23話 【動揺】俺氏、パイナップルを知る
【ナハ】の町の少し外れにある駅舎から、俺と伸二、冬川さん、若草さんの4人は牛車で【ナゴ】を目指していた。
IEOのフィールドは広大だ。徒歩で行けば、目的地まで今日中に着けるのかどうかもわからない。例え牛車を使っていようが、ある程度はゆっくりした旅路になると考えていた。だが俺はすぐに自身の認識の甘さを痛感させられる。
「速すぎだろ……」
呆れたような、疲れたような声が思わず口から漏れる。だがそれも多少は許してほしい。一体誰が、牛が特急電車並みの速度で走ることを想像できようか。明らかに馬より早く、そして車体もビックリするほど揺れない。まぁここをリアルに作り込んだら多分俺ら全員振り落とされてグロテスクな見た目になってただろうから、これは仕方ないと思うべきか。
「皆最初に乗るとソウ君みたいな顔をするわ。でも転移とかの移動手段のないIEOの世界ではこの移動が最速だから、皆使っていくうちにいつの間にか慣れていくわね」
そうなんだよなぁ。町と町の間の移動が実際徒歩かこの牛車の二択しかないから、さっさと町を移動したいだけの俺たちのような人は皆この牛車を使う。勿論タダというわけではないからご利用は計画的になんだが。
尚、俺の代金は伸二が出してくれた。モンスター討伐で得た素材はあるが、色々あってまだ換金はできていない。要は文無しだ。流石に後で返すと言ったが、今回は助っ人で来てもらってるからいいと言われ、結局その言葉に甘えさせてもらった。なにか別の形で返さないとな。
「ナゴの町までは大体1時間で着く。駅舎は町から少し離れたところにあるから町には寄らないけどな」
確か目的地はナゴの町の北にあると言っていたな。なら帰りはナゴの町に寄ってもらうか。行ってみたい好奇心もあるが、何より金がないのが寂しい。
「クエストが片付いたらナゴの町に寄ってもいいか? 素材を換金したいし、時間があれば装備とかも少し見てみたいんだ」
「ああいいぜ。どっちにしろクエストの報告やら報酬の受け取りやらで行く予定だしな」
「サンキュ」
流石に初期装備の銃と服装じゃあ寂しいからな。すぐには調達できなくても目標ってのは大事だ。あと戦利品のナイフがどれぐらいの値打ちモノなのかも知りたい。
「そういえば総、お前PvPでドロップした装備品のステータスとかは確認してんのか?」
「ん? あぁ、鉄製の刃渡り18センチのサバイバルナイフだ。厚さは5ミリだな」
俺の説明に伸二は微妙そうな顔を浮かべる。なんだ、もっと詳しい説明が欲しいのか?
「お前、もしかしてステータス見てねえな」
「……あぁ、そういうことか」
武器や服装などの装備品には攻撃力や防御力などのステータスが存在する。IEOではあまりステータス画面で数字が出てくることが無いため、すっかりその存在を忘れていた。俺は慣れない手つきで所持している武器のステータス画面を開いていく。
【武器一覧】
・ハンドガン
攻撃力:3
一般的なオートマチック拳銃。弾数12。
・ハンドガン
攻撃力:3
一般的なオートマチック拳銃。弾数12。
・ナイフ
攻撃力:6
一般的なサバイバルナイフ。
……何て地味な名前なんだ。
「これって良い物なのか?」
俺の問いに伸二は微妙な顔を浮かべる。なるほど、そういう評価か。
「多分これは盗賊とかの職業の初期装備品だな。ナゴの町にいけばこれより上位の武器も結構あるはずだぜ」
「そっか。じゃあナイフについてはその時に考えるか」
元々これは拾い物みたいなものだしな。そこまで期待していたわけでもない。それにこのゲームは使い手の腕で色々とカバーできる部分がある。攻撃力の低さはそこで補えば何とかなるだろう。素手でモンスターとやりあえることもわかったしな。
「だが欲を言えば剣も欲しいな。あと手榴弾、いやグレネードランチャーか。デカい奴用にロケットランチャーもいいな。後はアサルトライフルと……いや待てよ、ここは仮想世界。レールガンや荷電粒子砲もあるかもしれない。ふむ、となると」
「おーい総、帰ってこ~い」
おっと、危ない危ない。もう少しで波動砲や縮退炉に行きつくところだった。地球どころか宇宙規模で騒乱を起こすところだったよ。
「スマン伸二。お前のお陰で世界は救われた」
「この一瞬で俺に何が起こった!?」
謙遜するな。お前は偉大な男だよ。人類が皆伸二だったらこの世から争いは無くなるだろう。皆が伸二だったら……いかん、そんなのキモ過ぎる。やっぱ駄目だ。この世から伸二を排除しなくては。
「伸二、世界のために死んでくれ」
「だから俺に何があった!?」
その後も色々な話をしながら牛車に揺られること約1時間。俺たちは目的の駅舎に到着し、そのままパイナップル園を目指した。
■ □ ■ □ ■
ナゴの町付近の駅舎を降りた俺たち4人は、目的のフィールド――パイナップル園に来ていた。
「着いたぜ総。ここがパイナップル園だ」
「……」
なんと言えと。わーいパイナップルだ~とでも言えと? 言ってもいいさ、ここがリアルの沖縄だったらな。
だが俺の目の前に広がっているのは、地面を埋め尽くすほどに生い茂るパイナップル畑と、その上を重力を無視して浮遊する一つ目のパイナップルの群れだ。正直、意味が分からない。
「なぁハイブ。沖縄のパイナップルは目と口が付いていておまけに空も飛ぶのか?」
ついでに一つ目で裂けるような口もしているのか? もしあれが沖縄産のパイナップルだというのなら、俺は沖縄に対する見識を改めなければならない。沖縄の人凄すぎだろ。
「あれはオキナワ限定のモンスター【パイナップルガー】だ。ここにしかポップしないからその素材は結構貴重なんだよ」
「へー」
俺は無関心そうに返事をしながらも、目の前の光景に見入っていた。よく誤解されることが多いが、パイナップルは高い木に実をつける果物ではない。腰と同じかそれより低いぐらいの背丈の幹の先に実をつけるため、パイナップル畑は遠くから見たら少し背丈のある草が生い茂っているようにも見える。いつか家族で本物の沖縄に観光に行きたいものだ。
「案外人も少ないし、これなら割とスムーズに出来そうだ」
周囲には俺たちと同じ目的でパイナップルガーを収穫(?)しにきているプレイヤーの姿がちらほらと確認できる。そしてその殆どが空中を漂うパイナップルに攻撃を届かせることができずに四苦八苦していた。なるほど、確かにこれは射撃職の仲間が欲しくなるフィールドだな。
「あの空飛ぶパイナップルを撃ち落とせばいいのか?」
「ああ。俺たちだとアレに攻撃を安定して当てられるのはリーフだけなんだが、何しろリーフの魔法は隙が大きくてな。効率的に狩るのが難しいんだ」
「私の魔法は威力はそこそこなんだけど、その分チャージ時間もリキャスト時間も長いのよ。継戦能力の高い魔法の習得が目下の私の課題ね」
そう言えばここに来る前にリーフが魔法を使うって聞いたな。できればしっかり見たいものだ。そして俺でも習得できる魔法の手掛かりを掴むんだ。
俺は自分の中で燻っていた気持ちに再度燃料を投下し燃えたぎらせると、このパーティで最も搦め手に長けているであろう人物に話の話題を移した。
「思ったんだが、ブルーの笛の音はあのモンスターには効果的なんじゃないのか?」
ブルーの笛の音の効果範囲の詳しいことまでは知らないが、おそらくそれなりの範囲をカバーするだろう。であれば状態異常を付与する【歌】は効果的なはずだ。
「そうなんだがな……あいつら状態異常の耐性が強くてあまりかからないんだよ」
耐性か。そんなのもあるのか。
「ごめんなさい、私がもっといろんな【歌】やスキルを持っていたら」
「ブルーが気にする事じゃないよ。そのために俺が来たんだし、ここは俺に任せてくれ」
「は、はい」
うんうん。前向きになってきたかな?
「そう言えばブルーの【歌】にはどんなものがあるんだ?」
「私の【歌】には相手を怯ませるものと、反応を鈍らせるもの、それとHPを少しずつ回復できるものの3つがあります」
聞けば聞くほど強力な能力だな。でも無双できない様に耐性もちのモンスターもいるってことか。
「そっか。じゃあそれが効くモンスターに出会ったらその時は頼りにさせてもらうよ」
「はい、任せてください」
うんうん、いい笑顔だ。
「よし、じゃあ早速パイナップル狩りといきますか」
俺が気合を入れると伸二と若草さんもそれに続く。
「墜ちた奴の処理は任せてくれ」
「私も魔法で援護するわ」
こうして俺は本日2回目のパーティ戦に臨んだ。
 




