでくる。
【お、総もインしてたのか。狩り行くなら一緒に行かねえか?】
ん~どうするかな。まぁ大した目的も無かったしいいか。
【オッケー。どこに行けば良い?】
【俺が総のところまで行くから場所を教えてくれ】
俺はわかりやすそうな目印をそのまま伸二に伝えた。しかし「ぱふぱふワールド」とか「筋肉隆々館」とか二度見するような看板がちらほらあるな。このゲームR指定はそこまで厳しくなかったと思うけど大丈夫なのか、あれ?
俺はイケナイ雰囲気を醸し出す看板から目を逸らすと、次に町を行き来する人たちを観察した。多くは戦闘職と思われるプレイヤーであり、鎧や冑を着けていたり、腰に武器を携帯している人が目に付く。それ以外の人も一応はいるが、それがおそらく生産職と呼ばれる人たちなのだろう。サクラさんや半蔵さんの話ではプロの職人とかも興味本位や研究、修業の目的でこの世界にインしているという話だから、あの中にはもしかしたらリアルでも職人の人がいるのかもな。ま、それは戦闘職のプレイヤーにもいえることだが。お、伸二来たか。
「わりぃ、待ったか総」
「いや、全然。で、どこに行くんだ?」
「ちょっとダンジョンに挑戦したくてな。強いモンスターがウヨウヨいるし、総と一緒に行きたかったんだ」
強いモンスターか。これまで雑魚モンスターしか相手にしてなかったからそういうのはちょっと燃えるな。
「いいなそれ。早速行こうぜ」
「よし、じゃあここから北に行ったとこにあるダンジョンに行こう。多分2、3時間もすれば着くと思うぜ」
それなら寝る時間はしっかりと確保できそうだな。
「そんな近くにダンジョンってあったんだな。てっきりもっと遠くにあるかと思ったが」
この異様に広いフィールドをあの鬼畜運営が持て余すとは思えないしな。
「ダンジョンはいくつかあるからな。これから行くのはその中でも一番町に近いダンジョンだ。遠くのとかだと徒歩で片道一週間ぐらいかかるって聞いたぜ」
遠すぎだろ、馬鹿じゃねえのか。あれ、でも待てよ、近いってことは……
「そんなに近いんじゃ人も多いんじゃないのか?」
「初めのうちはメチャクチャ多かったけど、今は皆遠くのダンジョンやまだ未発見のダンジョンなんかを探しててそこまで多くはないぜ。既に目ぼしいお宝は取りつくされてるしな。総と同じで新規プレイヤーもいるとは思うが、まぁそこら辺を言い出せばどこのフィールドも似たようなもんだよ」
「なるほどな」
しかし未発見のダンジョンを探しお宝を探すプレイヤーか。冒険者でもあるんだろうが、トレジャーハンターみたいだな。
「よし、じゃ出発しようぜ」
俺と伸二は意気揚々とダンジョンを目指し、夜のフィールドを駆けていった。
次回は掲示板回になります。