25話 【発見】俺氏、生産職を知る
「いきなりごめんなさい、私はサクラ。職業は料理人です。こっちのゴツいヒゲは半蔵。職業は鍛冶師で、ついでに私の夫です」
20代前半ぐらいにしか見えない大人の女性のサクラさん。その夫ってリアルでってことですよね?
「おいおい夫の方がついでなのかよ。先に言われちまったがサクラの夫の半蔵だ。よろしくな」
こっちは30代半ばぐらいに見えるゴツいヒゲ――じゃない大人の男、半蔵さん。で、その夫婦ってのは設定なんですか? リアルなんですか? その答えによってここから去るか話を聞くかが決まるので教えてくれませんかね。
「よろしくサクラさん。俺はハイブ、で、こっちの金髪イケメン爆死しろ野郎が総。で、こっちの平らな美少女がリーフで、たわわな美少女がブルーでごがはあっ!?」
うん、若草さん、今のは見事な右ストレートだった。とても素人の拳とは思えない殺気の乗り具合が尚よろしい。伸二、アホだな。
「――ゴホンッ。この馬鹿が失礼しました。私はリーフ。魔術師です。先ほど素材を売ってほしいと仰いましたが、具体的にはどの程度をいくらでというお話でしょうか?」
「そうですね……お金は店頭で購入する時の相場と同じぐらいを希望しています。量は20個程を希望いたします」
20個か。多分それ以上の数を倒したから足りそうではあるな。
「いかがでしょうか? 商業組合に素材を卸すよりは高いと思うので悪い話ではないと思うのですが」
この女性の言うことは正しい。
この世界の物流はリアルに近い状態で行われている。俺たちプレイヤーが素材をNPCの営む商業組合に卸し、その商業組合が町の商店に卸し、商店はそれをそのまま直接、あるいは加工した物を商品として並べる仕組みだ。つまり町の商店で売られている武具や回復薬などの商品は、俺たちプレイヤーが素材を採集しないと品不足に陥ってしまう。この採集と消費のバランスを保つために運営も採集を専門的に行うNPCなどをいくつか町に配置しているという話だが、それでも決してデータ自体の操作は行わないらしい。
俺たちプレイヤーはその多くが素材を商業組合に卸しているが、中にはその素材を採ることを専門にしている採集家と呼ばれるプレイヤーや、素材から商品までを自作する生産職と呼ばれるプレイヤーがいる。サクラさんは料理人、半蔵さんは鍛冶師と言うことだから、2人とも生産職と言うことになる。生産職のプレイヤーには素材が必須だから、商店から素材を買うよりもこうして自分でフィールドに出て採取した方が圧倒的に安上がりなのだ。
では生産職は皆自力で素材を集めているかと言われるとそれは逆に少数派だ。生産職は俺たち戦闘職と違ってモンスターを倒す能力が低い。リスクの方が高いのだ。だからこうしてフィールドに出たはいいが、採集が上手くいかず戦闘職のプレイヤーと直接品物のやり取りをしようとする生産職もいる。俺はこの2人もそうなのだろうと考えていた。ある1つの疑念が晴れればの話だが。
俺はその疑念を確かめるために2人に質問を投げかける。
「確かに俺たちが素材を商業組合に卸すよりも高く買ってくれるなら俺たちには得ですけど、それだとあなた方のメリットはあまり無いのでは?」
そう、提案している側のメリットが見えてこないのだ。旨い話には必ず裏がある。その裏が果たして何なのか、それが分からない限りこの話はあまり乗り気にはなれない。
「そうですね。値段だけで言えばその通りです。でも貴方たちが今持っている素材と、店頭に並んでいる素材では新鮮さが決定的に違うんです」
「新鮮さ、ですか?」
俺は聞きなれないその言葉に思わず聞き返す。勿論リアルでは、食材の鮮度は子供でも当たり前に知っている事柄だ。だがその鮮度がまさかこの仮想世界にも適用されているとは思わなかったのだ。他のメンバーの驚いている顔を見るに、そう考えていたのは俺だけでないこともわかる。
「この話をすると皆さん驚かれます。ゲームで素材に鮮度があるなんて発想、あまりありませんよね。でもこの世界ではそれがあるんです。それも、非常に現実に近い状態で」
流石リアルを追及するとチュートリアルで謳っていただけのことはあるな。生産職にも容赦ねぇ。
「なので私はどうしても新鮮な食材を手に入れたかったんです。店頭に並んでいるものはどれも鮮度がイマイチでして」
そういうことなら合点がいった。素材については商業組合で売るつもりだったが、そういう話ならこの人たちに譲ってもいいように思える。他のメンバーにもそれでいいか確認を取ると、幸い皆考えていることは同じだったようで、俺たちは手持ちの素材をアイテムボックスから20個取り出し2人へと渡した。
「ありがとう。えっと、今ナゴの町ではパインカット1つ300フォンだから20個で6000フォンでいいかしら?」
「俺はいいけど――」
皆の顔を見れば異論はなさそうだ。そのまま了解し金銭を受け取る。何気に初めてこの世界のお金を手にしたことにひっそりと感動も覚えていたりする。因みにこの世界の通貨が【フォン】だというのは今知った。今更過ぎる。
「どうも」
代表して受け取ったが、これは勿論皆で四等分だ。他の3人はこれは殆ど俺が落としたものだから報酬も俺のものだと言ってくれたが、俺はそれだけは頑として譲らずキッチリと四等分した。チームの戦利品はチームのものだ。幼少の頃より親父から言われてきた言葉だが、俺も全くその通りだと思う。
親父で思い出した。もう少ししたらログアウトして瑠璃と母さんが帰ってきてないか様子を見よう。
俺がそのことを告げようとすると、サクラさんはアイテムボックスから机と椅子を取り出し平原に並べ始めた。
え? 何するの? てか凄い光景だな。青いメカの四次元ポケットかよ。
「皆どうもありがとう、お礼に私の手料理を御馳走するわ」
その言葉に若草さんは声を跳ね上げる。
「え! いいんですか!?」
「勿論、私からのせめてもの気持ちよ」
「やったな総、料理人の料理って結構貴重で食べる機会なんてそうそうないんだぞ」
テンションを上げて喜びを表現する若草さんと伸二に、俺の思考は完全に置いてきぼりを食らう。
え、料理ってただのアイテムだろ? ゲームの世界で食事するのがそんなに嬉しいのか? 実際に味がするわけでも無かろうに。
俺が戸惑っているのに気付いたのか、伸二が声をかけてくる。
「お前もしかして料理のこと知らなかったのか? そりゃこのゲームの半分を損してるぞ」
なんだと……半分もか。
「どういうことなんだ?」
「料理ってのは食えば回復したり能力に補助が付いたりするのは知ってるか?」
「ああ。でもNPCから買う料理はあまり効果は高くないし、何より味がしないんだろ?」
味がしない料理というのは思いのほかキツイ。親父に放り込まれたジャングルでそれは嫌というほど体験した。まだこの世界の料理は口にしたことはないが、その情報を聞いた俺はとてもそれを食べたいとは思わなかった。
「NPCのはな。でも生産職の――ってか料理スキルを持った人の料理は現実に負けず劣らずの味を再現できるんだ」
なん……だと……。それはあれか、仮想世界の中で食事を――味覚を楽しむことが出来るということか。なんだそれリアルすぎだろ。そこまで出来る技術とか逆に心配になるレベルだぞ。
「だけど生産職のプレイヤーが作る物はNPCよりも性能が良かったりする分高いし、何よりその数が少ないから流通自体あまりしてないんだ」
そうか、それであんなに喜んでいたのか。
「なるほどな、さっきの反応の意味が良く分かったよ」
俺が納得していると、サクラさんは上機嫌な笑みを浮かべこちらに近づいてきた。
「そんなに言ってもらえると嬉しいわ。でも貴方たちも料理自体は出来るかもしれないのよ」
「え?」
その言葉に若草さんは信じられないといったような表情を浮かべる。因みに冬川さんはニコニコしながら机と椅子を拭いたりしている。なにあれカワイイ。
「この世界で物を作るにはスキルの恩恵が非常に重要。それ自体は間違っていないわ。でもね、この世界では逆にプレイヤーのリアルでの能力次第でスキルと同等か下手をすればそれ以上の力を発揮することも出来るの。とっても難しいんだけどね」
その言葉を聞くと伸二と若草さんが揃って俺の顔を凝視する。その「ああ、コイツのことか」と言わんばかりの顔に俺も言いたいことはあったが、サクラさんの話を遮るわけにもいかずにそれを努めて無視する。
「それが分かったのは割と最近なんだけどね。普通ゲームの中にスキルがあって、それを使えって言われたら使うじゃない」
それは良く分かる。俺もゲーム初日それで随分悩まされたからな。
「でも私はリアルでもプロの料理人として働いているから、このゲームの中にあるスキルだけでは満足できなかったの。で、ある日ほんの気まぐれでスキルに無いことをしようとしたら、できちゃったの。もうあのときの感動は今でも忘れられないわ」
サクラさんはリアルでも料理人なのか。リアルでも料理、ゲームでも料理。本当に料理が好きなんだな。
「じゃあ私たちでも料理って出来るんですか!?」
このゲームの新しい可能性が見えたことで若草さんが食い入るように質問する。やっぱり女性にとって料理って特別な想いがあるのかな。
だがサクラさんはその質問に少し難しい顔をして答える。
「う~ん、出来るかもしれないとしか答えられないわね。どう言えばいいかしら……あ、そうだ! これから私と一緒に作ってみない? それで上手く伝えられると思うわ」
おっと、そういう流れか。




