24話 【収穫】俺氏、パイナップルを狩る
「ハイブ、右の群れを落とす! 処理は頼んだ」
「お、おう……」
「リーフ、左の群れを狙う! 撃ちもらしは頼んだ」
「え、えぇ……」
俺の指示に伸二と若草さんは妙に歯切れの悪い返事を少し前から繰り返している。心なしか、目から覇気が消えていっているようにも感じる。これがリアルなら、戦場にあってそんなことでは自ら死を招くことになるぞと檄を飛ばしていただろうが、ここは仮想世界。皆には皆のスタイルがある。強制はできない。その分は俺が頑張ればいい。俺はそう自分を納得させパイナップルの群れに銃弾の雨を降らせ、弾切れになると跳躍しナイフで切り刻んでいった。
「ねぇ伸二……これ私たちいる?」
「気持ちは痛いほど分かる、が言うな。虚しさが増す」
「う、うん……でもこれは話に聞いていた以上ね。私の前にいたパイナップルガーの群れ、撃ちもらしも殆ど無く綺麗にお陀仏よ。それも急所の目を正確に撃ち抜いて。わずかに残った敵もナイフで細切れにされてるし」
「俺の目の前に落ちてきたパイナップルガーも、全部が急所を4、5発打ち抜かれて死んでるな」
「浮遊している敵だから私たちが援護しにくいってのもあるけど、こうも圧倒的だとは思わなかったわ」
「俺もここまでとは思ってなかった。これは対空攻撃手段を早く取得しないと、この手の敵は全部総に任せることになっちまうな」
「そうね。私も早くリキャスト時間が短くて、狙いのつけやすい魔法を習得するよう頑張るわ」
2人の会話は銃撃の音と風きり音で全部は聞こえないが、対空攻撃手段の確立と挙動の素早い魔法を習得したいってところは聞こえた。なんだなんだ、やる気に満ちてるじゃないか。覇気の無い目なんて判断するのは早計だったな。
しかしこの空飛ぶパイナップル。相手してみるとホント大したことないな。旋回速度も上昇速度もドローン以下。直進のスピードだけはそこそこだが真っ直ぐ近づいてくる以上はただの的だ。もう少し低い位置を滞空するモンスターだったら伸二でも楽に討伐できるだろうな。
そうこう考えながら手を動かし続けていると、俺たちの周囲にいた空飛ぶパイナップルは全て沈黙してただのパイナップルになっていた。
「よし、ここらの敵は大体片付けたな。どうする? 移動するか?」
「そうだな。だがその前に素材の回収をしよう。地面に落ちてるカットパインを全部拾ってから次に行こう」
伸二のその言葉に従い俺も足元に転がっているドロップアイテム【カットパイン】を手にした。なになに?
【カットパイン:とっても甘くてみずみずしい果実を一口サイズにカットしたもの。酢豚に入れる派と入れない派で常に骨肉の争いを繰り広げている。なお開発チームの山田はこれが原因で奥さんと別居中。現在3年目を迎え、今では最愛の娘にすら会うことを拒まれ始めている】
重いわ! 何骨肉の争いって。山田さん大丈夫!? 奥さんと仲直りした方がいいよ絶対。って言うか重すぎて前半の説明頭から吹っ飛んだわ。
運営のパイナップルに対する想いに俺が呆れ、山田さんに憐憫の情を抱いていると、背中から小動物のような庇護欲をそそる声が聞こえてきた。
「ソウ君、お疲れ様です。その、すっごくカッコよかったです」
そう言って冬川さんは俺に真っ白でふかふかなタオルを渡してくれた。
なにこの生き物、超可愛いんですけど。一度でいいから「葵を甲子園につれて行って」って言ってくれないかな。俺全力で白球を追いかける青春に浸かるわ。
「ありがとう、この世界でも汗ってかくんだね」
そう言い額から流れ出る汗を拭き取ると、視界の隅に光っているマーカーのようなものがあるのに気付いた。それはよく見るとスキル習得と書いてあり――
「何じゃこりゃあ!?」
いきなりのことに銃弾を腹に喰らった刑事のよな台詞を吐いてしまった。
「ど、どうしたんですかソウ君?」
冬川さんが心配そうな顔でこちらを伺っている。いかん、余計な心配をかけてしまった。
「いやゴメン、どうも新しいスキルを習得したみたいだからそれでビックリしてさ、つい」
「ええ! それはおめでとうございます。どんなスキルですか?」
「ん、今開けて――」
「おい待てお前ら」
俺がスキル一覧画面を開こうとしていると、横から伸二の声が飛んでくる。何だこいつ、俺と冬川さんの時間を邪魔する気か? お前がその気ならしょうがない。全力で相手しよう。さあ――
「スキルってのは結構大事な情報なんだ。易々と他人に見せるものじゃないし、聞くものでもないぞ」
え、そういう話?
「ブルーは他人じゃないし、俺は構わないぞ?」
「そ、そそそそソウ君!?」
何故か赤面してしまっている冬川さんは一先ず置いて、俺は伸二に話を続ける。
「それにハイブだって最初俺に見せてくれただろ? 俺も見せたけど」
「俺だって今のパーティメンバーになら全部見せられるよ。ただ、スキルやアーツの情報ってのは信用できる奴以外には見せない方がいいって話をしておきたかったんだ。それが分かってるのなら俺から言うことは何もねえぜ」
そう言う事か。要は忠告してくれたんだな。
「そっか。わかったよ、サンキュ」
「じゃあそういう訳で俺にも見せてくれ総」
「私もついでに宜しくねソウ君!」
……おう。何だろう、この微妙に釈然としない気持ちは。
俺はもやもやとしたものを確実に感じていたが、努めてそれを無視しスキル一覧画面を開いた。
【スキル一覧】
・赤鬼(Lv1)←New
HPがレッドゲージになると与ダメージが1割増加し、スピードも上昇する。レベルに応じて効果が上昇する。パッシブスキル。
・極(Lv1)←New
発動後30秒間、弱点部位への与ダメージが1割増加し、非弱点部位への与ダメージが1割低下する。リキャスト時間180秒。レベルに応じて効果が上昇する。アクティブスキル。
おお、なんだか強そうな名前のスキルが出てきたな。見た感じ【赤鬼】はデメリットは無いな。まぁ発動条件がシビアだから発動して欲しくない気もするが。
もう1つの【極】ってのは弱点部位というか敵の急所を狙って撃つ俺にはかなり相性の良さそうなスキルだな。ただリキャストが180秒もあるから使いどころは見極める必要があるか。
「見た感じ良さそうな気がするんだが、これどうなんだ?」
俺は皆にも意見を求めたが、その答えは概ね同じだった。
「かなり良いスキルだと思うぜ。特に【極】は総のプレイスタイルにはピッタリだな」
お、伸二も俺と同じ意見か。これは良スキルと思って良さそうだな。
「私もいいと思うわ。特に名前が強そうってのがいいわね」
やっぱそこ大事だよね。分かる。
「……私も……いい、と思います」
冬川さんまだ顔赤いな。風邪引いたんじゃなかろうか。でもそもそも仮想世界で病気にかかるのかな。それともリアルで風邪引いてるとこっちでも調子が悪いとかあるのかな。無理してないといいけど。
「皆にそう言われると安心してきたよ。サンキュな」
「良かったな総。これでお前もアーツとスキルの両方が揃ったな」
「ああ」
アーツは全く使ってないがな。
「よし、それじゃあ次の狩場に移るか。もうクエスト達成分は狩れたけど、この素材はそこそこの値で売れるからもう少し取っておきたい」
「オッケー、わかった。さっきみたいに落とせばいいんだな?」
次の狩場に行こうという伸二の提案に俺はすぐさま応じ、冬川さんと若草さんも頷くことで意思を示す。
さて折角だしスキル【極】の効果も試してみるか。【赤鬼】は……いつか機会があった時でいいか。俺がそう考えていると、聞き覚えの無い大人の女性の声が背中から聞こえてきた。
「あの、もし――」
その声に振り向けば、そこには頭にコックさんのかぶる帽子をかぶった20代前半に見える女性と、30代半ばぐらいに見えるガタイの良い男性が立っていた。
2人の視線から俺に声をかけたのだということを察すると、俺は自分でももう少し何とかならならないかと嘆息するような声で応じた。要は、緊張したのだ。
「はぃい?」
「急に声をかけてすみません。私に、そのパイナップルを売っていただけないでしょうか?」
……はぃい?