26話 【惨敗】俺氏、生産する
俺は今、パイナップル畑の広がるフィールドで、お料理教室に参加している。
自分でも何を言ってるのか分からなくなってくるが、もうそうとしか言いようの無い状況だ。
俺たちからパイナップルガーのドロップアイテム【パインカット】を購入した女性――サクラさんの計らいにより、料理スキルが無くとも料理が出来るというところを見せてもらう&体験することとなった俺たちは、彼女の言われるがままに動いていく。
「さ、これで準備はオッケーね。早速始めましょうか」
サクラさんはアイテムボックスから携帯用のキッチンセットを取り出すと、人数分の包丁を用意し俺たちに配ってくれた。よく手入れされた、とてもよく切れそうな包丁だ。武器として欲しい。
「え~っと、皆は料理の経験はどれくらいなのかしら?」
サクラさんからの問いに、彼女に近い順で伸二、若草さん、冬川さん、俺の順で答えていく。
「俺は全くだな。得意料理はカップ麺とレトルトカレー、あとレンジでチンする系ぐらいだ」
それ料理とは言わねぇよという視線を皆からたっぷりと浴びた伸二の次に、若草さんが少し緊張した様子で答える。
「あ、私は母の手伝いで下ごしらえだけしてます。その、味付けとかは……今勉強中です」
料理教室に通っている生徒みたいだな。本人もそんな感覚に陥ってるから緊張してるのかな?
「私は朝ごはんだけ毎日作ってます。お昼と夜は時間があるときにお手伝いするぐらいです」
冬川さんも緊張しているけど、この子はいつも緊張している気がするから若草さんと一緒の理由かどうかは分からないな。にしても朝ごはんを毎日か。偉い、偉すぎるだろ。
あ、俺の番か。
「えっと、料理というかサバイバルとかは良くしてました。ナイフがあれば大抵の動植物はバラせます。味付けとかは大雑把ですけど、猪、鹿、蛇辺りの料理はよく作りました。熊も経験は少ないけど出来ます」
「そ、そう……最後のはよく意味が分からなかったけれど皆のことは大体分かったわ」
嘘はいけないから割とありのまま話したが、やっぱ引かれたか。まぁ普通引くよな。俺も引いたからな、熊を鍋にしたとき。親父は喜んでたけど。
「じゃあ皆食材をまずは切ってみましょう。まな板の上にあるタマネギを切ってちょうだい」
そう言われ俺たちは包丁を手にタマネギを刻んでいくが、早くもここで明暗が分かれた。俺たちが切ったタマネギは見た目はどれも同じぐらいだが、サクラさんに言われそれを一切れ口にしてみた時、それは起こった。
「「美味しい!?」」
「「ぶはっ不味!」」
女性陣と男性陣で見事に意見が割れた。これは男女のアバターによって味覚に違いがあるためだとかではなく、純粋に調理の腕の差だろう。俺は思ったことを口にする。
「これは食材に対する包丁の使い方、ですか?」
するとサクラさんは人差し指を立て俺に満面の笑みで答える。
「正解。女の子2人は普段使ってるだけあってタマネギに対する包丁捌きは十分合格点ね。でもハイブ君は包丁の使い方が不十分。ソウ君は……包丁を使うだけなら私でも寒気がするような切り口だけど、残念ながらタマネギの正しい切り方ではないわ。タマネギにはタマネギの、肉には肉の正しい切り方がいくつかあるの。それには角度や力加減を巧みに調整する必要がある。上手く切れた女の子の食材は今の時点でもそれなりに美味しくて、上手く切れなかった男の子の切った食材は美味しくない。一度失敗すると、この後何をしてももう美味しくはならないわ。リカバリーがきかないという意味では、リアルよりもシビアかもね」
なるほどな。料理人とかはスキルでこういった能力を得ることが出来るから料理が上手く作れるのか。そしてそのスキルをリアルでも持っている、あるいはこちらの仕様に合わせる腕のある人は同じように作れて、持ってない俺たちのような奴らが作るとゴミと化すと。今後俺と伸二は料理禁止だな。
「じゃあ男の子たちはここでリタイアして、女の子たちは次の工程にいきましょうか」
「「は~い」」
「「はーい……」」
残念だがこれは仕方ない。俺と伸二はそのまま隅の方で座っている半蔵さんの横に移動した。
「残念だったね2人とも」
顎ヒゲが特徴的な半蔵さんが声をかけてくれる。見た目のゴツさを感じさせない優しそうな声だ。
「そうっスね。まぁ出来ないもんは仕方ないっスよ」
目上の人にはそういう喋り方をするのか。それ、社会人だと通用しないってことをいつか教えてやろう。
「そう言えば半蔵さんは鍛冶師なんですよね? あの包丁も半蔵さんが作られたんですか?」
「あぁ、妻は私の作ったもの以外は使いたがらなくてね」
「へー、ラブラブっスね」
伸二の言葉に半蔵さんは照れながらも言葉を続ける。
「私もリアルでは刃物に携わる仕事をしていてね。私たちは2人揃ってリアルの仕事をこっちでもやっているんだ」
俺はリアルと違うファンタジーを求めてこの世界に飛び込んだが、2人は何を目的にこの世界に来たのだろう。俺はそれがどうしても気になり口にする。
「サクラさんと半蔵さんは何を求めてこのゲームをしているんですか?」
俺の問いに半蔵さんは手を顎に当て、少しの間黙った後に口を開く。
「そうだねぇ。私たちはここでゲーム、というか冒険がしたくてゲームを始めた訳ではないんだ。この世界はすっごくリアルに作られてるだろ? だから、もしかしたらこの世界でも料理や鍛冶の練習や試行が出来るんじゃないかって考えたんだよ。調べるとそれがどうも本当に出来そうだったんで、夫婦揃ってやってみたって話しさ」
リアルだとお金が無いとできないことが、この世界ではゲーム内通貨があればできるからな。初期投資はかかるけどランニングコストを考えればこっちの方が遥かに安上がりだな。なるほど、それで職人の夫婦で揃ってやっているのか。
「でもスキルで作ったものはどれも大体同じ出来だったから、適当なところで辞めるつもりだったんだ。だけどサクラがスキル以外のこともリアル同様に正しいやり方ですれば出来ることを発見してからは、もう世界が変わったよ」
「世界が変わる、ですか」
「あぁ。やり方を僅かに変えただけで出来は結構変わるし、新しい手法を試したら全く新しいものを作り出せたりもする。しかもリアルに忠実で理論的でもあるから、一部は現実にも反映することができるんだ。一つ一つの動作は基本に忠実でないといけないから、技術の反復練習にももってこいだしね。今ではすっかりこのゲームにハマりこんでしまったよ」
半蔵さんはワクワクの止まらない子供のような笑みで俺たちに語りかける。聞いているこっちにまでワクワクが移ってしまいそうな笑顔で。
あ、そう言えば生産職について聞こうと思ってたことがあったんだった。
「最初は皆戦闘職のどれかについてますよね。半蔵さんたちはどうやってジョブチェンジしたんですか?」
戦闘職のことしか考えてこなかったからそこら辺の知識はサッパリだ。伸二に聞こうと思ってたけど、今の今まで忘れてた。
「そこはハローワークの出番だよ。戦闘職はジョブチェンジするのにやることが結構沢山あるけど、生産職はハローワークが定期的に開いてる講習、と言うか研修のようなものを一定数履修すれば色々なものに就くことができるんだ。まぁその研修ってのが面倒って言う人も多いんだけどね」
そういうことか。じゃあ冒険よりも生産がしたい人にとってはそこまでハードルの高いゲームにはならない訳だ。
「なるほど、よくわかりました。半蔵さんたちのようにあまり冒険とかには興味ない人は多いんですか?」
「全体で見れば冒険をしたい人の方が多数だと思うよ。でも私たちのように生産をするのが目的の人や、中には趣味をするためにこのゲームにインしている人たちもそれなりにいるよ」
趣味? 趣味ってあの趣味だよな。この世界で趣味って関係あるの?
俺が不思議そうな顔をしていると、横で聞いていた伸二が俺の疑問に答えてくれた。
「このゲームは冒険だけじゃなくて生産や趣味なんかも出来るような自由度の高さが売りだからな。釣りもできるし、スポーツも出来る。ウルマの町にある総合運動場は凄い人気施設だし、釣りとかだってそこらの釣りゲーよりよっぽど臨場感ある。このゲームはそういう層にも支持されてるんだよ。まぁ大半は冒険をしつつ趣味を楽しむって感じだけどな」
なるほどな。このゲームが多くの人に支持されているのにはそういう背景もある訳か。自分のリアルでの能力がそのまま反映されるからスーパーマンにはなれないけど、遊ぶためのハードルが低いから手軽に手を出せると。あ、でもスキルやアーツを習得していけばリアルよりも凄いプレーも出来るのか。もしやリアル少林サッカーの再現も出来たりするのか?
「ホントに何でもできるんだなこのゲーム」
その後も俺たち男子陣は、女性陣が料理に一生懸命な間それぞれの話しで盛り上がった。途中半蔵さんからナイフ捌きを見せて欲しいと言われ披露した時、急に真剣な顔になっていたが、職人ならではの何か思うところがあったのだろうか。
そうこう互いに盛り上がっているうちに、女性陣が完成した料理を茶碗についで持ってきてくれた。その中身は俺たち日本人なら誰もがお袋の味として懐かしむもの。
「味噌汁か。くぅ~美味そう」
食べる前から舌鼓を打つ伸二だが、これには全く同意だ。これは分かる。絶対美味いやつだと。日本人としての本能がそう告げるのだ。半分しかないが。
お椀を持つと味噌の香りが鼻腔をくすぐる。溶けた味噌の間からは真っ白な豆腐とタマネギ、そしてワカメが顔を覗かせている。絶対美味いやつだってこれ。
女性陣からの召し上がれの声を聞いて俺と伸二は火傷しない様にゆっくりと味噌汁をすすり飲む。
――いい。
やっぱり味噌汁は心を落ち着かせる。しかもそれが同い年の女性が作ってくれたものだという事実がまた心躍らせるスパイスとなって、感動を一段階引き上げる。心なしか体が少し軽くなったような錯覚すら覚える。
「どう? 美味しいでしょ、ブルーちゃんの味噌汁」
これ冬川さんが作ったやつか。まったく最高だな。
「凄く美味しいよブルー」
「あぁ、メッチャ美味いなこれ」
俺と伸二の心からの賛辞に、冬川さんは顔を赤らめてぼそりと答える。
「あ、ありがとう、ございます」
なにこれかわいい。
「ん? リーフが作ったのはどうしたんだ?」
あ、そこ聞きますか伸二さん。
「私のは……その……ちょっと味付けに失敗しちゃってね」
若草さんが言い難そうなのを察してサクラさんがフォローを入れる。
「途中までは良かったんだけどねぇ……出汁を作る工程が上手くいかなくて。それでもあそこまで出来るんなら、これから頑張ればきっと料理の上手な女の子になれるわ。プロの私が保証する」
「あ、ありがとうございます!」
サクラさんからのフォローを受け若草さんの顔がパッと晴れる。流石大人の女性。フォローもしっかりしてるな。
俺は場の空気が和んだのを見て冬川さんの料理について触れる。
「でもサクラさんの話だと、スキルに頼らずに生産するにはその筋のプロ並みの腕が要求されるんですよね?」
「ええそうね。概ねその認識でいいと思うわ」
「じゃあブルーの料理の腕はプロ級ってことですか?」
「味噌汁作りに関してはそう言えると思うわ。でもこれより難しい料理は山ほどあるから、他の料理もマスターできればハッキリとそう言えるんじゃないかな」
なるほど。しかし味噌汁作りのプロでも俺は全然凄いと思うんだけどな。むしろ最高だろ。主に嫁的な意味で。
「ブルーちゃんが憧れの王子様を射止められるかは胃袋を掴めるかにもかかってると思うから、頑張ってね。お姉さん本気で応援しちゃうから」
「さ、サクラさん!?」
サクラさんからのエールを受け冬川さんが一瞬で顔を茹で上がらせる。いや待てなんだその王子様って。冬川さんにそんな人いたの!? くそぅなんて羨まけしからん男だ。結ばれたら俺も祝福してやるよ、個人的に。とりあえず体育館裏な。
それからなんやかんやと盛り上がり、最後はサクラさんお手製のゴーヤチャンプルを御馳走になったのだが、またこの料理が凄かった。ゴーヤーの苦みをマイルドに包むふわふわの卵。食べごたえのある島豆腐と豚肉のコントラスト。もうこれは一種の芸術の域に達してやしないだろうかと何度も思った。流石プロ。感服仕りました。
俺たちはたっぷりと料理を堪能した後、それぞれにフレンド登録してから別れることにした。
「じゃあ私たちはそろそろ行くわね。私たちはウルマの町でお店を開いてるから、町に寄った時にはまた顔を出してちょうだい。サービスするわよ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
サクラさんのどこまでいっても明るい言葉に俺も元気よく答える。そのまま女性陣が横でゴニョゴニョと話し出したのでそれを眺めていると、脇から半蔵さんが声をかけてきた。
「ハイブ君、ソウ君、これからもよろしくな」
「「はい、こちらこそ」」
かぶった。ちょっと恥ずかしい。
「ところでソウ君、もし武器のことで悩みがあれば一度私のところに来てみてくれ。助けになれるかもしれない」
「はい、その時は是非」
半蔵さんの作った包丁の出来は見事だったからな。機会があればと言わず何とかして行こうと思う。
それから俺たちはサクラさん、半蔵さんと別れナゴの町へ向かった。道中ふと目に入ったオレンジ色に染め上げられた平原が、俺の心をまったりとした気分にさせる。もう夕方か……
――夕方じゃねえか!
そこまで来て俺はようやく瑠璃と母さんのことを思い出し、町へ着くなり伸二たちに事情を説明し早々にログアウトした。
やばい。
生産の話はこれにて終了です。以後オキナワ攻略に向けての動きが始まります。